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【1】序章……②
しおりを挟む「また、来よる」
「天狐様は、お行きください」
「クク……。あの童は甲であるな。鬼殿が可愛がるのがようわかるわ」
「私はそういうわけでは」
「あの芳しい香りが、我は堪らなく好きでの」
佐加江は、人がせわしなく出入りしている蔵を横目に、茅葺屋根の古い屋敷のある庭を出た。
田んぼのあぜ道を通り、黄金色した穂先を垂らした稲を指先でシャラシャラと撫でながら、イナゴが跳ぶと恐れおののき、真っ赤な鳥居が幾重にも建つ鬼治稲荷へ走る。
六歳にしては身体が小さい佐加江は途中、曼珠沙華を折り、片手に三本づつ花火のような紅い花弁の花を握りしめ、鳥居をくぐった。向かったのは、狐が祀られている社を通り過ぎ、その裏手にひっそりと佇む傷だらけの寂れた小さな祠。
「鬼様、今日もお花とってきました」
昨日、供えた曼珠沙華が枯れている。背後に深い洞窟を背負った祠の扉が細く開いていることに気づいた佐加江は辺りを見回した。
「鬼様!」
社裏の縁に腰掛けながら、天狐と茶をのんびり飲んでいた青藍に向かって、佐加江は蹴られた毬のごとく両手を広げて走ってくる。
「なぜでしょうか。あの童には私の姿が見えてしまうのです。天狐様の結界が強く張られている、この境内であっても」
「見えているのは、霊力の弱い鬼殿だけだ。我は見えておらん」
フワフワの尻尾で青藍の背中をひと撫でした天狐は、姿を消した。
青藍の霊力が弱いのは、耳についた耳とうのせいだ。悪さをしないよう、話をよく聞くよう耳朶に大きな穴が空けられ、太い輪っかが閻魔の手によって産まれた時から付けられている。
「こんにちは! 鬼様」
文字通り一直線に走って来た佐加江は階段でつまずき、顔から転びそうになったところを青藍の腕に抱きとめられた。
「ーーごきげんよう」
「鬼様が、悪いことしか覚えていられないって言うから、お花盗ってきたの。ほら六本も。僕、悪い子でしょう? だから、僕のこと覚えていてくださいね」
「おや、本当だ。お前はとてもとても悪い子ですね。忘れぬよう心に刻まねば」
『僕』と言わなければ、佐加江は色白で口が達者な女児のようだ。
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