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3・友達以上

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朝、慧は最後に前髪を鏡でチェックしている。早く地毛が伸びないものかと思うが、そうは上手くいかない。お陰で、まだウィッグに頼っている。早くウィッグをやめて、可愛いピンクブラウンに髪の毛を染めたいなぁと慧は思っていた。

「慧、保くん来たわよ」

母親に呼ばれて、慧は慌てて手提げ鞄を持った。
化粧道具の入った大切なポーチも忘れない。どちらもピンク色の可愛らしいデザインのものだ。化粧ポーチは保が誕生日にくれた。すごく嬉しかったのを今でも思い出す。それからは毎日持ち歩いている。

「おはよう、慧」

「おはよう、保」

保が慧の頭をぽむぽむする。これが触るってことか!と慧はドキドキした。保と友達以上になってはみたものの、何をどうすればいいのかさっぱり分からない。

「ね、保?俺、ちゃんと友達以上になれてる?」

心配になって尋ねてみたら保が笑った。

「じゃ、キスしてみる?」

「き!!?」

急にキスか、とドキドキしたが、ここで引くのはなんだか格好がつかない気がする。

「いいよ、キスでもなんでも来いってんだ」

「慧からしてほしいんだ」

「え…」

保がこんな事を言うなんてと思ったが、言ってしまった以上引き下がれない。

「こ、ここでキスするのか?」

辺りに人気はないものの、なんだか恥ずかしい。

「慧、嫌なら嫌って言うんだよ?」

「嫌じゃねえよ!た、保とキスしたい」

思わず声が震えた。あ、と思う間もなく保に抱き締められている。友達以上は心臓がいくつあっても足りない。これがもし恋人になってしまったら?と慧は思う。今だって十分仲はいいのに、恋人になったら、もっと何かが変わるんだろうか。

「慧、好きだよ」

慧もそろっと両腕を保の背中に回した。がっしりしたたくましい背中にドキドキする。見上げると間近に保の整った顔がある。慧は恥ずかしくなって顔を伏せた。

「よし、充電できた。キスは慧の出来そうなタイミングでして」

保ににっこり笑われて、慧はドキドキすることしかできない。出来そうなタイミングでと彼は言ったが、つまりそれは具体的にいつなんだろうか。

「慧、行くよ」

「あ、おう」

手を差し伸べられて慧がその手を握ると引っ張られた。なんだか甘くて、心になにか温かいものが満たされるような感覚を覚える。これが好きという気持ちなのだろうか。だとしたらすごく幸せな感情だ。大学の門が見えてきた。保に伝えておかなくてはと慧は慌てた。

「あの、あのな保!ゴールデンウィーク、姉ちゃんがアウトレットに連れてってくれるって!一緒に行かない?」

「あ、それ、俺も行く」

横から急に誰かに入られて、慧は固まった。

「は、はじめ?!なんで…お前が?」

「いいよね?山川くん?」

にこにこしながらはじめがいう。

「うん、俺は別に構わないけど」

保が戸惑ったように言う。

「はじめ!お前は誘ってないぞ!」

「えー。そんな意地悪言わないでよー」

「意地悪じゃない!姉ちゃんだって多分こま…」

あの陽気な姉のことだ。多分困らない。慧はむむ、と考えた。

「ね、慧ちゃん、俺とお友達になってくれたでしょ?お近付きの印に一緒にお出かけよくない?」

山川くんとももう友達だもんねー、と外堀を埋められてしまった。他に断る理由を探したが、あるはずもない。慧は渋々了承したのだった。

✢✢✢

今日はみっちり講義が詰まっていた。空いた時間で復習をして予習もする。慧は女の子だと周りから思われているらしい。可愛いね、と口説かれることも何度かあった。慧はそういう輩は基本的に相手にしない。この年になるまで、そういうことは何度も経験してきている。

「なんだよ、誰にでも股開くくせに」

無視するとこんな捨て台詞を吐く者もいる。どうやらルックスのいい保とはじめがそばにいるからだろう、と慧は冷静に分析した。
だが、そんなことで負ける慧ではない。自分は何も悪いことはしてないのだ。堂々としていればいい。

「慧ちゃん、お願い!さっきの講義のノート見せて!」

図書室で予習をしていると、はじめがやってきてこう頼み込まれた。静かにしろ、とポーズで示すとはじめも声量を落とす。

「途中から先生が何言ってるか理解不能だった」

先程の講義は、確かにスピードが早かった。

「予習しないからそうなるんだぞ」

慧が、んとノートを差し出すと、ありがとう!とはじめが破顔する。

「今すぐ写す!時間ある?」

「あぁ。まだ予習するから」

「慧ちゃん、本当に勉強好きなんだねぇ」

「好きっていうか、学生はそういうもんだろ」

慧の言葉にはじめがびっくりしたような顔をする。自分はなにか変なことをいっているだろうか、と考えたが分からなかった。

「早く写せ」

「うん」

はじめが机に向かったのを確認して、慧も自分の勉強に戻った。


✢✢✢

「慧、知ってる?新作のコスメ出るんだって」

大学から帰り、風呂に入った慧は自室で念入りにスキンケアをしていた。どうもこの頃、日差しが強くていけない。日傘をさしたり、日焼けには特別気を付けているが、限界はある。姉がスマートフォンを渡してくれたので慧はそれを慎重に受け取って画面を見た。 

「わ、ピンク可愛い」

「そう、その色可愛いわよね!」

「最近行ってないや。化粧品売り場」

「慧は勉強忙しいもんね。あんた、モデルもやってるんだし、ちゃんと休めてる?」

「夜はよく寝てるけど」

姉はこうして心配して自分に声を掛けてくれる。有難い限りだ。明日、近くの薬局に見に行ってみようと慧は決めて、自分のスマートフォンを操作した。
先程姉が見せてくれた化粧品のページを探す。

「可愛いって言ってくれないなぁ」

保は相変わらず自分を可愛いとは言ってくれない。ここまで来るともう作為的な物を感じる。

「俺ってやっぱ可愛くない?いや、はじめは可愛いって言うよな?」

なんで保は自分を可愛いって言ってくれないんだろう?と慧は考えた。もちろんその理由など分かるわけもない。

「ピンクで気分アゲるか」

明日は自分にご褒美をあげよう、そう決めて慧はベッドに潜り込んだ。枕の隣には大事なぬいぐるみが数個置かれている。慧はぬいぐるみを優しく撫でた。

「保、俺に触りたいって言ってた。それってやっぱそうゆう?」

そこまで考えて慧は恥ずかしくなってきた。

「やっぱダイエットする…」

慧はいつの間にか眠っていた。

✢✢✢

「慧、本当にウインナー要らないの?」

「今日から、野菜だけにするから」

次の日の朝、慧は自分の弁当を作っている。今日からは野菜中心のヘルシー弁当にした。ウインナーや玉子焼きは封印である。ご飯の量も減らした。ダイエットは食事管理が命だ。運動だって頑張るつもりでいる。朝食もそこそこに慧は出かける用意をした。インターホンが鳴る音がする。
保だろう。ドアを開けると思っていた通り、保だった。

「おはよう、慧」

「保、おはよう」

いつもの挨拶を交わして、慧はハッとなった。ここでキスをすれば良いのかもしれない。

「保、今、キスするから」

屈んでとお願いすると、保が屈んでくれた。
それでも慧はつま先立ちをする必要がある。小さいというのはこういう時不便だ。

唇にそっと自分の唇を重ねる。それだけなのに顔が爆発しそうなくらい熱い。

「慧、ありがとう」

よしよしと頭を撫でられて慧は嬉しくなった。もっとキスしたい。そう思った。保のことが好きなのは間違いない。多分、恋愛感情だと思う。
自分だって保に触りたいのだから、おあいこだ。

「俺も保が好きだよ。だって触りたいもん」

「触っていいよ」

ふんわり言われて慧は困った。いきなり触ったら変態みたいじゃないか、と思ったのだった。

「変態じゃない?」

「俺がいいよって言ってるから変態じゃないよ」

さすが法律に明るい保である。慧はぎゅ、と保に抱き着いていた。保の体には綺麗に筋肉が付いている。

「鍛えてる?」

「これから体力要るかなって思って」

「俺もやりたい。教えて」

「慧は筋肉付きにくいもんな」

さす、と二の腕を掴まれた。

「一緒にストレッチからやってみよう」

慧は再び保に抱き着いていた。
好きだなぁという気持ちがじわじわ湧いてくる。ずっと自分は保が好きだったのだと今更になって気が付いた。だから女の子に囲まれている保を見るとモヤモヤしていたらしい。

「俺、女の子たちに嫉妬してた」

「なんで?」

二人は話しながら慧の家を出る。

「だって保に彼女が出来るかもって焦ったんだ」

「慧が俺のことをずっと好きでいてくれてたって思ってもいいの?」

「うん、それしか考えられない」

肩をぎゅっと抱き寄せられる。

「じゃあ俺たち両思いだったんだ」

ふふ、と保が笑う。その嬉しそうな表情が慧には嬉しい。

「両思いってことは恋人ってこと?」

「急に恋人になったら慧が爆発しそう」

確かに、と思った。ただでさえ、ドキドキですごいのに、これ以上は耐えられないかもしれない。

「ゆっくりいこう。大丈夫、俺たちには沢山時間があるからね」

「ん」

する、と自然に手を繋がれて、慧はドキッとした。保はいつも優しい。

「俺は慧だから好きになったんだよ。俺、ゲイだから女の子に興味ないし」

それは初耳だった。保が顔を赤らめる。

「慧、嫌だったら言うんだよ」

「い、嫌なわけ無いだろ!」

保が笑って自分の学部に向かった。
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