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魔族の襲撃に備える中、俺はこれまでの事を思い出す
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俺達が通されたのは、玉座の間から暫く廊下を進んだ先の一室だった。
そこは壁こそ岩の灰色だったが、中は偉く豪華で天蓋付きのベットだの細かい意匠が刻まれた座り心地の良さそうなソファだの、高そうなツボだのと色鮮やかだ。更に床には赤い絨毯が敷き詰められ、壁には金色の留め具のようなモノが備え付けられ、そこにたいまつが刺さっている。
見るからに豪華な部屋。恐らく、王の来賓などを通す為の部屋なのだろう。
「ここが来賓の間だ。自由に寛ぐが良い。ただし、調度品を壊したりせぬように」
案内してくれた兵士はそれだけ告げ、さっさと立ち去ってしまう。取り残された俺は、どうしたものかと部屋を見回す。いきなりこんな場所に連れてこられても困る。実際、ただ傭兵として雇ってほしいといっただけのただの旅人なのだから急にこんなところに通されてもどうしていいか分からない。
「ねぇ、ソーマ! 凄いよ、このベット! ふっかふかでバネでも入ってるみたいに弾むよ~」
とか考えていたら、ミリが天蓋付きのベットにダイブしていた。彼女は楽しそうにベットの上で跳ね回る。
それに倣って、ユーゴも姉の腕の中から抜け出しベットにダイブしてきゃっきゃと笑いだす。
うわ~。無邪気だな、二人とも。
そのあまりに自由な態度に、俺の緊張も少しだけ薄れる。まぁ、ここで待ってろって言われたからにはここにいるしかないしな。
「俺達も座るか」
そして、隣のティーカに声をかける。すると、彼女はゆっくり俺を見て頷く。俺達は二人で向かい合うように、やたらと豪華なソファに腰掛ける。すると、急に体が弛緩したように緩み、どっと疲れが襲ってきた。
さっきまで散々大立ち回りをして、兵士達から逃げたり、姫騎士様と戦ったりで、もう既にくたくただ。王都に到着したばかりだってのに、なんだってこうトラブルばっかりなんだろうかと思う。
「あの……すみません。ソーマさんはお疲れですよね?」
と、俺がソファでヘタっていると、ティーカがおずおずと声をかけてくる。彼女は申し訳なさそうに顔を伏せ、縮こまった姿でそこにいた。
「あ? ああ。まぁ、確かに疲れたけど、一緒に戦う事を王様に認めてもらったし、結果オーライかな」
対して、俺はニヤリと笑って告げる。実際、滅茶苦茶だったけど何とかなったからいいだろうと、俺は心底思う。
そうしていると、彼女はまたも辛そうに顔を背ける。さっきからずっとこの調子だが、まぁ言いたい事は分からなくもないかな。
「なぁ、ティーカ。別に俺、仕方なく王様に願い出たわけじゃないんだぜ?」
「え?」
だから、俺はとりあえず思ったまま告げてみる事にした。
「俺はティーカの為に仕方なくとか行動してたわけじゃない。そりゃ、兵士とやりあったのも、アンゼリカ姫と戦ったのもティーカを守る為だったけど。それは俺が心から守りたいって思ったからだ。こちらの言い分も聞かず、問答無用で襲ってくる連中に腹が立ったから、俺は戦ったんだ。王様に言ったのだって一緒さ。あんな事になったのも成り行きだったけど、俺は俺が思うまま勝手に行動しただけだ。だから、そんな申し訳なさそうな顔しなくていい。それにティーカが殺されちまったら、ユーゴもかわいそうだしな。前にも言ったろ? 悪いのは魔族であって、ティーカじゃない。例え実行したのがティーカでも付けを払うのはあいつ等だって」
「……ソーマさん」
「それに王様には死んでも戦えとか言われたけど、俺は死ぬつもりは無ぇぜ。もっと良い事しないといけないからな。その為に、今回の事は絶好の機会だ。だから、ちょっと手を借りるぜ。安心しろ。絶対にこの国も、皆も守ってやるからさ!」
姿勢を正し、俺は力強く言い切った。カッコつけたつもりはないが、ともかくこんなところで死んではいられない。折角凄い力を貰ったし、この力で沢山良い事をして、死んだら天国に連れてってもらうんだから。
「そうだよ。別にお礼なんて求めてソーマもアタシもユーゴを助けたわけじゃないよ。悪い奴がいたらやっつけろ!って村の掟だし、ソーマもお礼目当てで何かする人じゃないしね」
そんな俺の真後ろから、いつの間にかミリが前のめりに告げる。彼女はしっぽの耳を左右に振りながら、ティーカに八重歯を見せて笑う。
「そういう事だ。あまり気にせず、明日の戦いに備えようぜ。もちろん、二人の事は俺が必ず守るけどな!」
そんな俺の言葉だったが、結局ティーカは微妙に無理した笑顔で返されただけだった。
そう簡単にはいかない、か。
その態度に、俺はどうしたら彼女の申し訳無い病が治るのかと考える。ただ、すぐには思いつきそうもない。
まぁ、あっちからしたら、命を救ってもらった上に王都まで連れてきてもらって、とかでまともに礼もしてないみたいな状態かもしれない。気にしなくても良いんだけどな~。別に礼目当てで行動してたわけじゃなくて、結局神様から言われた徳を積む一環なだけなのだが。天国に行きたいから思いつく良い事しようってのも下心感満載で良いんだか悪いんだかだけどね。
「踊り子の娘。いるか?」
そんな事を考えていたら、客間の扉を押し開けて全身鎧のアンゼリカ姫がやってきた。
「ああ。待ってろって言われたし。何か用?」
「ああ。確か踊り子の娘は先ほどの魔族を知っていると言っていたな」
俺に答え、姫はずかずかと室内に入って、ティーカの元へ歩み寄る。
「? はい」
「そうか。では、着いて参れ」
そういうと、姫は強引にティーカの手を取り、そのまま歩き出す。彼女に手を引かれるまま、ティーカも無理やり立ち上がらされ、そのまま連れていかれる。あまりに急な事で俺もミリも、手を引かれている当のティーカすらも反応が遅れてしまう程だ。
「え? ちょっと……」
「急げ! そなたの罪を贖うチャンスでもあるのだ。上手く行けば、そちらの男の言っている事が正しいと証明できるやもしれぬ」
その言葉に、俺は驚いて身を乗り出す。
「本当か? さっきは戦って証明しろって話だったけど」
「嘘など言わぬ。貴様らは魔族に内通している可能性もあると陛下はお考えだった。だが、もしも娘から正しい情報が提供されれば、貴様の言った事を信じても良いだろうと仰せだ」
「正しい情報……でも、どうやってそれを証明するんだ? アンタたちが俺達を疑ってるのはまぁ分かったけどさ。正しいかどうかんなんて、分かる者じゃないだろ?」
「我らが王家には、嘘を見抜く術がある。遥か昔、女神によって齎された我らだけの秘術。それを使えば娘が嘘を言っているかどうかなど容易に分かる」
俺の問いに、アンゼリカはしれっと答える。それを聞いて、俺の顔が自然と苦いものに変わる。
「え~。じゃあ、何でさっき俺が散々言った事を嘘だって言ったんだよ」
「あの時は術など施す余裕も無かった故、信じるに至らなかった。第一、貴様は我が兵達を相手どって争う姿勢を見せていたではないか」
更にしれっと言われ、俺は更に苦い顔でため息を吐く。
「いや、だから戦う意思はないって言ってたじゃん。まぁ、もういいや。その術ってのを使えば、ティーカが真実を言っているかどうかは分かるんだな。なら、早く行こう」
俺はミリとベットで無邪気に遊んでるユーゴを連れてアンゼリカ姫たちについていこうとする。が、俺達が歩き出す前に姫から待ったと手をかざされる。
「悪いが、これは娘一人に行かせてほしい。部外者をあまり軍議にいれるわけにもいかぬのでな。では娘、行くぞ」
それだけ言って、アンゼリカ姫は強引にティーカを連れて元来た廊下をずかずかと歩いていってしまった。
対して俺達はと言えば、やる事もなくなり、仕方なくその場のソファに座ってティーカの帰りを待つ。
それから、どれくらいの時間が経過したか。
俺がソファの上でうつらうつらと船をこいでいると、不意に扉が開いてティーカとアンゼリカ姫が帰ってくる。
「お、ああ。ティーカ、おかえり」
急な事にビクっと目を覚まし、俺は戻ってきたティーカに半ば寝ぼけて声をかける。が、ティーカは少し呆けた様子でじっと虚空を見つめているだけだった。俺は気を取り直し、再度問う。
「で? どうだった? みんな、分かってくれたのか?」
「ああ、喜べ。娘のお陰で、明日攻めてくる魔族の情報が割れた。それにより、有効な対策がとれそうだ。それでも厳しい戦いだが、何も分からぬまま戦うよりもはるかにマシだ」
俺の問いに、アンゼリカ姫が先んじて答えてくれた。俺は顔を輝かせ、ティーカ向って前のめりに告げる。
「そうか! よかったな、ティーカ。これでティーカの罪も……」
「はい……」
だが、ティーカは静かに頷くと、そのまま無言でソファへと腰掛ける。それを見つめ、俺は首を傾げる。
そこで、俺のお腹が盛大に鳴り響いた。
「なッ! あ……」
羞恥心のあまり頬が熱くなる。同時に、俺の真後ろから西日が差しているのが見えた。あれ? もうこんな時間?
「そろそろ夕餉の時間だな。食事を運ばせよう。城の食事だ。存分に味わうが良い」
そんな俺の反応に、アンゼリカは鎧の上から分かるような柔らかい雰囲気で告げ、そのまま客間を後にする。
それから、俺達は運ばれてくる食事に舌鼓を打つことになる。その間も、ティーカは心ここにあらずといった調子で何を言ってもから返事しか返ってこなかった。ただ、慣れない事の連続だった事もあり、俺もその事を深く追求する事は無かった。
そうして夜は更け、俺達は眠りにつくことにした。
今日は寝台が大きいからと、ティーカ、ミリ、ユーゴの三人で寝てもらう事にして、俺は一人別の寝台で眠りについた。
それから、再び長い時間が過ぎた。
俺は不意に目を覚まし、体を起こす。辺りは真っ暗だった。そこは、ボタン一つで明かりがつけられる現代日本(死ぬ前なら現代)や火を絶やさぬようにと交代で番をしていた野宿の夜とは違い、静謐で穏やかな時間だった。
俺は何となくベットから抜け出し、立ち上がる。そして、部屋の窓側に扉を見つけ、押し開ける。すると、その先はバルコニーのようになっていて、外に出る事が出来た。
そこから外に出て、俺は夜空を見上げた。そこは、こちらの世界に来てから毎晩見る満天の星空だった。
思えば、ここに来るまで本当に色々な事があったな。
いきなり右も左も分からぬままこちらの世界に飛ばされて、いきなり化け物に遭遇。即死にかけたと思ったら、謎の能力を発動してその窮地を切り抜けて、そこから物々しい煙が見えたからあわてて走って、そしたらティーカを見かけて、だけど逃げられ、そこから獣人の村で魔獣の群れを倒して、ミリと出会って。
それから魔獣騒ぎを解決して、そこで生まれて初めてやたらと皆から感謝されたりして、それから王都まで旅に出て、旅先の商業都市でティーカに殺されかけて。
それからユーゴを助け出して、魔族を倒して、王都についたら着いたで騒動。
行く先々にいろんな騒動に巻き込まれながらもなんとかそれらを解決して、ここまでやってきた。
日数にしたらまだ一か月かそこらだとは思うけど、それでも随分と長い旅をしてきた気がする。
「それもこれも……この世界に送ってくれた神様のお陰かな」
俺は自分の手のひらを見つめて呟く。異世界を渡り、強大な力を与えてもらった。
怒りをスイッチに発動し、触れた相手を問答無用で破壊出来る力。それは、使い方を間違えればきっと大変な事になる力だ。
でも、この力を正しく使えたら、きっといろんな人を助けられる筈だ。
そうして、この世界で沢山の徳、つまり良いことをしていけば、ここで死んだ後は天国で父さんと母さんに会える。その為に、明日の戦いは絶対に負けられない。
「やってやるさ。魔族だか何だか知らねぇが、人を自分勝手な理屈で殺そうとする連中なんて許しておけるわけもない。絶対に俺が皆を守って連中をぶちのめしてやる!」
力強く拳を握り、俺は決意を口にする。それは、今の自分がそっちょくに思った事だ。死ぬ前の俺なら、他人の為に、なんて考える余裕はきっと無かっただろう。でも、今の病気も何もなくなった俺なら、そう考えられる。
もしかしたら、病気も何もしていない俺はこんな人間だったのかもしれない。両親からは他人の為になる事を進んでしろと教えられ、他人を恨むのではなく思いやれと言われ続けた。
それでも、何も得られず悪意だけをぶつけられる日々におかしくなり、遂には世界を恨み、人を憎んで自ら死を迎えたのだ。
そんな自分が、今は正しい事をしようと進んで行動できるまでになったのだから分からないものだ。まぁ、死んだ後なんて、死んでみない事には分からないから分かるわけもないが。
「ソウマさん?」
そんな事を一人考えていたら、背後から声がかかる。振り返れば、そこにはヴェールを外したティーカの姿があった。彼女はしなやかな銀の髪を風になびかせ、俺を見つめている。
「ああ、ティーカ。起こしちゃったか?」
「あ、いえ。私もひとりでに起きただけですので。ソウマさんこそどうされたんです? そんなところにおひとりで」
「いや。俺がこの辺りに来てから、色々あったなって思ってさ。一人で考えてた」
「そうでしたか。すみません。お邪魔でなければ御一緒してもよろしいですか?」
「ああ。もちろん」
俺が笑顔で頷くと、ティーカも返礼とばかりに微笑み、俺の傍らにまで歩み寄る。そして、静かに頭上の空を見上げる。そして瞳をすっと細めて笑う。
「綺麗ですね」
「ああ。俺の故郷とは大違いの星空だ」
そう俺が告げると、ティーカは視線を空から卸す。そして、眼下に広がる荒野へとその視線を向けた。
「あの、ミリさんから聞いたのですが。ソウマさんは、その……故郷にあまりいい思い出が無いとか」
そして、聞きづらそうに言い淀みながらもそう問いかけてくる。それに驚くも、俺は穏やかに笑って頷く。
「ああ。俺は故郷で、それは酷い仕打ちを受けた。ロクでもない子供時代にロクでもない大人の時代。思い出すだけで吐き気を催すくらい腹が立つような事ばかり。良い事って言えば、まともな両親のもとに生まれられた事くらい」
ミリに伝えたころよりも遥かに穏やかに、それでも悲しい思い出に胸が少し締め付けられる痛みを覚えながら、俺は彼女に告げた。そのロクでもない思い出も、いくつかは腹立たしい記憶からそんな事もあったなと冷静に考えられる記憶に置き換わってはいたから少しは穏やかに話せているが、それでもやはり辛い記憶だった事は間違いないと、その痛みで分かる。
「だから俺は旅に出た。俺の使ってる力はその過程である人から貰ったモノだ。この力をくれた人は、俺に徳を積めって言ってたんだ。そしたら、死後に両親のいる天国に行けるって行って。だから、俺は精一杯良いことをしようって思ってる。この力で、いろんな人を助けたい。今ではそう思ってるよ」
「……ミリさんからもうかがっていましたけど、ソウマさんは本当に御両親の事が好きだったんですね」
「え? ああ。まぁ、暮らしは貧乏で辛かったけど、二人と一緒なら何とか耐えられたから、きっとそうだったんだろう。自分でも好きだったかは分からないけどさ。二人以外、まともに俺を扱ってくれる人なんて、ほとんどいなかったからさ。嫌いじゃなかったのは確実だけどな」
目を細め、俺は素直に自分の気持ちを伝える。実際、ミリに聞かれた時もだけど、今をもって両親が本当に好きだったかまでは分からない。ただ、もう一度会いたいと思ってる、それだけかもしれない。
「そう言えるのが、私はとても羨ましいです」
それがいかに伝わったか、俺には分からなかったが、ティーカはそんな言葉を漏らした。
「少しお話しても良いですか?」
「ああ。話したいなら、聞くよ」
俺が快く答えると、彼女は顔を上げて、遠くを見つめながら語り始めた。
「私は、両親が大嫌いでした。私の生まれた部族は、古くから暗殺を生業とする者達の部族であり、市政に多くの死と悲しみを振りまく部族でした。そんな忌まわしい部族は三年ほど前、何者かの襲撃によって滅びたのです。私と母、そしてユーゴだけを残して。それが私達が旅に出た理由です」
彼女が突如語りだした重たい過去。それは今まで伏せられてきた情報であり、何故こんな事を語られるのか分からないような状態だったが、話の腰を折る気にもならず俺は聞き続ける。
「三人だけ残った私たちは遠いヴァルトベルグの王都を目指して旅に出ました。しかし、女二人と子供一人、このような時代では到底生計は立たず、いつでも旅は貧しい暮らしでした。母は自らの身を売り、暗殺者としての手腕をも売って金を稼ぎ、私達の旅の資金に充てていました。そんな母を、私は軽蔑していました。亡くなったとは言え、父という存在がありながら自ら男に身を捧げる母を。そして、暗殺などに手を染めてしまう母を。同時に暗殺者として数々の功績を上げた父もまた侮蔑していました。人を殺してほめたたえられるなど言語道断。私にこんな両親の血が流れていると思うと、おぞましくておぞましくて仕方ありませんでした」
「……」
「でも、私も結局二人の子供。やむを得ない状況でしたが、私は当たり前に暗殺をやってのけられたんです。幼い頃から暗殺の技が私には染みついていたんです。それが私を余計に蝕んでいきました。罪の意識と共に、私は自分が生きていて良いのかと、ずっと悩んでいました。それでもユーゴを守らなければならないと、必死で抗い続けました」
最初は淡々と、徐々に声が震えていき、彼女は顔を伏せバルコニーの柵を強く握りしめた。その様子が、彼女が本当に辛かったんだろうと、簡単に分かる。
「……そっか。大変だったんだな」
そんな彼女に、俺はそう告げるのが精いっぱいだった。俺自身、本当にロクでもない事しか無かったけど、彼女のソレは俺よりひどいように思う。いや、辛さなんて単純に比べようも無いから何とも言えないが。
「はい。もう今は過去の事だけど、思い出すと今日の事のように思い出します。でも、ソウマさんに出会えて、少し変わったんです」
「え?」
「ソウマさんは自分を殺そうとした私を助けてくれて、一緒に王都まで連れてきてくれて、兵士達に追われた時も守ってくれました。でも、その度に私は強い罪悪感に駆られてしまったんです。自分のような人間が、こんな風にしてもらって良いのかって。でも、先ほど軍議の場に呼ばれて、私の知る魔族の事がお役に立てたんです。ソウマさんに出会ってから助けられてばかりだった自分がようやく人の役に立つ事が出来た。まだ罪を償うには到底及びません。それでも私は、今生きていられた事に意味があったとようやく思えたのです。そうして、やっと私の呪縛が解けました。同時に、私は決めたんです」
「何を?」
「ソウマさんに救っていただいたこの命を、今度はソウマさんや今を生きる人達の為に使おうって。今までは生きるだけで精一杯だったけれど、これからは誰かの為に生きようと。私の罪は死んでどうにかなるようなモノでもありません。私一人が死んだところで、殺した方々は決して返っては来ません。だから、その分まで懸命に生きようって。姫殿下も仰っていました。『死んだ者は返ってこないし、一人分の命で彼らの事を贖う事は出来ない。未来の為に出来る事を全てせよ。それがそなたの贖罪だ』と。だから、認めて下さる方がいるのなら、その為に生き続けようと」
決意に満ちた表情で、ティーカは力強く言い切った。そのまま俺の方に体ごと向き直り、体を寄せてくる。
「これからずっと、貴方の傍にいます。ソウマさんのお傍で、ソウマさんをお守りし続けます。ソウマさんが為す人助けや人の為になる事を、私にもお手伝いさせて下さい。これから生きる時間、すべて貴方に捧げます。許して下さいますか?」
そして、彼女は上目遣いに俺に尋ねてきた。その上目遣いは凶悪な破壊力を秘めたもので、彼女の潤んだ瞳に吸い込まれそうになった。というか、今までの自分語りの流れからここに着地ってかなりのウルトラCな気がしなくもないかもしれない。いや、まぁ普通にちゃんとしてたかな? 俺の脳はたぶん、美少女の上目遣いという強烈な技を喰らっていっぱいいっぱいになってる。処理が追い付かん。さっきまでのしっとりとした感じ何処行った。
いや、というか、早く答えろよ、俺。
「あ、ああ。別に大丈夫だ。ティーカなら大歓迎さ」
だから、必死こいて頭から、というか口から言葉を紡ぎだす。そうすると、案外頭が正常に回り始めて、言葉は自然と口をついていく。
「ただ、別に俺に恩があると思ってるからって、無理について来なくていいから。俺は俺で、好き勝手に自分がやりたいように人助けとかをしていこうって思ってるだけで……生きる時間全部とかその、変に縛られなくていい」
「あの、迷惑でしょうか?」
「そんなわけない! ティーカみたいに可愛い子がいてくれたら嬉……いや、違う! その、なんだ? そんな風に無理に思わなくたっていいってだけだ。俺としては歓迎する。でも危険もきっと多いと思うから、危ないと思ったら逃げちゃっていいからさ」
更に身を寄せようとしてきたティーカの肩を掴み、俺はとりあえず何とか言いたい事を言い終えた。ってか、女の子の体触ったの初めてかも。それに近くに小学校の遠足の時なんか、何故か俺を嫌がって手をつなごうとしなかったからな、クラスの女子。いや、そんな事はどうでもいい。異様に細くて華奢で、なんかすげぇ柔らかくて心地いい感触だ。女の子の体って、やっぱり男とは違うんだな。
とか言ってる場合じゃねぇ。そろそろ俺の理性が大混乱していっぱいいっぱいだから、この場を収めないと。
「あ……じゃあ、話は済んだみたいだし、そろそろ寝ようか」
「はい。分かりました」
そうして、俺達は並んでバルコニーから室内に戻る。そうして、俺がベットに潜り込むと、ティーカが何故か隣に滑り込んできた。
「な! ちょっと……」
「すみません。今夜だけは、お傍にいさせて下さい。この前のような事は致しませんから」
そう言って、彼女は俺の腕に手を回してくる。そうすると、もろに彼女の放漫な胸の感触が肘の辺りに当たった。
そのまま彼女は静かに目を閉じ、やがて穏やかな寝息を立て始める。その顔は安心しきったもので、無理やり起こす気には到底ならなかった。
仕方ない。好きにさせようか。ちょっと理性が大混乱してるが、寝てる女の子に変な事するなんて俺の倫理が許さないからきっと大丈夫な筈。
問題なのは、俺がこのまま眠れるかどうか、ただそれだけ。女の子の爽やかな香りと柔らかい感触に包まれて、精神的には相当来てる。
それから俺が眠りにつくまでには、結構な時間を要した。口では言えないようなやらしい夢でも見ちゃいそうだと思ったが、存外リラックスしていたのか、特にその手のやらしい夢とかは見ずに済んだ。
そこは壁こそ岩の灰色だったが、中は偉く豪華で天蓋付きのベットだの細かい意匠が刻まれた座り心地の良さそうなソファだの、高そうなツボだのと色鮮やかだ。更に床には赤い絨毯が敷き詰められ、壁には金色の留め具のようなモノが備え付けられ、そこにたいまつが刺さっている。
見るからに豪華な部屋。恐らく、王の来賓などを通す為の部屋なのだろう。
「ここが来賓の間だ。自由に寛ぐが良い。ただし、調度品を壊したりせぬように」
案内してくれた兵士はそれだけ告げ、さっさと立ち去ってしまう。取り残された俺は、どうしたものかと部屋を見回す。いきなりこんな場所に連れてこられても困る。実際、ただ傭兵として雇ってほしいといっただけのただの旅人なのだから急にこんなところに通されてもどうしていいか分からない。
「ねぇ、ソーマ! 凄いよ、このベット! ふっかふかでバネでも入ってるみたいに弾むよ~」
とか考えていたら、ミリが天蓋付きのベットにダイブしていた。彼女は楽しそうにベットの上で跳ね回る。
それに倣って、ユーゴも姉の腕の中から抜け出しベットにダイブしてきゃっきゃと笑いだす。
うわ~。無邪気だな、二人とも。
そのあまりに自由な態度に、俺の緊張も少しだけ薄れる。まぁ、ここで待ってろって言われたからにはここにいるしかないしな。
「俺達も座るか」
そして、隣のティーカに声をかける。すると、彼女はゆっくり俺を見て頷く。俺達は二人で向かい合うように、やたらと豪華なソファに腰掛ける。すると、急に体が弛緩したように緩み、どっと疲れが襲ってきた。
さっきまで散々大立ち回りをして、兵士達から逃げたり、姫騎士様と戦ったりで、もう既にくたくただ。王都に到着したばかりだってのに、なんだってこうトラブルばっかりなんだろうかと思う。
「あの……すみません。ソーマさんはお疲れですよね?」
と、俺がソファでヘタっていると、ティーカがおずおずと声をかけてくる。彼女は申し訳なさそうに顔を伏せ、縮こまった姿でそこにいた。
「あ? ああ。まぁ、確かに疲れたけど、一緒に戦う事を王様に認めてもらったし、結果オーライかな」
対して、俺はニヤリと笑って告げる。実際、滅茶苦茶だったけど何とかなったからいいだろうと、俺は心底思う。
そうしていると、彼女はまたも辛そうに顔を背ける。さっきからずっとこの調子だが、まぁ言いたい事は分からなくもないかな。
「なぁ、ティーカ。別に俺、仕方なく王様に願い出たわけじゃないんだぜ?」
「え?」
だから、俺はとりあえず思ったまま告げてみる事にした。
「俺はティーカの為に仕方なくとか行動してたわけじゃない。そりゃ、兵士とやりあったのも、アンゼリカ姫と戦ったのもティーカを守る為だったけど。それは俺が心から守りたいって思ったからだ。こちらの言い分も聞かず、問答無用で襲ってくる連中に腹が立ったから、俺は戦ったんだ。王様に言ったのだって一緒さ。あんな事になったのも成り行きだったけど、俺は俺が思うまま勝手に行動しただけだ。だから、そんな申し訳なさそうな顔しなくていい。それにティーカが殺されちまったら、ユーゴもかわいそうだしな。前にも言ったろ? 悪いのは魔族であって、ティーカじゃない。例え実行したのがティーカでも付けを払うのはあいつ等だって」
「……ソーマさん」
「それに王様には死んでも戦えとか言われたけど、俺は死ぬつもりは無ぇぜ。もっと良い事しないといけないからな。その為に、今回の事は絶好の機会だ。だから、ちょっと手を借りるぜ。安心しろ。絶対にこの国も、皆も守ってやるからさ!」
姿勢を正し、俺は力強く言い切った。カッコつけたつもりはないが、ともかくこんなところで死んではいられない。折角凄い力を貰ったし、この力で沢山良い事をして、死んだら天国に連れてってもらうんだから。
「そうだよ。別にお礼なんて求めてソーマもアタシもユーゴを助けたわけじゃないよ。悪い奴がいたらやっつけろ!って村の掟だし、ソーマもお礼目当てで何かする人じゃないしね」
そんな俺の真後ろから、いつの間にかミリが前のめりに告げる。彼女はしっぽの耳を左右に振りながら、ティーカに八重歯を見せて笑う。
「そういう事だ。あまり気にせず、明日の戦いに備えようぜ。もちろん、二人の事は俺が必ず守るけどな!」
そんな俺の言葉だったが、結局ティーカは微妙に無理した笑顔で返されただけだった。
そう簡単にはいかない、か。
その態度に、俺はどうしたら彼女の申し訳無い病が治るのかと考える。ただ、すぐには思いつきそうもない。
まぁ、あっちからしたら、命を救ってもらった上に王都まで連れてきてもらって、とかでまともに礼もしてないみたいな状態かもしれない。気にしなくても良いんだけどな~。別に礼目当てで行動してたわけじゃなくて、結局神様から言われた徳を積む一環なだけなのだが。天国に行きたいから思いつく良い事しようってのも下心感満載で良いんだか悪いんだかだけどね。
「踊り子の娘。いるか?」
そんな事を考えていたら、客間の扉を押し開けて全身鎧のアンゼリカ姫がやってきた。
「ああ。待ってろって言われたし。何か用?」
「ああ。確か踊り子の娘は先ほどの魔族を知っていると言っていたな」
俺に答え、姫はずかずかと室内に入って、ティーカの元へ歩み寄る。
「? はい」
「そうか。では、着いて参れ」
そういうと、姫は強引にティーカの手を取り、そのまま歩き出す。彼女に手を引かれるまま、ティーカも無理やり立ち上がらされ、そのまま連れていかれる。あまりに急な事で俺もミリも、手を引かれている当のティーカすらも反応が遅れてしまう程だ。
「え? ちょっと……」
「急げ! そなたの罪を贖うチャンスでもあるのだ。上手く行けば、そちらの男の言っている事が正しいと証明できるやもしれぬ」
その言葉に、俺は驚いて身を乗り出す。
「本当か? さっきは戦って証明しろって話だったけど」
「嘘など言わぬ。貴様らは魔族に内通している可能性もあると陛下はお考えだった。だが、もしも娘から正しい情報が提供されれば、貴様の言った事を信じても良いだろうと仰せだ」
「正しい情報……でも、どうやってそれを証明するんだ? アンタたちが俺達を疑ってるのはまぁ分かったけどさ。正しいかどうかんなんて、分かる者じゃないだろ?」
「我らが王家には、嘘を見抜く術がある。遥か昔、女神によって齎された我らだけの秘術。それを使えば娘が嘘を言っているかどうかなど容易に分かる」
俺の問いに、アンゼリカはしれっと答える。それを聞いて、俺の顔が自然と苦いものに変わる。
「え~。じゃあ、何でさっき俺が散々言った事を嘘だって言ったんだよ」
「あの時は術など施す余裕も無かった故、信じるに至らなかった。第一、貴様は我が兵達を相手どって争う姿勢を見せていたではないか」
更にしれっと言われ、俺は更に苦い顔でため息を吐く。
「いや、だから戦う意思はないって言ってたじゃん。まぁ、もういいや。その術ってのを使えば、ティーカが真実を言っているかどうかは分かるんだな。なら、早く行こう」
俺はミリとベットで無邪気に遊んでるユーゴを連れてアンゼリカ姫たちについていこうとする。が、俺達が歩き出す前に姫から待ったと手をかざされる。
「悪いが、これは娘一人に行かせてほしい。部外者をあまり軍議にいれるわけにもいかぬのでな。では娘、行くぞ」
それだけ言って、アンゼリカ姫は強引にティーカを連れて元来た廊下をずかずかと歩いていってしまった。
対して俺達はと言えば、やる事もなくなり、仕方なくその場のソファに座ってティーカの帰りを待つ。
それから、どれくらいの時間が経過したか。
俺がソファの上でうつらうつらと船をこいでいると、不意に扉が開いてティーカとアンゼリカ姫が帰ってくる。
「お、ああ。ティーカ、おかえり」
急な事にビクっと目を覚まし、俺は戻ってきたティーカに半ば寝ぼけて声をかける。が、ティーカは少し呆けた様子でじっと虚空を見つめているだけだった。俺は気を取り直し、再度問う。
「で? どうだった? みんな、分かってくれたのか?」
「ああ、喜べ。娘のお陰で、明日攻めてくる魔族の情報が割れた。それにより、有効な対策がとれそうだ。それでも厳しい戦いだが、何も分からぬまま戦うよりもはるかにマシだ」
俺の問いに、アンゼリカ姫が先んじて答えてくれた。俺は顔を輝かせ、ティーカ向って前のめりに告げる。
「そうか! よかったな、ティーカ。これでティーカの罪も……」
「はい……」
だが、ティーカは静かに頷くと、そのまま無言でソファへと腰掛ける。それを見つめ、俺は首を傾げる。
そこで、俺のお腹が盛大に鳴り響いた。
「なッ! あ……」
羞恥心のあまり頬が熱くなる。同時に、俺の真後ろから西日が差しているのが見えた。あれ? もうこんな時間?
「そろそろ夕餉の時間だな。食事を運ばせよう。城の食事だ。存分に味わうが良い」
そんな俺の反応に、アンゼリカは鎧の上から分かるような柔らかい雰囲気で告げ、そのまま客間を後にする。
それから、俺達は運ばれてくる食事に舌鼓を打つことになる。その間も、ティーカは心ここにあらずといった調子で何を言ってもから返事しか返ってこなかった。ただ、慣れない事の連続だった事もあり、俺もその事を深く追求する事は無かった。
そうして夜は更け、俺達は眠りにつくことにした。
今日は寝台が大きいからと、ティーカ、ミリ、ユーゴの三人で寝てもらう事にして、俺は一人別の寝台で眠りについた。
それから、再び長い時間が過ぎた。
俺は不意に目を覚まし、体を起こす。辺りは真っ暗だった。そこは、ボタン一つで明かりがつけられる現代日本(死ぬ前なら現代)や火を絶やさぬようにと交代で番をしていた野宿の夜とは違い、静謐で穏やかな時間だった。
俺は何となくベットから抜け出し、立ち上がる。そして、部屋の窓側に扉を見つけ、押し開ける。すると、その先はバルコニーのようになっていて、外に出る事が出来た。
そこから外に出て、俺は夜空を見上げた。そこは、こちらの世界に来てから毎晩見る満天の星空だった。
思えば、ここに来るまで本当に色々な事があったな。
いきなり右も左も分からぬままこちらの世界に飛ばされて、いきなり化け物に遭遇。即死にかけたと思ったら、謎の能力を発動してその窮地を切り抜けて、そこから物々しい煙が見えたからあわてて走って、そしたらティーカを見かけて、だけど逃げられ、そこから獣人の村で魔獣の群れを倒して、ミリと出会って。
それから魔獣騒ぎを解決して、そこで生まれて初めてやたらと皆から感謝されたりして、それから王都まで旅に出て、旅先の商業都市でティーカに殺されかけて。
それからユーゴを助け出して、魔族を倒して、王都についたら着いたで騒動。
行く先々にいろんな騒動に巻き込まれながらもなんとかそれらを解決して、ここまでやってきた。
日数にしたらまだ一か月かそこらだとは思うけど、それでも随分と長い旅をしてきた気がする。
「それもこれも……この世界に送ってくれた神様のお陰かな」
俺は自分の手のひらを見つめて呟く。異世界を渡り、強大な力を与えてもらった。
怒りをスイッチに発動し、触れた相手を問答無用で破壊出来る力。それは、使い方を間違えればきっと大変な事になる力だ。
でも、この力を正しく使えたら、きっといろんな人を助けられる筈だ。
そうして、この世界で沢山の徳、つまり良いことをしていけば、ここで死んだ後は天国で父さんと母さんに会える。その為に、明日の戦いは絶対に負けられない。
「やってやるさ。魔族だか何だか知らねぇが、人を自分勝手な理屈で殺そうとする連中なんて許しておけるわけもない。絶対に俺が皆を守って連中をぶちのめしてやる!」
力強く拳を握り、俺は決意を口にする。それは、今の自分がそっちょくに思った事だ。死ぬ前の俺なら、他人の為に、なんて考える余裕はきっと無かっただろう。でも、今の病気も何もなくなった俺なら、そう考えられる。
もしかしたら、病気も何もしていない俺はこんな人間だったのかもしれない。両親からは他人の為になる事を進んでしろと教えられ、他人を恨むのではなく思いやれと言われ続けた。
それでも、何も得られず悪意だけをぶつけられる日々におかしくなり、遂には世界を恨み、人を憎んで自ら死を迎えたのだ。
そんな自分が、今は正しい事をしようと進んで行動できるまでになったのだから分からないものだ。まぁ、死んだ後なんて、死んでみない事には分からないから分かるわけもないが。
「ソウマさん?」
そんな事を一人考えていたら、背後から声がかかる。振り返れば、そこにはヴェールを外したティーカの姿があった。彼女はしなやかな銀の髪を風になびかせ、俺を見つめている。
「ああ、ティーカ。起こしちゃったか?」
「あ、いえ。私もひとりでに起きただけですので。ソウマさんこそどうされたんです? そんなところにおひとりで」
「いや。俺がこの辺りに来てから、色々あったなって思ってさ。一人で考えてた」
「そうでしたか。すみません。お邪魔でなければ御一緒してもよろしいですか?」
「ああ。もちろん」
俺が笑顔で頷くと、ティーカも返礼とばかりに微笑み、俺の傍らにまで歩み寄る。そして、静かに頭上の空を見上げる。そして瞳をすっと細めて笑う。
「綺麗ですね」
「ああ。俺の故郷とは大違いの星空だ」
そう俺が告げると、ティーカは視線を空から卸す。そして、眼下に広がる荒野へとその視線を向けた。
「あの、ミリさんから聞いたのですが。ソウマさんは、その……故郷にあまりいい思い出が無いとか」
そして、聞きづらそうに言い淀みながらもそう問いかけてくる。それに驚くも、俺は穏やかに笑って頷く。
「ああ。俺は故郷で、それは酷い仕打ちを受けた。ロクでもない子供時代にロクでもない大人の時代。思い出すだけで吐き気を催すくらい腹が立つような事ばかり。良い事って言えば、まともな両親のもとに生まれられた事くらい」
ミリに伝えたころよりも遥かに穏やかに、それでも悲しい思い出に胸が少し締め付けられる痛みを覚えながら、俺は彼女に告げた。そのロクでもない思い出も、いくつかは腹立たしい記憶からそんな事もあったなと冷静に考えられる記憶に置き換わってはいたから少しは穏やかに話せているが、それでもやはり辛い記憶だった事は間違いないと、その痛みで分かる。
「だから俺は旅に出た。俺の使ってる力はその過程である人から貰ったモノだ。この力をくれた人は、俺に徳を積めって言ってたんだ。そしたら、死後に両親のいる天国に行けるって行って。だから、俺は精一杯良いことをしようって思ってる。この力で、いろんな人を助けたい。今ではそう思ってるよ」
「……ミリさんからもうかがっていましたけど、ソウマさんは本当に御両親の事が好きだったんですね」
「え? ああ。まぁ、暮らしは貧乏で辛かったけど、二人と一緒なら何とか耐えられたから、きっとそうだったんだろう。自分でも好きだったかは分からないけどさ。二人以外、まともに俺を扱ってくれる人なんて、ほとんどいなかったからさ。嫌いじゃなかったのは確実だけどな」
目を細め、俺は素直に自分の気持ちを伝える。実際、ミリに聞かれた時もだけど、今をもって両親が本当に好きだったかまでは分からない。ただ、もう一度会いたいと思ってる、それだけかもしれない。
「そう言えるのが、私はとても羨ましいです」
それがいかに伝わったか、俺には分からなかったが、ティーカはそんな言葉を漏らした。
「少しお話しても良いですか?」
「ああ。話したいなら、聞くよ」
俺が快く答えると、彼女は顔を上げて、遠くを見つめながら語り始めた。
「私は、両親が大嫌いでした。私の生まれた部族は、古くから暗殺を生業とする者達の部族であり、市政に多くの死と悲しみを振りまく部族でした。そんな忌まわしい部族は三年ほど前、何者かの襲撃によって滅びたのです。私と母、そしてユーゴだけを残して。それが私達が旅に出た理由です」
彼女が突如語りだした重たい過去。それは今まで伏せられてきた情報であり、何故こんな事を語られるのか分からないような状態だったが、話の腰を折る気にもならず俺は聞き続ける。
「三人だけ残った私たちは遠いヴァルトベルグの王都を目指して旅に出ました。しかし、女二人と子供一人、このような時代では到底生計は立たず、いつでも旅は貧しい暮らしでした。母は自らの身を売り、暗殺者としての手腕をも売って金を稼ぎ、私達の旅の資金に充てていました。そんな母を、私は軽蔑していました。亡くなったとは言え、父という存在がありながら自ら男に身を捧げる母を。そして、暗殺などに手を染めてしまう母を。同時に暗殺者として数々の功績を上げた父もまた侮蔑していました。人を殺してほめたたえられるなど言語道断。私にこんな両親の血が流れていると思うと、おぞましくておぞましくて仕方ありませんでした」
「……」
「でも、私も結局二人の子供。やむを得ない状況でしたが、私は当たり前に暗殺をやってのけられたんです。幼い頃から暗殺の技が私には染みついていたんです。それが私を余計に蝕んでいきました。罪の意識と共に、私は自分が生きていて良いのかと、ずっと悩んでいました。それでもユーゴを守らなければならないと、必死で抗い続けました」
最初は淡々と、徐々に声が震えていき、彼女は顔を伏せバルコニーの柵を強く握りしめた。その様子が、彼女が本当に辛かったんだろうと、簡単に分かる。
「……そっか。大変だったんだな」
そんな彼女に、俺はそう告げるのが精いっぱいだった。俺自身、本当にロクでもない事しか無かったけど、彼女のソレは俺よりひどいように思う。いや、辛さなんて単純に比べようも無いから何とも言えないが。
「はい。もう今は過去の事だけど、思い出すと今日の事のように思い出します。でも、ソウマさんに出会えて、少し変わったんです」
「え?」
「ソウマさんは自分を殺そうとした私を助けてくれて、一緒に王都まで連れてきてくれて、兵士達に追われた時も守ってくれました。でも、その度に私は強い罪悪感に駆られてしまったんです。自分のような人間が、こんな風にしてもらって良いのかって。でも、先ほど軍議の場に呼ばれて、私の知る魔族の事がお役に立てたんです。ソウマさんに出会ってから助けられてばかりだった自分がようやく人の役に立つ事が出来た。まだ罪を償うには到底及びません。それでも私は、今生きていられた事に意味があったとようやく思えたのです。そうして、やっと私の呪縛が解けました。同時に、私は決めたんです」
「何を?」
「ソウマさんに救っていただいたこの命を、今度はソウマさんや今を生きる人達の為に使おうって。今までは生きるだけで精一杯だったけれど、これからは誰かの為に生きようと。私の罪は死んでどうにかなるようなモノでもありません。私一人が死んだところで、殺した方々は決して返っては来ません。だから、その分まで懸命に生きようって。姫殿下も仰っていました。『死んだ者は返ってこないし、一人分の命で彼らの事を贖う事は出来ない。未来の為に出来る事を全てせよ。それがそなたの贖罪だ』と。だから、認めて下さる方がいるのなら、その為に生き続けようと」
決意に満ちた表情で、ティーカは力強く言い切った。そのまま俺の方に体ごと向き直り、体を寄せてくる。
「これからずっと、貴方の傍にいます。ソウマさんのお傍で、ソウマさんをお守りし続けます。ソウマさんが為す人助けや人の為になる事を、私にもお手伝いさせて下さい。これから生きる時間、すべて貴方に捧げます。許して下さいますか?」
そして、彼女は上目遣いに俺に尋ねてきた。その上目遣いは凶悪な破壊力を秘めたもので、彼女の潤んだ瞳に吸い込まれそうになった。というか、今までの自分語りの流れからここに着地ってかなりのウルトラCな気がしなくもないかもしれない。いや、まぁ普通にちゃんとしてたかな? 俺の脳はたぶん、美少女の上目遣いという強烈な技を喰らっていっぱいいっぱいになってる。処理が追い付かん。さっきまでのしっとりとした感じ何処行った。
いや、というか、早く答えろよ、俺。
「あ、ああ。別に大丈夫だ。ティーカなら大歓迎さ」
だから、必死こいて頭から、というか口から言葉を紡ぎだす。そうすると、案外頭が正常に回り始めて、言葉は自然と口をついていく。
「ただ、別に俺に恩があると思ってるからって、無理について来なくていいから。俺は俺で、好き勝手に自分がやりたいように人助けとかをしていこうって思ってるだけで……生きる時間全部とかその、変に縛られなくていい」
「あの、迷惑でしょうか?」
「そんなわけない! ティーカみたいに可愛い子がいてくれたら嬉……いや、違う! その、なんだ? そんな風に無理に思わなくたっていいってだけだ。俺としては歓迎する。でも危険もきっと多いと思うから、危ないと思ったら逃げちゃっていいからさ」
更に身を寄せようとしてきたティーカの肩を掴み、俺はとりあえず何とか言いたい事を言い終えた。ってか、女の子の体触ったの初めてかも。それに近くに小学校の遠足の時なんか、何故か俺を嫌がって手をつなごうとしなかったからな、クラスの女子。いや、そんな事はどうでもいい。異様に細くて華奢で、なんかすげぇ柔らかくて心地いい感触だ。女の子の体って、やっぱり男とは違うんだな。
とか言ってる場合じゃねぇ。そろそろ俺の理性が大混乱していっぱいいっぱいだから、この場を収めないと。
「あ……じゃあ、話は済んだみたいだし、そろそろ寝ようか」
「はい。分かりました」
そうして、俺達は並んでバルコニーから室内に戻る。そうして、俺がベットに潜り込むと、ティーカが何故か隣に滑り込んできた。
「な! ちょっと……」
「すみません。今夜だけは、お傍にいさせて下さい。この前のような事は致しませんから」
そう言って、彼女は俺の腕に手を回してくる。そうすると、もろに彼女の放漫な胸の感触が肘の辺りに当たった。
そのまま彼女は静かに目を閉じ、やがて穏やかな寝息を立て始める。その顔は安心しきったもので、無理やり起こす気には到底ならなかった。
仕方ない。好きにさせようか。ちょっと理性が大混乱してるが、寝てる女の子に変な事するなんて俺の倫理が許さないからきっと大丈夫な筈。
問題なのは、俺がこのまま眠れるかどうか、ただそれだけ。女の子の爽やかな香りと柔らかい感触に包まれて、精神的には相当来てる。
それから俺が眠りにつくまでには、結構な時間を要した。口では言えないようなやらしい夢でも見ちゃいそうだと思ったが、存外リラックスしていたのか、特にその手のやらしい夢とかは見ずに済んだ。
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