優秀アルファは子供を授かりたい!〜異次元猫カフェで遊びませんか?〜

はやしかわともえ

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番外編

茜とイブのぜんまいフェスタ(後編)

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ぜんまい城はまるでおもちゃのような城だった。尖塔に風車のような羽が付き、くるくると穏やかに回っている。門も両端に輝くぜんまいが回ることで開閉するらしかった。

「わぁ、なんかすごいね」

「さて、国王に挨拶したらあいつのとこに行かないとな」

「あいつって?」

先程から茜は気になっていた。イブがにやりと笑う。

「昔の仲間さ」

国王との謁見は思いの外あっさり終わった。イブは王族の知り合いが多い。幼い頃から、両親に連れられて、あちこちのパーティーに連れて行かれていたかららしい。イブは愛想よく国王に挨拶をし、茜を紹介してくれた。茜も緊張こそしたが、パーティーでニコニコに慣れているので上手く挨拶をすることが出来た。そして現在、騎士の修練場に茜たちはいる。

「おーい!サルジ!いるか?」

「やっと来たか…」

茜は思わずその人の美貌に見惚れてしまった。中性的な雰囲気に象牙色の艷やかな髪、そしてそれが映える浅黒い肌のその人はイブをみるなり舌打ちをした。

「おいおい、そんなに冷たくするなよ」

サルジは茜を見るなり、近付いてきた。ぎゅっと手を握られて至近距離で見つめられた。茜はどうしたものか分からずに笑った。

「あ、あの、はじめまして」

「あなたが例の姫君か」

「え…」

「イブの世話はさぞかし大変だろう。私も常々手を焼いていてね!」

「はぁ…」

「おいサルジ、変なことを茜に吹き込むな」

「事実じゃないか!今日だって貴様を随分待って…いや、何でもない」

ぷい、とサルジが顔を背ける。

(サルジさんはイブが大好きなんだな)

茜はひとりこう思っていた。

「騎士の隊長ってのはどうなんだ?」

「まぁまぁだよ。私が入ってからはね」

どうやら人々が戦乱の記憶を忘れていくうちに騎士団も甘くなっていったらしい。それでは良くないと派遣されたのがサルジだった。サルジの扱きは厳しいと評判で、騎士団の実力は右肩上がりらしい。

「戦争をするつもりはないよ。ただ、国を守るために出来ることをするだけだ」

「お前が変わってなくて安心したよ」

イブの言葉がよほど嬉しかったらしい。サルジは得意げにふふんと笑った。そこに騎士が駆け込んでくる。

「隊長!大変です!広場で大規模なテロが起こった模様!」

「なんだって?!巡回していた者は?」

「首謀者にやられたようです」

「く、すぐに向かう。イブ、貴様たちはここにいろ。すぐ戻る」

「いや、俺たちも行く。人手があった方がいいだろう」

「だが貴様たちは民間人だ」

「だからいいんだろ。今騎士が向かえばテロリストを刺激するようなもんだ。大丈夫、全員それなりに戦える」

「…分かった」

サルジは赤いマントと腕章を外した。これでパッと見、騎士だと分からない。

「行こう」

茜たちが広場に向かうと沢山の人々が倒れていた。元々白かった石畳が黒くなっている。

「どうやら首謀者は自爆したらしく仲間は逃げていきました」

広場の真ん中でと茜は恐ろしくなった。何も知らない者からしたらたまったものではない。

「ひでえな」

まだ息のある者もいるらしく、救急隊が慌ただしく作業している。

「ふむ…くだらないことをする」

コォンと鳴いた九尾が顕現した。サルジがそれに驚いて後に飛び退る。

「な。何故ここに神が?」

「あぁ、茜が連れてるんだ」

「茜姫、君は一体…いや、さすがと言うべきか。とにかく現場を調べよう」

「サルジ隊長、遅かったじゃないか」

「む…シューリン」

やって来たのは長い白髪を肩に流した長身の女だった。眼鏡の奥には知的な光を宿している。彼女の後からぞろぞろとやってきた者たちの服には捜査部の文字が躍っていた。サルジは彼女を見上げて、腕を組んだ。

「私とて暇ではないんだ」

「テロの防止は仕事ではないと?」

「む…」

サルジがぴくんと反応する。シューリンと呼ばれた彼女は茜たちに気付いたようだった。

「成る程、彼等が異次元からの客人…サルジ隊長」

「あぁ、分かっている」

サルジがくるんっと振り向き力を込めてナイフを投げ付ける。

「わぁ!!」

ドスッというナイフの刺さる鋭い音と男の悲鳴。茜は何が起きたのかさっぱり分からなかった。

「貴様は?」

茜が振り向くと、青のオーバーオールを着た青年がナイフによって壁に貼り付けになっていた。ナイフは肉体ではなく服の部分に刺さっているらしい。相当な力を込めなくてはこうはならない。サルジの騎士としてのパワーに茜は驚いていた。

「お、俺は逃げてきたんだ」

茜はおや?と思ったが、それがなにであるかは分からなかった。

「とりあえず貴様は連行する、いいな?」

彼はしょんぼりしている。抵抗するつもりもないようだった。

「アリス!見つけたぞ!!」

ドシドシと巨大な足音を立てながらやってきたのは、卵のような体に足を生やした巨大な男だった。3メートルはあるだろうか。サルジがすかさず剣を抜き、男を牽制する。

「邪魔だ、どけ!チビスケ!」

「…私が…チビ…だと?もはや許さんぞ!!」

どうやら「チビ」は、サルジの地雷ワードだったようだ。サルジは剣を構え、ジリジリと卵型男との距離を縮める。

「ふむ、面倒だ。ここは退くか。アリス!貴様!覚えておけよ!!」

卵型の男はいつの間にか姿を消していた。サルジが剣を収める。

「なんなんだ、一体」

茜はそっと青年に近付いていた。青年はくたりと体の力を抜いている。茜はサルジに向かって言った。

「サルジさん、この子も病院に運べますか?」

「あぁ!今すぐに呼ぶ!」

茜は青年の服に刺さったナイフを抜こうとしたが深く刺さっていて無理だった。

「茜、俺が抜く」

イブがやってくる。彼がナイフの柄を掴んだ。ぐ、と力を込めるとナイフが抜ける。

「ありがとう、イブ」

「茜、まだ油断はするな。テロリストの一部は逃げている。また同じようなことがあるかもしれない」

「うん、そうだね」

せっかくの祭りがテロで台無しになってしまうのは悔しい。茜は心の中で、神々に話しかけていた。

(九尾様、テロなんかに負けたくないの)

(あぁ、我らもそう思っておる。くだらない思想を持つ者はどこにでもいるものだ)

(茜、妾たちを顕現するのだ。たまには暴れたい)

ウサギの姿をした神、イビョンの言葉に茜は笑ってしまった。ぐっと両手を合わせて握り、茜は自らの持つすべての魔力を解放していた。神々が四方に散る。

「茜!大丈夫か?」

イブがすかさず体を支えてくれる。茜は眠くてたまらなかった。

「眠いだけ、大丈夫」

「茜姫、何か不調か?」

サルジも慌てた様子でやってくる。茜はそこで視界を閉じていた。

✢✢✢

「ん…」

「茜、水を飲もう」

茜は自分がイブの胸にもたれかかっていることに気が付いた。

「茜、口開けてな」

茜が口を開けると、水を少しいれられる。茜はこくんとそれを飲み干した。

「こ…こどこ…?」

ほとんど眠りながら茜は尋ねた。

「あぁ、ホテルだよ。今は寝てろ」

「ん」

何時間眠っただろう。茜はぱちり、とようやく目を覚ました。

「茜、起きたか?」

「イブ、ごめんね。いっぱい寝ちゃった」

「神を顕現させたのか?」

「うん、皆でぜんまいの国の怪しいやつを探してくれているよ。あの子はどうなったの?」

「あぁ」

イブの様子が何やらおかしい。茜は首を傾げた。

「何かあった?」

「あいつは…名前をアリスって言うんだけど、スーパーコンピューターだった」

「え?」

茜は最初の違和感はそれだったのか…と納得していた。

「どうして追われているの?」

「どうもテロリストに悪用されていたらしくてな。それが嫌で逃げ出してきたらしい」

「アリスくんは利用されていたんだね」

「追ってきた男についても調べがついている」

「誰なの?」

「どうやらやつは、ハンプティと名乗っているらしい。他にもまだ仲間がいると見て間違いない」

「なんだか大変なことになってきちゃったね」

「千を連れてこなくて良かったかもな」

「うん、本当に。お祭りはどうなるの?もう朝だよね?」

茜が時計を見ると午前6時過ぎだ。

「あぁ、今日は、略式でセレモニーを行って、屋台とかは普通に出るみたいだぞ。ただし、騎士隊の入念な警備が入っているらしい。怪しいやつは全員捕まえるってサルジは張り切っているな」

「そっか。ね、イブ?」

「分かってるよ、アリスに会いたいんだろ?」

「いいの?」

「いけないって言ったらやめるのか?」

「やめない」 

「だよな」

イブが噴き出している。茜はベッドから降りた。
とにかく出掛ける支度をする必要がある。茜は慌ててシャワーを浴び、着替えて化粧をした。

「お待たせ」

麦わら帽子を被りながらイブに声を掛けると、額にキスを落とされた。

「茜はやっぱり美人さんだな」

「イブってば、からかわないの」

本当のことなのに…とイブがむくれているのが茜にはおかしい。

「ほら、行こ?」

「ああ」

部屋の外に出ると、ダヌキが隙なく立っていた。茜の姿を見るなり、ダヌキが破顔する。

「茜様、大丈夫でしたか?」

「ごめんね、ダヌキさん。俺なら大丈夫だよ。見張っていてくれてありがとう」

「いえ!」

「ダヌキ、アリスのいる病院に行くぞ。一緒に来てくれ」

「は!」

ホテルを出た茜たちは、待機していたらしいタクシーに乗り込んだ。イブが助手席に、茜とダヌキは後部座席に座った。

「中央病院へ」

「はい、シートベルトの着用をお願いします」

車が静かに走り出す。病院の看板はすぐに見えてきた。タクシーを降りて病院に入ると、受付が見えた。イブが面会を頼んでいる。すぐに許可が下りたらしい。職員らしき女性にエレベーターの方を示された。茜たちは職員に頭を下げそちらに向かう。まだ朝イチということもあり、他の外来患者はちらほらとしかいなかった。

エレベーターに乗り込み、指定された階に向かう。ダヌキは扉の前に立った。どうやら中に入るつもりはないらしい。803というプレートを確認したイブはコンコン、と軽くノックをして引き戸を開けた。どうやら個室らしい。アリスは目を閉じていた。茜たちがそばに近付いても彼は動かなかった。

「あれからずっと意識がないんだ」

「…壊れてるの?」

「いや…そういうわけじゃないらしい」

「じゃあ…なんで…」

茜はアリスの青白い顔が心配になってきた。このまま意識が戻らなければ彼はどうなるのだろう。

「そんな時の僕なんだよね?」

「!」

現れたのはもちろんレイだった。いつもの神出鬼没ぶりに茜は驚いて、口を開くことしかできなかった。

「茜、久し振りだね。二人目はまだなのかな?」

レイがいつもの如く軽やかに言う。

「それは俺たちが決めることだぞ」

「そっか、コンプライアンスに触れていたかな?ごめんね。で…」

レイは視線をアリスに向けた。

「話を聞いていた限り、この子のことみたいだけど」

「レイさん、なんとかなる?」

レイは笑った。

「この子はほとんど人間だからね」

「え?」

レイの言葉の意味が分からず、茜は聞き返した。

「この子の心臓や脳は人間のものなんだよ。身体は作られたものみたいだけどね」

茜はアリスがなぜ目を覚まさないのか分かったような気がした。アリスの冷たい手を茜は握る。彼の心が傷付いているのだ。

「アリスくん、お願い、戻ってきて。君は生きてるんだよ」

茜はしばらく彼の手をぎゅっと握り念じた。

「ん…あれ?」

しばらくして、アリスが目を覚ましたのだ。それは奇跡としか言いようがない。茜は思わずアリスに抱き着いていた。

「アリスくん、良かった」

「さっきのキレーな人?俺、なんで」

「お前はここの警吏に保護されたんだ。知っていることは全部話してもらうぞ」

「本当にイブはおっかないんだから」

クスクスとレイが笑っている。

「でも僕も君の構造には興味がある。イブ、同席しても構わないかい?」

「お前も十分おっかないじゃねえか。まあ構わないけどな」

「でも俺、したっぱで、ずっと雑用ばかりしてたし」

アリスが困ったと両手を弄んでいる。

「君のボディ…」

レイがアリスのうなじを触った。

「ここに端子が繋げられるようになっているね。
もしかしたら何かデータが残っているかも」

レイが取り出したのは普通のPCだった。ケーブルでアリスとPCを繋ぐ。

「レイさんのPC、意外と普通なんですね」

茜が驚くと、レイは笑った。

「これでも最高水準にはチューンナップしてあるんだよ。僕は改造が好きなんだ」

「茜、レイは変態だからな。気を付けろよ?」

「おやおや、イブにはばっさりだよ」

そんな軽口を叩きながらも、レイはキーボードを操作していた。そして、声を上げる。

「音声データが残っていた」

レイがすかさず再生する。

「おい!アリス!お前は本当に使えねえな!スーパーコンピューターのくせに粉の分析も出来ねえのかよ!」

「粉?」

茜が首を傾げると、アリスが言いにくそうに言った。

「多分麻薬…。よく組織で売買していたから。ただ一度、偽物を掴まされたことがあって、その時の記録…だと思う」

「アリスくんは意識してスーパーコンピューターの機能を使えるわけじゃないの?」

「うん、時々すごく動けることがあるくらい」

「火事場の馬鹿力ってやつか」

「まぁこれでやっこさんたちのアジトには入れるよね」

逮捕まで出来ないのかと茜はやきもきした。

「家宅捜索して何か見つかれば逮捕出来るんだけどね」

レイが茜の思考を読んだかのように補足してくれる。

「アリス、他に知っていることはないのか?」

イブの言葉にアリスは頷いた。

「組織の幹部は3人いるんだ。チェシャ猫と帽子屋、あとあの時襲ってきたハンプティっていう人。時々組織内ですれ違ったことがあるけどすごく怖かったよ」

「ボスは?ボスの情報はないのか?」

イブが尋ねると、アリスが頷く。

「ハートの女王って呼ばれてる。女王って言われてるけど、その人が女の人かどうかはわからないけど。俺は見たことない」

「そうか。聞いていたか?サルジ」

茜はそこで初めて、イブが端末を操作していることに気が付いた。

「全く、こんな形で事情聴取をすることになるとはね!」

端末から聞こえるサルジの声は不機嫌そうだ。だが祭りの警備のため、彼は夕方まで動けない。

「お前の方に変わりはないか?」

「今のところはね。不審な人物はなるべく捕らえているけれど、当たりは引けていないようだ」

「そうか、気を付けろよ」

「あぁ」

ぷつり、と通話が切れた。見計らったかのように、九尾が現れる。アリスが驚いたのか飛び退いた。

「九尾様?何か見つけた?」

「うむ。お前の大事な魔力を無駄にするなど我ら神々はせん。奴らはもうこの国にはいない。我らでしらみつぶしに探しているがな。それと小僧、まだ我らに何か隠しているだろう?」

「っ…!!」

アリスがビクッと震える。

「アリスくん、お願い。本当のことを話して」

アリスはしばらく黙っていた。沈黙が場を包む頃、アリスはぎゅっと拳を握った。彼が口を開く。

「…鍵を持っているんだ」

「なんの鍵だ?お前が追われていたのはそれが原因か?」

「…多分。俺が持っているのは、この国を壊す爆弾の鍵」

「な!!」

茜を含めて皆が絶句する。

「ぜんまいの国を壊すってハンプティたちが話してた。もし成功したら他の国もって」

「アリス、その爆弾はどこにある?」

アリスは悲しげに首を振った。

「分からない。なんとか探ろうとしたけど、無理だった。俺はスーパーコンピューターなのに!」

アリスの瞳から涙がこぼれ落ちる。レイが彼の手を優しく取った。

「君を作ったのは?いや、正しくは作り変えたかな?」

「姉さんのこと?」

レイは頷いた。

「姉さんはすごいんだよ。死にかけてた俺を救ってくれたんだ。でも俺はその後テロ組織に拐われて…テロリストに協力させられて…姉さん、今どうしてるかな?」

「君の場合、罪に問われる可能性は少ないだろう。君の姉であるエリカはライアにいるよ」

レイの言葉にアリスはポカンとした。

「姉さんに会えるの?ライアなんてずっと帰っていないよ」

「君が作られたのはもう40年も前だからね。当時、エリカは随分君を探していたよ」

「姉さんに会いたい。どうすればいい?」

レイが頷く。

「ぜんまいの国に仕掛けられた爆弾の処理をしなければね。アリス、君の体を僕が弄っても構わないかい?君はスーパーコンピューターだ。きっと調整すれば、爆弾も解除できるさ」

「本当に?俺がそんなこと出来るようになるの?」

「君はあのエリカが作ったスーパーコンピューターだ。まずは力の制御を覚えることが先決だね。イブ、茜、僕はこれからここで、アリスのメンテをする。君たちはどうする?」

「あぁ、俺たちは祭りに行く。一応国から招待されているしな」

「気を付けて」

「レイさん、後はお願いします」

レイはふわりと笑った。

「任されたよ」

✢✢✢

「九尾」

イビョンは野うさぎの姿で深い森の中を走っている。ここまで微かな人間の匂いをずっと追ってきたのだ。こんなところに人間の匂いが残っている事自体不自然である。霧が濃く気温が低いので、ハイキングやキャンプをするのは考えにくい。九尾が応答する。

「どうした?」

「やつらのアジトらしきものを見つけた。中には誰もいないがな」

「やはりもう国外へ逃げているか」

九尾が舌打ちすると、イビョンが言う。

「痕跡を探る。どこに向かったか分かるかもしれぬ」

「我も向かう」

「承知」

✢✢✢

茜たちは再びタクシーに乗り、祭りの本会場となっている広場にやってきている。昨日はここで、自爆テロが起こった。そのせいか、人は少ない。いくら騎士団が入念な警備をしていても、怖いと思う人が大半だろう。それだけ、昨日の事件は衝撃的なものだった。

「茜、セレモニーが始まる」

イブに言われて、茜は広場に作られたステージの方を見た。初めは国王が挨拶するはずだったが、総理大臣に代わっている。周りには屈強なSPたちが厳重に警戒していた。

挨拶が終わると観衆から拍手が起きた。皆、この祭りをずっと楽しみにしていたのだ。茜はそれにほっこりした。

「サルジ、ここにいたのか」

茜たちはサルジの警備するエリアに来ている。サルジが声を潜めた。

「状況は?」

「あまり良くない。レイがアリスの整備をしているが、詳しいことはまだ…」

「せめてなにか、手がかりがあればな…」

サルジがむん、と腕を組む。

「サルジ隊長」

やって来たのはシューリンだった。少し慌てているのか息を切らしている。

「何かあったか?」

「不審物を見つけました」

「!どこにある?」

シューリンが戸惑ったように言う。

「街中に。不審物は全てで6つありました。小型の物5つと大型の物1つです。大型の物には鍵穴が5つ付いている模様」

「鍵!!」

先程のアリスの発言を茜たちは思い出していた。

「鍵ならアリスが持ってる!」

イブの言葉にシューリンが頷く。

「報告によると、小型の物には鍵、大型の物の解除には、パスワードが要るようなのです」

「パスワードだって?爆弾は時限式なのか?」

サルジが尋ねるとシューリンは眼鏡を押し上げた。

「今日の15時がリミットです」

サルジが懐中時計を取り出す。

「あと6時間か…。アリスの整備にはどれくらいかかる?」

「2時間もかからないよ」

イブが端末をサルジの方に差し出している。どうやらレイと繋がっているようだ。

「ただ、再起動の時間を含めるとギリギリかな。鍵を送ったから受け取ってくれるかい?」

「ご協力、感謝する!!鍵が来たら手分けをして解除しよう。パスワードの解析はアリスに任せる」

「あぁ、そうだな」

ピロロと高く響く声がして、茜たちは振り返った。青い巨大な鳥が飛んでくる。バササと羽音を立てながら、イブの肩に留まった。足首には鍵が5つ入った袋が括り付けられている。イブがそれを解くと、再び飛び去っていった。

「こいつが鍵か。どれがどれの鍵だ?」

「色…ではないかと。こちら、地図です」

シューリンの言う通り、鍵はそれぞれ、赤、青、黄、緑、白で塗られている。
シューリンの差し出してきた地図にもそれぞれ色の記載がされている。

「サルジ隊長、あとは我々捜査部にお任せを。騎士団にはこのまま厳重警戒をお願いする」

「承知した」

サルジは一瞬悔しそうな顔を見せたが、すぐ飲み込んで頷いた。

「イブ殿たちにもお手伝いを。失礼します、隊長」

シューリンはサルジに恭しく頭を下げ歩き出した。茜たちも彼女の後を追う。

「自己紹介が遅れました。私は捜査部部長のシューリン・オルフェミアといいます。今回来賓でこの国に来られたのに、こんなことになってしまい大変申し訳ありません」

ぜんまいの国は普段、とても穏やかなのにと彼女は苦しそうに漏らした。

「イブ殿たちには、この白の個体の鍵の解除をお願いします。ここなら病院も近いので、アリスとの合流も比較的容易かと」

「シューリンさんってすごいね。まさに有能って感じ」

茜がそう言って笑うと、シューリンがぱっと顔を赤らめる。

「そんなことはありません。私などまだまだです。サルジ隊長が来るまで、私たちは堕落しきっていましたから。あの人が来たから、今の私がいるのです」

「サルジが聞いたら多分、スキップするな」

茜はその言葉に、思わず噴き出してしまった。

「では、我々で他の箇所を回ります。私の連絡先を渡しておきますね」

「あぁ。こっちは任せておいてくれ」

✢✢✢

茜たちはぜんまい列車に乗り、指定された場所に向かった。そこは既に黄色いテープで規制されている。

「一般の方は入れません」

捜査部と書かれた制服の青年に止められた。

「シューリンに頼まれている」

イブが一言そう言うと、彼はぴしっと背筋を正した。

「申し訳ありません!どうぞ、お通りください!」

「ありがとう」

どうやらアミューズメント施設らしい。クレーンゲームなどの色々なゲームが所狭しと置かれている。普段であればゲームで遊ぶ客で賑わうのだろうが、今は閑散としている。

茜たちは白いそれを見つけていた。思っていたより小さくて、茜は拍子抜けしてしまったくらいだ。白い15センチ程の長方形、鍵穴が左上についている。そして持ち去られることを懸念してか、鎖できつく固定されていた。

「これ…だよね?」

「あぁ、間違いないな。ただな」

イブがその場に胡座をかいた。茜もなんだろうと隣に座る。

「どうしたの?イブ…あ!」

「気が付いたか?」

「うん、ダイヤル錠も付いてるんだね」

「時間稼ぎってやつだな。ダイヤル錠の番号か…おっと」

イブが手のひらの白い鍵を見つめている。茜にも理由が分かった。

「番号が書いてあるね」

「あぁ、これってことかもな。ダヌキ、茜を連れて退避」

「え!そんなのやだよ!!」

「大丈夫。俺はただの爆破じゃ死なないから」

「茜様、社長の言う通りです」

「イブ…」

茜はダヌキに引きずられるように店を出た。しばらく様子を窺っていたが、何も起きる様子はない。すると、向こうからイブが何事もなかったように歩いてくる。

「解除出来た。シューリンにも情報を共有しておいたぞ」

「イブ!」

茜はイブに駆け寄り抱き着いた。

「心配かけたな」

「イブがいなくなったら困るんだからね?」

「大丈夫だよ」

イブに頭を撫でられて茜はようやく落ち着いた。

「そうだ!時間!!」

端末の時計を見ると、もうリミットまで1時間もない。

「お待たせ」

そこにレイが現れた。

✢✢✢

「我は神、イビョン!小鼠どもは妾が全て倒す」

「な…神だと?!」

イビョンは袋小路に男たちを追い詰めていた。彼らは異次元を跳躍し、ここライアにいる。

「妾の主は優しいが、妾は優しくないのでな。覚悟してもらおう」

イビョンは斧を勢いよく振り下ろしていた。男たちは全員、気絶している。九尾がそこに追いついた。状況を見て察したらしい。こう言った。

「イビョンよ、お主、手加減というものを覚えたのだな」

「ふん、九尾。妾はただ気が乗らなかっただけよ。あとは任せる。まだ鼠がいるからな」

「心得た」

九尾が笑うとイビョンに睨まれる。

「妾は手心など加えてはおらぬ…」

「そうゆうことにしておこう」

「ふん」

イビョンは再び野うさぎの姿で走り出した。

✢✢✢

茜たちはアリスの姿を見て驚いていた。オーバーオール姿こそ変わらないが、明らかにパーツがパワーアップしていることが分かる。

「茜、爆弾の所に行こう!」

アリスも自信に満ちた表情をしている。茜は頷いた。シューリンから他の小型の爆弾の解除が済んでいると連絡が来ている。残すところはあと一箇所だ。茜たちは爆弾の元に急いだ。



「これか!」

それは大胆にも城の庭に設置されていた。50センチ四方の黒い装置である。植木の茂みに隠されていたらしい。中身は核兵器と並ぶほどの威力があるものだ。

「この様子から、城の内部にも協力者がいたってことになるのかな」

レイが笑いながら言う。茜にはレイが怒っていることが伝わってきた。

「とにかく解除を!」

合流したシューリンが言う。アリスはそっと、爆弾を触り、調べ始めた。

「組織内の記憶媒体を検索、検索キーワード、パスワード」

キュウウとアリスの起動音が沈黙の中に響く。アリスはスーパーコンピューターとしての機能を完璧に使いこなしていた。

「ヒット、キーワードはAlice」

防護服を着たシューリンがキーワードを打ち込む間、周りを防御壁が二重、三重に囲む。

「打ち込んだぞ!」

シューリンがボタンを押すと、リミットを示していた時計が止まった。ここにいた者全員がホッと息を吐いたのも束の間、爆発が起こる。広場がある方だ。

「何事だ…!」

茜、イブ、ダヌキは走り出していた。
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