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僕たちの境界(千尋✕加那太)

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この家の夜は静かだ。千尋はPCに向かい趣味の作業をし、加那太はプラモデルを組んでいる。今度開催される町の催しに飾られることになったので手は抜けない。

「なぁ、加那?」

カタカタとキーボードを打っていた千尋が急に手を止めて話しかけてきた。加那太もプラモデルから顔を上げる。

「お前、最近不思議な力発動してないよな?」

そう、加那太と千尋の周りでは不思議なことが偶発してきた。最後の方は二人共、そんなものだと受け入れるようになっていたくらいである。

「本当だ。でもその方が平和なんだけどね」

「確かにな。大変だったもんな」

「本当にそう」

加那太は持っていたプラモデルを撫でた。不思議なことは確かに起きていない。だが少し気になることはあった。

「加那?」

千尋に名前を呼ばれて加那太はハッとなった。

「やっぱり何かあったのか?」

ここで黙っていたら、ますます千尋を不安にさせてしまう。

「タマが外に行きたがるの」

「タマが?」

タマはこの家のお嬢様猫である。加那太の後を不器用ながら必死に追いかけてきて、加那太が折れる形でこの家にやって来た猫だ。

「タマ、どこかに行きたいのかな?元の飼い主さんがいる…とか」

加那太がそう不安な気持ちを漏らすと、千尋が向かいから加那太の手を握る。

「タマを連れてきて、もう半年だぞ。俺も注意して見てるけど捜索してますなんて話、聞いたことがない」

千尋の言い分は最もだ。では、タマはどこに行きたいのだろう、と加那太は考えた。

「加那、タマのこと心配だから二人でよく見てような」

「うん」

二人でそう決めて、加那太は少しホッとした。千尋はいつもしっかり考えてくれる。仕事で多少疲れていても、自分の気持ちを最後まできちんと聞いてくれる人だ。

「あー、彼氏が千尋でよかったー!」

「何だよ、急に」

「だってピヨッタとか見てると女の人が家事やって育児やって、しかもフルタイムで仕事までやるんだよ?信じられる?」

「あー、所謂ワンオペってやつか。シングルマザーも増えてるみたいだしな」

「同じ男として大変不甲斐ない」

加那太ががくっと頭を下げると千尋が噴き出した。

「お前が申し訳ないって思ってもな」

「だって僕の職場でも親御さんがそういう人だったー!って話をよく聞くの」

加那太は中学校で図書教諭として働いている。

「そうだな、とりあえず有権者にはなるべく選挙に行ってもらうことだな」

千尋の正論に加那太はそうだよね、と頷いた。

✢✢✢

加那太は水筒に麦茶と氷を入れて、愛用しているリュックサックに入れた。今日は休みでこれから図書館に行こうとしている。玄関に向かうと、タマが走って後ろを付いてくる。

「駄目だよ、タマ。お外行かないよ」

「にぃぃ」

加那太は慌ててタマを抱き上げる。だが、甘えるように可愛らしく鳴かれて、加那太は少しだけならとドアを少し開けた、瞬間だった。
ぴょんっと後ろ足の力でタマは加那太の腕から抜け出し走り出したのだ。

「タマ!駄目だよ!!」

加那太は家の鍵を締めて、慌ててタマの後を追った。タマは加那太を待っているかのようにこちらを窺っている。

「タマ、おいで。もう帰ろう?」

加那太がタマに近付くとタマは鳴いた。

「プリンセス、お待ちしていました」

急にそんな言葉を掛けられて、加那太は固まった。見上げると金髪を後ろで一つに結い上げた若い男がいる。いつの間にか加那太はドレスを着ていた。どういうこと?―と一瞬混乱したが、いつもの不思議なことかと思ったら、少し落ち着いた。

「今日も麗しい」

男に手を取られ甲に口づけを落とされる。げ、と思ったが顔に出さないように気を付けた。

「姫君」

聞き覚えのある声に加那太が振り向くと、千尋がいた。だが、いつもの千尋とは少し違う。高校生の頃の千尋だ。千尋は加那太の前に跪いた。

「俺と一緒にいてくれますよね?」

「え、えと…」

加那太は困り果てた。

(どうも次元を跳んだみたいだ。タマにそんなすごい力があったなんて)

「その、少し休んできます!」

加那太は慌ててその場を逃げ出したのだった。
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