上 下
57 / 68

57

しおりを挟む
 おやつを食べ終えた子どもたちは屋敷の裏庭にある東屋にいる。ここは子どもたちの遊び場にとエンオウが翔吾と共に一から作ってくれた場所である。エンオウは子どもたちを目に入れても痛くないというほど可愛がっていた。子どもたちからは「エンオウのおじちゃん」と呼ばれ、慕われている。

「シャナ、そこは窓だよ」

「お前、よく視えるな。本当に」

 マヨイが杖を振り、シャナは紙に定規を置いて鉛筆で線を引っ張っている。

「二人共、何してるの?」

 とびすけが尋ねると、二人は笑った。

「俺たちは皆で歴史的建造物内の見学に行くんだ」

「つまりね、魔王城の中の地図を描いてるの」

 魔王城を歴史的建造物と言いかえるのはどうかと思うが、とびすけはなんだかワクワクしてきた。地図を見つめる。

「こんな感じなんだ、魔王城って」

「王城とそこまで変化はないわ。ただし、奥に何かがいるのよね」

 マヨイが再び杖を振る。彼女の魔力は彼女の年齢にとてもそぐわない。だからいつも力を持て余している。

「マヨイがいればなんとかなんだろ」

「ちょっと、あたしは女の子なのよ?」

「マヨイ姉さん、あたしも手伝えるわ」

「あたしもよ」

 龍であるルーも魔法が使える。そしてチサトはテレパスの持ち主だった。相手の気持ちを読み取ることが出来る。戦闘時、相手が次に何をしてくるか探るのは大事である。一方でとびすけは縮こまった。自分が戦闘向きではないことは自分が一番よく知っている。

「どうしよう、僕、何もできない」

「お前には罠があるだろ。頼りにしてるぞ、トビア」

 シャナにそう言われて頭を撫でられるととびすけは勇気が出るのだ。

「うん、なんか変なのがいても罠で皆をサポートするよ」

 それを翔吾は静かに窺っていた。やはり子どもたちは魔王城に乗り込むつもりらしい。

「何してるの?おとーさん」

 急に声を掛けられるが翔吾はもう驚かない。長年の経験がそうさせた。

「ルネ、本当に行かせるつもりなのか?」

「それがいいって占いには出てるけどね」

 ルネシアの占いは確かである。

「まさかシャナがあんなに振り切れた子になるとは」

 はああと翔吾がため息を吐くと、ルネシアが小さく笑う。

「ふふ、とびすけをいい感じに守ってくれそうじゃない」

 翔吾ははた、と気が付いた。ずっと聞かなければと思っていたのだ。

「やっぱりトビアは次期龍姫なの?」

「うん、まあね。すでに二人の間には信頼関係があるし、遅かれ早かれ…ね」

 ルネシアはこう言っている。トビアとシャナは番になるのだと。

「ううん、複雑だなぁ」

「子離れしなきゃ駄目ですよ。おとーさん」

「まだ5歳だよ?」

「龍に年齢は関係ないでしょ」

確かにその通りかもしれない、と考えそうになって、翔吾は首を振った。

「まだ俺もお父さんでいたいよ」

「あはは」

二人は東屋を離れた。とびすけが振り返るが誰もいない。今、父たちがいたような気がしたが気の所為だろう。とびすけは着々と完成していく図面を見て歓声を上げた。

「ここが一番怪しいわ」 

マヨイが杖で図面をこつりと叩く。

「本当に奥じゃねえか。時間もあまりないし、やっぱり行くなら最短ルートだな。とびすけ、壁を壊すための火薬を取りに行こう」

まるで本を借りに行こうというくらいの気軽さでシャナが言う。とびすけはそれに頷いた。爆弾は敵襲にも便利である。もちろん、取り扱いに十分注意が必要だが。二人は立ち上がった。

「あたしたちはもう少し魔王城の周りを探るわ。あたしの出自がなにか分かるかも。それって面白いじゃない」

「おう、頼んだ。まぁほどほどにな」

とても6歳の子どもがする会話じゃない。だが、ここにいる子どもたちにとっては当たり前の光景だった。

「とびすけ、おいで」

「うん」

シャナはとびすけを呼ぶ時、いつも「おいで」と必ず呼んでくれる。他の子には「こっちに来い」だとか、もっと乱暴に「おい」だけだったりするが、とびすけの時には違うのだ。自分だけシャナにとっての特別ではないかと、とびすけは毎回そう思うのだが、父に似て慎重な性格である。いやいやと考え直す。いつもこれの繰り返しだ。


二人は工房を訪れている。

火薬は龍の里の誇る技術の一つ、龍銃の弾に使われる。火薬といってもただの火薬ではない。龍の魔力が籠もった時にだけ反応し爆発する特別製だ。
とびすけはこの火薬を使った爆弾の扱いに長けている。誰に教わったわけでもない。ただ、ずっと龍銃が作られる様を見てきたというのが理由に挙げられるだろう。

「坊っちゃんたち、またきなすったんですかい?」

職人の一人がシャナととびすけに声を掛けてくれた。

「なあ、火薬を分けてくれよ」

シャナが大人たちを見上げながら言う。

「構いやしませんが、今度は何に使うんで?」

どうやら分けてくれそうだとシャナととびすけはお互いを見つめ合って笑った。

「魔王城を落としたいんだ」

「ほう。またたいそれたことを」

「ただ、落としている時間が2日もない」

シャナの言葉に職人は笑った。

「奥に進むために最短ルートをってことですか。いいでしょう。爆弾を作っていきなさい。ただし10個までですよ」

個数制限は痛いが、無償で作らせてもらえるだけありがたい。二人はせっせと爆弾を手作りした。壁を破壊するならある程度の威力が要る。殺傷能力に関しては考えたことがないが、爆弾によって、取り返しのつかないことが起こりうることはとびすけもシャナもよく理解していた。

「こうか?とびすけ」

「うん、ちゃんと出来てるよ」

爆弾は小さな子供の手のひら大のサイズだ。子供が投げるのだから小さいのは当然だが、破壊力は抜群である。とびすけは布の袋に爆弾を丁寧にしまった。持ち上げてみる。運ぶだけなら容易だ。あとは自分の使い方次第である。とびすけは自分の道具箱のもとへ向かった。罠を作る為である。翔吾やルネシアにいたずらで仕掛けるレベルではない。もっとずっと危険なものだ。自分たちはこれから本気の戦いに出るのだ。準備は抜かりなくしなければならない。子どもたちは皆、そう思っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

僕を抱いて下さい

秋元智也
BL
自慰行為をする青年。 いつもの行為に物足りなさを感じてある日 ネットで出会った人とホテルで会う約束をする。 しかし、どうしても見ず知らずの人を受け入れる のが怖くなってしまい、自分に目隠しをすることにする。 相手には『僕を犯して下さい』とだけメッセージを添えた。

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】

君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め × 愛を知らない薄幸系ポメ受け が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー ──────── ※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。 ※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。 ※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。 ※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。

冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!

風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。 物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。 異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。 失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。 その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。 とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。 しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。 脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。 *異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。 *性描写はライトです。

異世界音楽成り上がり ーその世界の人は『一切の例外なく全員』、音楽を聴くだけで俺のことを好きになったー

大野原幸雄
ファンタジー
・開始6話で成り上がる、異世界音楽ファンタジー ・音楽の存在しない世界で、音楽を広めて成り上がる ・『一切の例外なく全員』が、主人公を好きになる ーあらすじー 家に引きこもり、楽器ばかり弾いていたサクライ・ミナト20歳。 唯一の家族だったギタリストの祖父が死に、ミナトは祖父の形見であるクラシックギターを片手に自殺を図る。 ……その瞬間、ミナトは、ギターと共に『音楽が存在しない』異世界に召喚された。 最初は典型的な異世界チート主人公になれるかと期待したミナト。 しかし冒険者ギルドでは何のスキルの才能も無いと言われ…… 魔法は使うのが非常に難しく、身体も強くなったわけではない。 「想像してたのとは全く違う異世界。どうやらこの物語の主人公は俺ではないらしい。」 ミナトはその事実に落ち込むものの…… 「むしろ気楽でいい」「現実はこんなものだ」と、何気なくギターを演奏する。 この時、ミナトはこの世界の人にとって音楽がどんな意味を持つのか理解する。 麻薬のような感動は、”一切の例外なく全世界の人”が防御できない攻撃。 理性を飛ばす興奮は、そこにいる誰も経験したことの無い新たな欲求。 初めて音楽を聴いた衝撃に、誰もがミナトに恋をした。 開始から6話で成り上がり、世界を音楽で満たす優しい異世界音楽ファンタジー。 ※無双展開はありますが、主題は無双ではありません

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

処理中です...