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一章

九話・ご馳走

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サーラが厨房に向かうと、料理長とトマとリズがいた。基本的にこの城の食事はこの三人で作っている。サーラは彼らに声をかけた。

「料理長、なにか不備が?」

サーラの声掛けに料理長が困ったような顔をする。

「食材が足りないんです」

「え?」

トマがサーラに言う。

「朝は確かにあったんです。でも今、夏祭りで振る舞う料理の試作をしようとしたらなくて!」

サーラは目を閉じた。

「姫様?」

皆が戸惑っているのを感じながら、サーラは目を開けた。手近にあったフォークを掴む。

「そこだ」

「ひゃうっ!!」

フォークがカツンと壁に当たって落ちる。そこにいたのは兎の耳を持つ少女だった。サイズは30センチほど。大きな耳がピクピクしている。そして、それに負けないくらい大きな紅い瞳を持っていた。

サーラは彼女を優しく抱き上げた。少女はぶるぶる震えている。

「食べたのはお前か?」

「ん…だ…だってお腹が空いてて」

「だからって勝手に食べるな。ちゃんと理由を言えば作ってやる」

サーラの言葉に兎の少女は大きな瞳を潤ませた。

「ごめんなさぁい」

「お前はどこの子だ?家まで送っていこう」

サーラの言葉に少女は首を振る。

「ルビィはここがいいの!ルビィ、お父様に選ばれたの!」

「ルビィはもしかして精霊なのか?」

「えっへん」

ルビィは薄い胸を仰け反らせたのだった。
その後、ある食材で夏祭りに振る舞う料理の試作会をした。この料理は主に来賓に提供される特別なものだ。料理はその国の文化を象徴する大事な物である。下手な物は出せない。サーラと料理長の白熱する議論にトマ、リズ、ルビィはただ見つめていた。最終的にサーラはメニューを打ち出した。夏祭りまでまだ約一週間ある。十分に準備出来そうだ。ルビィというイレギュラーも入ったが、彼女から悪意は感じられない。シンにも報せなくてはと思っていたところにシンがやってきた。

「サーラ、その子は?」

シンがルビィを指差して口をパクパクしている。

「この子はルビィ。顕現した精霊だ」

「顕現って簡単に言うけど…」

シンの気持ちももちろん分かる。本来、概念である精霊含む神々がこの世に直接干渉するのは不可能である。神々たちは人間の体をという器を通して、初めて顕現出来るのだ。その人間の体を作るのは案外容易い。神々の成し得る業といっても過言ではない。アデスとイリシアではよくある話である。

「ルビィ。君の目的はなに?」

シンが尋ねるとルビィが笑った。

「ルビィ、ニンゲンと仲良くなるの!」

幼い彼女にそれ以上の任務は不可能だとシンも了解したらしい。彼女の頭を撫でた。

「なあルビィ、この石のこと、分かるか?なんでもいい。教えてくれ」

サーラはナオから預かった石をルビィに差し出した。

「これは痕跡だね。んー、なにか大きな神々かな?」

ルビィにもよく分からないようだ。だが彼女が言った通り、巨大なものだったとサーラも思い返す。影で自分が覆われるほどだった。

「よし、祭りの食事メニューも決まったし、あとは会場のセッティングだけだね!」

「もうそんなに準備が済んでるのか?」

サーラの驚きも当然である。シンは笑った。

「ウチには敏腕女王がいるからね」

「さすが義母さまだな。私も飾りを作るのを頑張ろう」

「うん、楽しみにしてるよ!」
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