上 下
15 / 92

15

しおりを挟む
「ブル…」

「あれぇ?キメル?私、旅に出てたような…」

キメルが頭を擦り付けてくる。久しぶりの感覚にソータは嬉しくなって彼に抱き着いた。聖域の森に久しぶりに帰ってきたような気がするが、先程まで見ていたものは全て夢だったのかと、落胆するような気持ちがある。すごく楽しい、ずっとそんな気持ちだったのに。

「ブルル…」

キメルは夢じゃないとソータに告げた。ソータはそこではっと、気が付いた。

「あ…」

体が痛い。痛くて全く動かせなかった。声も出せない。喉がカラカラで思い切り咳き込んだ。咳をするだけで体が痛くて泣きそうになってしまう。目元に涙がじわっと溜まった。

「ソータ、無理だよ。まだ動くな」

エンジが親指でそれを拭ってくれる。

「ソーちゃん無理し過ぎ」

ソータはやっとそこで思い出した。自分の魔力を全て使い、船を無理やり飛ばしたのだ。あの時はそれが最善の策だと思っていたが、今になって考えてみると自信がない。
エンジが頭を優しく撫でてくれた。

「ソータ、今は休もう。お金なら護衛の報酬でがっぽりもらったから心配しなくていい」

「エンジが上手に駆け引きしたからね」

ソータはそれにホッとした。自分の体を改めて確認する。魔力はもうしばらくしたら元通りになるだろう。だが、ダメージを受けてしまった体を治すのにはまだ時間が掛かりそうだ。

「し…」

シオウ様と言いたかったが声にならない。喋れないのには参ってしまう。

「あー、そっか。声が出ないのか」

エンジはこういう時にすぐ察してくれる。筆談も無理そうだなと彼は呟いた。

「ソータは思念伝播の魔法は使えないのか?魔力は戻ってきてるみたいだし」

その手があったか、とソータはこくこく頷いた。

「なんで他人の魔力量が分かるんだよ」

レントに尋ねられて、エンジがため息を付く。

「付けたくて付けたスキルじゃないんだよ。これ以上聞かないでくれ」

「ふーん」

ソータはゆるゆる自分の左手をエンジの手に乗せた。その瞬間、ソータの気持ちがぶわあっとエンジの頭の中に流れ出したらしい。エンジは慌てた様子でソータを止めた。

「ソータ!ちょっと待て。君が怖かった気持ちはよく分かるけど!!」

ソータはぼろぼろ涙を流していた。怖くて怖くてたまらなかった。誰かを失うかもしれないと、あの時は本気で思った。そんなのは絶対に嫌だった。無茶は承知だったのだ。まさか結果がこうなるとは予想だにしなかったが。

「ソータさん!」

誰かが部屋に入ってくる。シオウだ。

「よかった。目が覚めたんですね」

ソータはエンジにまたぶわっと感情を溢れさせる。

「分かったよ、ソータ。落ち着いて。シオウ、レイモンド氏は?」

「先生は反省しています。ソータさんが自分の身を顧りみずにみんなを助けてくれたのを見て恥ずかしいって」

「へー、あのへんくつじじいがね」

「こら、レント!」

シオウがふふ、と笑う。

「いいんだよ、その通りなんだから」

「シオウ、君、なんか性格変わってないか?」

エンジがジト目でシオウを見つめている。シオウが首を横に振った。

「そんなことないよ。私はこんなものさ。それで、お願いがあって来たんだけど」

「ソータにお願いだってさ」

エンジがソータの頭を撫でながら言うので、ソータはシオウを見つめた。

「私も君たちの旅に同行させて欲しいんだ。これからは私の研究や調査をメインに動きたくて、可能かな?」

エンジがシオウの手を掴んでソータの手を握らせる。
ソータの気持ちはまた溢れ出した。

「わわ!ソータさん!色々思ってくれてるんだね?!思念伝播の魔法がこんなにクリアに聞こえるなんて知らなかったよ」

「ソータの魔法の腕前は超一流だからなぁ」

「うん、本当に。助けてくれてありがとうございました、ソータさん」

シオウが頭を下げる。ソータはまた気持ちを溢れさせてシオウを慌てさせた。

「ソータさん、落ち着いて。泣かないで!!」

それからしばらくエンジたちと雑談をした。みんなでこうしてわいわい出来て嬉しい。

「ソータ、そろそろ面会時間が終わるから俺達は帰るよ。ゆっくりするんだぞ」

ソータはエンジの手に自分の手を載せた。思念伝播の魔法がこんなに便利だとは知らなかった。

「はは、分かった分かった。ん、ソータの手は小さいな。また明日」

エンジに頭を撫でられてソータは笑った。

「ソーちゃん、また明日ね!」

「ソータさん、よく休んでください」

レント、シオウにもソータは笑いかけた。みんな大好きな仲間である。医師の問診を受け、ソータは思念伝播で医師に自分の状況を説明した。

『自分は大丈夫なのです!!』と。
医師はその勢いに引き気味だった。人とのコミュニケーションはまだ難しい、とソータは思う。その後、看護師が食事を食べさせてくれて、ソータの体は随分回復した。

「あ、あ、声出る!!」

夜、まだ掠れているが声を出せることにソータは喜んだ。体もなんとか起こせた。

「ホー」

「あ、来てたんだね」

ぴょんっとふくろうがソータの肩に留まり、体を擦り寄せてくる。足首には手紙が括り付けられている。

「ホー」

「え?サラ先輩にエンジ様が伝えたの?」

「ホー」 

ソータは慎重に手紙を外した。広げて読んでみる。

「大丈夫か?ニュースになっていたから心配になった。無理するなよ!サラ」

「ニュース…?」

ソータはしまった、と思った。自分が聖女であることはまだ知られていないが、時間の問題である。お忍び任務なので、目立つのは極力、避けなければならない。

「ね、力を貸してくれる?」

「ホ!」

ふくろうはそのために来たとばかり胸を張った。このふくろうは人間に幻覚を見せるのが得意である。ソータの友達の中では古参だ。

「船を浮かばせたのは魔導士の男の子ってみんなの記憶を書き換えられる?」

さすがに船を浮かばせたという派手な事象を人の記憶から消すのは無理だ、とソータは判断した。だが、その浮かばせたという人物の性別くらいなら書き換えることが出来るはずだ。

「ホー」

ふくろうが余裕とばかりに鳴く。彼は翼を広げた。幻覚は時間をかけて、じっくり染み込ませる必要がある。

「ありがとう」

ソータは安心して、再び目を閉じた。先程まで意識を失っていたが、眠気はある。ソータはいつの間にか眠っていた。ソータの意識はまた聖域のある森にある。

「キメル、私ね色々な人に会ったの!」

「ブルル」

キメルが嬉しそうにしてくれて、ソータも嬉しかった。休め、とキメルに諭されてソータはキメルの体に寄りかかった。キメルもその場に座る。

「ん、せっかくキメルに会えたのにめちゃくちゃ眠たい」

「ブル…」

ソータは意識を飛ばしていた。夢も見なかった。
目を覚ますと朝だった。ソータは体の様子を確認した。

「治ったー!!」

体の痛みが随分軽減している。声もほとんど元通りになっていた。

「ホ!」

「あ、書き換え成功?ありがとう」

得意げなふくろうにソータは笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

処理中です...