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154・千里

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茜はお玉で鍋をかき混ぜていた。今日の夕食はビーフシチューである。ダヌキから教わったレシピを見ながら作ったものだ。白い深皿に盛り付ける。バゲットも切って軽く焼いた。

「茜、ユキも運べるー!」

ぬいぐるみを抱っこしながら千が走り寄ってきた。千はお手伝いをする気満々だが、まだ2歳である。熱々のビーフシチューの皿を運ばせるわけには行かない。茜は引き出しからカトラリーの入った籠を取り出した。

「じゃあこれをお願いしようかな。イブに渡してあげて」

「はーい」

茜はコンロの火を止めて、そっと千の様子を見守った。

「イブ、はい!」

「千はちゃんとお手伝いが出来るんだな」

イブが、よしよしと千の頭を撫でる。

「あのね、イブ!ユキ、猫ちゃんのお世話をするお仕事したいの。サーラと一緒に」

「それ、ルナリアに入社ってことか?」

「そうにゅーしゃだよ!」

千は自信満々に頷いていた。恐らくよく分かっていない。茜はその様子に、小さく噴き出してしまった。

「入社かぁ。じゃあまずもっとお姉さんにならなくちゃな」

「ユキ、くーちゃんのお姉さんだよ!すごくお姉さんなの!!だからにゅーしゃも出来るんだよ!」

「うーん、そうかぁ」

イブも困ってしまったらしい。茜はビーフシチューの皿を運んだ。皿をテーブルに並べる。

「千、大事なお話は後にして、ご飯にしよう?イブは社長さんだからすぐには決められないんだよ」

「そうなんだぁ」

茜の言葉に、千も納得したようで、大人しくいただきますをした。

「美味しいよ、茜」

「良かった」

「パンがカリカリしてるの!美味しい!」

千もモリモリ食べている。

「飯を食ったら出掛けような」

イブの言葉に2人は頷いた。茜は食器を拭き、棚に片付ける。そこに九尾が顕現した。

「行けるか?」

「おっきい…」

千が茜の太ももに抱き着いてくる。そういえば九尾とちゃんと会ったのはこれが初めてだ。

「千、九尾様だよ。神様」

「神様なの?」

「そうじゃよ」

千の頭を九尾はふかふかした尻尾の毛先で優しく撫でた。千が歓声を上げている。

「では、行くとしよう」

茜、イブ、千は九尾の背に跨った。

「ちょいと飛ばすからな。しっかり掴まっておれ」

九尾がふわりと飛び上がる。気が付くと山中を走っていた。

「はやーい!ね、くーちゃん」

「千、ちゃんと掴まって。危ないよ」

茜が千を抱き寄せる。九尾の全力疾走は怖いほど速い。

「間もなくじゃ」

向こう側にキラキラとした灯りが灯っている。それと同時に強烈な匂いが近寄ってきた。

「変な匂いするー!」

千がきゅっと鼻を指でつまむ。

「温泉の匂いだよ、千」

「温泉ってこんな変な匂いなのー?」

千の問いにイブが笑う。

「体にいい温泉だからな。着いたら、早速入ってみるか」

茜もドキドキしていた。何かが起こる、そんな予感がしたのだ。
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