あやかし百鬼夜行

佐藤紗良

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【6】終章……⑨

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「青藍、見つからないや。……洞窟いこうか」
「ないですか、困りましたね」

「でも、確実に鬼治からだよね」

「佐加江。私たち、マジで番ですね!」
「鬼が『マジ』とか言わないの!」

「使い方、間違ってましたかぁ」

「合ってるけどさ……。青藍がこの世に毒されてチャラ男になったら困る」

 最近覚えた言葉を披露して笑った青藍は庭先で目を閉じ、唇の前に人差し指を立て小さく唇を動かす。

「え……」

 額に瘤ができ、それが次第に伸びていく。身体も一回り大きくなって、着ていた服がパツパツに弾けそうになっている。ぶるっと身ぶるいをした青藍は服こそ、こちらの世界のものだが鬼の姿になった。

「そ、そんな事が出来るんだ!」
「あやかしの姿から人になるのは容易ですが、逆は人の体力では消耗が激しくて。あまりしたくないのですが、先ほどから鬼笛が全く聞こえない上に、あやかしの気配もなくなったのが、どうも妙です。こちらの方が感受性が強いのでーー。コートだけは、はちきれるといけないので脱いでおきましょうね」

「やっぱり……、綺麗だよね」

「惚れ直しますか?」
「うん! ベタ惚れ。ちょっと気になる事があるから、診療所の方も見てくるね」

「佐加江、そう言うことは……」

 滅多にそう言うことを口にしない佐加江には、面と向かって言ってもらいたいものだ、と青藍は佐加江が不貞腐れた時を真似て唇を尖らせ、後をついて行く。

「やっぱり」

 診療所の荒れ具合は、酷いものだった。床にカルテなどが落ち、土足でそれを踏みつけた靴跡がある。金庫は開け放たれ、中は空っぽ。「敏夫の時は冷凍の保存技術が追いついていなかった」と越乃が自慢気に教えてくれた精液保存用の特殊な冷凍庫を開けるが、当然ながら電気は来ておらず、そこに何もなかった。

「おじさんの研究が……。僕の記録も精液もなくなってる」
「それは」
「おじさんが全て持って、ここを出たのかな」

 酷い耳鳴りがしてくる。頭が割れるようで、佐加江は思わず膝をついてしまった。

「鬼治稲荷からです。行ってみましょう、佐加江」
「う、うん」

 仏花を手に稲荷へ急ぐ。いったい誰が、そんな疑問を抱え、耳を抑えながら佐加江は走った。

「絶対に離れてはなりませんよ」

 いつものように甘く手を繋ぐのとは違い、青藍は力を込めて佐加江の手を握っていた。

 久しぶりに見る祠はやはり傷だらけだった。しめ縄が外れた洞窟にはキープアウトの黄色いテープが厳重に張られていた。到底、中へ入れる状態ではない。

「洞窟から聞こえたと思ったのですが、すっかり人に馴染んでしまって感覚が鈍っているのかもしれません」

 テープを避けるようにして、佐加江は手を洞窟の中へと伸ばしてみる。

「……?」

 何かが触れたような気がした。ナメクジのような感触だ。驚いて引っ込めた手は、濡れたり汚れたりはしていない。

「……ッ」

 洞窟内の温度が異常に低かったことが気になった佐加江が、中を覗き見ようとした瞬間だった。

「佐加江!」

 青藍がしっかりと握っていたはずの手が解け、髪を引っ張られた佐加江はテープの隙間を縫うように洞窟の奥へと身体が引きずり込まれる。背後から首を締め上げられ、浅く息をするのも限界なほど苦しかった。

 洞窟の中は吐く息が白く肺が凍って痛くなるほど、寒い。

『佐加江、帰って来てくれたんだね』

 生温く吐き出される呼吸が、耳たぶを舐めるようだった。

「苦し……、よ。おじさん」
『一人で待っていたんだ、ずっと。村から誰もいなくなって、それでもここでずっと』

 首に回った越乃の腕は氷のように冷たく、人と呼ぶには酷い違和感があった。と、佐加江の脳裏に臨場感ある映像が流れ込んで来る。

 洞窟の前に張られたテープ越しに見えた雪景色。

 雪が溶け、桜の蕾が丸々と膨らみ紅色に染まった枝が、やがて満開の花を咲かせた。そして、代掻きも水も張られなかった田んぼの水路に青々と伸びた香蒲《がま》の穂。

 うまく囀る事のできなかった鶯《うぐいす》が歌いはじめ、蜩《ひぐらし》が泣き、木の葉が舞い落ちる音を洞窟で横になりながら聞いた。

 そんな鬼治の四季あふれる風景が、まるでその場にいるように見えた。





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