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二話

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「アイシュ、おいで」

ベルがアタシの手を握って優しく引いてくれる。
ここはツリュードリヒ家自慢の前庭だ。アタシがいつもいる裏庭とは違ってお抱えの庭師が毎日きちんと手入れをしている。
ベルが人間になって、もう数日が経つ。
いつの間にか彼はアタシの護衛という役目をもらっていた。それはつまり、お父様に気に入られたことを示す。
お母様もベルがかっこいいからか、アタシに文句を言わなくなった。それどころか、いつもベルの気を引こうとしている。
ベルもまたそれを絶妙に振り払っているようだ。アタシ、これからもベルと一緒にいられるのかな。もし何かあったら。そう思うと悲しくなる。

「アイシュ」

色々考えていたら、ベルに急に名前を呼ばれた。そのままベルに抱き締められる。逞しい体にドキッとしてしまう。ベルは男性なんだって再認識するから。

「大丈夫だよ、アイシュ」

「…ベルは怖くないの?」

アタシは素直じゃない。ひねくれているから物事を斜めからしかみられない。こんなアタシがベルに愛してもらっていいの?

「俺は、アイシュを失うのが一番怖いよ」

「ベル…ありがと…」

アタシは泣きそうになった。ベルが優しくて嬉しかったから。アタシは彼を信じたい。

「アイシュ、日が傾いてきた。部屋に戻ろう。自主学習の時間だ」

「うん」

アタシはベルと共に屋敷に戻った。音を聞きつけたお母様がすぐさまやってくる。

「まぁベル。こんな子の相手をしてあげてたの?アイシュリタ、早く部屋に戻りなさい」

「はい、お母様」

アタシは素直に階段を上った。お母様がベルにベタベタしているのを見たくなかった。
ベルはお母様をあしらうのが上手い。でももし…何かあったら。アタシは首を横に振った。やだな、ベルのことをずっと信じていたいのに。

アタシは自分を信じられない。周りにひどいことをしているのかもしれないと思うと鋭いナイフを想像するようになってしまっている。
そのナイフを突き刺す先はアタシの心臓だ。アタシはハッとなった。目の前にはノートとテキスト。どうやら居眠りをしてしまったらしい。時計を見るともう真夜中で驚いた。

お腹…すいたな。

アタシはそっと部屋を出た。キッチンになにかあるかも、そう思ったからだ。

お母様とお父様が何か話している。アタシはドアを少し開けて中の様子を伺った。

「アイシュリタを女学院の寮に入れましょうよ。あの子に必要なのは協調性よ」

「そうだなぁ」

なんだ、アタシを遠くに追い払う計画か。
そしたらベルと離ればなれになっちゃうの?悲しくて胸がズキズキする。
寝室を離れてキッチンに向かったら明かりが点いていた。こんな時間に誰がいるんだろう。

「アイシュ、腹減っただろ?」

そこにいたのはベルだった。アタシはホッとして彼に近寄った。

「ベル、アタシね、学校の寮に入れられちゃう…」

素直に言ったらベルが笑った。

「俺は人形だぞ?アイシュが連れて行ってくれればいつでも傍にいられる。俺が必ずアイシュを護るよ」

ベルの優しい言葉にアタシは泣いてしまった。

「アイシュ、色々悲しいことが重なったな。
でもきっと良くなるから。ほら、リゾットを作ったから食べろ」

「うん、ありがと…」

アタシはもう決めた。ベルの事だけは信じようって。優しい彼を絶対に大切にしようって。
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