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旅をしながら、修行! そして、俺達は王都へ辿り着き……
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俺達が商業都市を発ってから数日。
さして事件も起こらず、魔獣やら魔族やらにもまるで出くわす事のなく、スムーズな旅路だった。
俺達は長い旅の中で、野宿やら立ち寄った村に停泊やらをしながら、王都への道をひたすら進んでいく。
その間は、商業都市に到着してから魔族達との戦いなどを経験した後だと余計穏やかに感じられ、俺はミリと二人で商業都市に着くまでの旅路よりも心穏やかに過ごす事が出来た。
「よ~し! そっち行ったよ、ティーカ」
「任せて下さい! やぁ!」
そんな中、唯一心が痛かったのは、女性陣二人で狩りをしてもらった事。
前にも試した通り、俺の能力が強すぎて狩りには向かなかった為、もっぱら薪集めやらが俺の仕事だったわけだが、以前はミリ一人で狩りだったのが、仲間を得た事でミリとティーカの二人が狩りを担当するという状況に陥り、俺は良心の呵責に耐えるのに苦労した。
「おっし。それじゃ始めるか。ミリ~、ティーカ。近くに人はいないよな?」
「うん。大丈夫」
「はい。近くには誰もいません」
そして、そんな男としてどうなんだっていう苦悩を解消するべく、俺は能力をもっと使いこなせるように修行をする事にした。もしも能力をもっとうまく使えたなら、威力を抑えたりできるかもしれないから。
女性陣二人に、近くに人がいたりしないか確かめてもらい、俺は能力を発動させる。そこから、何とか出力を下げる方法を模索する。
その過程で、俺は色々な戦い方を見つけ出した。
以前から自分の能力が何かに似ていると思っていたところ、不意に子供の頃に夢中で見ていた超大人気少年バトル漫画の主人公やライバルの戦い方にそっくりだと気づき、その真似みたいな事を色々試してみた結果、思いがけず色々出来る事に気付く事が出来た。
光を砲弾に見立てて発射できるのは既に理解していたが、それらを自分の手から波動砲みたいに放ったり、遠くの地面からいきなり噴出させられたり、ドリルみたいな形状のレーザーみたいに発射できたり、まぁ色々と。
そうしていると、気分は少年漫画の主人公みたいで、俺は楽しくなって思うまま能力を試して試して試した。
そうして、俺の目の前には草木が禿げ上がった森だった空間やら草原だった空間やらが出来上がって、今度は少年漫画の闇堕ちしちゃった敵キャラみたいな気分に浸り、それはそれで面白いと思いつつ、当初の目的である威力制御の方法が見つかっていない事に若干心が折れそうにもなった。
ついでに一つ、分かった事があった。
それは、能力を発動する為に使った記憶が、怒りを呼び覚ます効果を失っていた事。
例えば、中学の頃に意味もなく殴られた記憶とか、高校で陰口を叩かれた記憶とか、ブラック企業の社長に散々仕事押し付けられた末に減俸まで喰らった記憶とか。
その辺りの記憶は、あんなに腹を立てていたのが嘘みたいに使えなくなっていた事だ。
腹の立つ事など、三十数年分365日で溜まっていたから、問題はなかったが、これらの記憶が全部消化された後、俺は能力が使えなくなるのだろうか?
まぁ、それならそれで、どうにか怒りを調達すればいい。妄想でだって怒る事ぐらい出来るだろう。
問題はそれでどれくらいの威力が出せるか、そこが問題だ。
でも、それはおいおい考えればいい事だ。怒り以外でも能力を目覚めさせる方法はあるかもしれないしな。
まぁ、そんなこんなで敵も現れない穏やかな旅路を、俺は心行くまで堪能する事が出来た。
そうして、徐々に王都が近づいてきているらしい事を知り、今度は王都がどんな場所か思いを巡らせる楽しみを得て、だんだんとテンションが上がっていくのを感じた。
そんなこんなで、波風立たず、でも何だか楽しい旅を俺は心の底から楽しんだ。
そうして、いよいよ明日は王都に到着するという日の夜、俺達は焚火を囲み、くつろいでいた。ユーゴは一足先に姉の膝を枕に眠っており、俺とミリとティーカは焚火に体を晒している。
そんな中、満天の星空という、現代の本の都会暮らしでは到底見ないような美しい光景を存分に楽しみながら、俺は野宿だけどとてつもなく贅沢な時間に酔いしれる。
「明日はいよいよ王都に着くんだね。どんな場所だろう。あたし、今からワクワクして眠れなそうだよ」
そうしていると、川で捕まえた魚を砲張りながらミリが言う。彼女は本当にワクワクと目を輝かせ、まだ見た事のない都の状況に好奇心を旺盛に燃やしている様子だ。
「ははッ。確かに楽しみだよな。王都ってどんなとこなんだろ。デッカイ城とか、強そうな騎士とか、金持ちのお嬢様とか、闊歩してんのかな。今から楽しみだぜ」
そんな彼女に応じて、俺も笑顔で面白い空想を描く。商業都市であの大きさだし、王都はもっとデカくて、全部がゴージャスな感じだろうかとか、滅茶苦茶な妄想で頭がいっぱいだ。我ながら想像が荒唐無稽過ぎると思いながらも、ワクワクが止められない。
「ふふっ。お二人とも、子供みたいですね」
そんな俺達を、優しく笑って見つめるティーカ。まるで幼い弟や妹を見詰める優しい姉のような雰囲気。なんだ、この圧倒的な姉感は。これは姉味って奴か、みたいなくだらない考えが頭をよぎる。
とか考えていたら、ティーカは不意に寂しげな笑みを浮かべた。そして、ぽつぽつと語り始める。
「でも、こんなに穏やかな旅は初めてかもしれません。母と私と幼いユーゴを連れての旅、苦労も多かったですから。お二人と出会えて私は幸運でした。本当に、こんなに幸せで良いのか、分からないくらい」
「大袈裟だよ。俺達、ってか俺がいなくたって、別に何も起きちゃいないからな。それに、今まで何か月もひどい目にあってたんだし、これぐらい別にいいだろ」
「そうだよ。それに、幸せに感じるのは誰にでもある権利だからね。幸せじゃダメなんて考えなくていいんだよ」
何だか申し訳なさそうなティーカに、俺達は口々に言う。それは心からの言葉だったが、ティーカはそれでも納得していないようだった。
「でも、私は弟と自分が生きる為に、幾人もの人達を殺めてきました。その罪は決してあがなえるものではない。ソウマさんまで殺そうとした。失敗したからよかったものの、私は取り返しのつかない事を繰り返してしまったんです」
「……ッ」
「私は悪事に手を染めました。そんな私を、私自身が許せない。だから、こんな幸せを感じていいとはとても思えないんです」
言って、ティーカは顔を伏せ、手を握りしめた。その言葉はとても重いものだった。
まぁ、実際自分が生き残る為に人を殺さなければならないなんて、とても重いモノだ。仮に自分がそんな状況に追い込まれたら平気ではいられないかもしれない。事情があったとしても、まともな精神の持ち主ならそんな事をして自分が許せるはずもない。
「いや、ティーカは別に悪くない。悪いのは、ユーゴを人質にそんな事をさせてた魔族の連中だ。アイツらがいなけりゃ、ティーカはそんな事になってない。悪いのは全部あいつらだ!」
それでも、彼女にはやむに已まれぬ事情があったのだ。やった事は確かに悪い事かもしれないが、自分がその状況なら絶対同じ決断をしていただろう。人殺しをしなければ、自分ばかりか幼い弟まで死ぬ事になるのならばなおさらかもしれない。
そんな状況でなら、彼女の罪は無くならなくたって情状酌量の余地くらいはある筈だ。
「いいえ、違います。悪いのは私です」
それでも、ティーカはかたくなに首を横に振った。そうして、彼女はゆっくり話し始める。
「私とユーゴが生まれた部族はもともと、一族全員が暗殺者である部族なんです。それは私達の母も同じ。旅の最中、母は旅先の人々の夜伽と暗殺家業をひそかに続けながら路銀を稼いで旅をしてきたんです。私の技も母に仕込まれたモノ。そんな技は使うまいとしてきましたが、結局自分の血には抗えませんでした。私の技に目をつけた魔族に利用されはしたものの、暗殺を行ってきたのは私です。そんな私を、私は大嫌いです。なんておぞましいのかと、自分で自分が嫌になりました」
そう言って、ティーカは辛そうに首を振った。同時に彼女の体が小さく震えている。自分への憤りと罪の意識が彼女を蝕んでいるようだ。自分の生まれや流れている血すら、呪っているのかもしれない。
でも、彼女は自分で言う程おぞましい存在だろうか? 俺は一人自問する。
ただ、考えるまでもなく答えは分かり切っている。
「俺はティーカがそんなにおぞましいモノだとは思えないよ」
だから素直にそれを言葉にした。その声に反応して、ティーカはゆっくりと顔を上げる。
「だってさ、ティーカはあんなに美しく踊るじゃないか」
「え?」
「あの踊り、最初に見た時は心が吸い込まれた。あんなに美しく舞える子がおぞましいなんて俺には思えないよ。あそこまでの踊りは、相当の鍛錬を積まなきゃできない。そんな事が出来る人が、たとえ暗殺の技が使えるからっておぞましいわけがない」
「……」
「あの踊りは、俺の心に響いた。あんな綺麗なモノ、今まで見た事も無かった。優雅で、繊細で、それでいて力強くて、見ているだけで心が熱くなるような気がしたよ。だからさ、そんな事言うなよ。自分の事を好きになれなくたって仕方ないかもしれないけど、嫌いにまでならないでくれよ」
俺は心から思った事を素直に口にした。彼女が見せた舞。あれは確かに本物だった。
あんなにも美しく踊れる人間が、おぞましいだなんてありえない。
「それに、どうしても罪を許せないなら、償っていけばいい。まだ生きてるんだから出来る事はある。必要なら、しかるべきところで罪を裁いてもらえばいいし。王都だってんなら、そういう場所もあるだろ。一先ず、その話は王都についてからで十分だ」
そう言って、俺はこの話は終わりだと勝手に打ち切ってしまう。これ以上、自分を責めたところで今は無意味だ。
「さぁ、俺達もそろそろ寝ようか。まぁ、俺は最初の見張りだからまだ寝れないけど」
肩を竦め、わざとらしくおどけて重くなった空気を軽くしようと試みる。その様子にティーカは無言で俺を見つめているだけだった。
「見張りなんて要らないんじゃない? この辺り、獲物もろくにいなくて狩りが大変なくらいだったし」
「確かに、王都近くだし、色々整備されてるのかもな。でも、火の番くらいはいる。二人は先に寝ててくれ。適当な時間で起こすからさ」
「オッケー! じゃあ、あたしたちはお言葉に甘えて寝てるよ。さぁ、ティーカも一緒に寝よう」
満面の笑みで告げるミリ。対してティーカは彼女をぼんやり眺めているだけだったが、やがて小さく微笑み頷く。
そうして、二人は地面に寝そべり、旅の外套を被って目を閉じた。
それからは何事もなく時は過ぎ、何度かの交代を挟んで夜は明けた。
さて、王都には何が待ってるのかな。今から楽しみだ。
夜が明けた。
俺達は簡単な朝食を済ませ、焚火を消してから再び街道を歩き出した。
それから暫く、そろそろ昼かという頃に小さく人工的な建造物が見え始める。
それは商業都市と同じような巨大な壁で、だがその規模はまるで違い、商業都市よりも広大な範囲をとてつもなく高い壁が覆っているのが分かる。
壁から俺達のいる辺りの距離は遠く、それだけに壁の巨大さははっきりとわかる。
そして、壁の上から天を衝く槍のような巨大な城が聳え立つ。それはディズニーランドとか外国の古い城とまったく似た建築様式で、一番大きな槍を挟んで日本の槍が天へと向けられている。
ただし、それは灰色の岩で作られており、優美と言われるノイシュヴァンシュタイン城とかと比べて遥かに古めかしく、武骨で、若干のおどろおどろしさみたいなものを感じさせた。
「あれが王都か。まだ随分遠い筈なのに、ここからでもはっきり見える。随分デカい城だな」
「はい。王都ヴァルトベルグは私達、人族の大陸にある最も大きな都です。この地方一帯を統治していて、私達が通ってきた土地はすべてヴァルトベルグの領土とされています。ただし、山奥の方へ離れれば離れる程その統治も曖昧で獣人達の済む東の果ての森などはほぼ手付かずなままです」
「って事はミリ達の暮らしてた村も王国の一部だけど、人の統治はされてないって事か?」
「ええ。獣人達は人族と古の約定によって互いに争わない、代わりにどちらも干渉をしない関係にあります。大きな戦いの際には共に手を取り合う事もありますが、ここ百年近くはそうした戦乱もないので交流も最小限です」
「なるほど。だから獣人の村には人の気配まったくしなかったんだな。ついでに問題が起きても自力で解決しようとしてたってわけか」
「そうだね。あたしたちは人とはあまりかかわりなく生きる種族だから。あたし達の抱える問題は基本同じ村の者や他で暮らす獣人達と解決するのが基本だよ。ソーマに助けてもらったのは完全に例外」
流れるような説明に感心しつつ、俺は遠くに見えてきた王都に再び目を向ける。
徐々に大きくなる壁と城の姿。それには少し畏怖を感じるような気もしたが、何より感じるのは好奇心だ。
あの壁の向こうにはどんな場所が広がってるのかな。
王都っていうくらいだから、随分賑わってるんじゃないかな。地面とか土じゃなくて石畳だったりして。
一度死ぬ前、東京とかには出入りしてたけど、あれに似たくらい賑わってたら面白いな。
妄想が妄想を呼び、俺はどんどんテンションが高まっていくのを感じる。
そうしていると、自然と足の運びは早くなり、俺は急いで王都に向おうと懸命に進んだ。
そして、遂に巨大な壁の目前までやってきた。そこには巨大な掘りと桟橋があって、俺達は四人、桟橋を渡って壁
のところにある入り口から伸びる長蛇の列に並ぶ。
さて、いよいよ王都だ。
そうしてワクワクしながら待っていると、俺達の番がやってきた。俺は門のところに待つ守衛の近くまで進む。
「どこからの旅人だ?」
「東の果ての獣人の村からここまで来た」
さらっと答える俺。その答えに、守衛の男は怪訝そうに眉を顰める。
「獣人の村から? 待て! お前、人族だよな? 人族が何故獣人の村にいたんだ?」
「あ~、詳しく説明するのは難しいんだが、旅の途中で獣人の村に立ち寄ったんだよ。そこで少し厄介になってた。化け物退治の礼にな」
起こった事をそのまま俺は伝える。が、守衛は更にわからないと首を傾げる。
「化け物退治だと?」
「うん。魔獣退治だよ」
「魔獣退治? 待て。東の果てに魔獣が現れるなど、有り得ない話だぞ」
「そこも詳しく説明が難しいんだけどさ。ともかく、どこかから魔獣が湧いてきてそいつらを退治したんだ。ちなみにこの獣人の子は村の長老の孫娘で、不案内な俺を王都まで案内してくれたんだよ」
「まぁ、俄かには信じがたいが、近ごろは何かと物騒だからな。魔族が我らの領土に侵入しているという噂もあるし。良いだろう。嘘をついているようには見えないし、信じよう。で、王都には何をしに来たのだ?」
内容をボカすと分かりづらいなとは思いながら、ともかく何とか守衛に言い聞かせようと試みる。すると、守衛も難しい顔をしながらもなんとか納得してくれて、次の質問に進めた。
あ~、良かった。実際、有り得ない現象が起きてるって話でもあったし、信じてもらえるかは話してても不安に思ってたんだよな。内心胸をなでおろしつつ、俺は次の質問に答える。
「ああ。近く魔族が王都に攻めてくるって話を聞いてさ。何か役に立てないかって思って、はるばるここまで来てみたんだよ。腕には少し自信があるからさ。ちなみに、こっちの踊り子の子は旅の途中の商業都市で知り合って、王都に向ってるって聞いたから一緒にここまで来た。彼女は王都の神殿に弟を預けて自分はここらで商売するのが目的らしいぜ」
「そうか。確かに魔族どもが攻めてくるという噂は囁かれていて、戦力増強の為に城では傭兵を広く募っている。戦える人間は一人でも多い方がいい。なるほど。腕に覚えがあるというなら、城を尋ねてみると良い。門衛に尋ねれば、教えてくれるはずだ。よろしい。ようこそ王都へ。通って構わんぞ」
そう言って、守衛の男は道をあけてくれた。俺達は彼に頭を下げて礼を述べた後、門を潜って街の中へと足を踏み入れる。
「時にそこの、踊り子の娘よ」
と、門を通り抜ける寸前、守衛が声をかけてきた。足を止めて振り向くと、彼の視線はティーカに注がれている。
「その姿、どこかで見た事があるように思うのだが……お主も旅をしていたのか?」
「はい。幼い頃から旅暮らしで、今は母を亡くして弟と二人で旅をしていました」
「なるほど。では、これからは王都の酒場などで芸を披露しながら暮らすつもりかな」
「ええ。そのつもりですわ」
「そうか。ならば、儂もどこかで踊りを目にする機会もあるやもしれんな。その時を楽しみにしているぞ」
「はい。ありがとうございます。では……」
頭を下げ、ティーカは再び歩き出し、俺達もそれに従って歩き出す。
そうして、俺達は目の前に広がる王都の光景を目の当たりにした。
そこは商業都市とさして変わらぬ様式の建築が立ち並んでいた。ただし、その広さはその比ではなく、どこまで続いてるのか分からなくなる程だ。大小様々な様式の建物が整然と並び、巨大な通りを作っている。その先に見えるのは再び巨大な壁とその上にそびえる城だ。大勢の人が行きかう通り歩きながら徐々に近づくたびに、その大きさに改めて驚かされる。
「すげぇな。王都っていうからデカいところだろうとは思ってたけど、ここまでとはな」
「ええ。ここヴァルトベルグは人族最大の都市ですから。人口も含め、かなりの面積を誇ります。元は魔族に対抗する為に建てられた城でしたが、そこに人が集まって暮らすようになり、それから防御を固める為に巨大な壁が建築されたとの事です」
「あたしも聞いた事あるよ。とんでもなくデッカイ壁に囲まれた、村よりずっとずっとずーっと広い人族の街なんだって。大昔、獣人族全体の長である獣人王と一緒に魔族と戦った人族の戦士の代表が王様になったらしいよ」
「はぁ~、なるほど。じゃあ、ここは戦士の国って事か」
説明に感心しつつ、俺は街並みに目を向ける。それはまるで、いつかテレビで見た海外の古い町並みを残した場所の映像に酷似していた。古い町並みなわけだから、この辺りの時代にはあってるのだろうが、商業都市の建物に比べても建築そのものもしっかりしているし、壁も真っ白だ。
流石は王都。規模も景観もけた違いだぜ。
「さてと、そんじゃまずどこに行こうか。守衛のおっちゃんの話じゃ、城で傭兵募集してるらしいけど。門衛に尋ねたら教えてくれるとか言ってたけど」
「う~ん。でも、ユーゴの事もあるし、まずは神殿に向う方がいいんじゃない?」
俺が尋ねると、思案するようにミリが返す。なるほど。まずはユーゴの件の方が先かもしれないな。ずっと怖い目あってきたわけだから、早く落ち着ける場所を見つけてやった方が良さそうだ。
「だな。なら、まずは神殿に向うか」
「え? でも、お二人は傭兵の募集を受ける為に王都へ来られたのですよね? そちらの用事が優先なのでは?」
「いやいや。俺達の用事は逃げないしな。ユーゴが優先で良いだろ。行こうぜ。神殿ってどっちだろうな?」
そうして、俺は歩きながら周囲を見回す。すると、不意に視線の端でミリの猫耳がピクリと揺れたのが見えた。
「待って、二人とも」
同時に、ミリの声色が神妙なモノになる。鋭く制され、俺は足を止める。
なんだ?
「つけられてる。大通りから離れるころ合いを狙ってるみたい」
「なんだって? 一体だれが?」
困惑しつつ、背後を見回す。すると、物陰で何かが鈍く光っているのを見つけた。あれって鎧か?
「おい! 隠れても無駄だぜ! 出て来いよ」
俺が大声でその光の見えた方へ叫ぶ。すると、少しの間をおいてゆっくりと誰かが姿を現した。
その人影は、先ほど門を潜る時に出会った守衛だった。
「え? なんだ、守衛さんじゃねぇか。何か用か?」
俺がすっかり気を抜いて声をかける。が、彼は不意に俺達に鋭い視線を向ける。
「見つけたぞ! 騎士団長を暗殺した犯人め!」
突然彼はそんな事を叫んだ。同時に、数名の兵士が守衛と同じく物陰から姿を現し、俺達を取り囲む。
気付けば、俺達の周囲に人影はなかった。先ほどまでにぎわっていた通りだというのに。
ってか、待て。騎士団長の暗殺ってなんだよ?
「おい、いきなり大勢で取り囲んで物騒だな。暗殺って何の話だよ。俺は知らな……」
と、言いかけたところで俺は思い出し、慌ててティーカを見つめる。
「ティーカ、まさかお前が暗殺した相手って……」
「ッ……」
少し青ざめた顔で苦悶の表情を浮かべるティーカ。やはりそうか。
「そこの女は我々王国の騎士団長の一人を暗殺した疑いがかけられている。大人しく着いてきてもらおうか。さもなくば、ここで……」
守衛はそう言い、いきなり腰の剣を抜き放った。おいおいおいおい、いきなり物騒過ぎるだろ。
いくら殺人犯だからって、いきなり殺そうとするとか。日本では有り得ない事態に、俺は焦る。その間に、周囲を囲っていた兵士達も槍を構えて此方へにじり寄る。
ヤベェ。どうする? いくら何でもあの能力を人間相手に向けるわけにはいかないってのに。
「ソーマ。ティーカ。ここは逃げよう」
と、焦ってどうするか決めあぐねている俺の耳に、ミリの冷静な声が飛び込んできた。彼女は油断なく構え、相手を伺っている。
それに、俺も冷静さを取り戻す。
「だな。あの様子じゃ、あいつらティーカに何するかわからねぇ。ここは逃げの一手だ」
そう言って、ティーカの傍らで怯えているユーゴを片腕で抱き上げる。
「従わぬ気だな。ならば、この場で死んでもらうぞ、小娘!」
俺達が抵抗の素振りを見せた瞬間、守衛の男が飛び出してくる。その動きに合わせて、ミリが一足飛びに駆けだし、彼の横っ面に肉球パンチを叩きつけた。
「逃げるよ、二人とも!」
「ああ。行くぞ、ティーカ!!」
「え? あ、え?」
そうして、俺は困惑するティーカの手を掴み、ユーゴを抱えたまま一足先に走るミリの背中を追って走り出した。
やれやれ、王都に到着した途端、コレかよ。参るな、まったく。
さして事件も起こらず、魔獣やら魔族やらにもまるで出くわす事のなく、スムーズな旅路だった。
俺達は長い旅の中で、野宿やら立ち寄った村に停泊やらをしながら、王都への道をひたすら進んでいく。
その間は、商業都市に到着してから魔族達との戦いなどを経験した後だと余計穏やかに感じられ、俺はミリと二人で商業都市に着くまでの旅路よりも心穏やかに過ごす事が出来た。
「よ~し! そっち行ったよ、ティーカ」
「任せて下さい! やぁ!」
そんな中、唯一心が痛かったのは、女性陣二人で狩りをしてもらった事。
前にも試した通り、俺の能力が強すぎて狩りには向かなかった為、もっぱら薪集めやらが俺の仕事だったわけだが、以前はミリ一人で狩りだったのが、仲間を得た事でミリとティーカの二人が狩りを担当するという状況に陥り、俺は良心の呵責に耐えるのに苦労した。
「おっし。それじゃ始めるか。ミリ~、ティーカ。近くに人はいないよな?」
「うん。大丈夫」
「はい。近くには誰もいません」
そして、そんな男としてどうなんだっていう苦悩を解消するべく、俺は能力をもっと使いこなせるように修行をする事にした。もしも能力をもっとうまく使えたなら、威力を抑えたりできるかもしれないから。
女性陣二人に、近くに人がいたりしないか確かめてもらい、俺は能力を発動させる。そこから、何とか出力を下げる方法を模索する。
その過程で、俺は色々な戦い方を見つけ出した。
以前から自分の能力が何かに似ていると思っていたところ、不意に子供の頃に夢中で見ていた超大人気少年バトル漫画の主人公やライバルの戦い方にそっくりだと気づき、その真似みたいな事を色々試してみた結果、思いがけず色々出来る事に気付く事が出来た。
光を砲弾に見立てて発射できるのは既に理解していたが、それらを自分の手から波動砲みたいに放ったり、遠くの地面からいきなり噴出させられたり、ドリルみたいな形状のレーザーみたいに発射できたり、まぁ色々と。
そうしていると、気分は少年漫画の主人公みたいで、俺は楽しくなって思うまま能力を試して試して試した。
そうして、俺の目の前には草木が禿げ上がった森だった空間やら草原だった空間やらが出来上がって、今度は少年漫画の闇堕ちしちゃった敵キャラみたいな気分に浸り、それはそれで面白いと思いつつ、当初の目的である威力制御の方法が見つかっていない事に若干心が折れそうにもなった。
ついでに一つ、分かった事があった。
それは、能力を発動する為に使った記憶が、怒りを呼び覚ます効果を失っていた事。
例えば、中学の頃に意味もなく殴られた記憶とか、高校で陰口を叩かれた記憶とか、ブラック企業の社長に散々仕事押し付けられた末に減俸まで喰らった記憶とか。
その辺りの記憶は、あんなに腹を立てていたのが嘘みたいに使えなくなっていた事だ。
腹の立つ事など、三十数年分365日で溜まっていたから、問題はなかったが、これらの記憶が全部消化された後、俺は能力が使えなくなるのだろうか?
まぁ、それならそれで、どうにか怒りを調達すればいい。妄想でだって怒る事ぐらい出来るだろう。
問題はそれでどれくらいの威力が出せるか、そこが問題だ。
でも、それはおいおい考えればいい事だ。怒り以外でも能力を目覚めさせる方法はあるかもしれないしな。
まぁ、そんなこんなで敵も現れない穏やかな旅路を、俺は心行くまで堪能する事が出来た。
そうして、徐々に王都が近づいてきているらしい事を知り、今度は王都がどんな場所か思いを巡らせる楽しみを得て、だんだんとテンションが上がっていくのを感じた。
そんなこんなで、波風立たず、でも何だか楽しい旅を俺は心の底から楽しんだ。
そうして、いよいよ明日は王都に到着するという日の夜、俺達は焚火を囲み、くつろいでいた。ユーゴは一足先に姉の膝を枕に眠っており、俺とミリとティーカは焚火に体を晒している。
そんな中、満天の星空という、現代の本の都会暮らしでは到底見ないような美しい光景を存分に楽しみながら、俺は野宿だけどとてつもなく贅沢な時間に酔いしれる。
「明日はいよいよ王都に着くんだね。どんな場所だろう。あたし、今からワクワクして眠れなそうだよ」
そうしていると、川で捕まえた魚を砲張りながらミリが言う。彼女は本当にワクワクと目を輝かせ、まだ見た事のない都の状況に好奇心を旺盛に燃やしている様子だ。
「ははッ。確かに楽しみだよな。王都ってどんなとこなんだろ。デッカイ城とか、強そうな騎士とか、金持ちのお嬢様とか、闊歩してんのかな。今から楽しみだぜ」
そんな彼女に応じて、俺も笑顔で面白い空想を描く。商業都市であの大きさだし、王都はもっとデカくて、全部がゴージャスな感じだろうかとか、滅茶苦茶な妄想で頭がいっぱいだ。我ながら想像が荒唐無稽過ぎると思いながらも、ワクワクが止められない。
「ふふっ。お二人とも、子供みたいですね」
そんな俺達を、優しく笑って見つめるティーカ。まるで幼い弟や妹を見詰める優しい姉のような雰囲気。なんだ、この圧倒的な姉感は。これは姉味って奴か、みたいなくだらない考えが頭をよぎる。
とか考えていたら、ティーカは不意に寂しげな笑みを浮かべた。そして、ぽつぽつと語り始める。
「でも、こんなに穏やかな旅は初めてかもしれません。母と私と幼いユーゴを連れての旅、苦労も多かったですから。お二人と出会えて私は幸運でした。本当に、こんなに幸せで良いのか、分からないくらい」
「大袈裟だよ。俺達、ってか俺がいなくたって、別に何も起きちゃいないからな。それに、今まで何か月もひどい目にあってたんだし、これぐらい別にいいだろ」
「そうだよ。それに、幸せに感じるのは誰にでもある権利だからね。幸せじゃダメなんて考えなくていいんだよ」
何だか申し訳なさそうなティーカに、俺達は口々に言う。それは心からの言葉だったが、ティーカはそれでも納得していないようだった。
「でも、私は弟と自分が生きる為に、幾人もの人達を殺めてきました。その罪は決してあがなえるものではない。ソウマさんまで殺そうとした。失敗したからよかったものの、私は取り返しのつかない事を繰り返してしまったんです」
「……ッ」
「私は悪事に手を染めました。そんな私を、私自身が許せない。だから、こんな幸せを感じていいとはとても思えないんです」
言って、ティーカは顔を伏せ、手を握りしめた。その言葉はとても重いものだった。
まぁ、実際自分が生き残る為に人を殺さなければならないなんて、とても重いモノだ。仮に自分がそんな状況に追い込まれたら平気ではいられないかもしれない。事情があったとしても、まともな精神の持ち主ならそんな事をして自分が許せるはずもない。
「いや、ティーカは別に悪くない。悪いのは、ユーゴを人質にそんな事をさせてた魔族の連中だ。アイツらがいなけりゃ、ティーカはそんな事になってない。悪いのは全部あいつらだ!」
それでも、彼女にはやむに已まれぬ事情があったのだ。やった事は確かに悪い事かもしれないが、自分がその状況なら絶対同じ決断をしていただろう。人殺しをしなければ、自分ばかりか幼い弟まで死ぬ事になるのならばなおさらかもしれない。
そんな状況でなら、彼女の罪は無くならなくたって情状酌量の余地くらいはある筈だ。
「いいえ、違います。悪いのは私です」
それでも、ティーカはかたくなに首を横に振った。そうして、彼女はゆっくり話し始める。
「私とユーゴが生まれた部族はもともと、一族全員が暗殺者である部族なんです。それは私達の母も同じ。旅の最中、母は旅先の人々の夜伽と暗殺家業をひそかに続けながら路銀を稼いで旅をしてきたんです。私の技も母に仕込まれたモノ。そんな技は使うまいとしてきましたが、結局自分の血には抗えませんでした。私の技に目をつけた魔族に利用されはしたものの、暗殺を行ってきたのは私です。そんな私を、私は大嫌いです。なんておぞましいのかと、自分で自分が嫌になりました」
そう言って、ティーカは辛そうに首を振った。同時に彼女の体が小さく震えている。自分への憤りと罪の意識が彼女を蝕んでいるようだ。自分の生まれや流れている血すら、呪っているのかもしれない。
でも、彼女は自分で言う程おぞましい存在だろうか? 俺は一人自問する。
ただ、考えるまでもなく答えは分かり切っている。
「俺はティーカがそんなにおぞましいモノだとは思えないよ」
だから素直にそれを言葉にした。その声に反応して、ティーカはゆっくりと顔を上げる。
「だってさ、ティーカはあんなに美しく踊るじゃないか」
「え?」
「あの踊り、最初に見た時は心が吸い込まれた。あんなに美しく舞える子がおぞましいなんて俺には思えないよ。あそこまでの踊りは、相当の鍛錬を積まなきゃできない。そんな事が出来る人が、たとえ暗殺の技が使えるからっておぞましいわけがない」
「……」
「あの踊りは、俺の心に響いた。あんな綺麗なモノ、今まで見た事も無かった。優雅で、繊細で、それでいて力強くて、見ているだけで心が熱くなるような気がしたよ。だからさ、そんな事言うなよ。自分の事を好きになれなくたって仕方ないかもしれないけど、嫌いにまでならないでくれよ」
俺は心から思った事を素直に口にした。彼女が見せた舞。あれは確かに本物だった。
あんなにも美しく踊れる人間が、おぞましいだなんてありえない。
「それに、どうしても罪を許せないなら、償っていけばいい。まだ生きてるんだから出来る事はある。必要なら、しかるべきところで罪を裁いてもらえばいいし。王都だってんなら、そういう場所もあるだろ。一先ず、その話は王都についてからで十分だ」
そう言って、俺はこの話は終わりだと勝手に打ち切ってしまう。これ以上、自分を責めたところで今は無意味だ。
「さぁ、俺達もそろそろ寝ようか。まぁ、俺は最初の見張りだからまだ寝れないけど」
肩を竦め、わざとらしくおどけて重くなった空気を軽くしようと試みる。その様子にティーカは無言で俺を見つめているだけだった。
「見張りなんて要らないんじゃない? この辺り、獲物もろくにいなくて狩りが大変なくらいだったし」
「確かに、王都近くだし、色々整備されてるのかもな。でも、火の番くらいはいる。二人は先に寝ててくれ。適当な時間で起こすからさ」
「オッケー! じゃあ、あたしたちはお言葉に甘えて寝てるよ。さぁ、ティーカも一緒に寝よう」
満面の笑みで告げるミリ。対してティーカは彼女をぼんやり眺めているだけだったが、やがて小さく微笑み頷く。
そうして、二人は地面に寝そべり、旅の外套を被って目を閉じた。
それからは何事もなく時は過ぎ、何度かの交代を挟んで夜は明けた。
さて、王都には何が待ってるのかな。今から楽しみだ。
夜が明けた。
俺達は簡単な朝食を済ませ、焚火を消してから再び街道を歩き出した。
それから暫く、そろそろ昼かという頃に小さく人工的な建造物が見え始める。
それは商業都市と同じような巨大な壁で、だがその規模はまるで違い、商業都市よりも広大な範囲をとてつもなく高い壁が覆っているのが分かる。
壁から俺達のいる辺りの距離は遠く、それだけに壁の巨大さははっきりとわかる。
そして、壁の上から天を衝く槍のような巨大な城が聳え立つ。それはディズニーランドとか外国の古い城とまったく似た建築様式で、一番大きな槍を挟んで日本の槍が天へと向けられている。
ただし、それは灰色の岩で作られており、優美と言われるノイシュヴァンシュタイン城とかと比べて遥かに古めかしく、武骨で、若干のおどろおどろしさみたいなものを感じさせた。
「あれが王都か。まだ随分遠い筈なのに、ここからでもはっきり見える。随分デカい城だな」
「はい。王都ヴァルトベルグは私達、人族の大陸にある最も大きな都です。この地方一帯を統治していて、私達が通ってきた土地はすべてヴァルトベルグの領土とされています。ただし、山奥の方へ離れれば離れる程その統治も曖昧で獣人達の済む東の果ての森などはほぼ手付かずなままです」
「って事はミリ達の暮らしてた村も王国の一部だけど、人の統治はされてないって事か?」
「ええ。獣人達は人族と古の約定によって互いに争わない、代わりにどちらも干渉をしない関係にあります。大きな戦いの際には共に手を取り合う事もありますが、ここ百年近くはそうした戦乱もないので交流も最小限です」
「なるほど。だから獣人の村には人の気配まったくしなかったんだな。ついでに問題が起きても自力で解決しようとしてたってわけか」
「そうだね。あたしたちは人とはあまりかかわりなく生きる種族だから。あたし達の抱える問題は基本同じ村の者や他で暮らす獣人達と解決するのが基本だよ。ソーマに助けてもらったのは完全に例外」
流れるような説明に感心しつつ、俺は遠くに見えてきた王都に再び目を向ける。
徐々に大きくなる壁と城の姿。それには少し畏怖を感じるような気もしたが、何より感じるのは好奇心だ。
あの壁の向こうにはどんな場所が広がってるのかな。
王都っていうくらいだから、随分賑わってるんじゃないかな。地面とか土じゃなくて石畳だったりして。
一度死ぬ前、東京とかには出入りしてたけど、あれに似たくらい賑わってたら面白いな。
妄想が妄想を呼び、俺はどんどんテンションが高まっていくのを感じる。
そうしていると、自然と足の運びは早くなり、俺は急いで王都に向おうと懸命に進んだ。
そして、遂に巨大な壁の目前までやってきた。そこには巨大な掘りと桟橋があって、俺達は四人、桟橋を渡って壁
のところにある入り口から伸びる長蛇の列に並ぶ。
さて、いよいよ王都だ。
そうしてワクワクしながら待っていると、俺達の番がやってきた。俺は門のところに待つ守衛の近くまで進む。
「どこからの旅人だ?」
「東の果ての獣人の村からここまで来た」
さらっと答える俺。その答えに、守衛の男は怪訝そうに眉を顰める。
「獣人の村から? 待て! お前、人族だよな? 人族が何故獣人の村にいたんだ?」
「あ~、詳しく説明するのは難しいんだが、旅の途中で獣人の村に立ち寄ったんだよ。そこで少し厄介になってた。化け物退治の礼にな」
起こった事をそのまま俺は伝える。が、守衛は更にわからないと首を傾げる。
「化け物退治だと?」
「うん。魔獣退治だよ」
「魔獣退治? 待て。東の果てに魔獣が現れるなど、有り得ない話だぞ」
「そこも詳しく説明が難しいんだけどさ。ともかく、どこかから魔獣が湧いてきてそいつらを退治したんだ。ちなみにこの獣人の子は村の長老の孫娘で、不案内な俺を王都まで案内してくれたんだよ」
「まぁ、俄かには信じがたいが、近ごろは何かと物騒だからな。魔族が我らの領土に侵入しているという噂もあるし。良いだろう。嘘をついているようには見えないし、信じよう。で、王都には何をしに来たのだ?」
内容をボカすと分かりづらいなとは思いながら、ともかく何とか守衛に言い聞かせようと試みる。すると、守衛も難しい顔をしながらもなんとか納得してくれて、次の質問に進めた。
あ~、良かった。実際、有り得ない現象が起きてるって話でもあったし、信じてもらえるかは話してても不安に思ってたんだよな。内心胸をなでおろしつつ、俺は次の質問に答える。
「ああ。近く魔族が王都に攻めてくるって話を聞いてさ。何か役に立てないかって思って、はるばるここまで来てみたんだよ。腕には少し自信があるからさ。ちなみに、こっちの踊り子の子は旅の途中の商業都市で知り合って、王都に向ってるって聞いたから一緒にここまで来た。彼女は王都の神殿に弟を預けて自分はここらで商売するのが目的らしいぜ」
「そうか。確かに魔族どもが攻めてくるという噂は囁かれていて、戦力増強の為に城では傭兵を広く募っている。戦える人間は一人でも多い方がいい。なるほど。腕に覚えがあるというなら、城を尋ねてみると良い。門衛に尋ねれば、教えてくれるはずだ。よろしい。ようこそ王都へ。通って構わんぞ」
そう言って、守衛の男は道をあけてくれた。俺達は彼に頭を下げて礼を述べた後、門を潜って街の中へと足を踏み入れる。
「時にそこの、踊り子の娘よ」
と、門を通り抜ける寸前、守衛が声をかけてきた。足を止めて振り向くと、彼の視線はティーカに注がれている。
「その姿、どこかで見た事があるように思うのだが……お主も旅をしていたのか?」
「はい。幼い頃から旅暮らしで、今は母を亡くして弟と二人で旅をしていました」
「なるほど。では、これからは王都の酒場などで芸を披露しながら暮らすつもりかな」
「ええ。そのつもりですわ」
「そうか。ならば、儂もどこかで踊りを目にする機会もあるやもしれんな。その時を楽しみにしているぞ」
「はい。ありがとうございます。では……」
頭を下げ、ティーカは再び歩き出し、俺達もそれに従って歩き出す。
そうして、俺達は目の前に広がる王都の光景を目の当たりにした。
そこは商業都市とさして変わらぬ様式の建築が立ち並んでいた。ただし、その広さはその比ではなく、どこまで続いてるのか分からなくなる程だ。大小様々な様式の建物が整然と並び、巨大な通りを作っている。その先に見えるのは再び巨大な壁とその上にそびえる城だ。大勢の人が行きかう通り歩きながら徐々に近づくたびに、その大きさに改めて驚かされる。
「すげぇな。王都っていうからデカいところだろうとは思ってたけど、ここまでとはな」
「ええ。ここヴァルトベルグは人族最大の都市ですから。人口も含め、かなりの面積を誇ります。元は魔族に対抗する為に建てられた城でしたが、そこに人が集まって暮らすようになり、それから防御を固める為に巨大な壁が建築されたとの事です」
「あたしも聞いた事あるよ。とんでもなくデッカイ壁に囲まれた、村よりずっとずっとずーっと広い人族の街なんだって。大昔、獣人族全体の長である獣人王と一緒に魔族と戦った人族の戦士の代表が王様になったらしいよ」
「はぁ~、なるほど。じゃあ、ここは戦士の国って事か」
説明に感心しつつ、俺は街並みに目を向ける。それはまるで、いつかテレビで見た海外の古い町並みを残した場所の映像に酷似していた。古い町並みなわけだから、この辺りの時代にはあってるのだろうが、商業都市の建物に比べても建築そのものもしっかりしているし、壁も真っ白だ。
流石は王都。規模も景観もけた違いだぜ。
「さてと、そんじゃまずどこに行こうか。守衛のおっちゃんの話じゃ、城で傭兵募集してるらしいけど。門衛に尋ねたら教えてくれるとか言ってたけど」
「う~ん。でも、ユーゴの事もあるし、まずは神殿に向う方がいいんじゃない?」
俺が尋ねると、思案するようにミリが返す。なるほど。まずはユーゴの件の方が先かもしれないな。ずっと怖い目あってきたわけだから、早く落ち着ける場所を見つけてやった方が良さそうだ。
「だな。なら、まずは神殿に向うか」
「え? でも、お二人は傭兵の募集を受ける為に王都へ来られたのですよね? そちらの用事が優先なのでは?」
「いやいや。俺達の用事は逃げないしな。ユーゴが優先で良いだろ。行こうぜ。神殿ってどっちだろうな?」
そうして、俺は歩きながら周囲を見回す。すると、不意に視線の端でミリの猫耳がピクリと揺れたのが見えた。
「待って、二人とも」
同時に、ミリの声色が神妙なモノになる。鋭く制され、俺は足を止める。
なんだ?
「つけられてる。大通りから離れるころ合いを狙ってるみたい」
「なんだって? 一体だれが?」
困惑しつつ、背後を見回す。すると、物陰で何かが鈍く光っているのを見つけた。あれって鎧か?
「おい! 隠れても無駄だぜ! 出て来いよ」
俺が大声でその光の見えた方へ叫ぶ。すると、少しの間をおいてゆっくりと誰かが姿を現した。
その人影は、先ほど門を潜る時に出会った守衛だった。
「え? なんだ、守衛さんじゃねぇか。何か用か?」
俺がすっかり気を抜いて声をかける。が、彼は不意に俺達に鋭い視線を向ける。
「見つけたぞ! 騎士団長を暗殺した犯人め!」
突然彼はそんな事を叫んだ。同時に、数名の兵士が守衛と同じく物陰から姿を現し、俺達を取り囲む。
気付けば、俺達の周囲に人影はなかった。先ほどまでにぎわっていた通りだというのに。
ってか、待て。騎士団長の暗殺ってなんだよ?
「おい、いきなり大勢で取り囲んで物騒だな。暗殺って何の話だよ。俺は知らな……」
と、言いかけたところで俺は思い出し、慌ててティーカを見つめる。
「ティーカ、まさかお前が暗殺した相手って……」
「ッ……」
少し青ざめた顔で苦悶の表情を浮かべるティーカ。やはりそうか。
「そこの女は我々王国の騎士団長の一人を暗殺した疑いがかけられている。大人しく着いてきてもらおうか。さもなくば、ここで……」
守衛はそう言い、いきなり腰の剣を抜き放った。おいおいおいおい、いきなり物騒過ぎるだろ。
いくら殺人犯だからって、いきなり殺そうとするとか。日本では有り得ない事態に、俺は焦る。その間に、周囲を囲っていた兵士達も槍を構えて此方へにじり寄る。
ヤベェ。どうする? いくら何でもあの能力を人間相手に向けるわけにはいかないってのに。
「ソーマ。ティーカ。ここは逃げよう」
と、焦ってどうするか決めあぐねている俺の耳に、ミリの冷静な声が飛び込んできた。彼女は油断なく構え、相手を伺っている。
それに、俺も冷静さを取り戻す。
「だな。あの様子じゃ、あいつらティーカに何するかわからねぇ。ここは逃げの一手だ」
そう言って、ティーカの傍らで怯えているユーゴを片腕で抱き上げる。
「従わぬ気だな。ならば、この場で死んでもらうぞ、小娘!」
俺達が抵抗の素振りを見せた瞬間、守衛の男が飛び出してくる。その動きに合わせて、ミリが一足飛びに駆けだし、彼の横っ面に肉球パンチを叩きつけた。
「逃げるよ、二人とも!」
「ああ。行くぞ、ティーカ!!」
「え? あ、え?」
そうして、俺は困惑するティーカの手を掴み、ユーゴを抱えたまま一足先に走るミリの背中を追って走り出した。
やれやれ、王都に到着した途端、コレかよ。参るな、まったく。
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