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12・回転木馬

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土曜日の朝、慧はアウトレットで入手したワンピースを着ている。きゅ、と腰元のボタンを留め、リボンを結ぶと、可愛さが跳ね上がる。慧にしては珍しく、黄色を選んでいた。これからの暑い季節にぴったりだ。足元は黄色のパンプスを履くことにしている。それもアウトレットで安く入手していた。

「わ、これなら流石の保も可愛いって言うんじゃないか?」

姿見を見ながら慧が独り言を呟いていると、インターホンの音が聞こえる。保だ、と慧はドキドキしてきた。モニタを見るとやはり保だ。今日の彼は深緑のポロシャツを着ている。今日もカッコいい、と慧は更にドキドキした。

慌てて玄関に向かい、ドアを開けると保がいた。

「おはよう、慧。あ、そのワンピース」

「えと…どうかな?」

『可愛い』って言え!と心の中で叫んでみる。

「すごく似合ってるよ」

「ぐ…」

「大丈夫?もしかして具合良くないの?」

保が慌て始めたので、慧はなんでもないと首を横に振った。

(こいつ、てこでも可愛いって言わねえな)

ジロリと睨み付けたが、保はどうしたの?と首を傾げている。

「なんでもねぇよ!」

慧は保の左腕に思い切りしがみついた。少しでも保の体勢を崩してやれと思ったのだが、ひょいと軽く支えられてしまう。

「慧、すごく楽しみなんだね」

ふふ、と保が穏やかに笑っている。今日は保を丸一日独り占めに出来るのだ。

(絶対に可愛いって言わせてやる!)

慧は一人燃えていた。

二人は最寄り駅から電車に乗った。週末であることもあり、車内は混んでいる。

「慧」

名前を呼ばれて手を引かれる。いつの間にか保の腕の中にいた。

「俺に掴まっていてね。揺れるし、混んでるから」

「あ、ありがとう」

保のこういう所が慧は大好きだ。保の胸にしがみつくと、頭を撫でられた。

「今日はウィッグなんだね」

「まだ美容院に予約できてないんだ。俺の行けそうな時間がちょうど空いてなくて」

「巧さんにやってもらうとか?」

確かに巧の腕は信用できる。

「分かった、今聞いてみる。ちょうど撮影してるだろうし」

「やってもらえるといいね」

メッセージアプリを開き、巧にメッセージを送る。するとすんなり返信がきた。一言『やる』というだけなのが巧らしい。

「あいつ、暇なのか?」

「慧のメッセージが嬉しかったんだよ」

ガタンと急に電車が揺れる。ぎゅっと保に背中を支えられた。ぽふんと、保の胸にもたれかかる形になる。慧は慌てて彼から離れた。顔が熱い。

「す、すごく揺れたな?」

「うん、痛くなかった?」

「大丈夫」

よかった、と保が笑う。

「保はドキドキしないのか?」

なんだか悔しくて言うと、彼の顔が耳元に寄せられる。

「慧、あんまり俺を煽らない方がいいよ」

「ひゃ…」

心地よい低い声に慧は悲鳴をあげた。保も自分と同じくらいドキドキしている、と捉えて良いのかと慧は彼の顔を見上げた。保はスマートフォンで今日行く遊園地の地図を見ている。

「慧、回転木馬乗るよね?」

「あ、おう」

この遊園地の花形はジェットコースターではなく回転木馬だ。2階建ての巨大な物で、恋人と乗ると一生一緒にいられるというジンクスがある。
慧は幼い頃から保とこの遊園地に遊びに来て一緒に回転木馬に乗っていた。だが、条件が『恋人』とある。
今までも保が好きだったが、あくまで親友だった。今日は『恋人』として乗れたら、と思っていたのだ。慧のそんな気持ちを保は汲んでくれるらしい。慧が保に寄り掛かると優しく抱えてくれた。

✢✢✢

遊園地のチケットを購入し、ガイドマップをもらう。すでに昼前だ。

「さ、慧。どうする?」

慧は保の隣からガイドマップを覗き込んだ。何度も来ているので地図は頭に入っているが、こうやって二人で話し合うのは恒例になっている。

「よし、昼飯前にチュロス行くか!」

「あぁ、確か限定のフレーバーが出てたよね」

「オンスターに載せるんだぜ」

「待って待って、今載せたら凸されちゃうよ」

「大丈夫じゃねえか?」

「だーめ。今だって結構見られてるし」

「え?」

保にぎゅっと抱き寄せられて、慧はドクン、と心臓が跳ねた。急に保に触られると自分は緊張するらしい。

「見られてるって誰に?」

小声で尋ねると保が頷いた。

「ちょっとごめんね」

保にひょいと抱えられてしまう。気が付いたらチュロスを売っているワゴンの傍にあるベンチにいた。

「はい、慧」

保が両手にチュロスを持って現れる。

「お金・・・・」

財布を出そうとしたら止められた。

「奢り。まあこれだけなんだけど」

保が苦笑いをする。

「俺もバイト始めようかなって思ってて」

「保、勉強あるのに大丈夫なのか?」

「うん、一学期に取れる単位は取ったんだ。かなり忙しかったよ」

どうやら保なりに格闘していたらしい。すごいなと慧は感心した。

「でもお前、農学もやってるってはじめが」

保がにっこり笑う。

「だって俺も慧と農業したいもん」

「え!シホーショシはどうするんだ?」

「両方やる」

「え!」

保に食べようと促されて慧は一口チュロスに噛り付いた。甘い。ピンク色のチュロスに水色のクリームがかかっている。慧はスマートフォンで写真を撮った。基本的にオンスター上で自撮りは載せない。
それに今投稿すると周りに迷惑がかかるようだ。慧はスマートフォンをしまってチュロスを味わい始めた。

「ん、人の金で食うチュロスは格別に美味いな」

「言い方」

チュロスを食べ終わったことで更に腹が減って来てしまった慧である。

「保!カレー行くぞ!」

「はいはい」

保に手を握られる。恋人握りと呼ばれるそれに慧はドキドキした。

「保、回転木馬のジンクスって知ってるか?」

「知ってる。でもジンクスなんかに頼らなくても俺は慧の傍にいるよ」

慧はその言葉にクラっと来てしまった。まるでプロポーズである。

「慧?大丈夫?」

「大丈夫」

(保の奴、自覚なしなのか?)

だが嬉しいことに代わりはない。むしろご機嫌だ。慧はるんるんしながらカレーを注文した。早めに来たことがよかったのか無事席に着くことが出来た。ここでももちろん料理の写真を撮る。慧が頼んだのはバターチキンカレーとナンのプレートだった。ドリンクは今だけの限定のものを頼んだ。こちらもピンク色のドリンクである。一方で保はカツの載った豪快なカレーライスだった。

「わ、保の料理がっつりだな」

「慧はいろいろ忘れてるけど、俺たちは食べ盛りだからね」

「そうなのか」

いただきますと保が手を合わせていたので慧も慌てて真似た。

「うんまいな」

「うん、美味しい」

「あのー」

食べていると女子数人が傍にいる。慧は首を傾げた。

「あの!モデルの慧さんですよね?私ずっとファンで」

「ああ、えーとありがとう」

きゃああと女子数人が歓声を上げている。

「本当に男性なんですね!でも顔ちっさいし肌キレ―」

「コスメのレビューとかめちゃくちゃ見てます。あの、握手してください」

「あ、えーと、カレー食べてた手でいいなら」

「慧さん可愛いー!!」

女子数人のテンションはほぼマックスだ。周りも何事かとこちらを見ている。慧は笑った。

「お姉さんたち落ち着いてくれ。握手するから」

「ありがとうございます」

女子たちを見送って慧はほう、と息を吐いた。

「お疲れ様」

「俺の顔ってそこまで特徴ないはずなのにおかしいな」

「慧は美人だよ、誰よりも」

保が美人という言葉を使うと今までは寂しい気持ちになっていた。だが今はそう感じない。

(それって俺が大人になったから・・なのか?)
 
愕然としていると保がどうしたの?と話し掛けて来る。

「いや、なんでもない」

「カレー食べたら回転木馬行く?」

「わああ、行く!」

午後はたっぷり遊ぶぞおと慧は気合を入れ直した。


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