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銃撃戦-邂逅◆「待て待て待てっ、飴買ってやるから!」
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どう、どう、どうっとガッシュの手の中で拳銃が跳ね上がった。排出された薬莢が、やけに澄んだ音を響かせて床に転がる。
その時には、既にガッシュの体は床の上を転がっていた。
敵の暗黒弾が雨のようにガッシュの後を追う。
ひとつがガッシュの背中をぎりぎりかすめた。
鋭く舌打ちしながら、膝射ちでガッシュは最後の一弾をはなった。
がしゅっという音とともに、機関砲が潰れた。
しかしあれ一基ではあるまい。
何かの機器を置いた台を掩蔽物にしたガッシュの脇腹に、じわりと熱い汗が伝った。
空になった弾倉を落とし、自動的に腰から別の弾倉を取る。がつっと音がして、弾倉が銃にはまるのを、無意識に確認していた。
空の弾倉を腰に戻す。
既にガッシュは走り始めていた。
ここは、暗黒塔の一画。
ガッシュは探偵だが、つい先年までは、特殊部隊の指揮を執っていたという前歴から、荒事を依頼される事が多い。
今回も、無法者の集まる暗黒塔に隠された、とあるものを奪還してほしいという依頼で忍び込んだのだ。
下町の更に先、丘の斜面一帯に広がる建物の複合体である暗黒塔には、いくつかのマフィアが根城を構えており、侵入者には神経を尖らせている。潜入するだけで命懸けだった。
「それにしても防備が硬いな」
次の掩蔽物に身を潜めたガッシュは、胸ポケットに手をやった。無性に煙草が欲しかったのだ。
もちろん、こんな時に煙草を吸う馬鹿はいないのだが、まあ、無意識の動作というやつだ。ところが、この時初めて、胸ポケットも暗黒弾に切り裂かれ、煙草のパッケージまで破れて、まともなのが一本も残っていない事に気付いた。
悪態を噛み殺すと、掩蔽物の影を移動する。
思わず、内ポケットを探った。
そこにおさめられた書類が、今回の目標だった。
あとはここから脱出する、それだけなのだ。
ルートは頭に叩き込んであったのに、どこで道を間違ったものか。
このままでは生還がおぼつかない。
機関砲の弾道からかろうじて次の掩蔽物へ飛び込んだガッシュは、薄闇に目を凝らしてあたりを見回した。
あたりの機器は、どうせ麻薬の精製装置かなにかだろうと高をくくっていたのだが、それにしては大袈裟であるような気がしてきた。
見たこともないような機械もあるし、あそこにある一つは、もしかしたら魔力を蓄積するバッテリーではないのか。そんなものが、民間にあるなどとは。いくら暗黒塔でも少しおかしい。
(やばい。これはなんかもの凄くやばいぜ)
しかしそれ以上考える暇はなかった。
降り注ぐ暗黒弾から身を避けながら、掩蔽物から掩蔽物へ走ったガッシュは、奥の方に微かに煌めくものを目ざとくとらえた。
咄嗟に、その煌めきをめがけて走る。
暗黒弾が襲ってくるタイミングを背中で読んで、煌めきの方へ身を滑らせながら、仰向けで銃を構え、フルオートで一気に斜線を薙ぎ払った。
幾つか、機関砲が破壊音を立てるのが聞こえた。
そのまま上を見上げると、多分これが煌めきのもとだったのだろう。
硝子の箱、いや、棺のようなものが立てられているのが見えた。実際、硝子の向こうには、人の姿が見える。
しかし、今やその蓋は暗黒弾を受けて真ん中あたりに幾つか孔があきそうになっていた。流れ弾が当たったのだ。そして、ガッシュが見守るうちに、そこからしゅうしゅうと光の雲のようなものが漏れ出し始めた。
「何だぁっ?」
反射的に起き直ろうと思う自分をガッシュは制する。ここで身を起こすと、残っている機関砲に狙われる。
仰向けのまま、そろそろとガッシュは弾倉を入れ替えた。
がつっ。確かな手応え。但し、こいつが最後の弾倉だ。無駄遣いはできない。つまり、残弾は八発という事だ。
真下からでは棺の中はよく見えない。ただ、光の雲がますます濃くなってきているのがわかるだけだ。
場所を移動しなければ、と思う間もなく、ぱりん、と音をたてて蓋が砕けた。
ゆらりとその中から光に包まれた人影が現れる。
その両手がふらりと上がったかと思うと、眩しい光弾が雨あられと発射され、今度こそガッシュを狙っていた機関砲は全て沈黙した。
人影が子供のように高く澄んだ声で、何かとても古めかしい、聞いた事もないような言葉で詠唱を始める。内容は全くわからないが、先ほどの光など蝋燭の火にも等しいくらい、両手が眩しく輝いているのを目にして、ガッシュは背筋に氷塊を押しつけられたかのような寒気に襲われた。
詠唱されている言葉が別の種類のものに変わる。
それは、かなり訛りの強いものだったが、古語に近いものなのがわかった。
「幾千の闇を切り裂く幾万の月と太陽にかけて、世を光に曝し、破滅せんことを命ずる」
ええっ?
「待てえっ」
思わずガッシュは銃を握ったまま、その人影を抱きすくめていた。抱きすくめてみれば、それはやたらと華奢で、とても大人とは思えない。そう……十三。いや十四? そのくらいの子供に見える。
「はなせ、はなせったら!詠唱が終わらなかったじゃないかあっ」
声も子供だ。
「まてまてまて。おまえ随分物騒な事を言ってなかったか? 破滅とかなんとか」
「言ったよっ。この世界なんか破滅しちゃえばいいんだよっ。邪魔だからどいてよー、もっかい詠唱するから」
「待て、待てったら待て、落ち着け。飴買ってやるからっ」
「飴……?」
相手がやっと手を下ろしたので、ガッシュは改めてまじまじと腕のなかのものを見下ろした。
やはり、子供だ。
「でかいやつだ」
「……棒がついてるの?」
「ああ、棒付きだ。だからやめとけ」
金髪。青い眸。古代の絵に出てくるような繊細な顔立ち。
「あっち」
「……は?」
「出口。あっち」
「あ、ああ」
少年が指さしている方を見ると、かすかに日のこぼれているのが見える。まさに、外へ通じる扉のようだ。
「よし」
咄嗟に、ガッシュは少年の体を抱きかかえた。
「行くぞ」
ダッシュした。別のところにあった機関砲が砲身を回してくるのが肌に感じられる。
走りながら右腕を背に向け、ぶっ放した。
どう、どうっと銃が吼える。
カン、カン、と銃弾が壁に当たって跳ね返る音の向こうに、がしゅ、と機関砲が沈黙する時の音が響いた。
その時には、もう扉が目の前にあった。レバーをひねり、壁に身を隠しながら蹴り開ける。
がたん、と鉄扉が開き、外の世界が開けた。眼下には梯子があり、およそ六フィートほど下に、コンクリートの地面がある。
ふん、と鼻を鳴らすと、ガッシュは片腕に少年の体を抱えたまま、器用に梯子を下りて、暗黒塔から脱出した。
その時には、既にガッシュの体は床の上を転がっていた。
敵の暗黒弾が雨のようにガッシュの後を追う。
ひとつがガッシュの背中をぎりぎりかすめた。
鋭く舌打ちしながら、膝射ちでガッシュは最後の一弾をはなった。
がしゅっという音とともに、機関砲が潰れた。
しかしあれ一基ではあるまい。
何かの機器を置いた台を掩蔽物にしたガッシュの脇腹に、じわりと熱い汗が伝った。
空になった弾倉を落とし、自動的に腰から別の弾倉を取る。がつっと音がして、弾倉が銃にはまるのを、無意識に確認していた。
空の弾倉を腰に戻す。
既にガッシュは走り始めていた。
ここは、暗黒塔の一画。
ガッシュは探偵だが、つい先年までは、特殊部隊の指揮を執っていたという前歴から、荒事を依頼される事が多い。
今回も、無法者の集まる暗黒塔に隠された、とあるものを奪還してほしいという依頼で忍び込んだのだ。
下町の更に先、丘の斜面一帯に広がる建物の複合体である暗黒塔には、いくつかのマフィアが根城を構えており、侵入者には神経を尖らせている。潜入するだけで命懸けだった。
「それにしても防備が硬いな」
次の掩蔽物に身を潜めたガッシュは、胸ポケットに手をやった。無性に煙草が欲しかったのだ。
もちろん、こんな時に煙草を吸う馬鹿はいないのだが、まあ、無意識の動作というやつだ。ところが、この時初めて、胸ポケットも暗黒弾に切り裂かれ、煙草のパッケージまで破れて、まともなのが一本も残っていない事に気付いた。
悪態を噛み殺すと、掩蔽物の影を移動する。
思わず、内ポケットを探った。
そこにおさめられた書類が、今回の目標だった。
あとはここから脱出する、それだけなのだ。
ルートは頭に叩き込んであったのに、どこで道を間違ったものか。
このままでは生還がおぼつかない。
機関砲の弾道からかろうじて次の掩蔽物へ飛び込んだガッシュは、薄闇に目を凝らしてあたりを見回した。
あたりの機器は、どうせ麻薬の精製装置かなにかだろうと高をくくっていたのだが、それにしては大袈裟であるような気がしてきた。
見たこともないような機械もあるし、あそこにある一つは、もしかしたら魔力を蓄積するバッテリーではないのか。そんなものが、民間にあるなどとは。いくら暗黒塔でも少しおかしい。
(やばい。これはなんかもの凄くやばいぜ)
しかしそれ以上考える暇はなかった。
降り注ぐ暗黒弾から身を避けながら、掩蔽物から掩蔽物へ走ったガッシュは、奥の方に微かに煌めくものを目ざとくとらえた。
咄嗟に、その煌めきをめがけて走る。
暗黒弾が襲ってくるタイミングを背中で読んで、煌めきの方へ身を滑らせながら、仰向けで銃を構え、フルオートで一気に斜線を薙ぎ払った。
幾つか、機関砲が破壊音を立てるのが聞こえた。
そのまま上を見上げると、多分これが煌めきのもとだったのだろう。
硝子の箱、いや、棺のようなものが立てられているのが見えた。実際、硝子の向こうには、人の姿が見える。
しかし、今やその蓋は暗黒弾を受けて真ん中あたりに幾つか孔があきそうになっていた。流れ弾が当たったのだ。そして、ガッシュが見守るうちに、そこからしゅうしゅうと光の雲のようなものが漏れ出し始めた。
「何だぁっ?」
反射的に起き直ろうと思う自分をガッシュは制する。ここで身を起こすと、残っている機関砲に狙われる。
仰向けのまま、そろそろとガッシュは弾倉を入れ替えた。
がつっ。確かな手応え。但し、こいつが最後の弾倉だ。無駄遣いはできない。つまり、残弾は八発という事だ。
真下からでは棺の中はよく見えない。ただ、光の雲がますます濃くなってきているのがわかるだけだ。
場所を移動しなければ、と思う間もなく、ぱりん、と音をたてて蓋が砕けた。
ゆらりとその中から光に包まれた人影が現れる。
その両手がふらりと上がったかと思うと、眩しい光弾が雨あられと発射され、今度こそガッシュを狙っていた機関砲は全て沈黙した。
人影が子供のように高く澄んだ声で、何かとても古めかしい、聞いた事もないような言葉で詠唱を始める。内容は全くわからないが、先ほどの光など蝋燭の火にも等しいくらい、両手が眩しく輝いているのを目にして、ガッシュは背筋に氷塊を押しつけられたかのような寒気に襲われた。
詠唱されている言葉が別の種類のものに変わる。
それは、かなり訛りの強いものだったが、古語に近いものなのがわかった。
「幾千の闇を切り裂く幾万の月と太陽にかけて、世を光に曝し、破滅せんことを命ずる」
ええっ?
「待てえっ」
思わずガッシュは銃を握ったまま、その人影を抱きすくめていた。抱きすくめてみれば、それはやたらと華奢で、とても大人とは思えない。そう……十三。いや十四? そのくらいの子供に見える。
「はなせ、はなせったら!詠唱が終わらなかったじゃないかあっ」
声も子供だ。
「まてまてまて。おまえ随分物騒な事を言ってなかったか? 破滅とかなんとか」
「言ったよっ。この世界なんか破滅しちゃえばいいんだよっ。邪魔だからどいてよー、もっかい詠唱するから」
「待て、待てったら待て、落ち着け。飴買ってやるからっ」
「飴……?」
相手がやっと手を下ろしたので、ガッシュは改めてまじまじと腕のなかのものを見下ろした。
やはり、子供だ。
「でかいやつだ」
「……棒がついてるの?」
「ああ、棒付きだ。だからやめとけ」
金髪。青い眸。古代の絵に出てくるような繊細な顔立ち。
「あっち」
「……は?」
「出口。あっち」
「あ、ああ」
少年が指さしている方を見ると、かすかに日のこぼれているのが見える。まさに、外へ通じる扉のようだ。
「よし」
咄嗟に、ガッシュは少年の体を抱きかかえた。
「行くぞ」
ダッシュした。別のところにあった機関砲が砲身を回してくるのが肌に感じられる。
走りながら右腕を背に向け、ぶっ放した。
どう、どうっと銃が吼える。
カン、カン、と銃弾が壁に当たって跳ね返る音の向こうに、がしゅ、と機関砲が沈黙する時の音が響いた。
その時には、もう扉が目の前にあった。レバーをひねり、壁に身を隠しながら蹴り開ける。
がたん、と鉄扉が開き、外の世界が開けた。眼下には梯子があり、およそ六フィートほど下に、コンクリートの地面がある。
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