あやかし百鬼夜行

佐藤紗良

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【4】百鬼夜行……⑱

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「……出るな」

「でも」

「ごめんください」

 キャッキャッとはしゃぐ子供の声が聞こえた。「早く片づけて」と浩太に言い残し、佐加江は土間へ急ぐ。

「さかえしぇんしぇー!!」

 傘を放り投げ、佐加江に勢いよく駆け寄ってきたのは黄色い雨がっぱと同じ色の小さな長靴を履いた太郎だ。インディゴブルーのステンカラーコートを着た父親も雨だと言うのにサングラスをかけ、胸のところでハットを持って土間に立っている。

「太郎君パパ?!」

 驚きつつも微笑んで太郎を抱き上げようとした。が、佐加江は膝からガクっと崩れ落ちてしまった。

「……すみません。こんな情けないところ、お見せして」
「いいえ。体調を崩されて辞められたと聞いたのですが、あまりにも突然で驚きました。熱が出た日のお礼を伝えたくて、ご迷惑だとは思ったのですが散歩がてら来てしまいました」

「雨、大丈夫でしたか」

「太郎は雨が好きなので」

「太郎君、大きくなったね。先生、驚いちゃった」

 土間の上がり框に腰掛けると、膝に乗ってきた太郎にギュウと抱きしめられる。外は大雨だと言うのに太郎の雨がっぱには水滴ひとつ付いていなかった。

「そんなに痩せられて、体調はいかがですか」
「ええ、まあ」

 佐加江は曖昧に答え、作り笑いをした。ここ数週間で環境が変わり過ぎてしまい、園児と歌ったり踊ったりしていたのが、ずいぶんと昔の事のように感じた。

「保育園に送って行くたびに『佐加江先生どこ?』って、太郎に聞かれるんです」

 涙が溢れそうだった。自分で選んだ仕事を精一杯やってきて良かったと思った。

「――二年前。スーツを着た佐加江先生が保育園へ入って行く姿をたまたま見かけたんです。そうしたら太郎が『行ってみたい』と急に言い出して、あの保育園に申し込みしたんです。まさか担任の先生になるとは思っていなくて、太郎は大喜びだったんですよ」

「そうでしたか」

 スーツを着ていたと言うから、就職面接のときだろう。ただ二年前と言ったら、太郎は一歳のはずだ。そんな明確な意思表示をするだろうか。きっと太郎の父親が痩せ細った佐加江を元気づけようと、少し話を誇張したのかもしれない。

「佐加江先生、これを」

 そんな事をふと思った佐加江に渡されたのは、和紙を巻物のように筒状にして紐で綴じられたものだった。

「なんですか」

「ひとまず読んでもらえますか」

 そわそわと落ち着きのない太郎を膝に抱えたパパは、外をじっと眺めている。

 
 言われた通り紐を解き、和紙を広げた。


 するとそこには、佐加江宛ての文が筆で書かれていた。 






 『佐加江へ

 気持ちと言うものは、移ろいやすいものです。

 ここではないどこか遠くの土地へ行き、丙以外の者と仲睦まじく過ごされると良い。

 できるだけ早く、ここを出なさい。

 丙に噛まれなければ大事は起こらず、静かに暮らせるでしょう。
 
 私のような醜い鬼が少しだけ夢を見られた事、とても嬉しく思う。


 ありがとう。


 年老いて彼岸に立つ時、人の世がどんなに素晴らしかったかを、私に教えてください。


 いついつまでもあなたの幸せを願っています』








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