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【8】それぞれの苦悩
【8】それぞれの苦悩……⑥
しおりを挟むベッドサイドへ置かれたランタンの明かりが、ゆらゆらと揺らめいていた。
部屋にミアしかいないことをエフレムがオセに伝えに行くことになっているが、大丈夫だろうか。隣りの部屋から話し声どころか、物音ひとつしない。
が、しばらくするとオセの部屋のドアが開く音がした。
常駐している見張りの交代の時間を見計らって、誰もいないことに警戒されないようにはしている。
薄暗い部屋では手元が心配で眼帯を外しているミアは、ほうっと息をゆっくりと吐いて両手で拳銃を握り直した。
(ああ……)
こんな事をしていながら、オセがこの部屋へ来ないことを祈っていたミアの思いに反して、部屋のドアが静かに開いた。
「ミア?」
今まで聞いたことのないオセの弱った声だ。
ひたひたと素足で歩く音に違和感を覚える。地震で焼け焦げた暖炉に火は入っているが、夜になれば廊下は凍えるような寒さだ。それなのに素足なんて、異常としか思えなかった。
ベッドへ近づいてくるオセの影に、手にじっとりと汗が滲む。
オセが何をするつもりか分からない。
もしかしたら、心配して様子を見に来ただけかもしれない。ギリギリまで状況を見極めなくてはいけなかった。
ミアは天蓋から流線を描くカーテンに隠れ、息を詰めた。
「体調はどうだ」
ミアは瞬きせずに様子を見続けていた。
(……え?)
気のせいかもしれないが、デュベイがわずかに動いたような気がした。それにはシャノンも気づいたようで、ベッドの向こうで驚いた表情を浮かべている。
銃の安全装置を解除する音がする。オセがベッドサイドで銃を片手で構え、デュベイに手を伸ばした。
「ミア」
本来ならクッションなのだから手が沈み込むはずが、オセの左手は何かを確実に捉えている。
「おやすみ」
その瞬間は不意に訪れた。
デュベイに向かって銃口が向けられたのた。背中に手を回したミアは、ボトムのウエストに銃を差し込んで走った。
ベッドに誰かいる。
この状況では、引き金を引けなかった。
「オセ!それは私じゃない、打つな」
「え……」
オセの右手をミアよりも早く、シャノンが掴んだ。それを見てベッドへ飛び込んだミアは、そこにいる人物に覆いかぶさった。
パンと渇いた弾ける音がして、天井へ向かった銃口が弾丸を吐き出す。
「シャナ!」
「問題ない、大丈夫だ」
「うおおおおお!」
もみ合いになり、シャノンから逃れたオセがうなり声をあげ、自身のこめかみに銃口を向けた。
「お前が死んでくれないと、俺がマズいんだよ。任務失敗の責任を取らされる!」
「オセ、落ち着け。僕たちが力になる」
「獣人は黙ってろ!これは人間としてのプライドなんだ」
「はは……。なんだよ、『人間としてのプライド』って。私たちが命を懸けるほどのものなのか」
ミアはベッドの中の人物をデュベイの上から、そっと抱き締めた。ミアが言った『私たち』には、この子も含まれている。
「エフレム、それこそ話が違うじゃないか。こんな上手に気配が消せるなんて、聞いてないよ」
顔あたりのデュベイを退ける。と、そこには歯をガタガタと鳴らして震えているエフレムの姿があった。地震のときもそうだった。怖がりなのに計画にはない、こんな大胆なことをするエフレムをもう一度、強く抱き締めたミアはペタリと垂れた耳をそっと撫でた。
「大丈夫だ、もう怖くない」
呆然としているオセから、シャノンが銃を取り上げた。
「エフレム。なんで、お前がそこにいるんだよ……」
「オセ様!人を殺めようとすることも、自死もどちらも悪いことです。僕はオセ様の事が大好きだから、もう悪いことを重ねて欲しくないんです!」
声を上げて泣き出してしまったエフレムをミアはなだめ続けた。
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