追憶の旅路で

アルマキアルマ

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第一章 始まりの鐘の音

第二話

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追憶の旅路で 2


それから二週間、オラシオンの腕は見てくれこそ酷いが痛みは無くなったものの、「迎えにきてくれる人に心配をかけたくない」と服を着込みに着込み傷をこれでもかと隠し、とうとう出立の時を迎えた。

そんなオラシオンとアカネは城の前で少し落ち着きの無い様子で迎えを待っている。
もちろん新たな生活への緊張もあったが、今日はそれに加えて特別な人が傍に居たからだ。

「へぇ、オラシオンは皆の暮らしにそんなに興味があったのか。まぁ、まだ十四歳だし、辛くなったら戻って来るといいよ」

柔らかい声が少々俯きがちなオラシオンにかけられると同時に、オラシオンと似た銀糸の髪と空の様な蒼い目の青年の手が優しくオラシオンの頭を撫でる。
現王第二子であり、アマルギート第一王子、七十二歳離れたオラシオンの兄であるアーサーの手だ。

「本当、予定が噛み合って良かった。ただえさえ普段から構ってやれてないのに、見送りすら家族の誰もできないなんて寂しすぎる……。
でも、オラシオンは聞き分けもいいしな……しかも、真面目すぎるから、本当に頑張りすぎない程度に頑張ってね」

心配しつつも、アーサーは歳の離れた妹の成長を心底嬉しそうにしている。

「が、頑張ります、兄上」

オラシオンも久しぶりの兄に足元まである尻尾を揺らしてご満悦だ。
その横で、アカネは心の中でガッツポーズをしていた。
なぜなら、オラシオンが小さな決起をしたあの日から二週間もの期間をかけ、文字通りの命懸けで全ての手を尽くして、無理難題だった姉姫、兄王子の内の一人とスケジュールを今日と噛み合わせることに成功させたのは、紛れもない彼女である。
最大の安全策である“姉か兄達に直接見送ってもらう”というのを実現させたのだ。
これで城下町を出るまでは安全が保証されたも同然であるとアカネは胸を張る。

「アカネさんも、いつも妹を見てくださってお疲れでしょう。
向こうだとみんなの手も借りられますし、休暇を多めに取ってくださいね」

「お気遣いありがとうございます。でも、ちょっと大変ですけど姫様との生活は心地がいいのであまりご心配ならず」

実際はちょっとどころではないけれど、これからはちょっとと呼べる生活になるのだと思うとアカネの心は解放されるように浮き足立つのだ。
そんな和気あいあいと世間話をする3人の耳に翼が羽ばたく音が耳に入る。

「来たようだね」

アーサーが空を見上げる。
それは城と街を繋ぐ石橋の上に音を軽快なひづめの音に変えて降り立った。
羽を持つ白と黒の2体の天馬、ペガサス族が率いる馬車だ。
馬車はなめらかに減速、3人の前で天馬たちが一礼をして静かに停止する。
すると2体の天馬はみるみるうちに二人の青年へ姿を変え、アーサーとオラシオンの前に膝をついた。

「お久しぶりですアーサー王子、そしてはじめまして、オラシオン王女。この度、馬車を引かせていただくルシウス・ホワイトと」

「ヘンリー・ホワイトです」

それぞれ真っ白な髪と、真っ黒な長い髪を結え、首を垂れる美青年二人と王子と姫、そしてその従者と並ぶとまるで絵画のような光景だったが、下げた二人の頭はよく見るとふるふると震えているようだ。

「からかわないで下さい……!!お久しぶりです、ルシウスさん、ヘンリーさん」

耐えかねた様子のアーサーは、慌ただしく照れ臭そうに眉を下げた。

「ごめんごめん、いやー、だってここ王宮でしょ?
あんま気軽すぎると怒られるかなって、一応取り繕ってみたんだよ」

ルシウスと呼ばれた青年は、軽い調子で立ち上がると白い馬の耳をピコピコと動かしてケラケラと人懐こく笑う。
ヘンリーと呼ばれた青年も、してやったりという顔でふふんと鼻を鳴らしている。
どうやら、このペガサスたちとアーサーは旧知の仲らしい。

「良いですからそういうの!ヘンリーさんもそんなまじまじと見ないで下さい!」

「いや、本当に王子様なんだな、お前。ウチで社会勉強していた頃は泥濘を爆走する泥んこ小僧だったのに……」

「妹の前でその話はやめてくださいよ!」

「なに~?妹ちゃんの前だとカッコつけなんだ~?」

「もうやめてください~!!」

いつも冷静沈着で温厚な理想の王子であるアーサーが、少し年上らしきルシウス達に年相応な反応を見せていることにオラシオンとアカネは呆気に取られた。

無理もない。二人は"理想の王子様"とも呼ばれるアーサーの面しか見たことがないのだ。泥んこ小僧などと言われる少年アーサーを知らないのである。

「アカネ姉さんも久しぶりー!そういえば姉さんは、アーサーが来る前にお姫様に行っちゃったからアーサーの面白さを知らないんだ!もったいな~い!」

「姉さんはツボが浅いから見たら笑い過ぎて卒倒する」

「もしや泥濘爆走以外もあるの??
元気そうでなりよりだけど、その言い方だと弟分との感動の再会よりも、アーサー王子の過去の方が気になってきちゃうな……」

どうやらアカネも親交が深いらしい。
唯一彼らと接点を持っていないオラシオンは、オロオロと目線を右に左と泳がせている。

「おいおい、そこら辺にしておいてやれ。オラシオンが置いていかれてるぞ」

布製の屋根が着いた馬車から一人の農夫が顔を出した。
朗らかな弧を描く眉は、オラシオンとアーサーと血の繋がりを感じさせた。

「ああっ、お久しぶりですウィリアムさん」

ウィリアムと呼ばれたガタイの良い男は、20歳の甥を持つ叔父としては少々若いように思える。
しかし、この男、ゆうに百歳を超えている。尖った特徴的な耳が彼がエルフであることを証明していた。
故に特にかしこまる様子もなく、馬車から降りニカッと笑う。

「よう、アーサー。元気そうで何よりだ。忙しいのに待たせてすまんな、思ったより風の流れが弱かった」

「いえ、お気になさらなくての大丈夫です。オラシオン、この方が母上のご兄弟、叔父のウィリアム・ハートムジークさんだよ」

父や王城の官吏などとも違うウィリアムの豪快そうな風貌に怯んで、心の準備ができていなかったオラシオンは、言葉もなくぺこりと頭を下げた。

「久しぶり、大きくなったなぁ!
と言ってもまぁ、お前は覚えていないか。お前が生まれてすぐ以来会えてないからな。
お前の母ちゃんの弟のウィリアムだ。よろしく」

「は、はい……よろしく、お願いします」

「アカネも、久しぶりだな。今回はよく連絡をとってくれた。
またじゃんじゃん頼ってくれよ」

「ありがとうございます、よろしくお願い致します」

アカネはオラシオンが見た事がないほど安心した表情で口元を緩ませ頭を下げた。
オラシオンは城の中にはない陽気なノリに兄へ叔父へアカネへルシウス達へと顔を交互に動かしてあたふたしている。

「そんな身構えなくていいよ。姉上や兄たちは全員この人たちにお世話になってるからね」

「私も姫様の侍女になる前はウィリアムさんのところでお世話になってました。
何回かこの人たちのお話もしてましたかね」

オラシオンの人生で最も信頼している二人がお世話になっている人物。それだけでオラシオンの脹れていた不安は、空気が抜けていくように楽になる。
しかし、話に聞いていても常に他人へ気を張り巡らせていた怖いものは怖い。

「ああ、親戚、家族だからな。気軽に接してくれ」

「よ、ろしくお願いします」

「おう、任せな」

ウィリアムは、歳の割にたどたどしく喋る不安気なオラシオンの頭を撫でようと手を伸ばしかけるが、寸でのところでその手は止まった。
彼はオラシオンの事情をアカネから聞いている。
初対面の者に触れられるのは彼女にとって怖いことであろうと身を引いたのだ。

「さぁ、詳しいことは中で話そう。2人とも旅立ちの準備はいいか?」

「……はい」

「大丈夫です」

アーサーは叔父の不自然な行動に首を傾げていたが、それに気付かないふりをして二人は返事を返す。
俯いて不安気な様子の妹を見て兄は何かを思いつたように両腕を広げる。

「オラシオン、おいで」

それはかつてよく行っていた抱擁だった。
オラシオンが兄達に会えなくなってきて数年、久しぶりの事にオラシオンは戸惑う。
甘えることを忘れてしまっているように手が空中をかいた。

「うーん、だいぶ会えなかったけれど、相変わらず甘え下手だなぁ……」

右往左往しているオラシオンをふわりとアーサーは包む。
オラシオンの手は、言ったらどんな報復が待っているか分からない、そんな恐怖から真実を告げられない弱さから申し訳なさそうに空気を掴んだ。

「僕たちはお前と一緒には行けないが、ここにいない姉上もリチャードも、もちろん僕もお前を応援しているよ。良い旅を、オラシオン」

アーサーのその言葉でオラシオンはようやくその暖かい背中に手を置く。

「行ってきます、アーサー兄上……!!」

俯きがちだったオラシオンの目線が上がる。
その目は兄が知り得ない闇からの脱却の意志が宿っている。
手が届かないほど遠く離れてしまっても兄は自分を応援してくれるという事実が、へっぴり腰になっているオラシオンの心を奮い立たせた。

「ああ、行ってらっしゃい」

アーサーは妹が少しづつ成長していることを感じ、笑みがこぼれる。
兄妹は別れを告げ、オラシオンは久しぶりの抱擁が照れくさく、アカネより先に馬車に乗り込んだ。

「アーサー王子、これを」

アカネは馬車に乗り込む寸前にアーサーに小さく畳まれた紙を密かに手渡す。

「これは……」

「姫様、そしてあなた方にとって非常に重要なものです。本来は正式な書類として提出するべき案件ですが、申し訳ありません。どうしても手渡しであなた方に渡さなければならなかったのです。
それでは失礼いたします」

アカネは極めて真面目に、それでいて早口でまくし立てるようにそう言い残し、唖然とするアーサーをよそに足早で馬車へ乗り込んだ。
頭上に疑問符を大量に並べつつも、アーサーの目にはアカネ、そして、妹が何かに追われているかのように写った。

「準備OKだ。
ルシウス、ヘンリー出発してくれ」

「了解です、走り出しと離陸は大きく揺れますのでしっかりと掴まってね。
じゃあね、アーサー。元気そうで安心したよ」

「その白っぽい格好で泥濘を走るなよ」

「一体俺をいくつだと思ってるんですか!!」

いつの間にか天馬へ姿を戻していたルシウスとヘンリーは、大きな翼を揺らして朗らかに嘶く。

「ふははっ、面白さもそのままだな~」

「全く……妹をよろしくお願いします」

「任せておけ。お前も体調には気をつけろよ」

「肝に銘じておきます」

笑みで挨拶を交し、軽快な蹄の音を皮切りに馬車は動き出す。
数十メートルある大きな門をくぐり抜け、石畳の橋を段々と速度を上げ駆け抜ける。

「離陸するぞ、捕まっておけ」

大きな揺れと共に重力に逆らう浮遊感がオラシオン達を包んだ。

「すごい、私を乗せているのに……」

オラシオンは巨竜族、変身魔法で人間に姿を変えようとその重さは単位でいえばトン、普通の馬車では到底耐えきれない。

「はっはっはっ、そりゃ超重量貨物用魔鉱石が乗っているからな。お前ら兄弟たちくらいは乗せられる。
お、門のところでアーサーが手を振っているぞ。オラシオン、振り返してやれ」

「兄上……!!」

オラシオンは馬車から身を乗り出し、兄に分かるよう包帯が巻かれていない方の腕を振る
どんどん城から遠ざかっていく馬車の中、兄妹達はお互いが見えなくなるまで手を振りあっていた。
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