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 ソータはその日に退院できた。意識がはっきりしており、念の為にした検査も問題なかったからだ。キメルは再び姿を消して、街の外に向かっていった。

「よかった。病院は色々な人がいるからドキドキしていました」

 ソータがそう言うと、レントが首を傾げる。

「色々な人?」

「あぁ、看護師さんとかか?」

 エンジも尋ねる。

「はい、医療従事者の方もなんですが、影みたいに薄い人とか、完全に真っ黒な人とか」

「…」

 エンジとレントが固まる。ソータはそれに首を傾げた。

「どうかされましたか?」

「ソータさん、多分それゆ…」

「シオウ待ってくれ!!!それだけは!」

 エンジがシオウの肩を掴む。レントが更に畳み掛けた。

「ねー、ソーちゃん!今日の夕飯何食べる!!?」

「?」

 それを黙って見ていたフレンが笑い出す。

「フレン兄様、笑っていないで僕にも理由を教えてください」

 むっとソータが唇を突き出すと、フレンは涙を拭い、ソータの頭を撫でた。

「ソータは今、分からなくて良いんだよ」

「そうなのですか?」

 ソータが周りに尋ねると、みんなが必死に頷いた。ソータはそうなのかと納得した。

「お夕飯食べますか?」

「うん、食べよう」

 一行は夜の街へ繰り出した。

 ✢✢✢

「ソータ」

 ソータは答える代わりに杖を出す。

「やっこさん、気が付いていないみたいだな?」

 フレンの言葉にソータは頷いた。
 急に臨戦体制になった二人にエンジたちはただ黙って見ていることしか出来ない。

「みんな、気を付けてくれ。闇神の本体だ」

「な…!!」

 エンジの口をフレンが手の平で塞ぐ。

「静かに…。大丈夫だ。俺達が仕留める」

「任せてください」

 エンジたちは黙って頷いた。ソータとフレンはお互いを見合って走り出す。それは静かだが疾い。

「ソータ、お前は向こうから回れ。挟み撃ちにする」

 思念伝播の魔法でフレンとはやりとりできる。この世界で戦闘を行いたいなら必須だ。
 ソータは全力でやつを追った。
 見た目はただの人間だが、それは化けの皮である。中身はどす黒いもやだ。

「ソータ、間もなく挟み撃ちにできる」

 フレンの指示通りソータは走った。ソータは運動が得意だった。だからこそキメルと遊び回れたのである。

「我は願わん」

 ソータは淀み無く詠唱を始めた。自分の力量だけではこの闇神は祓えない。フレンもそれを承知しているだろう。

「ソータ、もうすぐ祓えるぞ」

 ソータはそれに油断しない。前聖女からも言われている。物事に絶対はない。

「悪しき神よ、この世より消え去らん!!」

 ソータの杖から光が迸る。それは人間の形を崩した。やはり闇神だった。シュウウと音を立てながら消えていく。
 向こうからフレンがやって来た。

「フレン兄様がいなかったら祓えませんでした」

「いや、それは俺も同じだ」

「え?」

 ソータは顔が熱くなるのを感じた。フレンが自分の力を認めてくれたのだと少し自惚れたからだ。よくない、とソータは自分を諌める。
 フレンが手を差し伸べてくる。

「疲れたろう、皆のとこに戻ろう」

「はい」

 ソータはフレンの手を握った。幼い頃からよくこうして手を繋いで行動していた。そうすると何故かキメルが不貞腐れてしまうので、ソータは困った。だがそれはキメルが自分を好きでいてくれたからだと今なら分かる。好きという気持ちはそのまま、独り占めにしたいという気持ちにも直結するのだろう。
 キメルは優しい。だが、ソータはそれ以上の感情がよく分からない。

「ねえ、兄様。キメルは私が好きなの?」

 フレンに尋ねると、フレンはそう来たかと笑った。

「ずっと好きなんだろうなぁ、あの様子からして」

「私、いいとこないよ?チビだし胸もないし」

「それが可愛いって男は一定数いるけどな」

「変態?」

 その言葉についにフレンは噴き出してしまったようだ。

「変態かはともかくソータは可愛いよ」

 フレンがそう言うのだから信じてみようとソータは思った。

 ホテルに戻るとソータはぐったりしていた。夕飯もそこそこに部屋に戻ってシャワーを浴びる。

「はぁ、疲れた」

 久しぶりの全力疾走だった。お陰ですでに足が筋肉痛になっている。館内着に着替えてソータはベッドに潜り込んだ。

「結局、盗まれたものは取り返せなかったな」

それが意味することは一つ。まだ闇神はどこかで暗躍しているということになる。

「人を傷つける神なんて許さない」

ソータはそう呟いて眠った。夢の中でソータはキメルと話すことが多い。キメルとはそれだけ親密な仲である。その場にうずくまったキメルの体にソータは自分の体をもたれさせた。

「ねえ、キメル。闇神の封印されていたところってもしかして」

「ああ。中央都市だ」

キメルはこともなげに答えた。

「奴らの餌は絶望や後悔、怨恨だ。西北の戦争のきっかけもそれだろうな」

「そんなに簡単に人は争うんだ」

ソータはしょんぼりしてしまった。キメルが慰めるようにソータに鼻先を近付けてくる。

「人は色々な面を持っているからな。信用するのはなかなか難しいだろう?」

「うん、それは確かに」

「ソータのように毎日一緒にいる人間だけならともかく、距離が離れていればいるほど猜疑心が強くなるんだ」

「相手を信じられないんだね」

「それは普通のことなんだ。離れていると相手のことを忘れてしまうのも人間だからな」

「キメルは人間のことがよく分かるんだね」

「ソータのそばにいたいんだ」

キメルの声は悲痛を帯びていてソータは驚いた。

「私とキメルはずっと一緒にいるよ?」

「…あぁ。そうだな」

そろそろ休め、とキメルに言われて、ソータは渋々目を閉じた。キメルと一緒にいられない未来、そう考えただけで暗闇に突き落とされたような気持ちになった。
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