85 / 87
【6】終章……⑨
しおりを挟む「青藍、見つからないや。……洞窟いこうか」
「ないですか、困りましたね」
「でも、確実に鬼治からだよね」
「佐加江。私たち、マジで番ですね!」
「鬼が『マジ』とか言わないの!」
「使い方、間違ってましたかぁ」
「合ってるけどさ……。青藍がこの世に毒されてチャラ男になったら困る」
最近覚えた言葉を披露して笑った青藍は庭先で目を閉じ、唇の前に人差し指を立て小さく唇を動かす。
「え……」
額に瘤ができ、それが次第に伸びていく。身体も一回り大きくなって、着ていた服がパツパツに弾けそうになっている。ぶるっと身ぶるいをした青藍は服こそ、こちらの世界のものだが鬼の姿になった。
「そ、そんな事が出来るんだ!」
「あやかしの姿から人になるのは容易ですが、逆は人の体力では消耗が激しくて。あまりしたくないのですが、先ほどから鬼笛が全く聞こえない上に、あやかしの気配もなくなったのが、どうも妙です。こちらの方が感受性が強いのでーー。コートだけは、はちきれるといけないので脱いでおきましょうね」
「やっぱり……、綺麗だよね」
「惚れ直しますか?」
「うん! ベタ惚れ。ちょっと気になる事があるから、診療所の方も見てくるね」
「佐加江、そう言うことは……」
滅多にそう言うことを口にしない佐加江には、面と向かって言ってもらいたいものだ、と青藍は佐加江が不貞腐れた時を真似て唇を尖らせ、後をついて行く。
「やっぱり」
診療所の荒れ具合は、酷いものだった。床にカルテなどが落ち、土足でそれを踏みつけた靴跡がある。金庫は開け放たれ、中は空っぽ。「敏夫の時は冷凍の保存技術が追いついていなかった」と越乃が自慢気に教えてくれた精液保存用の特殊な冷凍庫を開けるが、当然ながら電気は来ておらず、そこに何もなかった。
「おじさんの研究が……。僕の記録も精液もなくなってる」
「それは」
「おじさんが全て持って、ここを出たのかな」
酷い耳鳴りがしてくる。頭が割れるようで、佐加江は思わず膝をついてしまった。
「鬼治稲荷からです。行ってみましょう、佐加江」
「う、うん」
仏花を手に稲荷へ急ぐ。いったい誰が、そんな疑問を抱え、耳を抑えながら佐加江は走った。
「絶対に離れてはなりませんよ」
いつものように甘く手を繋ぐのとは違い、青藍は力を込めて佐加江の手を握っていた。
久しぶりに見る祠はやはり傷だらけだった。しめ縄が外れた洞窟にはキープアウトの黄色いテープが厳重に張られていた。到底、中へ入れる状態ではない。
「洞窟から聞こえたと思ったのですが、すっかり人に馴染んでしまって感覚が鈍っているのかもしれません」
テープを避けるようにして、佐加江は手を洞窟の中へと伸ばしてみる。
「……?」
何かが触れたような気がした。ナメクジのような感触だ。驚いて引っ込めた手は、濡れたり汚れたりはしていない。
「……ッ」
洞窟内の温度が異常に低かったことが気になった佐加江が、中を覗き見ようとした瞬間だった。
「佐加江!」
青藍がしっかりと握っていたはずの手が解け、髪を引っ張られた佐加江はテープの隙間を縫うように洞窟の奥へと身体が引きずり込まれる。背後から首を締め上げられ、浅く息をするのも限界なほど苦しかった。
洞窟の中は吐く息が白く肺が凍って痛くなるほど、寒い。
『佐加江、帰って来てくれたんだね』
生温く吐き出される呼吸が、耳たぶを舐めるようだった。
「苦し……、よ。おじさん」
『一人で待っていたんだ、ずっと。村から誰もいなくなって、それでもここでずっと』
首に回った越乃の腕は氷のように冷たく、人と呼ぶには酷い違和感があった。と、佐加江の脳裏に臨場感ある映像が流れ込んで来る。
洞窟の前に張られたテープ越しに見えた雪景色。
雪が溶け、桜の蕾が丸々と膨らみ紅色に染まった枝が、やがて満開の花を咲かせた。そして、代掻きも水も張られなかった田んぼの水路に青々と伸びた香蒲《がま》の穂。
うまく囀る事のできなかった鶯《うぐいす》が歌いはじめ、蜩《ひぐらし》が泣き、木の葉が舞い落ちる音を洞窟で横になりながら聞いた。
そんな鬼治の四季あふれる風景が、まるでその場にいるように見えた。
1
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
君がいないと
夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人
大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。
浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ……
それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮
翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー
* * * * *
こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。
似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑
なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^
2020.05.29
完結しました!
読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま
本当にありがとうございます^ ^
2020.06.27
『SS・ふたりの世界』追加
Twitter↓
@rurunovel
公爵に買われた妻Ωの愛と孤独
金剛@キット
BL
オメガバースです。
ベント子爵家長男、フロルはオメガ男性というだけで、実の父に嫌われ使用人以下の扱いを受ける。
そんなフロルにオウロ公爵ディアマンテが、契約結婚を持ちかける。
跡継ぎの子供を1人産めば後は離婚してその後の生活を保障するという条件で。
フロルは迷わず受け入れ、公爵と秘密の結婚をし、公爵家の別邸… 白亜の邸へと囲われる。
契約結婚のはずなのに、なぜか公爵はフロルを運命の番のように扱い、心も身体もトロトロに溶かされてゆく。 後半からハードな展開アリ。
オメガバース初挑戦作なので、あちこち物語に都合の良い、ゆるゆる設定です。イチャイチャとエロを多めに書きたくて始めました♡ 苦手な方はスルーして下さい。
教科書通りの恋を教えて
山鳩由真
BL
教え子α×先生Ωの禁断の執着愛オメガバース。
「こんな身体で……授業なんてまともにできたの? 発情期じゃないときは、俺以外の子供ともセックスした?」
真面目な中学校教師の郁Ωは、八年ぶりに教え子だった室見αと再会する。
室見は、八年前に“事故”で生涯唯一の番となったαだった。
教え子の室見と関係を持ってしまったことをずっと罪だと思い続けていた郁と、郁を運命の番と信じて思い続けていた室見。
秀麗な青年となった室見は空白の八年間を取り戻すかのように郁との関係を迫るが、次第に明かされる“事故”の真実に郁は……。
※α、β、Ωの誰でも妊娠できる設定のオメガバースです。αが妊娠します。αが妊娠します。
※素敵な表紙イラストはキサラ様(Twitter@shiro_bello)に描いて頂いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる