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「ソータ…こんなところで何をしているんだい?」

大きな気配が近付いてきて、ぱかり、と木の箱の蓋が開く。ソータは彼を見て、深々と頭を下げた。

鬼様おにさまでしたか。私は儀式の生贄になったのです」

鬼様と呼ばれた優しげな表情の青年はソータを見て、くすっと笑った。額からは二本の角。そして怯んでしまいそうなほどの鋭い威圧。神特有のものだ。彼はソータをひょいと抱き上げた。
青年の髪の毛は濃い紫色で流れるような美しさである。服装は着流しのようなものだった。彼はソータを自分の膝に乗せてソータの頭を撫でる。

「君はどうして生贄なんか…?あぁ、髪の毛も切ってしまったんだね。とても綺麗だったのに」


ソータは彼に初めから順を追って話した。

「あぁ、ヤムの贄の儀式かぁ。随分久しぶりだけど、まだ人間の間で慣習があったんだね」

「鬼様は何故ここに?」

彼がにっこり微笑む。

「僕の可愛い聖女さんが外に出たって聞いて追いかけて来たんだ」

「かわ!?鬼様までそんな」
 
ソータが慌てると青年が笑う。

「ソータにも恋愛感情が分かるようになったんだね。いっぱい口説かれたんだ。君はモテると思ったよ」

「僕は男なのです」

ソータが真っ赤になりながらもぷいと顔を背けると青年はまた面白そうに笑った。

「で、ソータはこれからどうするの?」

「儀式が真夜中に始まるようなんです。僕はこの儀式の真実を知りたいのです」

「んー、僕が思うに、これは神々の仕業とは思えない。確か前に少女の遺体が見つかっていたよ」

青年は顎に手を当てながら言う。よし、と彼は膝を打った。

「僕も協力しよう」

「いいのですか?」

「僕のソータが困ってるんだから当たり前だろう」

「鬼様ってば」

青年が目を閉じて何かを唱える。すると美しい女性へと姿を変えた。あまりの美貌にソータは驚く。

「やはり鬼様はお美しいのです」

「ヤシャって呼んで、って前にも言ったじゃない。他の男の子のことは名前で呼んでるんでしょう?」

「っ…」

鬼に真剣な表情で見つめられて、ソータはたじろいだ。

「ストップ!!ストップ!!」

声を張り上げながら出てきたのはレントである。エンジやシオウもやって来る。ソータに何かがあった際、草むらから飛び出す手筈になっていた。

「なに?急に?ソーちゃんのなんなんだよ!アンタ!」

「レント様、この方は神なのです」

「え!本物の神様?!」

シオウが顔を輝かせる。

「ソーちゃん困ってたじゃん!」

「へえ、本当にソータが好きなんだね」

くすりと意地悪く鬼が笑う。

「当たり前だろ!ここにいる奴ら、みんなソーちゃんが好きなんだよ!負けねえからな!」

「どうやら本気のようだね。ソータは小さな頃から魅力的な女の子だからなぁ」

うんうんと鬼が頷く。

「ソーちゃんの小さな時のこと、知ってんの?」

「ようく知ってるよ。おっと、お客様が近付いてきているね。みんな、配置に付いて」

「エンジ、どうすんの?」

「今はこの人?に従った方が良いな」

エンジたちは再び物陰に隠れ、ソータも元通り箱に収まった。鬼は隙なくその箱のそばに座る。
鬼の言う通り、その者たちは現れた。四人の若い男だ。ソータは気配を感じ、箱の中で緊張した。
やはり人間の仕業だった。

「へへ、女の子をただで食えるんだからいいよな。しかもその後思い切り殴れるしな」

「はは、痛い、やめて!って泣き叫ばれると余計にそそるよな」

「今日はどんな子だろうな!」

「おい、俺のお陰で楽しめてるんだからな!感謝しろよ!」

「さすがリニートのじいさんのひ孫さんだよ、お前は」

男たちは鬼を見るなり固まった。鬼は静かに微笑んでいる。凄まじい殺意を発しながら。

「な、なんだよ…女の子って小さい子じゃ…」

男たちはじり、と後ずさった。鬼が静かに立ち上がる。

「私はヤシャ。先程のお話は事実ですか?」

「やばい、逃げろ!!」

男たちは一目散に駆け出していくが、それを許すヤシャではない。男たちを魔法であっさりと拘束してみせた。
ソータも箱から出る。

「なんでこんな…」

「助けてくれ!」

彼らはソータに助けを求めた。ソータは首を横に振る。

「あなた方には処罰を受けてもらわなければなりません。幼い命を傷付け奪った、その事実は消えません」

「僕がこいつらをここで殺してもいいんだよ、ソータ?」

鬼は元の姿に戻っていた。

「いいえ、ヤシャ様。人間の罪は人間が裁くのが道理とも言えます。そのあとの世界ではお任せするのです」

「承知したよ、聖女ソータナレア」

ソータは彼らに近付いた。そしてその場にちょこんとしゃがむ。

「持っていますよね?」

「持ってるってなにを?!」

ソータの瞳は闇を映していた。大きな瞳に光はない。

「持っていますよね?」

「っひ…」

ソータの怒りの表情に男が怯む。他の男が言う。

「お、おい、もしかしてあれじゃないか?神様を封印するとかいう?!」

「あんな紙切れ、意味あるのかよ!!じいさんがやけに大切にしてたけどさ!」

「早くそれを寄越して?このお嬢さんは怒りの沸点が低いんだ」

鬼の言葉に、男が拘束された中でモゾモゾと動いて、ズボンのポケットから呪符を手渡してきた。それをソータが受け取る。

「符をしわくちゃにしている…許せません」

「ソータ、それくらい許してやりなさい」

「承知なのです」

鬼の傍にソータは控える。小さな拳をふるふると震わせながらだ。

「エンジたち、後はお任せしていいかな?ソータはもうキレそうだから」

「ダイア様…なんで」

がさりとシオウが茂みから現れる。どうやら知り合いらしい。

「シオウさん…」

ダイアと呼ばれた男は顔を伏せた。

「とりあえず村に連れてくってことでいーの?」

「そうだね」

「本当なら女の子以外担ぎたくなかったんだけどなぁ」

「シオウさん!!」

ガルマが慌てた様子で駆け寄ってくる。そこには他の村人らしき人たちもやってきた。

「な、なにがあったの?ダイア?」

「母さん…」

オロオロとしている女性にエンジが頷く。

「今はここを離れましょう。レント、シオウ、俺が二人担ぐ。後の二人は頼む」

「はいよ」

「承知致しました」

皆が遠くへ過ぎ去る。ソータはぼろぼろと涙を零し始めた。

「ソータ」

鬼がソータを抱き寄せる。

「どうしてそんなに泣くんだい?」

「悔しいのです。神々が弄ばれることが」

鬼はソータの頭を撫でた。ソータも段々と落ち着きを取り戻している。

「ソータ、君は紛れもなく聖女だ。でも君も知っているだろう?神々がタフなことを」

「信仰がなくなっては神々は存在出来ません」

ふー、と鬼が息をつく。

「僕たちもね、常々思っているんだ。永く生きすぎたかなって」

「そんなの駄目なのです!人は弱いから…だから」

「大丈夫。僕たちは常に君と共に在るよ。忘れないで欲しい」

「ヤシャ様、ありがとうなのです」

鬼の姿が薄れていく。

「そろそろ帰らなくっちゃ。また来るね!」

そう言って鬼は消えた。

「…僕もみんなの所に」

ソータは駆け出した。
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