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龍の里
「えーと、荷物はこれでいいかな?もっと子どもたちの着替えとか要る?」
翔吾は子どもたち用の荷物をまとめていた。あと持っていくとしたら浮き輪くらいだろうか。ルネシアに聞くと、彼は曖昧に頷いた。翔吾は長年の付き合いだからその違和感になんとなく気が付く。
「ルネ?なんかあった?」
ルネシアは肩をすくめた。言いたくないことなのだろうか?と翔吾も困ってしまう。ルネシアはそんな彼に笑って見せた。
「夏の大冒険って言ったら聞こえはいいんだけど」
翔吾にはますますなんのことか分からない。
「ルネ、はっきり言ってよ」
「子どもたちがね」
ルネシアはトビアの波導に当然のことながら気が付いていた。トビアは上手く波長を隠すように波導を飛ばしてきたが、たった5歳の子どものやることだ。流石に気が付く。だがルネシアは特にそれを周りに言わなかった。逆に子どもたちの動向をそれとなく探ったのである。すると魔王城を壊す方向で話が盛り上がっていたのだ。ルネシアはそれを翔吾に話した。
「は?魔王城を壊す?あの小さい子たちだけで?」
「そうなの、本気みたいだよ」
ルネシアの言葉に翔吾は目を白黒させた。たった5.6歳の子が考えることだとは到底思えない。だが、ルネシアが自分に嘘をつくかというと有り得ない。というと真実だということになる。
翔吾はため息を吐いた。
「怒ってくる」
翔吾がそう言うと、ルネシアに全力で止められた。
「ちょっと待ってよ。親として子どもの成長を見守ってみない?僕たちは後ろからそっとついていく。どう?」
どうもこうもない、と翔吾は思ったが、ルネシアの表情を見て再びため息を吐いた。
「ルネ、子どもたちの行動が面白いなんて思ってないよね?」
「…え?思ってないよ」
ルネシアの表情はすっかりゆるんでいる。翔吾は改めて机に置いておいた剣を手にした。ここ、龍の里にいる時には滅多に触らない。だが、今は必要だと感じたのだ。
「うーん、俺ももういいおじさんだし、そろそろ戦いは引退って思ってたのに」
剣を見つめながら翔吾は言った。
「ショーゴってば何言ってるの?これからが本領発揮なんだから枯れたこと言わないでよね」
「おいおい」
ルネシアはのんびりしたものだ。全く動じていない。
「そろそろおやつの時間だし焼いておいたケーキ切ろうっと。ショーゴ、子どもたち呼んできて」
「分かったよ」
翔吾は腰に剣を差して子どもたちを探しに行った。翔吾たちが暮らしている屋敷の裏庭は子どもたちの遊び場になっている。わらが背丈ほど積み上げられており、子どもたちはそれを滑り台のようにして遊んでいる。歩いているとコツン、と足元で音がした。やれやれ、と翔吾は腰に手を当てる。当然手は剣に触れる。
「はっ!」
翔吾が無駄のない動きで剣を抜き払うと、プツンと場に同化していた糸が切れた。ズルズルと何かが滑り落ちてくる。
「わあぁ」
滑り落ちてきたのはシャナととびすけだ。
「何してんの?二人共?」
「とうさんに罠は通じないのか。勉強になるな、なあとびすけ」
「う、うん」
罠という言葉に翔吾は頭が痛くなってきた。
「シャナ、俺を罠に嵌めてどうするつもりだったんだ?」
「俺に稽古をつける約束をしてほしかったんだよ」
シャナが口を尖らせる。翔吾はそろそろか、と思った。
「分かった。旅行でいい子にしていたら稽古をつけてあげるよ」
「え!」
声を上げたのはとびすけである。
「どうしたの?トビア?」
翔吾は内心噴き出しそうだった。子どもたちはこう言われたらどうするだろうとおかしく思ってしまう。
「な、なんでもないよ。本当に」
とびすけはちらちらシャナを見ている。もう笑いをこらえるのは無理そうだったのでおやつだからと二人を屋敷に向かわせた。
(おかしいな、本当に)
翔吾は他の子たちも見つけて呼んだ。
「母さまのケーキ!」
女の子たちはきゃあきゃあ言いながら走っていく。
ルネシアと翔吾は久しぶりに屋敷に帰ってきていた。子どもたちもだ。二人がいない時はモアグリア王城都市にいる。翔吾とルネシアは、普段から外に出る用事が多い。子どもたちと一緒にいられる時はなるべくいようと二人は話し合っていた。ルネシアはケーキを切り分けると子どもたちに差し出していた。
「はい、どうぞ」
「いただきまぁす!」
子どもたちがフォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。
「美味しい!」
マヨイが思わずといった様子で頬を押さえる。
「母さま、美味しいよ」
他の子どもたちも口々に美味しいと言いながら食べている。シャナを除いてだ。それがとびすけは心配だった。
「シャナ、どうしたの?」
ルネシアは優しく尋ねた。
「なんでもない」
あくまでも言わないつもりらしい。シャナはケーキにかぶりついている。
「美味い…」
「ふふ、良かった」
ルネシアはあ、そうそう、と大げさに言った。
「海に行くためには泊まりがけで行くからね。確か魔王城の近くの宿屋だったっけ?」
ぴくり、と子供たちが明らかに反応する。
「そうだよ。予約がなかなか取れなかったから。二晩泊まるんだ」
「その時は遊んでいていいのか?俺、野宿してみたいな」
「私たち良い子にしてるよ」
シャナとマヨイが畳み掛けるように言う。翔吾とルネシアはそっと目配せし合った。
「行きたいところがあるならちゃんと皆で計画を立てなさい」
「わかった!ごちそうさまでした!」
子どもたちが各自の食器を洗い、再び裏庭には走っていく。
「大丈夫かなぁ?」
翔吾は心配だったが、ルネシアは笑ってこう言った。
「大丈夫だよ」
「えーと、荷物はこれでいいかな?もっと子どもたちの着替えとか要る?」
翔吾は子どもたち用の荷物をまとめていた。あと持っていくとしたら浮き輪くらいだろうか。ルネシアに聞くと、彼は曖昧に頷いた。翔吾は長年の付き合いだからその違和感になんとなく気が付く。
「ルネ?なんかあった?」
ルネシアは肩をすくめた。言いたくないことなのだろうか?と翔吾も困ってしまう。ルネシアはそんな彼に笑って見せた。
「夏の大冒険って言ったら聞こえはいいんだけど」
翔吾にはますますなんのことか分からない。
「ルネ、はっきり言ってよ」
「子どもたちがね」
ルネシアはトビアの波導に当然のことながら気が付いていた。トビアは上手く波長を隠すように波導を飛ばしてきたが、たった5歳の子どものやることだ。流石に気が付く。だがルネシアは特にそれを周りに言わなかった。逆に子どもたちの動向をそれとなく探ったのである。すると魔王城を壊す方向で話が盛り上がっていたのだ。ルネシアはそれを翔吾に話した。
「は?魔王城を壊す?あの小さい子たちだけで?」
「そうなの、本気みたいだよ」
ルネシアの言葉に翔吾は目を白黒させた。たった5.6歳の子が考えることだとは到底思えない。だが、ルネシアが自分に嘘をつくかというと有り得ない。というと真実だということになる。
翔吾はため息を吐いた。
「怒ってくる」
翔吾がそう言うと、ルネシアに全力で止められた。
「ちょっと待ってよ。親として子どもの成長を見守ってみない?僕たちは後ろからそっとついていく。どう?」
どうもこうもない、と翔吾は思ったが、ルネシアの表情を見て再びため息を吐いた。
「ルネ、子どもたちの行動が面白いなんて思ってないよね?」
「…え?思ってないよ」
ルネシアの表情はすっかりゆるんでいる。翔吾は改めて机に置いておいた剣を手にした。ここ、龍の里にいる時には滅多に触らない。だが、今は必要だと感じたのだ。
「うーん、俺ももういいおじさんだし、そろそろ戦いは引退って思ってたのに」
剣を見つめながら翔吾は言った。
「ショーゴってば何言ってるの?これからが本領発揮なんだから枯れたこと言わないでよね」
「おいおい」
ルネシアはのんびりしたものだ。全く動じていない。
「そろそろおやつの時間だし焼いておいたケーキ切ろうっと。ショーゴ、子どもたち呼んできて」
「分かったよ」
翔吾は腰に剣を差して子どもたちを探しに行った。翔吾たちが暮らしている屋敷の裏庭は子どもたちの遊び場になっている。わらが背丈ほど積み上げられており、子どもたちはそれを滑り台のようにして遊んでいる。歩いているとコツン、と足元で音がした。やれやれ、と翔吾は腰に手を当てる。当然手は剣に触れる。
「はっ!」
翔吾が無駄のない動きで剣を抜き払うと、プツンと場に同化していた糸が切れた。ズルズルと何かが滑り落ちてくる。
「わあぁ」
滑り落ちてきたのはシャナととびすけだ。
「何してんの?二人共?」
「とうさんに罠は通じないのか。勉強になるな、なあとびすけ」
「う、うん」
罠という言葉に翔吾は頭が痛くなってきた。
「シャナ、俺を罠に嵌めてどうするつもりだったんだ?」
「俺に稽古をつける約束をしてほしかったんだよ」
シャナが口を尖らせる。翔吾はそろそろか、と思った。
「分かった。旅行でいい子にしていたら稽古をつけてあげるよ」
「え!」
声を上げたのはとびすけである。
「どうしたの?トビア?」
翔吾は内心噴き出しそうだった。子どもたちはこう言われたらどうするだろうとおかしく思ってしまう。
「な、なんでもないよ。本当に」
とびすけはちらちらシャナを見ている。もう笑いをこらえるのは無理そうだったのでおやつだからと二人を屋敷に向かわせた。
(おかしいな、本当に)
翔吾は他の子たちも見つけて呼んだ。
「母さまのケーキ!」
女の子たちはきゃあきゃあ言いながら走っていく。
ルネシアと翔吾は久しぶりに屋敷に帰ってきていた。子どもたちもだ。二人がいない時はモアグリア王城都市にいる。翔吾とルネシアは、普段から外に出る用事が多い。子どもたちと一緒にいられる時はなるべくいようと二人は話し合っていた。ルネシアはケーキを切り分けると子どもたちに差し出していた。
「はい、どうぞ」
「いただきまぁす!」
子どもたちがフォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。
「美味しい!」
マヨイが思わずといった様子で頬を押さえる。
「母さま、美味しいよ」
他の子どもたちも口々に美味しいと言いながら食べている。シャナを除いてだ。それがとびすけは心配だった。
「シャナ、どうしたの?」
ルネシアは優しく尋ねた。
「なんでもない」
あくまでも言わないつもりらしい。シャナはケーキにかぶりついている。
「美味い…」
「ふふ、良かった」
ルネシアはあ、そうそう、と大げさに言った。
「海に行くためには泊まりがけで行くからね。確か魔王城の近くの宿屋だったっけ?」
ぴくり、と子供たちが明らかに反応する。
「そうだよ。予約がなかなか取れなかったから。二晩泊まるんだ」
「その時は遊んでいていいのか?俺、野宿してみたいな」
「私たち良い子にしてるよ」
シャナとマヨイが畳み掛けるように言う。翔吾とルネシアはそっと目配せし合った。
「行きたいところがあるならちゃんと皆で計画を立てなさい」
「わかった!ごちそうさまでした!」
子どもたちが各自の食器を洗い、再び裏庭には走っていく。
「大丈夫かなぁ?」
翔吾は心配だったが、ルネシアは笑ってこう言った。
「大丈夫だよ」
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