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【11】極夜

【11】極夜……①

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「寒い……」

 大聖堂の鍵を開け、獣のシャノンが中へ入るのを震えながら待ってミアは凍てつく扉を閉めた。

 首都を出て、またゆっくりと旅をしながら北上し修道院へ帰って来たのだ。すでに十二月も半ばを迎えている。シャノンの真っ白な腹の毛に雪玉がついていて、ミアの手足も感覚はかろうじて残っているが、寒いなんてものではない。最後の町で湯を入れてもらった湯たんぽは、すでに冷たくなってしまっていた。

「ん?」

 寒くてなかなか動けずにいたが、ミアは大聖堂が暖かいことに気づいてマスクを外した。

「わあ……」

 大聖堂の内部には蝋燭がいたるところに灯されている。ミアが掃除していなかったはずの大きな暖炉には薪がくべられていて、燃え盛る火は身体だけではなくミアの心まで温かくさせた。

「ツリーもある」

 シャノンのハーネスを凍える手で外したミアが感激して走りだそうとすると、獣の姿のシャノンに咥えられてしまった。

「放してください!」

 ミアがじたばたするが聞いてくれず、ホッキョクギツネは歩き出す。ここ数日、シャノンは寒冷地に入ったせいか獣のままだ。しかも、ツンドラが近づくにつれ口数が少なくなり、今日は朝から一言もしゃべっていない。

(聞こえてるはずなんだけど……)

 決して興奮状態ではないのだと思う。今だって、怒りをあらわにするわけではなく落ち着いた目の色をしている。

 大聖堂から出て廊下にも蝋燭が灯されている。急ぐわけでもなく、ゆっくりとした足取りでシャノンはどこかへ向かっている。

「大浴場?!」

 返事がないから、まるで独り言のようなミアの声だけが湯に煙った浴場に響いていた。

「え?ちょ……ッ」

 シャノンがミアを咥えたまま石を組んで作られた大きな湯船に入って行き、そこでやっと放してくれた。が、毛皮も靴も身に着けたままだ。

「信じられない」

 せめて靴だけでも脱ぎたかった。が、爪先からじわじわと温まった足に感覚が戻ってくる。シャノンの腹についていた雪玉だろうか。湯船に大きな雪の塊が浮いている。

「シャナ、どうして何もしゃべってくださらないのですか」

 靴や毛皮を脱ぎ、湯船の縁へ置いたミアはすでにずぶ濡れのブラウスと下着だけになって仰向けで両手を広げて湯の中へ潜った。コポコポとどこからともなくくぐもった音がして、冷えた耳も凍ったまつ毛も溶けて行くようだった。

「カハッ」

 腹のあたりを甘噛みされ、ミアはくすぐったくて湯から顔を出す。ホッキョクギツネのフカフカの毛が湯に濡れ、普段より細くになっている姿にミアは思わず笑ってしまった。

「溺れてませんよ、大丈夫です」

 なんとなくではあるが、言葉を話さなくてもシャノンが言いたいことは分かる。

 身体が十分温まってから、ミアはシャノンに切りそろえてもらった髪を洗おうとすると、新しい石鹸も置いてある。大聖堂といい、このたっぷりと湯が張られ温まった浴室を誰が用意したのか気になって仕方ない。

「シャナは、ホッキョクギツネのままですか?」

 裸になって石鹸で身体を洗うが、シャノンの金色の目が湯船の中からじっとミアの背中を見つめている。しばらくすると、シャノンが湯から出て、身体をブルブルと震わせるとシャワーのようにミアの身体に着いた泡を流して行った。

『特に冬の間の発情が一番ひどいようでー-』

 そんなヴィラジーミルの言葉を思い出したミアはシャノンのように毛に覆われていない裸が急に恥ずかしくなって浴室を出ると、そこに肌触りの良いガウンも用意されていた。

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