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宿に戻り、ソータは生まれて初めてシャワーというものを浴びた。聖域では泉で水浴びが精々だったので、温かいお湯で体を洗うのは気持ちよかった。
「これが石けん…」
ソータはおずおずと石けんを手のひらでごしごし擦ってみた。すると泡がモクモク膨れる。顔につけるといい香りがする。それをお湯で洗い流す。もちろん、節水には心がける。聖女たるもの環境を大事にするのは当たり前なのである。
「すごい。気持ちいい」
ソータは備え付けてあった柔らかなバスタオルで体を拭いて肌着を着けた。こんなにさっぱりしたのは初めてだ。それから、初めてベッドに横になってみた。柔らかくて寝心地が良い。枕が自分の頭をしっかり支えてくれる。
「ベッド…すごい」
ソータはすぐに眠りに落ちていた。聖域にいる夢を見ていた。キメルと一緒に森を駆け回る夢だった。目が覚めると、窓から日差しが射し込んでいる。
ソータはぐっと伸びをした。体の疲れが取れていて驚く。
コンコン、と部屋のドアがノックされて、ソータは答えた。
「ソータ、着替えたら行くよ」
「は、はい!」
ソータは慌てて顔を洗って着替えた。
「ソータ、よく眠れたかな?」
「はい!ベッドが柔らかくてびっくりしました」
「それは良かった。砦を目指すよ。野宿…は慣れてるよね?」
「はい!」
ソータの元気な返事にエンジは笑う。エンジはやはり優しい人のようだ。ますますアオナのリーダーに相応しい。だが占いはまだまだだと言っている。他にもリーダーに相応しい者がいるのだろう。ソータにはなんとなく分かったことがあった。アオナのリーダーは一人ではないのだ。
二人は宿を後にした。砦は今いる街を抜けて、森を抜け、さらに歩いた先にある。隣国には小さいが港があるとソータは前聖女から聞いたことがあった。海ももちろん初めて見る。ワクワクしながら歩いていると、エンジが急に歩を止めた。ソータは彼にぶつかって転びそうになる。
「おっと」
軽々とエンジに抱き留められている。彼の顔がすぐ間近にあった。人に密着された経験が少ないソータはドキドキしてしまう。
「大丈夫かい?ソータ」
「は、はい」
目の前に広がるのは森だった。ソータのいた聖域の森より遥かに暗く深い森である。エンジはそれを見て歩を止めたようだった。
「ここはいつも厄介だな」
エンジは一人呟く。ソータにもその意味が分かっていた。この森には幻覚を見せてくる魔物がいるのだ。だからあまり人が近寄らない。それがますます森を深く暗くさせている。
「エンジ様、僕が先を歩きます。幻覚を見せてくる魔物は倒せばいいのでしょう?」
「いや、あぁ、そうだな」
ソータはギュッと自分の杖を握りしめた。モンスターと戦うのはなるべく避けたいが、不可避な場合もある。二人は森に踏み込んだ。霧がかかりかなり視界が悪い。ソータは気を付けながら歩いた。
「お、可愛子ちゃん発見」
急に現れたのは金髪ロン毛の青年だった。エンジが前に出る。
「お前、魔物か?」
「は?んなわけねーじゃん、頭沸いてんの?」
一触即発という空気に、ソータは慌てて割って入った。
「喧嘩しないでください!」
「可愛子ちゃん、名前は?俺はレント、恋人募集中」
「僕はソータっていいます。レント様はどうしてここに?」
「あぁ、ここでしか取れない毒消し草を収集してたの。クエストって本当面倒」
ふああ、とレントは大きな欠伸をする。ソータはピンと来ていた。この人もまたアオナのリーダーに相応しいと。
だが、まだまだだ。レントはギルドから受けたクエストをこなしているらしい、ということはエンジと同じ冒険者なのだろう。
「レント様は冒険者なのですか?」
「俺に興味あるの?ソーちゃん、ならデートしてよ」
レントはソータの顎を優しく掴む。ソータは急なことに小さく悲鳴を上げた。
「おい!ソータを怖がらせるなよ」
エンジが声を荒げる。レントは舌打ちした。ソータはふるふると頭を振って切り替えた。今の自分は男なのだ。多少荒いことをされたくらいで悲鳴を上げている場合ではない。デートというものがどんなものかは分からないが、それで彼のことが分かるならやってみる価値はありそうだ。
「レント様とデート…します!」
「ソータ?!」
「マジ?やった。それならさっさとクエストをこなしますかね」
レントは俄然やる気が湧いたらしい。毒消し草を手早く集め始めた。このヒトはやれば出来る男なのだ。要領が人よりよくて普段から本気を出さないタイプなのだとソータは最初から見抜いていた。ヒトの本質を見極めるのは、聖女の大事なスキルである。
「おい、レント。まさかこの辺りのギルドって…」
「まぁお前の記憶通りだよ」
ソータにはなんのことだか分からなかったが、二人に連れられてギルドに行くと、ようやく理由が分かった。
発注されているクエストのレベルが異様に高いのである。このギルドは深い森の中にある。そのためだろう。ただでさえ森の中には危険な魔獣がうろついているのだから、ここに来られるという時点で冒険者の厳選が行われているのである。レントもエンジも実力者であることは間違いない。ソータはアオナの神に心で感謝を伝えた。リーダーが強者でなければとても国は任せられないからだ。
ギルドには空いていれば寝泊まりできるスペースもある。もちろん食事も摂れる。思っていたよりスムーズにここまで来られたのはレントの道案内があったからだ。エンジもそれに気が付いている。もし、野宿になればソータかエンジ、どちらかが起きて火の番をしなければならなかった。それがなくなっただけでも今後の旅程に関わってくるだろう。特に体の小さなソータナレアにとっては。
「げ…これだけ?!」
ギルドカウンターでレントが叫ぶ。エンジとソータは何事かとそちらを見やった。
「ちょっとちょっと、毒消し草って割とレアリティの高いアイテムじゃん。いいやつ採ってきたのに銀貨2枚って!」
「どうしたのですか?レント様」
「報酬がいつもより少ないんだよ。なんで?」
ギルドカウンターに座っている女性はただ申し訳ありませんと頭を下げた。どうやら事情は話せないようだ。ソータは首を傾げる。少し疑問に思ったのだ。
「銀貨2枚って確か、銅貨200枚じゃ?銀貨1枚で銅貨100枚って聞きました。僕、間違ってますか?」
昨日エンジにそう教わったばかりだ。決して少なくない額である。ソータを含む他の一般庶民にとってはだが。
「ソーちゃん、女の子は沢山のお金を見ると喜ぶものなんだよ」
「レント、ソータに変なこと吹き込むな」
「僕は女の子じゃないのでお金を見ても喜びません」
ソータはそう朗らかに言って笑ったのだった。
「え?ソーちゃん、女の子だよね?」
「どうしてそう思うのですか?」
ソータはあくまでもレントの言葉を突っぱねた。自分の旅はひそやかに遂行されなければならない。レントに自分が聖女であると明かすのはまだ先でいい。そう思った。
「ま、まあソーちゃんがそう言うなら」
レントも渋々だったが引き下がる。
「とりあえず飯にしよう。ソータ、米は食ったことがあるか?」
ソータは首を横に振った。聖域での食事はたいてい周りに生えている野草だったからだ。いつの間にか、毒に耐性が付き、ある程度の野草なら毒があっても食べられる。
「ソーちゃん、君は一体どこから来たの?」
レントも驚いている。
「僕、ずっと引き篭もりだったからちょっと世間知らずで」
嘘はついていない。だが、世間知らずの度合いはちょっとでは済まない。
「飯、食わせてもらえなかったの?」
「ずっと独りだったから」
レントはあんぐりと口を開けた。そして申し訳無さそうな表情になる。
「なんか、ごめんね?」
「何故謝るのですか?」
「ソーちゃん、苦労してきたんだなって」
礼拝堂で毎日祈りを捧げていた日々を思い返すが、特に苦労は感じなかった。自分が祈ることで救われる者がいるならそれでいい。そう思っていたのだ。だが、その気持ちは特殊なものらしいとソータも学び始めている。
「大丈夫。僕は生きてます」
「ソーちゃん」
ぎゅっと長身のレントに抱き締められる。それにソータはあたふたしたが、離してくれそうにない。
「絶対に楽しいデートにするからね!」
「はい。レント様のこと、もっと知りたいのです」
ソータはレントを見つめて微笑んだ。
「これが石けん…」
ソータはおずおずと石けんを手のひらでごしごし擦ってみた。すると泡がモクモク膨れる。顔につけるといい香りがする。それをお湯で洗い流す。もちろん、節水には心がける。聖女たるもの環境を大事にするのは当たり前なのである。
「すごい。気持ちいい」
ソータは備え付けてあった柔らかなバスタオルで体を拭いて肌着を着けた。こんなにさっぱりしたのは初めてだ。それから、初めてベッドに横になってみた。柔らかくて寝心地が良い。枕が自分の頭をしっかり支えてくれる。
「ベッド…すごい」
ソータはすぐに眠りに落ちていた。聖域にいる夢を見ていた。キメルと一緒に森を駆け回る夢だった。目が覚めると、窓から日差しが射し込んでいる。
ソータはぐっと伸びをした。体の疲れが取れていて驚く。
コンコン、と部屋のドアがノックされて、ソータは答えた。
「ソータ、着替えたら行くよ」
「は、はい!」
ソータは慌てて顔を洗って着替えた。
「ソータ、よく眠れたかな?」
「はい!ベッドが柔らかくてびっくりしました」
「それは良かった。砦を目指すよ。野宿…は慣れてるよね?」
「はい!」
ソータの元気な返事にエンジは笑う。エンジはやはり優しい人のようだ。ますますアオナのリーダーに相応しい。だが占いはまだまだだと言っている。他にもリーダーに相応しい者がいるのだろう。ソータにはなんとなく分かったことがあった。アオナのリーダーは一人ではないのだ。
二人は宿を後にした。砦は今いる街を抜けて、森を抜け、さらに歩いた先にある。隣国には小さいが港があるとソータは前聖女から聞いたことがあった。海ももちろん初めて見る。ワクワクしながら歩いていると、エンジが急に歩を止めた。ソータは彼にぶつかって転びそうになる。
「おっと」
軽々とエンジに抱き留められている。彼の顔がすぐ間近にあった。人に密着された経験が少ないソータはドキドキしてしまう。
「大丈夫かい?ソータ」
「は、はい」
目の前に広がるのは森だった。ソータのいた聖域の森より遥かに暗く深い森である。エンジはそれを見て歩を止めたようだった。
「ここはいつも厄介だな」
エンジは一人呟く。ソータにもその意味が分かっていた。この森には幻覚を見せてくる魔物がいるのだ。だからあまり人が近寄らない。それがますます森を深く暗くさせている。
「エンジ様、僕が先を歩きます。幻覚を見せてくる魔物は倒せばいいのでしょう?」
「いや、あぁ、そうだな」
ソータはギュッと自分の杖を握りしめた。モンスターと戦うのはなるべく避けたいが、不可避な場合もある。二人は森に踏み込んだ。霧がかかりかなり視界が悪い。ソータは気を付けながら歩いた。
「お、可愛子ちゃん発見」
急に現れたのは金髪ロン毛の青年だった。エンジが前に出る。
「お前、魔物か?」
「は?んなわけねーじゃん、頭沸いてんの?」
一触即発という空気に、ソータは慌てて割って入った。
「喧嘩しないでください!」
「可愛子ちゃん、名前は?俺はレント、恋人募集中」
「僕はソータっていいます。レント様はどうしてここに?」
「あぁ、ここでしか取れない毒消し草を収集してたの。クエストって本当面倒」
ふああ、とレントは大きな欠伸をする。ソータはピンと来ていた。この人もまたアオナのリーダーに相応しいと。
だが、まだまだだ。レントはギルドから受けたクエストをこなしているらしい、ということはエンジと同じ冒険者なのだろう。
「レント様は冒険者なのですか?」
「俺に興味あるの?ソーちゃん、ならデートしてよ」
レントはソータの顎を優しく掴む。ソータは急なことに小さく悲鳴を上げた。
「おい!ソータを怖がらせるなよ」
エンジが声を荒げる。レントは舌打ちした。ソータはふるふると頭を振って切り替えた。今の自分は男なのだ。多少荒いことをされたくらいで悲鳴を上げている場合ではない。デートというものがどんなものかは分からないが、それで彼のことが分かるならやってみる価値はありそうだ。
「レント様とデート…します!」
「ソータ?!」
「マジ?やった。それならさっさとクエストをこなしますかね」
レントは俄然やる気が湧いたらしい。毒消し草を手早く集め始めた。このヒトはやれば出来る男なのだ。要領が人よりよくて普段から本気を出さないタイプなのだとソータは最初から見抜いていた。ヒトの本質を見極めるのは、聖女の大事なスキルである。
「おい、レント。まさかこの辺りのギルドって…」
「まぁお前の記憶通りだよ」
ソータにはなんのことだか分からなかったが、二人に連れられてギルドに行くと、ようやく理由が分かった。
発注されているクエストのレベルが異様に高いのである。このギルドは深い森の中にある。そのためだろう。ただでさえ森の中には危険な魔獣がうろついているのだから、ここに来られるという時点で冒険者の厳選が行われているのである。レントもエンジも実力者であることは間違いない。ソータはアオナの神に心で感謝を伝えた。リーダーが強者でなければとても国は任せられないからだ。
ギルドには空いていれば寝泊まりできるスペースもある。もちろん食事も摂れる。思っていたよりスムーズにここまで来られたのはレントの道案内があったからだ。エンジもそれに気が付いている。もし、野宿になればソータかエンジ、どちらかが起きて火の番をしなければならなかった。それがなくなっただけでも今後の旅程に関わってくるだろう。特に体の小さなソータナレアにとっては。
「げ…これだけ?!」
ギルドカウンターでレントが叫ぶ。エンジとソータは何事かとそちらを見やった。
「ちょっとちょっと、毒消し草って割とレアリティの高いアイテムじゃん。いいやつ採ってきたのに銀貨2枚って!」
「どうしたのですか?レント様」
「報酬がいつもより少ないんだよ。なんで?」
ギルドカウンターに座っている女性はただ申し訳ありませんと頭を下げた。どうやら事情は話せないようだ。ソータは首を傾げる。少し疑問に思ったのだ。
「銀貨2枚って確か、銅貨200枚じゃ?銀貨1枚で銅貨100枚って聞きました。僕、間違ってますか?」
昨日エンジにそう教わったばかりだ。決して少なくない額である。ソータを含む他の一般庶民にとってはだが。
「ソーちゃん、女の子は沢山のお金を見ると喜ぶものなんだよ」
「レント、ソータに変なこと吹き込むな」
「僕は女の子じゃないのでお金を見ても喜びません」
ソータはそう朗らかに言って笑ったのだった。
「え?ソーちゃん、女の子だよね?」
「どうしてそう思うのですか?」
ソータはあくまでもレントの言葉を突っぱねた。自分の旅はひそやかに遂行されなければならない。レントに自分が聖女であると明かすのはまだ先でいい。そう思った。
「ま、まあソーちゃんがそう言うなら」
レントも渋々だったが引き下がる。
「とりあえず飯にしよう。ソータ、米は食ったことがあるか?」
ソータは首を横に振った。聖域での食事はたいてい周りに生えている野草だったからだ。いつの間にか、毒に耐性が付き、ある程度の野草なら毒があっても食べられる。
「ソーちゃん、君は一体どこから来たの?」
レントも驚いている。
「僕、ずっと引き篭もりだったからちょっと世間知らずで」
嘘はついていない。だが、世間知らずの度合いはちょっとでは済まない。
「飯、食わせてもらえなかったの?」
「ずっと独りだったから」
レントはあんぐりと口を開けた。そして申し訳無さそうな表情になる。
「なんか、ごめんね?」
「何故謝るのですか?」
「ソーちゃん、苦労してきたんだなって」
礼拝堂で毎日祈りを捧げていた日々を思い返すが、特に苦労は感じなかった。自分が祈ることで救われる者がいるならそれでいい。そう思っていたのだ。だが、その気持ちは特殊なものらしいとソータも学び始めている。
「大丈夫。僕は生きてます」
「ソーちゃん」
ぎゅっと長身のレントに抱き締められる。それにソータはあたふたしたが、離してくれそうにない。
「絶対に楽しいデートにするからね!」
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