いちゃらぶ③(日常の一コマ)

はやしかわともえ

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千尋・加那太・真司・千晶

急な来訪者①(ハロウィン)

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もう10月に入っている。あんなにしつこかった残暑は嘘のように消え去り、涼しい風が吹き付けるようになってきている。真司は会社から帰ってきたところだ。いつもなら千晶と共に、車で出勤しているのだが、今日は出張で都内に行かなければならなかったので、電車移動だった。真司の住む街はいわゆるベッドタウンと呼ばれる場所で、マンションがこれでもかと建ち並んでいる。真司は自分の住むマンションに向かって歩いていた。もうすぐ日は完全に落ち暗くなるだろう。千晶は普段通りなので、レトルトのカレーライスを夕飯に食べてほしいと言われている。歩いていると、ふと気になるものを見つけた。ランドセルを背負った男の子が所在なさげに立ちすくんでいる。なんでこんな時間に?とか、親はどこだろうと真司は視線を巡らせたがそれらしき人物は見当たらない。男の子は困ったような顔のまま、ランドセルの取っ手をギュッと握りしめている。真司は思い切って声を掛けてみることにした。

「こんばんは。君一人?」

まるでナンパのような口調になってしまったが仕方がない。

「おじさん。誰?」

男の子は真司を警戒しているようだ。それもそうだろう、最近は物騒な事件が後を絶たないのだから。真司はしゃがんで、男の子に視線を合わせた。

「俺は山下。山下真司。君は家に帰らないのか?」

真司がそう名乗って尋ねると、男の子は首を横に振った。少し警戒心を解いてくれたらしい。

「カギ、家の中」

「お母さんやお父さんは?」

「うちの親、離婚してるし、母さんは今日から海外に出張してるからいない」


なんということだと真司は思った。こんなところで子供を一人で置いていくわけにはいかない。

「俺、保育園に弟を迎えに行かなきゃ」

どうやら彼には小さな弟がいるらしい。真司はますますおいおいと思ってしまう。

「とりあえず、おじさんの車で弟くんをお迎えに行かないか?」

「…おじさんのことよく知らないし」

その通りである。真司は困ってしまった。知らない人にはついて行ってはいけないと自分も何度も言われた思い出がある。

「あ、じゃあお母さんに電話して許可を取るのは?」

「無理だよ。母さん、まだ飛行機に乗ってる」

飛行機内では端末は使えない。八方塞がりか、と思ったが男の子は慌てたように言った。

「父さんなら連絡付くと思う」

色々家庭の事情はあるが、今回は仕方ないと真司は男の子の父親の携帯に電話を掛けた。相手はすぐ出てくれ、驚いているようだった。真司が子どもたちを預かることを申し出ると、なんとか許可がおりた。ホッとした真司である。

「よし。じゃあお迎えに行こう」

男の子を助手席に座らせる。そういえばと真司は思い出した。チャイルドシートを千尋から借りっぱなしである。もう少し借りておこうと真司は千尋に断りのメッセージを入れて、車を発進させた。

「君、名前は?」

まだ彼の名前すら聞けていない。あまり威圧的にならないよう気を付けた。

「僕、橋田透馬はしだとうま。弟はりん

保育園はこのあたりには一箇所しかない。透馬に聞いた所、やはりそこだったので、真司は車を走らせた。

保育園には小さいが駐車場がある。そこに停めて、透馬と共に保育園に入った。

「あ、透馬くん!」

保育士らしき女性が透馬に気が付き声を掛けてくれる。真司を誰だろうと思っているのが明らかだったので、手短に事情を話した。

「あ、そうなんですね。透馬くんのお母さん、海外と日本を行ったり来たりしていて」

「おにーちゃーん!!」

幼児が叫んでこちらに駆け寄ってくる。

「凜!」

透馬と凜はひし、と抱き合った。

「お母ちゃんは?」

「出張だよ。朝言ってたろ?」

「やだー!!」

凜が泣き出してしまう。透馬は慣れてるのか彼をひょい、と抱き上げた。

「いつもありがとうございます。明日もよろしくお願いします」

透馬は保育士にぺこりと頭を下げて、真司を見た。

「おじさん、行けるよ」

凜は突然のことにポカン、としている。真司は彼の行動に驚くことしか出来なかった。透馬だってまだ親に甘えている年齢である。少なくとも自分はそうだった、と真司は自分の少年時代を思い出していた。だが彼からはそんな素振りは見えない。小さな大人だ。真司は保育士に頭を下げて、車に向かった。

「おじちゃん、だあれ?」

凜もずっと疑問だったのだろう。真司にチャイルドシートに乗せられながら聞いてきた。

「えーと…」

真司はなんと答えたものか迷った。こんなに小さな子に事情を説明しても分からないだろう。

「凜、大丈夫だよ。このおじさん優しいから」

透馬が声を掛ける。凜は首を傾げて頷いた。真司は自宅の鍵を開けた。

「なぁ」

「猫ちゃん!」

凜が靴を放り出し部屋に入る。千晶の愛猫、ナキはぐぐ、と体を伸ばした。

「こら凜、おじゃましますくらい言え」

透馬が凜を叱るが凜はナキに夢中である。ナキは随分人懐っこくなった。凛に対しても警戒しない。

「なぁ」

警戒するどころか凛にごろん、とお腹を見せている。

「可愛いー!」

「すみません、弟が」

透馬が真司に頭を下げる。

「透馬くんもあがって。確かお菓子があるから」

「お菓子?」

ぱあっと凜が顔を輝かせる。

「凛、あんまりうるさくするな。ひとんちだぞ」

「はーい」

真司は菓子鉢に盛られたお菓子を出した。千晶が来客用にと用意しているものである。

「わぁ、お菓子いっぱい!」

凜が机の上に身を乗り出す。

「二人共、夕飯はカレーでいいか?レトルトだけど」

こんな時に千晶がいないのはなんだか心許ない。

「カレー嬉しいです」

「僕も!」

炊飯器の中を見ると米は多めに炊かれていた。千晶のことだ、何かあってもいいように炊いておいてくれたのだろう。真司は鍋でカレーの袋を温めていた。辛さが中辛で、凜が食べられるか不安になったが、普段から辛いカレーを好んで食べているらしい。
温まったカレールゥをほかほかのご飯にかける。

「いい匂い」

冷蔵庫を覗くと野菜サラダがラップを掛けられてしまわれていた。真司はドレッシングと共にそれを出した。

「いただきまーす!」

「野菜ちゃんと食べろよ」

透馬は本当に弟が大事なのだなと真司はほっこりしていた。自分にも年の離れた妹が二人いるが、やはり可愛くて仕方ない。

「透馬くんは偉いなぁ」

真司の言葉に透馬は、顔を赤らめた。

「偉くなんか…ありません」

そう言ってぷい、と顔を背けられてしまった。

「そうかなぁ」

「そうです」

皆、黙々と食事をし、真司は風呂の支度をした。

「二人共、これタオルと着替えな」

着替えは千晶の使う新品の下着だ。ジャージも渡す。二人にはぶかぶかだが、何も着ないよりはいいだろう。

「ありがとうございます」

透馬は礼を言いながらも驚いているようだった。

「なんでここまでしてくれるんですか?僕たち、今日知り合ったばかりなのに」

「子供が困っていたら、助けるのが大人だろ」

真司の言葉に、透馬は奥歯を噛み締めた。ぎゅうっと小さい拳を握り締める。 

「父さんや母さんは何もしてくれないのに」

「ご両親とはまた話し合った方が良いかもしれないね。君の、君たちの希望を正直に話すんだ」

「僕たちの希望?」

「そうだよ。子供時代は短いんだ。お母さんやお父さんにもっと甘えていいんだよ」

「そんなの…」

ぐっと透馬は唇を噛む。

「お兄ちゃん…」

凛も幼いながらに分かっているのだ。透馬が葛藤を抱えていることを。

「とりあえずお風呂に入って温まっておいで」

真司は二人を風呂場に向かわせた。

ガチャリと玄関で音がする。真司は玄関に向かった。

「誰か来ているんですか?」

千晶はエコバッグを持っていた。スーパーに寄ってきたのだろう。千晶は半額シールが大好きである。

「あぁ。色々あってな」

事情を話すと、千晶は笑った。

「真司さんが保護してくれて良かったです。もし誘拐なんてされてたら」

真司も今更ながら背筋が冷たくなった。

子どもたちが風呂場から飛び出してくる。

「おにーちゃん、だれ?」

「千晶だよ。凛くん」

「ちあきおにーちゃん」

「こんばんは」

千晶が屈んで挨拶すると、凛は照れたのか兄の後ろに隠れた。

「美人なお兄さんが近所にいるって聞いたことあるけど、千晶さんのことか」

「俺は美人じゃ…」

千晶は戸惑っている。だがそんな様も可憐なのが千晶である。真司は二人が自宅の部屋に入れないという事情を話した。

「あぁ、それならこの家にいてもらえば。そうだ」

ぽむ、と千晶が手を打つ。

「明後日ハロウィンですし、ケーキ焼きますね。みんなで食べましょう。お菓子食べてパーティしましょう」

「ケーキ?」

「僕食べたい!お菓子!」

透馬は驚いている。急にハロウィンパーティに話が飛躍したのだから無理もない。

「二人共、明日は俺が夕飯を作るからね」

千晶がニコニコしながら言う。やはり彼には敵わないと思った真司だった。

来客用の布団を敷くと、子どもたちはすぐ寝付いた。

「よく寝てる」

「きっと、緊張して疲れたんですね」

「俺も老けたなぁって思ったよ。おじさんだもんな。千晶はお兄ちゃんなのに」

「はは、子どもは素直ですからね。それでも真司さんは素敵ですよ」

「ありがとな。
…あの子達のご両親、離婚してるんだって。母さんは海外に出張らしい。父親に連絡取ったけど寝耳に水って感じだった」

「今では珍しくない話ですね」

二人は同時にため息をついていた。

「とりあえずお母様が帰ってくるまで二人は預かりましょう」

「あぁ」

✢✢✢

「え?ハロウィンパーティ?」

深夜、千晶は加那太に電話をしていた。ハロウィンパーティをするのならやはり賑やかな方が良い。そう思って誘ったのだ。皆仕事だが、夜なら大丈夫だろう。

「子供さんたちびっくりしないかな?」

「大丈夫ですよ。それとお願いがあるんです」

千晶は加那太に沢山お菓子を持ってきて欲しいと頼んだ。

「分かった、千尋にも言っておくね!」

加那太のことだ、美味しい菓子を持ってきてくれるのは間違いない。

「よし、俺も頑張ろう」

千晶は自分に気合いを入れた。

つづく
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