上 下
7 / 92

7

しおりを挟む
 次の日、ソータは窓からの日差しで目を覚ました。理想的な目覚めである。

「んっ…!」

 両腕をぐっと上に伸ばすとなんだかスッキリする。サイドテーブルの時計を確認すると七時過ぎだった。部屋に備え付けてある洗面所で顔を洗いうがいをする。
 服を身につけると見計らったようにドアがノックされた。

「ソータ、起きてるか?」

「はい、今すぐ!」

 ソータは荷物をすべて持ったか確認をし、部屋を後にした。旅をするようになり、宿屋に泊まるのもだんだん慣れつつある。どこのベッドもふかふかしていて、すぐ寝入ってしまうのだ。聖域に戻ったら、エンジが自分のために小屋を建ててくれると言ってくれた。ふかふかしたベッドで毎日眠るのは聖女の自分には少し贅沢かもしれない。だがそれに抗える意志をソータは持ち合わせていなかった。

「おはよ。よく眠れた?ソーちゃん」

「おはようございます。レント様。はい、よく眠れました。僕、ベッドで眠るようになったのが本当に最近で」

 レントが目を見開く。驚愕といった様子だ。

「ソーちゃん、苦労してたんだね」

 よしよしと頭を撫でられて、ソータは気が付いていた。頭を撫でられるとなんだかホッとする。

「ソーちゃん?」

 レントに顔を覗き込まれる。ソータは恥ずかしくなって思わず俯いた。頭を撫でられて癒やされたなどと言ったらいよいよ変人扱いされると思ったからだ。ソータにも分かっているのである。自分はやっぱり変なのだと。引きこもりだったから、といつもの言い訳が出てきそうになるのをなんとか堪えた。

「えと…レント様に頭を撫でられると気持ちいいのです」

「え?」

 ソータは言ってしまってから更にパニックに陥った。まだ「癒やされた」の方がマシだったかもしれない。

「あ、ああああ、あの!その、僕!!!」

「そっかー、ソーちゃんは俺の花嫁さんになりたいかぁ」

 レントの頭にスパンと鋭い手刀が入る。

「いったぁぁぁ!!なにすんだよ!エンジ!!」

「なんでお前の花嫁にソータがなるんだ。ソータにだって選ぶ権利はあるだろう」

「俺、こんなにカッコいいんだよ?いいじゃんか!」

 はぁ、とエンジがため息を吐く。

「馬鹿の相手は疲れるな。ソータ、気にするな」

「はい」

 エンジはいつも優しい。ソータは思わず笑ってしまった。人間は温かい。旅立つ前に必要なものを買おうと市場に立ち寄った。だが、ヒトが驚くほどいない。

「いつもこんなにヒトがいないのですか?」

 アオナの城下町はもっと賑わっていた。ソータの問いにエンジがあたりを見回す。

「いや、そんなはずは無い…何か起きたんだ」

 エンジが店の一つに近付いて事情を聞いている。

「アイツ、本当にただの冒険者か?慣れてるよな」

 レントの言葉にソータは首を傾げた。

「エンジ様は僕たちに嘘をついておられるのですか?」

「嘘かって言われると自信ないなぁ」

 レントが困ったように笑う。嘘と本当の間には何があるのだろう、とソータは考えるが分からない。
 エンジが戻ってきた。

「なんでも砦のそばに巨大なモンスターがいて、物流が滞ってるみたいだ。この辺りにいる連中で討伐に向かったらしい。ソータ、どうする?砦の外はもうアオナじゃない。君はアオナの聖女だ」

 ソータは杖を取り出して頷いた。

「関係ありません。助けにいきましょう」

 レントが口笛を吹く。聖女は人のために生きなくてはならないと、幼い頃からの教えをソータはとても大事にしている。それが自分の生きている意味そのものに直結しているからだ。ソータは聖女である自分に誇りを持っている。ソータたちは砦を抜ける。早速暴れている巨大なモンスターとエンカウントした。

「おいおい!君みたいな小さい子が出てきちゃ…」

 村の人間が慌てたように声を掛けてきたが今のソータには関係ない。

「行け、アクアパッツァ!!」

 ソータによる召喚術が成功する。それは粘液だらけの青い巨大タコだった。モンスターに取り付きむしゃむしゃと食べている。そのあまりのえげつなさに、皆は胃からせり上がるものをなんとか堪えた。

 ソータはあらゆる属性の魔法を使うことが出来る。
 だが、一番得意な魔法は水属性のものだった。水はあらゆる形に応じて姿を変化させる。
 ソータの師である前聖女がソータの魔法の資質に気が付き、よく教えてくれた。
 ソータは魔法を使う度、心で師に礼をいう。彼女のお陰で今の自分がいるのだから。

「水よ、雨となれ!サファイアレイン!!」

 ソータの詠唱は短い。本当なら、ほとんどなくても発動出来るレベルだが、ソータは敢えてそれをしない。力を貸してくれる精霊への敬いからだ。精霊はこの世界を形づくってくれているいわゆる神である。聖女であるソータが彼らを敬わない理由はない。
 ソータはとどめの一撃をぶちかまし、モンスターの息の根を止めた。

「す、すげえ…」

 村人たちがあんぐりと口を開けている。ソータはモンスターたちの亡骸に静かに祈りを捧げている。

「ソーちゃん、やっぱ強いなー。素材もらっていい?」

「はい。その方がこの子たちも報われると思うのです」

「ソータが俺たちの用心棒にならないようにしないとな」

エンジが笑いを噛み殺しながら言う。それだけ圧倒的な戦いだったからだろう。ソータは二人の言葉に慌てた。

「お、お二人を守るだなんて僕なんかには」

ソータが焦っていると、そばにいた日の焼けたいかつい男に頭をガシガシ撫でられた。

「坊主、お前さん。いい魔導士だな!ウチに来いって言いたいところだけどよー、今はなー」

ソータは彼の言葉にぴんと閃くものを感じた。人間の直感はそう馬鹿にしたものではない。

「何かあったのですか?」

「あぁ、詳しい話なら村でするよ。俺はジャイルだ。お、また敵さんがやってきたぜ」

ソータたちは再びモンスターを迎え討ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...