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【4】百鬼夜行……⑬
しおりを挟む「鬼殿。今日で、何日目だ」
「何のことでしょう」
「とぼけるのが上手くなったのう。佐加江が鬼殿を呼ばなくなってだ。わかっておろう」
「人の暦で、七日目でございます」
「お前は心配ではないのか!」
「七日など、私にとっては瞬き程度の幾許もない時でございます」
青藍は屋敷の地下回廊を歩いていた。窓ひとつなくひんやりとした回廊は風も吹かず、本来は真っ暗なのだが、そこには幾千、幾億と言う命の灯火が燃えていた。
粛々と燃える物もあれば、回りを巻き込むほどの激しい炎をあげる物もある。そして、静かに消え行くーー。
青藍は一本の灯火の前で足を止める。
その、蝋燭にも似た炎は弱々しく命を燃やしていた。
「人の気持ちは移ろいやすいものです。天狐様もよくご存知でしょう」
「佐加江の気持ちが移ろった事など、一度もなかったわ」
「天狐様。鬼は、何もできませぬ。千里眼も読心術も持たぬゆえ……。そんな私は、心の拠り所にもなれなかったのかもしれません」
灯火を撫で、回廊をまた歩き始めた青藍は書斎へと戻り、書架にある台帳を手に取って椅子に掛けた。
「佐加江を早くこの世に連れて参れ。最近、稲荷が騒がしい。神事が行われたら大事になるぞ」
「本紋を刻むまで、佐加江はこちらで生きてはいけませぬ」
「お前が毎晩、精を注いでやればよかろう」
最後に会った晩、なぜ佐加江は紋の事を改めて聞いたのか、青藍はずっと考えていた。単に思い過ごしか、あるいは良からぬ事を考えているのか、青藍には佐加江の胸中を知る術はない。
万が一、大事が起こってしまったら一族の中で大罪となる。が、その罪をかぶる覚悟は、とうにできていた。
「ーーたとえば、私があの村で大事が起こることを望んで、呼ばれているのに出て行かぬとしたら」
「何を言うておる」
「人への積年の怨みを晴らすために人を唆《そそのか》し、成就するのを待っているとしたら、天狐様はどうされますか」
「お前は、佐加江を何とも思ってないとでも言うのか。あんなに愛おしげに抱いていたではないか」
「私は、天狐様とは違いますゆえ」
「お前は……、甲を道具として使うな。それでは、あの村の者とやっている事が同じだ」
「何とでも」
「解せぬ」
大きな尻尾を翻し、天狐は青藍に一瞥をくれ書斎をあとにした。と、地下へと続く階段を駆け下りてくる息遣いが聞こえる。
「おや、死神殿。そんなに慌てて如何なされた」
「天狐様ーー。このところ、鬼様の間違いが多ございます。渡された台帳を閻魔様のところへ持って行きましたところ相違がございまして、これで五度目でございます。閻魔様も大変お怒りでございまして……。それに今朝の台帳には何やら甘ったるい文が紛れておりました。天狐様からも鬼殿にご進言くださいませ」
「その文とやら、見せてみろ」
死神が渡してきた文には、確かに青藍の紋が彫られた石印が押されている。いずれは、その紋が主となり佐加江のうなじに刻まれる。
書斎から机上のものを全て振り落すような何やら激しい物音がして、辺りはまた静寂に包まれる。
「お珍しい……。鬼様は、ご機嫌うるわしゅうございませぬか」
「痩せ我慢も度を過ぎると、病になるゆえ。ーーこちらは、我が預かっておこう。善処する」
大事が起こる事を望んでいない青藍の気持ちが書かれた、佐加江を大切に想う気持ちを拗《こじ》らせたような戀文に天狐は笑い、ヒタヒタと階段を上がって行った。
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