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最終章:帝国暦55年と555年の行く末

エピローグ

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【帝国暦55年・リーンの研究所】

 ガシャン!

 ボールが当たった積み木は、当然の様に崩れてバラバラになった。

「と、この様に転生を実行したなら世界が崩壊する。なんせ、禁術とされた時魔術の中でも一番恐ろしい術じゃ」
「未来へ行ってはならない。ならば、どうしますか?」
「ワシ自身が魔王の復活をどうこうするとかは諦める。後世に託すしかあるまい」

 リーン・ルイスは転生術の研究を辞め、ゴンと共に魔法学園の教師となった。そこで魔王との戦いや五百年後の脅威について熱く語り、ヒース、ムネナイ、ゼラチナ、ニコミといった優秀な弟子を育て上げた。

 その後、リーンは帝国暦75年に病死。教師となってから丁度二十年目の事だった。リーンの死は魔術界の損失と嘆かれたが、育成のノウハウはゴンが引き継ぎ、魔族を最後の一人まで殲滅するという強い意志は人々に引き継がれた。その為、魔術は衰退する事無く、更に発展していった。

 帝国暦105年、魔王軍総司令を名乗るゲンという竜人族が人類への降伏を訴えるが、既に魔王軍というものは数十の弱小組織に分解されてしまっており、彼が降伏を主張した所さんで何が変わる訳でも無かった。それでも、一応は首は貰っておこうと処刑の準備に取り掛かると、ゲンは一目散に逃げていった。

 帝国暦155年、無詠唱や精霊術が危険視される風潮が広まった。その結果、人類は更に強力な防衛魔術と破壊魔術を産み出し、無詠唱とかは寧ろ安全と思える高みへと至った。なお、それでも時の魔術だけは決して手出ししてはならないとされた。

 帝国暦205年、暮らしを豊かにする生活魔術が普及。生活魔術は戦闘用魔術から発展して生まれたんだから、より良い暮らしを得るためにもっと戦闘魔術を広め研究しようという考えが普及し、各地で嘗てのリーンの様な歴史を変える天才が誕生した。

 帝国暦255年、魔王戦争を経験した魔族は一名を除き寿命と魔族狩りで死に絶えた。今居る魔族に罪は無いとして、遂に和平が実現したのである。なお、ゲンは和平反対派が集う国際テロ組織のリーダーの座に収まっていた。

 帝国暦305年、国際テロ組織崩壊。長年磨き続けた魔術の的として利用されたテロリスト達は、ゲンを差し出して助命を懇願しようとするが、ゲンは一足先に政府に仲間の居場所を売り渡し逃亡していた。

 帝国暦355年、一人の魔術師が時の魔術とパラレルワールドの関係性についての論文を発表。その成果は、時の精霊を退け五大精霊との繋がりを高める手段として昇華され、人類の生存権は宇宙へと至ろうとしていた。時の魔術?ぜってー使わんよあんなの!

 帝国暦405年、有人ロケットの打ち上げに成功。既にゲンを乗せた動物実験は数十回行われていたが、人を乗せて星を離れたのはこれが初となる。

 帝国暦455年、数多の無人星から資源発掘に成功した人類はエネルギー問題と環境問題解決の為に他の星への移住計画を始めた。魔術によって宇宙空間で生存可能な者も現れ始め、魔王復活まで後百年という伝承など完全に与太話になってしまった。

 帝国暦500年、ステーキ屋のオーナーが自分が魔王の生まれ変わりであり、前世での復活の話は苦し紛れのハッタリだったと謝罪。芸能ニュースを騒がせたが、政治的には何も変化は無かった。魔王の名前を使って悪事を働いていた竜人族が二十二年ぶり八十三回目の逮捕をされたぐらいだ。そんな事より人々が関心を持ったのは、有人惑星の発見である。これを記念し、帝国暦の使用を終了し、新たに宇宙暦が使用される事になった。




【宇宙暦55年・ネオスクランブルハイパープラス魔法学園】

「制限時間一秒!始め!やめ!」

 チュドドドドドーン!

 亜音速で飛び回る的、それの急所を正確に撃ち抜く受験生達、その間実に一秒。受験生達は試験官の求める水準を見事クリアしていた。

 ただ一名を除いて。

「そこ!失格!」
「…はい」

 バート・ナード十五歳。彼は亜音速の的を目で追う事すら出来ない劣等生だった。この魔法学園の受験も何かの奇跡が起こって合格しないかと思って受けた記念受験だったが、奇跡など起こらず最初の的当てで落ちた。

 最終学歴中卒が確定したバートは試験場を去るが、家には帰らず山奥の洞窟へと向かった。

「トカゲのおっさん、生きてるー?」

 洞窟の奥にいるはずの男に声を掛けると、痩せ細った腕を弱々しく振り竜人族の老人が返事をした。

「良かった、生きていたか」
「僕は簡単には死ねないみたいなんだ」

 この老人の名前はゲン。バートが受験勉強のストレスから逃げ出して、この山奥に導かれる様にフラフラと赴いた時に見つけた自称逃亡犯だ。しかし、指名手配中のゲンはゴン総理と同い年のはずだから、もっと若いはずである。だから、別人だと思ったバートは彼を通報せず、食べ物を分け与えた。それ以来、バートは学校や家で嫌な事がある度にここへ来てゲンに愚痴をこぼしていた。


「魔法学園どうだった?」
「やっぱ駄目だった」
「それじゃあ、バートは来年から社会人だね」
「ああ、俺は料理人になる。だから今日も昔の料理教えてくれよ」

 ゲンにバートは食べ物を与え続けていたが、タダで受け取る訳にはいかないとゲンは何かお返しをしようとした。しかし、所持品が何も無いゲンはバートに与えられる物が無いのでこれまでの五百年以上に及ぶ人生を語った。

 ゲンの事をあのゲンだとは信じていないバートでも、中世の料理の話だけは興味を持った。世界各地の隠れ家でご飯をいただきマンモスしてきたゲンの話は、料理人を目指すバートにとって非常に貴重なものとなった。

「トカゲのおっちゃん、俺これから忙しくなるから、多分もうここには来れないわ」
「それでいい。君は一緒に働く人達やお客さんと仲良くし、その人達の為に時間を割くべきだ」

 そう、時間とは有限であり巻き戻る事も無いものだ。だから、大切に使わなければならない。

「おっちゃん、俺は勉強について行けなくて、中学の友達とも全員疎遠になっちまった。ネラーっていう宇宙飛行士になったデブ知ってる?」
「ここにはテレビ無いしニュース見れないんだ」
「そっか、ごめん。そのネラーって俺と同じ中学でまだ十五歳。なのに、自前の魔力だけで大気圏突破出来るんだよ。そいつ、進学はせずに自力でこの星と他の星を往復して金稼ぎしてるみたいなんだ」
「友達だったの?」
「だった。ネラー以外も全員スゲー奴でさ、文字通り俺とは住む世界が違うって奴?…何で俺だけ駄目な奴になってしまったんだろうな」

 バートは涙ぐみ、顔を伏せる。自分には自分の道があると強がっても、周囲から置いていかれた事実は変わらない。この劣等感は今後生涯つきまとうのだろう。

「なあ、おっちゃん。おっちゃんの子供の頃って今より魔術のレベル低かったんだろ?」
「僕の子供の頃、リーン・ルイスっていう天才がいて、そいつの後の時代から人類の魔術はぐんぐんと発達していったよ」
「じゃあ、おっちゃんがちょっとタイムスリップしてリーン倒してきてよ。そんで魔術が衰退すれば、俺も学園で無双出来そうだし」
「いや、それは無理。時の魔術は禁術だし、それ以前に僕は君と同じく魔術はてんで駄目なんだ。それに、僕はリーンに一度も勝った事無い。後さ、五百年前基準でも、それより下の魔術レベルにおいてもバート君は多分落ちこぼれると思うよ」

 そんな事はバートも分かっていた。例えどんな世界でもバートが世界の命運を決める様な最強主人公になる事は無いだろう。魔術に必要な勤勉な精神と反射神経と判断力、それがバートには欠けていた。

「おっちゃん、ネタにマジレスしすぎ。冗談で言っただけだって」
「ごめん、言い過ぎた」
「じゃ、俺は行くから。もし、おっちゃんが逮捕されても俺の事はナイショな!」

 生きるためにバートは歩き出す。彼が中世料理の第一人者となり友人達と対等な地位を得るか、雇われで一生を終えるのか、料理人の道からも転落してゲンの様な末路を迎えるのか、その歴史はまだ確定していない。
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