上 下
87 / 168

87・手当

しおりを挟む
「ん…っ…」

茜は痛みを堪えた。麻酔の注射を両手の指に刺される。麻酔がこれほど痛いものとは思わなかった。茜は歯を食いしばってなんとか堪える。

「大丈夫。これから縫うからね」

レイが静かに言うので茜は黙って頷いた。レイはスルスルと器用に傷口を縫ってくれた。

「かなり深い傷だったよ。しばらく安静にね」

「はい。あの、レイさん」

「なんだい?」

「本当に助かりました。じゃなかったら俺…」

今更恐怖が茜の心身に襲い掛かってくる。無意識の内に涙があふれてくる。つ、と頰を涙がつたうのをレイが指で拭ってくれた。

「君は自分を守った。だから僕が助けに入れたんだ。君はよくやった」

「茜!!」

イブが駆け寄ってくる。茜はイブの胸に飛び込んでいた。

「お前、怪我してるじゃねえか」

「うん。刀身を持ったからね」

イブにきつく抱き締められる。

「ごめんな、茜。肝心な時に助けてやれなかった」

「イブ…」

イブがレイを見つめる。

「茜を助けてくれたのか?」

レイは首を横に振る。

「僕は千里と一緒にここに戻ってきただけだよ。たまたまだ」

茜は千里の様子を見つめた。彼女は人形のように佇んでいる。

「レイさん、千里は?」

茜が尋ねると、レイは千里の髪の毛を撫でた。千里は微動だにしない。

「彼女の体はほとんど作り物だ。今はこの中にいない。多分ネットワーク上を漂流している。僕に出来たのは彼女のバグを消すことだった。茜、千里が気になるのかい?」

茜はイブを見上げた。イブに頷かれる。

「はい。千里の行動がバグが原因なら彼女を助けたい」

レイは目を瞠った。そして笑う。

「茜、君は可愛い子だね。大好きになりそうだ」

レイの言葉に、イブが前に出る。

「イブ、大きくなったね」

ふふ、とレイが穏やかに笑う。

「レイ、茜にちょっかい出したらいくらお前でも許さないからな」

(2人は知り合いなの?)

茜はそう疑問に思ったが黙っていた。

「茜、とりあえずホテルに戻ろう」

そういえばここはどこなんだろうと茜は今更ながらに思った。イブの右腕にひょいと担がれてしまう。

「ねぇイブ、ここどこなの?」

「ここは次元の狭間だ。次元と次元を繋ぐトンネルって言ったら分かりやすいか?」

「うん、なんとなく分かった…かも」

ぎゅ、とイブの首に抱き着くと、頭を撫でられた。

✢✢✢
ベルベルトホテル内―

「どうしよう…」

その日の夜、茜は一人狼狽えていた。いつものように風呂に入ろうとして、服を脱ぎ始めてから気が付いたのだ。両手が使えない。

「茜、風呂か?」

茜の声を聞きつけたのかイブがやってくる。

「さっきご飯だってダヌキさんに食べさせてもらったばっかりなのに、もう忘れてるし」

ダヌキは茜にひれ伏しながら謝った。ダヌキのせいではないと茜は言ったのだが、彼はこれから、もっと鍛錬すると言っていた。イブが茜の服に手をかける。

「俺が洗ってやる。大丈夫、すけべなサービスも込みだぞ」

「それはお断りいたします」

かああと顔が赤くなったのをイブが見逃してくれるはずがなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

オメガの僕が運命の番と幸せを掴むまで

なの
BL
オメガで生まれなければよかった…そしたら人の人生が狂うことも、それに翻弄されて生きることもなかったのに…絶対に僕の人生も違っていただろう。やっぱりオメガになんて生まれなければよかった… 今度、生まれ変わったら、バース性のない世界に生まれたい。そして今度こそ、今度こそ幸せになりたい。  幸せになりたいと願ったオメガと辛い過去を引きずって生きてるアルファ…ある場所で出会い幸せを掴むまでのお話。 R18の場面には*を付けます。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

その溺愛は伝わりづらい

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。 目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。 爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。 彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。 うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。  色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。

処理中です...