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8・メノウのおうち

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次の日の昼前に兄さんが作ってくれたお弁当を持って学校に行った。昼休みにあまり学校にいたことがないから正直めちゃくちゃ緊張している。仲良しグループで食べるんだろうと思っていたら一人で食べている子も結構いた。マオ君とレオ君が当然のようにここにいるから俺はすごく救われている。

「翔也君、珍しいわね。お昼に来るなんて」

英語の担当の先生に声を掛けられて俺は思わずびくっとなってしまった。なんでこうなるんだろうか。
普通にしていればいいだけなのに。でもその普通から既に、俺はずれてしまっているのもまた事実だ。

「一緒に食べましょうよ」

「あ、はい」

断る理由もなかったし俺はその輪に入った。マオ君とレオ君の方を見ると頑張れというように頷かれる。
大丈夫だ、俺はひとりじゃない。

「わあ、翔也君のお弁当美味しそう」

「あ、兄が作ってくれて」

「お兄さん、お料理上手なのねえ」

はいと俺は頷いて下を向いた。どうしよう、場が持たない。

「翔也君、最近面白かったことあった?」

「あ、ハムスターを預かって」

面白いのは間違いない。メノウさんが怒るかもだけど。

「え、いいじゃない。ハムスター可愛いわよねえ」

「はい」

皆の話を先生が上手に引き出してくれてちょっと気持ちが楽だった。もっとこれに慣れてきたらお友達が出来るかもしれない。ちょっと希望を抱きながらお弁当を食べ進める。

「今日は午後何する?」

「えっと古文をやります」

「翔也君、早いなあ」

一緒にお弁当を食べていた阿部君という男の子に驚かれて俺は焦った。もたもたしていたら昼休みが終わりを告げる。

ああ、もっとちゃんと話したかったなあ。

「ね、言ったでしょ?しょうや」

いつの間にかマオ君が背後にいる。

「しょうやなら、何でもできるんだよ」

何でもはさすがに無理だろうけど、マオ君の言いたかった気持ちを俺は汲み取ることが出来た。そうだ、人と話す時は言葉だけじゃなくてその人の感情も汲み取る必要がある。
実際に顔を合わせて話すだけで随分違う。電話やメールじゃ表せないものだ。
その後、古文のルールを学んだ。最近言語に興味が湧いてきている。面白いなと思う。

「あの、図書室の本ってどうやって借りれば?」

まだ学校に来て三か月。分かっていないことの方が多い。

「学生証を見せてもらえば借りられるわ。今日借りていく?」

「え、はい」

俺は無性にわくわくしてきた。図書室というものに久しぶりに入ったからかもしれない。棚には沢山の本が並んでいる。小学校の頃、俺にとっては逃げ場だった。

「懐かしいな」

そっと一冊、本を手に取る。
昔大好きだったシリーズだ。どんな話だったっけと思って借りてみることにした。
他にも最近流行ったライトノベルも借りてみることにする。少し学校と距離が近くなったような気持ちになる。

「じゃそろそろ帰ります」

俺はさようならと皆に言って学校を後にした。マオ君とレオ君は校門にいた。

「もしかしてずっと待っていてくれたの?」

「当たり前でしょう。今日はコロッケも買うんだもんね」

「うん」

学校から駅に向かう。俺たちは商店街にやって来ていた。ベーカリー米田は準備中の札がかかっているから、傍にあるインターフォンを鳴らす。リッカさんはすぐに出て来てくれた。

「え?あの子、飼ってくれるの?」

「はい。兄さんが今日ケージを買ってきてくれるって」

「わああ、助かるわ。ハムスターはたくさん生まれちゃって」

ありがとうとリッカさんに両手を握られる。

「今日もお友達と来てくれて嬉しい。クッキー焼いたの。皆で食べて」

「ありがとうございます」

その後お肉屋さんでコロッケをたっぷり買った。かぼちゃコロッケが特に好きだからいっぱい買った。

「しょうちゃん、いつもありがとね!」

商店街の人は顔見知りの人が多い。ずっと小さな頃からお世話になって来た。俺はあわあわしながら頭を下げて、逃げるように家に帰った。

「姫様、お帰りなさいまし」

「メノウ・・さん、ただいま」

「姫様が今日も可愛らしい」

ほう、とメノウさんにため息を吐かれて俺は困ってしまった。可愛いって言われるのは誉め言葉だとは思うけど一応俺は男だ。それなのに姫様と呼ばれて抵抗がないのは俺の性自認が女だからかなって思う。

性同一性障害と一般では言われているけど、俺はそこまでじゃない。今のままでいいと思っている。このままの俺を好きでいてくれる人がいる。それで十分だと思っている。

「しょうや、どうしたの?」

俺は冷蔵庫を無心で漁っていた。マオ君がそんな俺を見て焦ったように尋ねて来る。

「大変だ」

俺は無意識に呟いていた。

「何が大変なの?」

「具だくさんのお味噌汁が食べたい」

「それは緊急事態だな」

レオ君が笑っている。俺は一心不乱に野菜の皮を剥いてコトコト煮込んだ。玄関で音がする。兄さんだ。

「なんか美味そうな匂いがする」

「お帰り、兄さん。お味噌汁作った」

兄さんは大きな箱を持っていた。メールで送っていたものを買って来てくれたらしい。

「ありがとうな。ケージもあってよかったよ」

「メノウさん、あとでお引越ししようね」

俺はケースでふんふん鼻を動かしていたメノウさんに話しかけた。

「その子メノウさんって言うのか」

「うん」

コロッケはいつも通り美味しくて沢山食べた。


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