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俺の周りは心霊塗れで疲労困憊 その1
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この世には、科学では説明のつかないものがある。
何気なくとった写真に人の顔が映りこんだり。
この世ならざるモノを観たり、声を聞いたり。
人はそれを怪奇現象と呼ぶ。
古来からそうした現象は数多く見られてきたらしい。
かつての霊場、処刑場跡など怨念のたまる場所。
古い風習に纏わる不可思議な話。
嘘かほんとか分からない都市伝説なんてのもある。
それらは科学では説明がつかない故に恐ろしい。
そんなモノが何故、こうして多く語り継がれているのか。
それは人がそうした怪異を何故か好むからに他ならない。
人間とは不思議を好む生き物らしい。
そうした事に恐怖を覚えつつも、人はそこに何かしらの快楽を覚えるのかもしれない。
怖いモノ見たさなんて言われるものだ。
だが断言しよう。
その手のモノは、どんな形であれど総じて碌なモノじゃ無い。
テレビやレンタルビデオ店でたまに見かけるこの手のモノを見ると、思わず辟易する。
何を好き好んでこんなところに行くのかと。
だが、彼らはきっと幸せなのだろう。
彼らは本当の意味で怪奇現象に出くわした事は無いに違いない。
幸せな連中だ。
まぁ、グダグタと言ってきたのだが、結局何が言いたいかと言えば一つだ。
この俺、東郷雅貴は『心霊現象』が大嫌いである。
「はぁ~」
目の前に、疲れた様子で眉間に皺を寄せ大きく溜息をつく強面体育教師一人。ムキムキな肉体をジャージで包み、何故か竹刀を持ってる。
それを前にしおらしく俯き、俺は心の中でため息を漏れた。
義務教育を終えた高校生の身としては最も近づきたくない場所。
生徒指導室、今年に入って7回目の生徒指導室だ。
ただでさえ狭いこの部屋は、折りたたみの机とパイプ椅子を並べると更に狭苦しい。
そこに巨漢の体育教師が鎮座した向かいに座らされると、それは凄まじいプレッシャーだ。さながら最強のニュータイプの乗るガンダムの如し。
下らない事を考え、ついでに警察の取調室が狭い理由を悟る。
ああ、息が詰まるわ。
なんで俺がこんな目にあうんだろうか? いや、理由分かってはいるんだけどさ。
「で、今度の喧嘩の理由はなんなんだ?」
重々しく息を吐き出しながら問われる。
「それは、こいつが……」
返答は俺の隣からだ。幾分恨めし気に、顔を上げて俺を半眼で睨む男。
「俺の事、馬鹿にするような事言うから……」
男は絞り出すようにそう言った。
三島昭雄。
中肉中背の体躯に、坊主頭。つぶらな瞳と言ってもそん色のない精気に充ち満ちた目から中学生でも取れそうな童顔少年。
常にダレた感のある俺とは正反対の好奇心と行動力が服を着て歩いているような奴。
そんな彼は今、普段の人懐っこさとは対照的なうらみがましい目を向けてくる。
完全なる誤解なのだが、こいつは馬鹿にされたと思っているらしい。
「だ、そうだが? どうなんだ、東郷?」
それを受けて、教師は此方に矛先を向けてくる。顔を上げると、教師は眉間に皺を寄せたまま。
表情から読み取れるのは『呆れ』。
ああ。
この人は、聞かなくても分かってるんだろう。
でもまぁ、このまま黙ってても仕方ないか。
何も言わないと俺が悪い事にされてしまいそうだし。言い訳がましいのは嫌いなんだけどな~。
「馬鹿にするつもりなんてありませんよ。ただ、馬鹿な事はやめとけって言っただけです」
全く以てそれ以外には何の言いようも無い。
「馬鹿な事ってなんだ?」
「三島が学校で騒がれてる噂を検証しようとかって誘ってきたんですよ。地下倉庫に幽霊がいるのを確かめようとか」
さっさと終わらせたい一心で、俺は思い出す気のもアホらしい数分前の事を思い出す。
「お~い、東郷」
声を掛けられたのは、帰りのホームルームを終えた後だった。
ちょうど帰り支度をしていた俺が振り返ると、三島昭雄の笑顔が目に入る。
高二で知り合い、一カ月と少し。すっかりとおなじみになったお馴染みの顔だ。
またか。
「なんだ?」
「お前、知ってるか?」
「知らん」
問題分が読まれきる前に先走る初心者アメリカ横断ウルトラクイズ挑戦者の如く、即答する。
凄まじくやる気のない返答だ。これで会話を続けようとする奴は歴戦のツワモノに違いあるまい。
「まだ何もいってねーよ。相変わらずつれない奴だな」
そして、こいつは間違いなく歴戦のツワモノである。戦闘能力換算で言うと、魔人ブウくらい。
「ほっとけ。で? 今度は何の噂だ?」
「はっはっは~。聞いて驚け! この学校にも七不思議があるらしいんだ」
やたらテンションが高く、身を乗り出す三島。
「ナナフシギ? そりゃ、新種のモンスターか何かか?」
「……」
時が止まった。
動けるのは俺だけらしい。
まさか俺には悪霊がついている……いや、んなわけない。
「……七不思議なんて何処にでもあるだろ? 何が嬉しいんだよ」
そして時は動き出す。別に何もしていないけど。
「いや~。この学校に入学して以来、こんな噂聞いた事無かったからさ~。柄にもなくテンションあがっちゃって」
嘘付け。
お前はいつもそんな調子だ。
「で? もしかしなくても、その噂の検証でもしようってか?」
「流石は東郷雅貴。察しが良いね~。お前、エスパーかもしれないぜ」
お調子者の模範的反応が帰ってくる。その内、辞書でお調子者と調べたら『例:三島昭雄』とか書かれるぞ、お前。
お前の行動原理を理解出来れば誰でもこれぐらいわかるっつーの。エスパーでもニュータイプでも断じてない。
俺は断じて人間だ! 人間で沢山だ!!
「断る」
「えー」
不満そうな声を上げる三島。顔には、『なんで?』という疑問と『一緒に行こうぜ~』と書いてあるのが見える。
「何が悲しくてお前の好奇心に付き合わなきゃならんのか、納得行くよう説明しれくれ」
どこぞの『世界を大いに盛り上げる為の何がしかの団』平団員の本名不明な男の如く突き付ける。
「だってさ~。こんな面白い話聞いたら、検証せずにはいられない十代男子の衝動とかあるだろ?」
「俺にはそんなモノは無い。微塵も感じない」
そういうものは、もう中学に上がる前に捨ててきた。
「それに、俺達愉快な仲間だろ?」
「いつからそんな仲間になった?」
むしろ、俺は不愉快なんだが。具体的には今の状況が!
「それにだ! この世に七不思議みたいな事が本当にあるのか、俺気になるんだよ」
「俺は気にならん」
お前、何処の豪農の娘だよ。
童顔でつぶらな瞳なのは共通してるが、省エネ志向の高校生の悲哀が分かった。
「俺が聞いたのは、七不思議の最初。地下倉庫の幽霊だ」
「話を聞けよ!!!」
噛み合わない会話はかくも疲れる事を、俺はここ一カ月で散々学んだ。
もうゴールしても良いよね?
「体育館の地下に古い倉庫があるだろ? あそこには昔、夏の終業式の日に閉じ込められた女の子がいたらしい」
……駄目だった。まだ続けるのかよ。
「ってか、何処かで聞いた話だぞ」
「まぁ聞け。で、女の子は助けを呼んだけど、もう学校には誰にもいなかった。二学期の始業式、最初の授業でやって来た別の生徒が倉庫をあけると」
「体育倉庫の壁一面に『助けて!』って書いてあるんだろ? 白骨化した女生徒の遺体と一緒に!!」
「そうそうそれそれ。なんだ、知ってるじゃん?」
極めて上機嫌になる三島。テンションが上がるだけ上がったら、バシッバシ背中を叩いてくる。
反面、俺のテンションはミニマムだ。
「それ、テレビでも聞いた事のある話じゃね~か」
「いやいや、それがここだけの話なんだよ。地下倉庫なんてこの学校ぐらいしか無いだろ?」
真性のあほか、お前は?
そんなモノ、どうにでもなるわ。
「……ちなみに、お前その話を誰から聞いたんだ?」
「え? んーと、俺の友達の友達の友達の……」
青い猫型ロボットの駄目な御主人さまばりに、友達のと重ねていく好奇心坊主、三島。
人、それを他人と言う。
「信憑性、ゼロだな。検証の意義が感じられん」
そもそも説得されてない。ってか、こいつの話に延々と付き合わされただけだ。
気がつくと、教室には俺達だけしかいなかった。
俺、帰って良いかな?
「というわけで、一緒に行こうぜ、東郷!!」
「断る!!!」
「そんな調子で話をしてたら、いつの間にか喧嘩になってました」
噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない会話の末、いつの間にか喧嘩になっていたのだ。
俺としては、ある程度穏便に終わるように立ちまわった気がするのだが。
いや、やる気が無いのはいつもだからもう今更なんだよ。でも、そのやる気の無さが三島にはうまく伝わらなかったらしい。
故に、俺は文句も言わず素直にしょっ引かれてきたわけだが。
「……」
俺の説明を聞き終えると、体育教師は黙って俯く。心なしか眉間の皺が深くなった気がする。
「お前達、二年にもなって毎度毎度何をしとるんだ。いい加減学習しろ」
心底うんざりした深い溜息と共に、呆れの言葉が飛んできた。
ええ、仰る通りです。
俺も毎度毎度、飽きもせずにどうしてこうなるのかと思う。まぁ、原因は分かっているのだが。
「三島。お前はもう少し落ち着きというものを持て。好奇心を持つなとは言わんが、少しは節度ってものをだな」
「いや、でも先生、こいつが」
「やかましい! 少しは反省しろ! 飽きもせずに。今年に入って七回目だぞ? いい加減にしろ!!」
「は、はいぃぃ」
反論を一喝され、すっかりしおらしくなる三島。生徒指導室での定型文である。きっとこいつは学ぶ事は無いだろう。
「それから東郷!」
「はい」
「お前はもう少し周りに気を使え。あまりつっけんどんになるな。喧嘩の元だ」
「わかりました」
素直に返答する。
別にそういうつもりも無いのだが、ここで突っかかっても意味は無い。まぁ、もう矯正のしようが無いくらいになっている性格だから今更どうしようもないのだが。
「以後気をつけるように! というか、もう二度と指導室送りになるような事をするな! わかったな」
ようやく解放された時には、日は大きく傾いていた。
夕日がえらくまぶしい時間帯、黄昏時という奴だ。
意味も無く並んで廊下を歩く俺と三島。
三島はすっかりしょげて肩を落としている。怒られたのが相当効いているようだ。七回が七回、全部こんな調子だった。
自分の感情にはとても素直な男なのだ。でも、すぐに忘れるので、どうせ明日にはけろっとしているだろう。
格言う俺はといえば、もう慣れてしまっていちいちくよくよするでもない。
これはこれでよくないのだが、もう性格だから仕方ない。誰にアピールするわけでもないのにしょげかえってたって仕方ないからな。
教室に戻ると、指導室に連行される前の状態のまま、無人の教室にぽつんと二つだけ鞄がかかっている。
さて、随分と遅くなった。一秒でも早く帰宅せねば。
俺は無言で鞄をつかみ、そのまま教室を出た。それを見て、慌てて三島がついてくる。
こいつが何をしたいのか、手に取るように分かる。
「なぁ、東郷」
「今から地下室行こうってんだろ?」
言葉を奪うように言い当てる。
「あ、ああ」
「止めとけ。どうせ何も無いよ。それに、地下室のカギなんか用も無いのに貸してくれるわけが無いだろ」
淡々と事実だけを告げる。
「でも、気になるし」
「あいにくだが、あそこには幽霊なんていねぇよ」
尚も食い下がる三島に、思いがけず強い言葉が飛び出していた。
「……なんで」
俺の断言に驚いて、三島は立ち止まった。
「怪談なんて碌なものじゃない。関わるな。どうせ嘘だ」
そうだ。
そんなモノは嘘だ。
――じゃないと、お前が不幸になるだけだ。
「じゃあな。また明日」
そっけなく告げ、速足に歩きだす。
もう三島はついてくる事は無かった。
「……なんであんな事言っちまったんだか」
昇降口で靴を履き替えながら、ふと呟く。
どうしてあんな言葉が出てきたのか、俺にもまるで分からない。
このひと月の内に三島とは何度も似たようなやり取りをしてきた。その度ににべもなく断ってきたが、いつもはああはならない。せいぜい適当に
やり過ごすくらいだろう。
「やっぱ、怪談絡みだったからかもな」
言葉にしてみるとそれ以外に考えられなかった。
俺の心から嫌いなモノ。
それは心霊現象とか怪談とか、そういうこの世ならざるモノの存在についての話だ。その件に触れられた事でスイッチが入ってしまったのかもしれない。
「はっ。本当に駄目だな」
他人に個人的な趣味嗜好の怒りをぶつける形になってしまうとは。三島には悪い事をした。生徒指導室送りは良いとして、あいつには明日謝罪しないといけないだろう。
そんな事を考えていたせいだろうか? 下駄箱の影から出てきた何かにぶつかった。
「いてっ! !」
勢いがついていたせいもあっただろう。思い切り尻餅をつく。
いかん、俺とした事が。
「申し訳ありません。急いでいたものですから」
頭上から高く透き通った声で謝罪される。いかん、先手を打たれてしまった。
「いやいや。俺の方こそ余所見を…」
謝罪の言葉は途切れた。
目の前には、世にも美しい女性がいた。しかも全裸の。
「……ぁぁ」
変な息が漏れる。
俺は彼女から目が離せなかった。
陶器のような白く光る、透けるような素肌。
透けるような独特な色の黒髪。つややかに光るその髪は、誰もがうらやむ艶が見て取れる。
その黒髪と同じく、大きくぱっちりとした黒い瞳は薄らと潤んでおり、宝石のような輝きを放つ。
鼻も引く過ぎず高過ぎずの絶妙なバランスで、桜色の唇もまたみずみずしい果実のような潤いを持っている。
それはこの世ならざる者、明らかに常人離れした美しさだった。
まるで天の女神が地上に降臨したかの如く。
夕日を背負ったその姿は神々しく、夕日をそのまま吸収したように赤く輝いている。
というか、彼女の先に背後の光景が見えるくらい全てが透き通っていた。
要するに、この人はうっすら半透明に透けていた。
ついでに膝から下も無い。
………
……
…
時が止まる。
今度は誰かが時を止めたらしい。まさかスタンド使いの俺が、強敵を呼び寄せてしまったのか?
いや、スタンド使えないけど。
たっぷり数秒待ってから、ようやく動けるようになり、俺は大きく溜息をつく。
あ~、またか。
「あの……どうかなさいましたか?何処か痛むとか」
目の前の足無し女は、心配そうに此方を覗き込んでくる。
その顔をしげしげと眺める俺。
こういう時は脳内人生の札で選択させてもらおう。さてどうしようか? どうしちゃおうか、俺?
1.無視して立ち去る
2.無言で立ち去る
3.東郷雅貴は、クールに去るぜ
結局全部同じじゃん、と言う野暮なセルフツッコミをスルーし、3を選択。何事も無かったようさっと立ち上がり、華麗(俺主観)に足無し女の横を抜けた。
「あ、ちょっと待って下さいまし」
スタスタと早足で歩く俺の背後から着いてくる足無し女。
「あの……私、何かまずい事を?」
慎ましく尋ねられる。だが答える気は毛頭無い。君子危うきに近寄らずだ。この手の現象には無視を決め込むのが得策。
「もしもし~、もしかして私が見えておりませんか?」
酔っ払いの意識確認よろしく、手の平を目の前でひらひらして見せる幽霊。
いいえ、はっきり見えてますよ。足が無い事も半分透けている事も全部見えておりますとも。
「はっ! ? まさか一糸纏わぬ姿から変態と間違われている?」
何故か急に慌て出す幽霊。
気にするところが違うだろ。今更何を言い出すのか、君は。
というか、半透明で足が無い幽霊が気にする事じゃないからな、それ。
ツッコミの台詞が思わず飛び出しそうになり、慌てて口をつぐむ。
いかんいかん。
相手のペースに乗せられるわけには!
「む~! ! というか見えてらっしゃるのでしょ? いい加減にして下さいまし」
「いや。見えたからどうだってんだよ?」
あまりに耳元で騒がれたせいで、思わずツッコミ返してしまった。
いかん。俺とした事が!!
ツッコミどころを我慢しすぎて、臨界点に達してしまったのか。
己ぇぇ、孔明!
「あら。やっぱり見えてらっしゃるじゃないですか」
真顔で見返してくる幽霊女。
はぁ~。
こういうしつこいセールスみたいな奴は、無視して強行突破が基本なのに。
俺って、ホント馬鹿。
「なんだよ? なんの用だよ? 今時、浮遊霊とか流行ってないから。ってか、間に合ってるから」
投げ槍に返してみる。こういう時は弱気じゃ駄目だ。強気で押すべし。
「なんです、その言い方。貴方がぶつかったのがいけないのでしょ?」
負けじと応戦してくる幽霊。腰に手をあて、頬を膨らませて此方をにらんでくる。
「うるせぇ。幽霊の癖に人間様にぶつかろうなんざ100年早いわ」
「なんですか、その言い種は! !……あれ?そういえば何で私、貴方にぶつかれたのでしょう?」
不思議そうに首をかしげる幽霊。
ようやく気付いたか馬鹿め。
なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。悪党さえ名乗る御時勢なんだから、この一般人たる俺が答えないわけにはいかない。
「俺はちょっとした特異体質でな。そのせいでろくな目に合わない。だからお前みたいなのは間に合ってるんだよ」
分かったら帰れ、という意味を込めて俺は今までで一番投げ槍に答える。
「特異体質?もしかして、霊が見えるだけじゃなく触れたりとか?」
が、その思いは伝わらなかったらしい。まぁ、空気読める幽霊なんているわけないか。
「そんなところだ」
憮然として答える。
ずばり御名答。
この俺は所謂『霊能力体質』らしい。
普通と違うのは生身で彼らに触れる事。某・地獄先生みたいな左手だけ特殊だったりはせず、あらゆる部分が霊やその類いのモノに干渉出来てしまう。そのせいで子供の頃からろくな目に合わなかった。
幽霊は、ガキの頃から普通に見えて触れた。地獄先生に習うまで幽霊と気付かなかったぐらいだ。
さっき三島に言った地下倉庫に幽霊がいないってのも、実際にあそこで幽霊と出くわした事も無ければ、幽霊を感じた事も、まして触ったりぶつかったりもした事が無かったからだ。俺に見えない幽霊はいねぇ!!
「そんな方、初めて見ましたわ」
目を丸くして驚く幽霊。大きく開いた口元に手をあて、信じられませんと言った様子でこっちを見てくる。
「まぁ、ここまで来ると天然記念物級らしいからな。俺も自分と同じ力を持った奴にはあった事は一度も無い」
お陰で怪しい博士とかに捕まらずに済んでいるようだ。詳しくは知らないが。怪しい博士には流石に会った事も無い。
ってか、そんな漫画みたいな奴、この世にいるか定かじゃないんだが。
「ああ、私はなんて幸運なのかしら。こんな方に巡り会えるなんて」
とか考えてたら、目の前の幽霊女が何か言い出した。見ると凄く良い笑顔で此方を見てる。瞳にはキラキラ星みたいな光がひっきりなしに点ってる。
こ、こいつ!!
例によって俺に何かやらせる気か?
あ~、帰りたい。どうやってここから逃げ出そうか、真面目に考えないと。
「御願いです。私を助けて下さい」
「断る」
三島に対してのそれよりも当社日30%増し、気分は三倍の勢いで強く断る。
「え~、そこは快く引き受けてくれるモノじゃ」
今度は目を潤ませて此方に顔を寄せてくる幽霊女。手はお祈りするみたいに胸の前で組まれてる。無駄に美人なだけにこれは結構見ててきつい。
しかも幽霊とは言え、真っ裸とか……。
思わず生唾を飲み込んでしまい、慌てて目をそらす。いかん。いくら俺でも幽霊相手に、そんな目を向けるのはどうなんだ?
俺は人間の女にしか興味無い!! 幽霊なんかに恋してたまるか~!!
「うぅぅぅぅ~」
更に顔を近づけ、目をうるうるさせてくる幽霊。近ぇよ!
まぁでも、流石にコレじゃ可哀想か。
「話くらいは、聞いても良い」
「ほんとに! !」
「だが断る」
「用件聞く前からファイナルアンサーじゃ無いですか」
「それの何が悪い。つーか人の未練叶えて成仏させるとか1日で終わるイベントか怪しいしな。ついでに面倒臭い」
包み隠さず本心を語ってみる。
まじで帰りたい。一秒でも早く。
「ああ。それなら大丈夫です。私、幽体離脱してるだけでまだ生きておりますので」
そう言って幽霊女は自分の足(膝下部分)を指差した。
よく見ると本来足がある筈の場所から臍の緒みたいな線が伸びている。確か、地獄先生の漫画でもそんな描写があったな~。
「私は幽霊では無く幽体。身体は体育館の地下倉庫です」
えっへんと胸を張る幽霊改め幽体女。うん。その体勢は色々と目のやり場に困るんだけど。身体の曲線とか慎ましいながらも裸体だって事を考えてくれるとありがたいのだが……
まぁ、それは良いとしてだ。なんでよりによってそこかな?
「なんでまた、そんなところに?」
視線を反らしつつ、聞き返す。
「実は授業の後で学校の備品を倉庫に返却した際、外から鍵をかけられてしまいまして……」
やれやれだぜと言った風に肩をすくめる幽体娘。
「あ~、って事はクラスメイトのイジメか」
何処かで聞いた話だ。
「その通りです。私を排除せんとするクラスメイトの一派の仕業ですわ。というかよく分かりましたね?」
驚いたと目を瞬く幽体女。
「昔同じ目にあった。この体質のせいでな」
思い出したくも無い思い出が脳裏をよぎる。
あれは忘れもしない小学四年生の夏。
終業式も迫った時期、クラスの中でも中心人物だった男子生徒が俺と喧嘩になったのが原因で、体育倉庫に閉じ込められた。
その時の喧嘩の原因も、確か心霊関係だった気がする。
俺はこんな体質なせいで、何処に幽霊がいて何処に幽霊がいないのかわかるものだから、七不思議が嘘であると唯一人主張した。
ってか、あの学校にはもっと別の面倒くさいのがいたのだが、それは放っておこう。あいつの面倒くささは、今のこいつに匹敵する。遊ぼう遊ぼううるさいんだよ。まぁ、もう成仏してくれたけど。
それはともかく、言い合いの相手だったのがクラスの中心だった為、そいつらの取り巻きなどにはめられて、体育倉庫に閉じ込められたのだ。
あの時はムカついたな。
ムカつきのあまり、鉄製の扉に拳の跡がつくぐらいに。それに気付いた教師に助けて貰ったが、器物損壊で怒られた。
その後はそういう目には会わなくなったが。
おまけでイジメっ子にはビビられまくり、影で『鉄拳』という渾名がついたのは今となっては良い思い出……なわけは無く、あまり思い出しくもない。
あの後、拳が超痛かったし。
「原因も、その霊能力がらみか?」
「ええ。その通りですわ。学校の七不思議がどうとか言うので、実際にそんなモノがいない事を論破したら……」
七不思議トラブルは、俺だけじゃなかったらしい。
マジで七不思議のトラブルの引き金過ぎる。もう七不思議とか無くなっちゃえよ。
「それで私、あれこれ抜け出す方法を模索し、最終的に幽体離脱して助けを呼ぼうと校内をさ迷っておりましたの」
あれこれ試した末の幽体離脱。それ常人に可能な方法じゃねーだろ。
「大丈夫。私こう見えても由緒正しき神道の家系。その程度の霊能、お茶の子さいさいですわ」
あー、さいですか。
投げやり気味なツッコミと共に、俺は溜息を吐きだした。
要するに、
「地下倉庫を開けて助けりゃいいわけだな」
結論が分かれば話は早い。
こうして会話してしまった以上は関わらざるを得なそうだし、面倒事はさっさと済ますに限る。
「仕方ねぇな。行こうぜ」
上履きに履き替え、幽体女を伴って俺は職員室に向かって歩き出した。
後日判明した事だが、幽体女との会話(幽体女は見えてない)を少しだけ残っていた文化部所属の生徒達に見られていたらしい。
心霊なんて大嫌いだ! !
何気なくとった写真に人の顔が映りこんだり。
この世ならざるモノを観たり、声を聞いたり。
人はそれを怪奇現象と呼ぶ。
古来からそうした現象は数多く見られてきたらしい。
かつての霊場、処刑場跡など怨念のたまる場所。
古い風習に纏わる不可思議な話。
嘘かほんとか分からない都市伝説なんてのもある。
それらは科学では説明がつかない故に恐ろしい。
そんなモノが何故、こうして多く語り継がれているのか。
それは人がそうした怪異を何故か好むからに他ならない。
人間とは不思議を好む生き物らしい。
そうした事に恐怖を覚えつつも、人はそこに何かしらの快楽を覚えるのかもしれない。
怖いモノ見たさなんて言われるものだ。
だが断言しよう。
その手のモノは、どんな形であれど総じて碌なモノじゃ無い。
テレビやレンタルビデオ店でたまに見かけるこの手のモノを見ると、思わず辟易する。
何を好き好んでこんなところに行くのかと。
だが、彼らはきっと幸せなのだろう。
彼らは本当の意味で怪奇現象に出くわした事は無いに違いない。
幸せな連中だ。
まぁ、グダグタと言ってきたのだが、結局何が言いたいかと言えば一つだ。
この俺、東郷雅貴は『心霊現象』が大嫌いである。
「はぁ~」
目の前に、疲れた様子で眉間に皺を寄せ大きく溜息をつく強面体育教師一人。ムキムキな肉体をジャージで包み、何故か竹刀を持ってる。
それを前にしおらしく俯き、俺は心の中でため息を漏れた。
義務教育を終えた高校生の身としては最も近づきたくない場所。
生徒指導室、今年に入って7回目の生徒指導室だ。
ただでさえ狭いこの部屋は、折りたたみの机とパイプ椅子を並べると更に狭苦しい。
そこに巨漢の体育教師が鎮座した向かいに座らされると、それは凄まじいプレッシャーだ。さながら最強のニュータイプの乗るガンダムの如し。
下らない事を考え、ついでに警察の取調室が狭い理由を悟る。
ああ、息が詰まるわ。
なんで俺がこんな目にあうんだろうか? いや、理由分かってはいるんだけどさ。
「で、今度の喧嘩の理由はなんなんだ?」
重々しく息を吐き出しながら問われる。
「それは、こいつが……」
返答は俺の隣からだ。幾分恨めし気に、顔を上げて俺を半眼で睨む男。
「俺の事、馬鹿にするような事言うから……」
男は絞り出すようにそう言った。
三島昭雄。
中肉中背の体躯に、坊主頭。つぶらな瞳と言ってもそん色のない精気に充ち満ちた目から中学生でも取れそうな童顔少年。
常にダレた感のある俺とは正反対の好奇心と行動力が服を着て歩いているような奴。
そんな彼は今、普段の人懐っこさとは対照的なうらみがましい目を向けてくる。
完全なる誤解なのだが、こいつは馬鹿にされたと思っているらしい。
「だ、そうだが? どうなんだ、東郷?」
それを受けて、教師は此方に矛先を向けてくる。顔を上げると、教師は眉間に皺を寄せたまま。
表情から読み取れるのは『呆れ』。
ああ。
この人は、聞かなくても分かってるんだろう。
でもまぁ、このまま黙ってても仕方ないか。
何も言わないと俺が悪い事にされてしまいそうだし。言い訳がましいのは嫌いなんだけどな~。
「馬鹿にするつもりなんてありませんよ。ただ、馬鹿な事はやめとけって言っただけです」
全く以てそれ以外には何の言いようも無い。
「馬鹿な事ってなんだ?」
「三島が学校で騒がれてる噂を検証しようとかって誘ってきたんですよ。地下倉庫に幽霊がいるのを確かめようとか」
さっさと終わらせたい一心で、俺は思い出す気のもアホらしい数分前の事を思い出す。
「お~い、東郷」
声を掛けられたのは、帰りのホームルームを終えた後だった。
ちょうど帰り支度をしていた俺が振り返ると、三島昭雄の笑顔が目に入る。
高二で知り合い、一カ月と少し。すっかりとおなじみになったお馴染みの顔だ。
またか。
「なんだ?」
「お前、知ってるか?」
「知らん」
問題分が読まれきる前に先走る初心者アメリカ横断ウルトラクイズ挑戦者の如く、即答する。
凄まじくやる気のない返答だ。これで会話を続けようとする奴は歴戦のツワモノに違いあるまい。
「まだ何もいってねーよ。相変わらずつれない奴だな」
そして、こいつは間違いなく歴戦のツワモノである。戦闘能力換算で言うと、魔人ブウくらい。
「ほっとけ。で? 今度は何の噂だ?」
「はっはっは~。聞いて驚け! この学校にも七不思議があるらしいんだ」
やたらテンションが高く、身を乗り出す三島。
「ナナフシギ? そりゃ、新種のモンスターか何かか?」
「……」
時が止まった。
動けるのは俺だけらしい。
まさか俺には悪霊がついている……いや、んなわけない。
「……七不思議なんて何処にでもあるだろ? 何が嬉しいんだよ」
そして時は動き出す。別に何もしていないけど。
「いや~。この学校に入学して以来、こんな噂聞いた事無かったからさ~。柄にもなくテンションあがっちゃって」
嘘付け。
お前はいつもそんな調子だ。
「で? もしかしなくても、その噂の検証でもしようってか?」
「流石は東郷雅貴。察しが良いね~。お前、エスパーかもしれないぜ」
お調子者の模範的反応が帰ってくる。その内、辞書でお調子者と調べたら『例:三島昭雄』とか書かれるぞ、お前。
お前の行動原理を理解出来れば誰でもこれぐらいわかるっつーの。エスパーでもニュータイプでも断じてない。
俺は断じて人間だ! 人間で沢山だ!!
「断る」
「えー」
不満そうな声を上げる三島。顔には、『なんで?』という疑問と『一緒に行こうぜ~』と書いてあるのが見える。
「何が悲しくてお前の好奇心に付き合わなきゃならんのか、納得行くよう説明しれくれ」
どこぞの『世界を大いに盛り上げる為の何がしかの団』平団員の本名不明な男の如く突き付ける。
「だってさ~。こんな面白い話聞いたら、検証せずにはいられない十代男子の衝動とかあるだろ?」
「俺にはそんなモノは無い。微塵も感じない」
そういうものは、もう中学に上がる前に捨ててきた。
「それに、俺達愉快な仲間だろ?」
「いつからそんな仲間になった?」
むしろ、俺は不愉快なんだが。具体的には今の状況が!
「それにだ! この世に七不思議みたいな事が本当にあるのか、俺気になるんだよ」
「俺は気にならん」
お前、何処の豪農の娘だよ。
童顔でつぶらな瞳なのは共通してるが、省エネ志向の高校生の悲哀が分かった。
「俺が聞いたのは、七不思議の最初。地下倉庫の幽霊だ」
「話を聞けよ!!!」
噛み合わない会話はかくも疲れる事を、俺はここ一カ月で散々学んだ。
もうゴールしても良いよね?
「体育館の地下に古い倉庫があるだろ? あそこには昔、夏の終業式の日に閉じ込められた女の子がいたらしい」
……駄目だった。まだ続けるのかよ。
「ってか、何処かで聞いた話だぞ」
「まぁ聞け。で、女の子は助けを呼んだけど、もう学校には誰にもいなかった。二学期の始業式、最初の授業でやって来た別の生徒が倉庫をあけると」
「体育倉庫の壁一面に『助けて!』って書いてあるんだろ? 白骨化した女生徒の遺体と一緒に!!」
「そうそうそれそれ。なんだ、知ってるじゃん?」
極めて上機嫌になる三島。テンションが上がるだけ上がったら、バシッバシ背中を叩いてくる。
反面、俺のテンションはミニマムだ。
「それ、テレビでも聞いた事のある話じゃね~か」
「いやいや、それがここだけの話なんだよ。地下倉庫なんてこの学校ぐらいしか無いだろ?」
真性のあほか、お前は?
そんなモノ、どうにでもなるわ。
「……ちなみに、お前その話を誰から聞いたんだ?」
「え? んーと、俺の友達の友達の友達の……」
青い猫型ロボットの駄目な御主人さまばりに、友達のと重ねていく好奇心坊主、三島。
人、それを他人と言う。
「信憑性、ゼロだな。検証の意義が感じられん」
そもそも説得されてない。ってか、こいつの話に延々と付き合わされただけだ。
気がつくと、教室には俺達だけしかいなかった。
俺、帰って良いかな?
「というわけで、一緒に行こうぜ、東郷!!」
「断る!!!」
「そんな調子で話をしてたら、いつの間にか喧嘩になってました」
噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない会話の末、いつの間にか喧嘩になっていたのだ。
俺としては、ある程度穏便に終わるように立ちまわった気がするのだが。
いや、やる気が無いのはいつもだからもう今更なんだよ。でも、そのやる気の無さが三島にはうまく伝わらなかったらしい。
故に、俺は文句も言わず素直にしょっ引かれてきたわけだが。
「……」
俺の説明を聞き終えると、体育教師は黙って俯く。心なしか眉間の皺が深くなった気がする。
「お前達、二年にもなって毎度毎度何をしとるんだ。いい加減学習しろ」
心底うんざりした深い溜息と共に、呆れの言葉が飛んできた。
ええ、仰る通りです。
俺も毎度毎度、飽きもせずにどうしてこうなるのかと思う。まぁ、原因は分かっているのだが。
「三島。お前はもう少し落ち着きというものを持て。好奇心を持つなとは言わんが、少しは節度ってものをだな」
「いや、でも先生、こいつが」
「やかましい! 少しは反省しろ! 飽きもせずに。今年に入って七回目だぞ? いい加減にしろ!!」
「は、はいぃぃ」
反論を一喝され、すっかりしおらしくなる三島。生徒指導室での定型文である。きっとこいつは学ぶ事は無いだろう。
「それから東郷!」
「はい」
「お前はもう少し周りに気を使え。あまりつっけんどんになるな。喧嘩の元だ」
「わかりました」
素直に返答する。
別にそういうつもりも無いのだが、ここで突っかかっても意味は無い。まぁ、もう矯正のしようが無いくらいになっている性格だから今更どうしようもないのだが。
「以後気をつけるように! というか、もう二度と指導室送りになるような事をするな! わかったな」
ようやく解放された時には、日は大きく傾いていた。
夕日がえらくまぶしい時間帯、黄昏時という奴だ。
意味も無く並んで廊下を歩く俺と三島。
三島はすっかりしょげて肩を落としている。怒られたのが相当効いているようだ。七回が七回、全部こんな調子だった。
自分の感情にはとても素直な男なのだ。でも、すぐに忘れるので、どうせ明日にはけろっとしているだろう。
格言う俺はといえば、もう慣れてしまっていちいちくよくよするでもない。
これはこれでよくないのだが、もう性格だから仕方ない。誰にアピールするわけでもないのにしょげかえってたって仕方ないからな。
教室に戻ると、指導室に連行される前の状態のまま、無人の教室にぽつんと二つだけ鞄がかかっている。
さて、随分と遅くなった。一秒でも早く帰宅せねば。
俺は無言で鞄をつかみ、そのまま教室を出た。それを見て、慌てて三島がついてくる。
こいつが何をしたいのか、手に取るように分かる。
「なぁ、東郷」
「今から地下室行こうってんだろ?」
言葉を奪うように言い当てる。
「あ、ああ」
「止めとけ。どうせ何も無いよ。それに、地下室のカギなんか用も無いのに貸してくれるわけが無いだろ」
淡々と事実だけを告げる。
「でも、気になるし」
「あいにくだが、あそこには幽霊なんていねぇよ」
尚も食い下がる三島に、思いがけず強い言葉が飛び出していた。
「……なんで」
俺の断言に驚いて、三島は立ち止まった。
「怪談なんて碌なものじゃない。関わるな。どうせ嘘だ」
そうだ。
そんなモノは嘘だ。
――じゃないと、お前が不幸になるだけだ。
「じゃあな。また明日」
そっけなく告げ、速足に歩きだす。
もう三島はついてくる事は無かった。
「……なんであんな事言っちまったんだか」
昇降口で靴を履き替えながら、ふと呟く。
どうしてあんな言葉が出てきたのか、俺にもまるで分からない。
このひと月の内に三島とは何度も似たようなやり取りをしてきた。その度ににべもなく断ってきたが、いつもはああはならない。せいぜい適当に
やり過ごすくらいだろう。
「やっぱ、怪談絡みだったからかもな」
言葉にしてみるとそれ以外に考えられなかった。
俺の心から嫌いなモノ。
それは心霊現象とか怪談とか、そういうこの世ならざるモノの存在についての話だ。その件に触れられた事でスイッチが入ってしまったのかもしれない。
「はっ。本当に駄目だな」
他人に個人的な趣味嗜好の怒りをぶつける形になってしまうとは。三島には悪い事をした。生徒指導室送りは良いとして、あいつには明日謝罪しないといけないだろう。
そんな事を考えていたせいだろうか? 下駄箱の影から出てきた何かにぶつかった。
「いてっ! !」
勢いがついていたせいもあっただろう。思い切り尻餅をつく。
いかん、俺とした事が。
「申し訳ありません。急いでいたものですから」
頭上から高く透き通った声で謝罪される。いかん、先手を打たれてしまった。
「いやいや。俺の方こそ余所見を…」
謝罪の言葉は途切れた。
目の前には、世にも美しい女性がいた。しかも全裸の。
「……ぁぁ」
変な息が漏れる。
俺は彼女から目が離せなかった。
陶器のような白く光る、透けるような素肌。
透けるような独特な色の黒髪。つややかに光るその髪は、誰もがうらやむ艶が見て取れる。
その黒髪と同じく、大きくぱっちりとした黒い瞳は薄らと潤んでおり、宝石のような輝きを放つ。
鼻も引く過ぎず高過ぎずの絶妙なバランスで、桜色の唇もまたみずみずしい果実のような潤いを持っている。
それはこの世ならざる者、明らかに常人離れした美しさだった。
まるで天の女神が地上に降臨したかの如く。
夕日を背負ったその姿は神々しく、夕日をそのまま吸収したように赤く輝いている。
というか、彼女の先に背後の光景が見えるくらい全てが透き通っていた。
要するに、この人はうっすら半透明に透けていた。
ついでに膝から下も無い。
………
……
…
時が止まる。
今度は誰かが時を止めたらしい。まさかスタンド使いの俺が、強敵を呼び寄せてしまったのか?
いや、スタンド使えないけど。
たっぷり数秒待ってから、ようやく動けるようになり、俺は大きく溜息をつく。
あ~、またか。
「あの……どうかなさいましたか?何処か痛むとか」
目の前の足無し女は、心配そうに此方を覗き込んでくる。
その顔をしげしげと眺める俺。
こういう時は脳内人生の札で選択させてもらおう。さてどうしようか? どうしちゃおうか、俺?
1.無視して立ち去る
2.無言で立ち去る
3.東郷雅貴は、クールに去るぜ
結局全部同じじゃん、と言う野暮なセルフツッコミをスルーし、3を選択。何事も無かったようさっと立ち上がり、華麗(俺主観)に足無し女の横を抜けた。
「あ、ちょっと待って下さいまし」
スタスタと早足で歩く俺の背後から着いてくる足無し女。
「あの……私、何かまずい事を?」
慎ましく尋ねられる。だが答える気は毛頭無い。君子危うきに近寄らずだ。この手の現象には無視を決め込むのが得策。
「もしもし~、もしかして私が見えておりませんか?」
酔っ払いの意識確認よろしく、手の平を目の前でひらひらして見せる幽霊。
いいえ、はっきり見えてますよ。足が無い事も半分透けている事も全部見えておりますとも。
「はっ! ? まさか一糸纏わぬ姿から変態と間違われている?」
何故か急に慌て出す幽霊。
気にするところが違うだろ。今更何を言い出すのか、君は。
というか、半透明で足が無い幽霊が気にする事じゃないからな、それ。
ツッコミの台詞が思わず飛び出しそうになり、慌てて口をつぐむ。
いかんいかん。
相手のペースに乗せられるわけには!
「む~! ! というか見えてらっしゃるのでしょ? いい加減にして下さいまし」
「いや。見えたからどうだってんだよ?」
あまりに耳元で騒がれたせいで、思わずツッコミ返してしまった。
いかん。俺とした事が!!
ツッコミどころを我慢しすぎて、臨界点に達してしまったのか。
己ぇぇ、孔明!
「あら。やっぱり見えてらっしゃるじゃないですか」
真顔で見返してくる幽霊女。
はぁ~。
こういうしつこいセールスみたいな奴は、無視して強行突破が基本なのに。
俺って、ホント馬鹿。
「なんだよ? なんの用だよ? 今時、浮遊霊とか流行ってないから。ってか、間に合ってるから」
投げ槍に返してみる。こういう時は弱気じゃ駄目だ。強気で押すべし。
「なんです、その言い方。貴方がぶつかったのがいけないのでしょ?」
負けじと応戦してくる幽霊。腰に手をあて、頬を膨らませて此方をにらんでくる。
「うるせぇ。幽霊の癖に人間様にぶつかろうなんざ100年早いわ」
「なんですか、その言い種は! !……あれ?そういえば何で私、貴方にぶつかれたのでしょう?」
不思議そうに首をかしげる幽霊。
ようやく気付いたか馬鹿め。
なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。悪党さえ名乗る御時勢なんだから、この一般人たる俺が答えないわけにはいかない。
「俺はちょっとした特異体質でな。そのせいでろくな目に合わない。だからお前みたいなのは間に合ってるんだよ」
分かったら帰れ、という意味を込めて俺は今までで一番投げ槍に答える。
「特異体質?もしかして、霊が見えるだけじゃなく触れたりとか?」
が、その思いは伝わらなかったらしい。まぁ、空気読める幽霊なんているわけないか。
「そんなところだ」
憮然として答える。
ずばり御名答。
この俺は所謂『霊能力体質』らしい。
普通と違うのは生身で彼らに触れる事。某・地獄先生みたいな左手だけ特殊だったりはせず、あらゆる部分が霊やその類いのモノに干渉出来てしまう。そのせいで子供の頃からろくな目に合わなかった。
幽霊は、ガキの頃から普通に見えて触れた。地獄先生に習うまで幽霊と気付かなかったぐらいだ。
さっき三島に言った地下倉庫に幽霊がいないってのも、実際にあそこで幽霊と出くわした事も無ければ、幽霊を感じた事も、まして触ったりぶつかったりもした事が無かったからだ。俺に見えない幽霊はいねぇ!!
「そんな方、初めて見ましたわ」
目を丸くして驚く幽霊。大きく開いた口元に手をあて、信じられませんと言った様子でこっちを見てくる。
「まぁ、ここまで来ると天然記念物級らしいからな。俺も自分と同じ力を持った奴にはあった事は一度も無い」
お陰で怪しい博士とかに捕まらずに済んでいるようだ。詳しくは知らないが。怪しい博士には流石に会った事も無い。
ってか、そんな漫画みたいな奴、この世にいるか定かじゃないんだが。
「ああ、私はなんて幸運なのかしら。こんな方に巡り会えるなんて」
とか考えてたら、目の前の幽霊女が何か言い出した。見ると凄く良い笑顔で此方を見てる。瞳にはキラキラ星みたいな光がひっきりなしに点ってる。
こ、こいつ!!
例によって俺に何かやらせる気か?
あ~、帰りたい。どうやってここから逃げ出そうか、真面目に考えないと。
「御願いです。私を助けて下さい」
「断る」
三島に対してのそれよりも当社日30%増し、気分は三倍の勢いで強く断る。
「え~、そこは快く引き受けてくれるモノじゃ」
今度は目を潤ませて此方に顔を寄せてくる幽霊女。手はお祈りするみたいに胸の前で組まれてる。無駄に美人なだけにこれは結構見ててきつい。
しかも幽霊とは言え、真っ裸とか……。
思わず生唾を飲み込んでしまい、慌てて目をそらす。いかん。いくら俺でも幽霊相手に、そんな目を向けるのはどうなんだ?
俺は人間の女にしか興味無い!! 幽霊なんかに恋してたまるか~!!
「うぅぅぅぅ~」
更に顔を近づけ、目をうるうるさせてくる幽霊。近ぇよ!
まぁでも、流石にコレじゃ可哀想か。
「話くらいは、聞いても良い」
「ほんとに! !」
「だが断る」
「用件聞く前からファイナルアンサーじゃ無いですか」
「それの何が悪い。つーか人の未練叶えて成仏させるとか1日で終わるイベントか怪しいしな。ついでに面倒臭い」
包み隠さず本心を語ってみる。
まじで帰りたい。一秒でも早く。
「ああ。それなら大丈夫です。私、幽体離脱してるだけでまだ生きておりますので」
そう言って幽霊女は自分の足(膝下部分)を指差した。
よく見ると本来足がある筈の場所から臍の緒みたいな線が伸びている。確か、地獄先生の漫画でもそんな描写があったな~。
「私は幽霊では無く幽体。身体は体育館の地下倉庫です」
えっへんと胸を張る幽霊改め幽体女。うん。その体勢は色々と目のやり場に困るんだけど。身体の曲線とか慎ましいながらも裸体だって事を考えてくれるとありがたいのだが……
まぁ、それは良いとしてだ。なんでよりによってそこかな?
「なんでまた、そんなところに?」
視線を反らしつつ、聞き返す。
「実は授業の後で学校の備品を倉庫に返却した際、外から鍵をかけられてしまいまして……」
やれやれだぜと言った風に肩をすくめる幽体娘。
「あ~、って事はクラスメイトのイジメか」
何処かで聞いた話だ。
「その通りです。私を排除せんとするクラスメイトの一派の仕業ですわ。というかよく分かりましたね?」
驚いたと目を瞬く幽体女。
「昔同じ目にあった。この体質のせいでな」
思い出したくも無い思い出が脳裏をよぎる。
あれは忘れもしない小学四年生の夏。
終業式も迫った時期、クラスの中でも中心人物だった男子生徒が俺と喧嘩になったのが原因で、体育倉庫に閉じ込められた。
その時の喧嘩の原因も、確か心霊関係だった気がする。
俺はこんな体質なせいで、何処に幽霊がいて何処に幽霊がいないのかわかるものだから、七不思議が嘘であると唯一人主張した。
ってか、あの学校にはもっと別の面倒くさいのがいたのだが、それは放っておこう。あいつの面倒くささは、今のこいつに匹敵する。遊ぼう遊ぼううるさいんだよ。まぁ、もう成仏してくれたけど。
それはともかく、言い合いの相手だったのがクラスの中心だった為、そいつらの取り巻きなどにはめられて、体育倉庫に閉じ込められたのだ。
あの時はムカついたな。
ムカつきのあまり、鉄製の扉に拳の跡がつくぐらいに。それに気付いた教師に助けて貰ったが、器物損壊で怒られた。
その後はそういう目には会わなくなったが。
おまけでイジメっ子にはビビられまくり、影で『鉄拳』という渾名がついたのは今となっては良い思い出……なわけは無く、あまり思い出しくもない。
あの後、拳が超痛かったし。
「原因も、その霊能力がらみか?」
「ええ。その通りですわ。学校の七不思議がどうとか言うので、実際にそんなモノがいない事を論破したら……」
七不思議トラブルは、俺だけじゃなかったらしい。
マジで七不思議のトラブルの引き金過ぎる。もう七不思議とか無くなっちゃえよ。
「それで私、あれこれ抜け出す方法を模索し、最終的に幽体離脱して助けを呼ぼうと校内をさ迷っておりましたの」
あれこれ試した末の幽体離脱。それ常人に可能な方法じゃねーだろ。
「大丈夫。私こう見えても由緒正しき神道の家系。その程度の霊能、お茶の子さいさいですわ」
あー、さいですか。
投げやり気味なツッコミと共に、俺は溜息を吐きだした。
要するに、
「地下倉庫を開けて助けりゃいいわけだな」
結論が分かれば話は早い。
こうして会話してしまった以上は関わらざるを得なそうだし、面倒事はさっさと済ますに限る。
「仕方ねぇな。行こうぜ」
上履きに履き替え、幽体女を伴って俺は職員室に向かって歩き出した。
後日判明した事だが、幽体女との会話(幽体女は見えてない)を少しだけ残っていた文化部所属の生徒達に見られていたらしい。
心霊なんて大嫌いだ! !
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