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ダイダイに入り、一番大きな駅に汽車は停車した。あまりに巨大な駅にソータは今、自分が駅舎の何処にいるのか分からなくなったくらいである。

「ソータ、こっちだよ」

エンジがソータの手を握って引いてくれた。ダイダイの駅は規模も大きい、だがなによりその利用者数が多い。祭りが行われているためもあるだろう。シオウが隙なく道行く人を見つめている。これが彼の生業とする観察というものだろうかとソータはドキドキしながら彼を見守った。

「ソータ、とりあえず宿屋に行こう。キメルは近くにいるのか?」

エンジにそう尋ねられ、ソータはキメルに頭の中で呼び掛けた。キメルはすぐに応えてくれる。

「ソータ、闇神を祓ったのか。疲れたろう、無理はするな。なんなら迎えに行く」

キメルが街に来たら、きっとパニックが起こるだろうと、ソータはなんとかキメルが来るのを断った。キメルはそれだけ美しい見た目をしているのだ。

「ソータ、おんぶするか?」

「え…」

フレンが背中を向けて屈む。確かに先程からめまいがしている。これが闇神を祓った反動なのだとソータは今更ながらに悟っていた。何せ初めての出来事だ。体調がここまで悪くなるとは思わなかった。
フレンの大きな背中にそっと負ぶさる。

「軽いな、ソータ。ちゃんと飯は食ってるのか?」

「はい、食べています」

フレンに負ぶられて、ダイダイの宿屋を目指す。途中、屋台がいくつか見られた。ミツキ祭に関わるものだろう。このあたりでは宿より、ホテルが主流らしい。ホテルにもそれぞれ、階級があるようだ。ガラス張りの自動ドアを抜け、フロントに向かう。ソータはロビーの椅子に座らせてもらった。

「ご予約のお客様でしょうか?」

「いや、部屋が空いていれば泊まりたい。出来れば、5部屋」

フレンは慣れているらしい、淀み無くスタッフに自分の要望を伝えている。

「フレンって本当に聖職者か?なんか旅慣れてるような」

エンジが呟いて首を傾げる。他の者もそれに頷いた。

「俺はいわゆる出張が多いんだよ」

部屋の鍵を持ってフレンが戻って来る。

「とりあえず、3部屋しか取れなかった。ソータはともかく、俺達は二人ずつだ。組み合わせはどうする?」

「なら、じゃんけんねー」

レントがそう言い、周りも同意する。ソータはじゃんけんというものを初めて見た。
ルールは単純だが、心理的な要素が加わるとすごく複雑化する。

「よっし、俺の勝ち!」

レントがガッツポーズする。更にじゃんけんをし、シオウが勝った。

「ならレントとシオウ。エンジと俺が同室だな。ソータはこの部屋だ」

フレンにルームキーを手渡される。

「ソータ、歩けるか?」

「大丈夫なのです」


一行はエレベーターに乗り、(ソータはエレベーターも初めてだった)部屋のある階に向かった。床には絨毯が敷かれている。レントの言っていた通りだとソータは一人興奮した。

「じゃ、また明日な。なにかあったら呼んでくれ」

「おやすみなさい」

ソータもそれぞれにおやすみを言って、部屋に入った。造りとしては宿屋とそんなに変わらないが、ここには小さな冷蔵庫がある。なんだか珍しくて開けると水のボトルが入っていた。

「飲んで…いいのかな?」

分からないので再び冷蔵庫の扉を閉じて、ソータは服を脱ぎ始めた。シャワーを浴びたい。体がだるくてすぐにでも横になりたかった。もしもっと強力な闇神が現れたらどうなるのだろう。だが、聖女として祓わないわけには行かない。たとえそれで自分の命をなくしてもだ。前聖女からも恐れるなと言われている。それが聖女という職種だと。
ソータはバスルームに入りシャワーを浴びた。ホテル内は暑くも寒くもない。空調というものはすごい、とソータは毎度感心してしまう。

タオルで体を拭き、置いてあった小さな方の館内着を着るとぴったりだった。おそらく子供用だろう。ソータはベッドに潜り込んだ。体が疲れていたのか、ソータはすぐに眠りに落ちていた。

「ソータ、大丈夫か?」

聖域の森だ。優しい陽射しが木々の間から漏れている。声のした方を見るとキメルが駆け寄ってくる。ソータは彼の首にぎゅっと抱き着いた。

「やっぱり闇神は手強いな。人間の感情は暗く淀んでいるから余計にだ」

「キメルは人間が嫌いなの?」

外の世界に出てから、キメルの人間に対する言動が気になっていた。

「ソータ以外の人間は嫌いだ。フレンも信じられない。ソータも周りの奴らには気を付けろ」

「キメル…」

ソータは優しく彼の体を撫でた。キメルなら人間の良さにもきっと気が付いてくれる、ソータはそう確信していた。キメルは頭が良い、尊敬できる友人である。

「キメルは優しいね」

「俺は、ソータが好きだ」

じり、とキメルが半歩前へ出た。彼の体は温かい。ソータは困ってしまった。こういう感情をどう処理すればいいか自分には分からない。

「今はまだ分からなくていい。いつかでいい」

「キメル…」

ソータはぱちり、と目を覚ましていた。

✢✢✢

「鬼と獅子か」

朝食を摂りながら、ソータたちはフレンに今までの旅程について話をしていた。今日のソータの朝食は、かりかりに焼き上げられたワッフルである。中にはチーズと葉物野菜が挟まれていた。チーズの塩気と甘いワッフル生地が相乗効果を生み出している。ソータは夢中になって食べていた。

「はい、ヤシャ様も獅子様もお元気でした」

はー、とフレンがため息を吐く。

「あいつら、俺の前には一切出てこないぞ」

「え?そうなのですか?」

ソータが首を傾げると、フレンが笑う。

「ソータは可愛いからな。キメルもお前が大好きだろ?」

ソータは返答に困った。ワッフルをナイフとフォークで切り分けて口に運ぶ。せっかく美味しかったのに今は味がしなかった。もさもさと噛み締めて飲み込む。


「ソータ、気にしてるのか?もしそうなら余計なことを言った。すまない」

フレンはソータより10歳も年上だ。彼の身に付けている当たり前の知識がソータには羨ましかった。

「僕よりキメルが気にしてそうで」

思わずそう零すとフレンが笑う。

「大丈夫だよ、ソータ。キメルは無理しないだろ?」

その通りだ。ソータは頷いた。

「他の神々も無理はしない。だから大丈夫だ。みんなお前が可愛いからちょっかいを出したいんだよ」

仮面の意味とは…とソータは反射的に思った。だがよく考えてみれば、皆、ソータの素顔を知っている。

「もしかして、仮面は意味ないのですか?」

しょんぼりしながら尋ねると、皆からそんなことはないと返ってきた。

「フレン兄様はリョクシュ様の葬儀に行ってこられたのですよね?」

「あぁ、密葬ってやつみたいだ。それでもメディアが結構来ていたぞ」

新聞にも小さくだが載っていたとエンジが教えてくれた。
ソータも幼い頃抱っこされたことがあるとフレンが教えてくれた。記憶は朧気だがそんなこともあった気がする。

「フレンさんはこれから中央都市に?」

エンジの問い掛けに、フレンが表情を曇らせる。

「闇神を見ちまった以上、のほほんと帰るわけにはいかない」

「なんかゴキブリみたい」

レントが呟いた。

「あぁ、闇神はつるんで湧くからなぁ」

人間のマイナスの感情から放出される低級の神々が合体して闇神は生まれる。それを放置しておくのはとても危険だ。人々に悪い影響を与えるからである。

「ならダイダイをパトロールするのです!」

「あぁ、それならだいたい当たりは付いてるんだ。
俺のカラスが教えてくれた」

「フレン兄様のカラスとも久しぶりに会うのです」

「あぁ。あいつらもソータに会いたがってたよ」

フレンが取り出したのはダイダイの地図だ。赤くマーキングされている場所に闇神は現れたらしい。

「かなり強引な強盗が昨日入ったらしい。マーキングの箇所からそこまで離れてないみたいだ」

「はぁ?闇神って人間に犯罪させんの?」

「まぁ噛み砕いて言えばそうだ」

ろくなもんじゃない、とレントが震えている。

「とりあえず祭りの見学がてら、行ってみないか?」

丁度食事も終えたので一行は立ち上がった。
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