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第三章:特異点となった男は歴史を動かし始める

第十二話:帝国55年と555年の歴史改変

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【帝国暦555年・魔法学園】

 その惨状を最初に発見したのは教頭だった。警報装置は全て停止され、校舎の壁のあちこちに魔王軍を名乗る落書き。そこまでならまだ良かったのだが、一番大きな落書きの横に立て掛けられたフリンの焼死体が教頭の頭を悩ませた。

「なんという事だ。今更魔王軍を名乗る馬鹿はどうでも良いが、私が教頭として勤務する学園で生徒が変死するなんて!ああ、こんな事なら私も入学式の後に退職しておけば良かった!」

 変に意地を張った結果、面倒事に巻き込まれ責任を取らされそうになった教頭は、とんでも無い行動に出る。そう、証拠隠滅である。

「そうだ、この死体を隠してしまえば春先の頭のおかしい集団のイタズラだけが残る!確か、この生徒は私のカツラを焼き尽くした生徒と最近よくつるんでいたな。名前は、えーと」
「フリンじゃ」
「そう、バートと放課後一緒に居た、フリン・アラモードだ!この子には悪いが、死体を暫く隠して、落書き騒動が収まってきた頃にバートの実家の傍で発見させよう!上手く行けば目障りな奴らを退学に追い込めて一石二鳥!」
「中々面白い事を考えるのう」
「ヒィッ、バート・ナード!」

 自分に話しかけてきたのがバート(リーン)であると知るやいなや教頭は泡を吹いて気絶した。

「ふん、この半端者が。他人に罪を擦り付ける覚悟があるなら、もっと堂々とせんかい。しかし、まさかワシの気が緩んでいる間にこんな事態になるとはのう」

 昨夜の校内での出来事、優秀な魔術師ならば現場の方に注意が向きさえすれば気付くことが出来た。そして、現時点ではリーンとゴンのみがその可能性を持っ魔術師だったが、昨夜リーンはゴンと一緒の布団で寝ながら55年に何があったかを聞いていたから外の事など気付けなかったのだった。

 その後、見回りに来ていた教頭、フリンの事を思い出し彼の安否を確認しに早目に登校したリーンに続き、いつも通りの時間に学園に来た生徒や教師達も壁の文字と死体を見て悲鳴を上げていく。

「えー、残念な事にこのクラスの仲間であるフリン君が本日早朝変わり果てた姿で発見されました。校舎の壁に書かれた文章との関係はまだ判明していません。今日から学園は無期限で休校、皆さんは必ず三人以上でそれぞれの実家にお戻り下さい。それと、不確定な情報を鵜呑みにして魔族の人達への嫌がらせ等は決してしないで下さい」

  ゴンの説明が終わると、生徒の殆どが不安を顔に出しながら次々と帰っていき、教室にはリーンとゴンだけが残った。

「レーゼさんと変態三銃士の二人も帰らせましたが、良かったのですか?」
「あいつら相当ショックを受けとったからのう。実力は過去の魔術師のそれに近くとも、あれではこれからの戦力にはならん」

 これなら、もっと早く魔族殺しとかをさせて死に慣れさせておくべきだったとリーンは後悔する。

「ま、過ぎたものはしょうがないわ。フリンの死は決して無駄では無い。なんせ、この時代に魔王軍が再起するという説が実証されたのじゃからな」
「では、やはりあの文章を描いたのが現在の魔王軍とお考えなのですね」
「他に誰がおる?ゴン、メシ頼めるか?明日から本格的に魔王軍のアジト探しじゃ」

 その日、リーンはゴンが用意したこの時代のご馳走と名酒を次から次にたいらげ、夕方ごろにぐっすりと眠った。そして翌日、窓を叩く音で彼は目覚めた。

「おーい、馬鹿金髪起きろやー、学校遅刻するでー」

 窓を叩いていたのはレーゼだった。昨日と違い、顔にショックの跡は見られない。

「なんじゃレーゼ、確か学園は休校になったじゃろ?」
「あんな落書き程度で休校になるかい!人が死んだ訳でもあるまいし」
「む?」

 何か言っている事がおかしい。もしやフリンの突然の死亡にショックを受けて、自身の記憶を書き換えてしまっているのではないかとリーンは思った。

 フリンが死んだのは深夜まで校内に居たからであり、その原因を作ったレーゼが責任を感じておかしくなってしまっても不思議では無い。

「レーゼよ、気をしっかり持て。悪いのは魔族じゃ。フリンの死にお前が責任を感じる事は無い」
「フリンって誰やねん。つーか、酒臭っ!お前、酒飲みすぎやぞ。せやから、発言おかしなっとるんやな」
「いや、おかしくなっとるのはお前じゃ。ええい、埒があかんわ。おい、ゴン!お前もこの小娘に現実を教えてや…おらん」

 昨日一緒に酒盛りして一緒に寝ていたはずのゴンは部屋に居なかった。代わりに、学園での業務があるので先に行くという書き置きが残されていた。

「これは、つまり学園が通常営業しておるのか?」
「さっきからそう言っとるやろがい!さてはお前、日曜と勘違いしとったな?ほら、はよ行くで」

 一晩経ったら、まるでフリンの死など無かったかの様に振る舞うレーゼにゴンに学園。元気なのは良いことだが、一体どういう事なのか。

「変態三銃士?そりゃ私とネラーとお代官様の事でしょう」
「おっおっお、昨日はどっかのDQNが落書きしたおかげで休校になってラッキーだったお!」
「リーン様、昨日は大変でしたね。え?机が足りないですか?最初からこのクラスの人数はこうでしたが…」

 校内で話を聞いて回ったが、皆がフリンの死を無かった事にしている。いや、そもそもフリンなぞ居なかった様に行動していた。

「もしや、アイツの仕業か」

 リーンの脳内で一番の容疑者が浮かび上がる。そのハゲのいる職員室に向かい、頭を掴んで即冷凍。

「ちべたいぃぃぃー!」
「貴様ー!学園関係者全員に暗示の魔術を掛けたなー!」
「お前じゃあるまいし、そんな事出来るかー!」
「ワシもそこまでは出来んわー!じゃが、貴様昨日死体見たじゃろがー!」
「し、死体?私は落書きを消そうとしただけだー!」

 教頭も昨日の事はフリンに関する事だけ忘れていた。リーンは教頭の冷凍を解除し、考え込む。

「これは、どういう事じゃ。魔王の仕業か?いや、アイツにこの様な術は使えんかった。一体フリン・アラモードはどこに…」
「アラモードだと?五百年前に断絶した貴族が落書き騒動に関係あるのかね?」
「断絶、じゃと?」
「何だ、案外不勉強だな君も。歴史の教科書に書いてあるだろ」

 リーンはカバンから歴史の教科書を取り出す。入学後に一度目を通して内容は全部記憶したはずのそれには、彼の知らない記述があった。

『帝国暦55年、大賢者リーン・ルイスの息子バート・ルイスは学生の身でありながら魔王軍残党狩りに積極的に参加し、バルサミコス家、ミソ家、サケカス家の跡取りらと共に大戦果を挙げた。しかし、この戦いの中でアラモード家の長女が死亡。それによりアラモード家は歴史から消える事となった』

「なんじゃこりゃあ」
「君ぃ、自分の名前の由来になった英雄バートの名前ぐらい覚えておきたまえよ」
「五月蠅い、ちょっと黙っとれ」
「熱っう!」

 教頭の頭を焼き職員室を去り保健室へ向かう。日報を書いているゴンに駆け寄り、リーンは今分かる範囲での異常を伝えた。

「ゴン、歴史がリアルタイムで書き換えられとる。バートのせいじゃ」
「え…、どういう事ですか?」
「ワシが過去に飛ばしたガキが色々いらん事をして、その結果がこの未来に反映され続けとるんじゃ。つまり…」
「つまり?」
「過去に飛んだ奴のせいで今が変わる。まあ、そこまでは良い。じゃが、変化が未だ続いておる。そして、それに気付いておるのはこの時代では恐らくワシだけじゃ」

 リーンは全ての魔術に精通している。だからこそ、他の大精霊から孤立している時の大精霊はリーンに全てを伝えてはいなかった。歴史が刻一刻と変わり続けるこの事態。それの原因と対処の方法にリーンが辿り着くにはまだ時間と検証が必要だった。


【帝国暦55年・魔法学園】

「バート君、あーそーぼッス」

 日曜日、学生寮の窓をコンコン叩く音がしたので開けてみたら、案の定ヒースがそこにいた。

「ヒースか。上がってけ」

 ヒースが玄関に回るまでの間に、バートは素早くズボンとパンツを脱ぎ、リラックスモードから対人モードへと切り替える。

「お邪魔するッス」
「おう、朝ご飯の余りだけど、これ食ってみる?」

 バートはヒースに自作の料理を差し出す。元々は勉強からの逃避の為に始めた料理だったが、この時代の食事が体調悪化を引き起こすレベルで口に合わなかったので毎日自炊していた結果、料理の腕は着実に上達していった。

「頂きますッス。ハフハフ、うんめえ~」
「ゴンが学校の仕事があるからって殆ど食べずに出ていっちゃってさ。処理に困ってたんだ.。で、何で遊ぶんだ?」
「魔王軍の残党のアジトが見つかったから、狩りに行こうッス」
「そうか、帰れ」

 ヒースを玄関の外へ押し出し、ドアを閉める。もろちんヒースが素直に帰るはずも無く、ドアのノック音と抗議の声が聞こえて来た。

「えー、何でッスかー?俺、バート君と背中預けあって魔族を肉片にしたいッスよー!バート君の実戦をこの目で見たいッスよー。魔族殺せば学校の成績にも加点されるんスよー」

 バートの全身から汗が流れ落ちる。今の自分では、魔族とやりあったら弱い事がバレる。というか、200%殺される。生きるために必死な魔王軍残党に殺されるのが100%、失望したヒースにも殺される可能性が100%で合計200%だ。ゴンがここに居ない以上、バート自身が上手く断る理由を考えないといけない。

【選択肢】
1.デートの約束があるから駄目と断る。
2.男同士で出掛けても楽しくないと言って断る。
3.俺は弱者は相手にせんと言って断る。

 バートの脳内に人生を左右する選択肢が発生した。悩んだ末にバートが出した答えは…、1。

「あー、えっと、えっとさ、今日は駄目なんだヒース。予定が、そう予定があって」
「さっきまで、すげぇ暇そうだったッスよ?」
「お前に朝飯おごる暇はあっても、魔族狩りする程の暇は無かったの!お昼前ぐらいから、お出かけする予定だったんだよ!」
「誰と?ゴン先生はお仕事のはずッスよね?」
「そ、それは」

 咄嗟の嘘がバレそうになって言葉に詰まっていると、突如背後からコンコンと窓を叩く音がした。

「バートくん、あーそーぼ」
「ぜ、ゼラチナ!」

 ゼラチナもまた何をしてくるか分からない恐怖の対象ではあるのだが、ヒースの誘いを断るには渡りに船。バートには今の彼女が救いの女神に見えた。

「ヒース、そーゆー訳だ。俺は彼女とヤボ用かあってな。俺達お互いガキじゃないんだし分かるだろ?」
「そーゆー事ッスね。悪かったッス」

 男女の関係を匂わせると、ヒースはいそいそと出ていき、入れ替わりにゼラチナが部屋にインした。

「突然訪問して悪かったな」
「いや、ヒースがしつこくってさ、あいつを帰らせたかったからお前が来てくれて助かった。それで、ユーは何をしにこの部屋に?」
「うむ、実は今日の昼からサーカスが開催されるのでな。一緒に見に行かないか?」
「イクイクー!」

 ヒースをお帰りさせてまで招き入れてしまった手前、断る事は出来ないし、危険が無い一日が確定するなら嬉しいことこの上ない。そして、バートはゼラチナぐらいのバストサイズと距離感の女性が好きだった。レーゼはグイグイ来すぎだし、ゴンは塩対応過ぎる。

 手を繋ぎウキウキ気分で歩く事数十分間。獣道を進み崖を登り辿り着いた先は朽ち果てた砦だった。

「あのー、ゼラチナさん?ここはドコデスカ?」
「最近見つかった魔王軍残党のアジトに決まってるじゃないか!さあ、サーカスが始まるぞ!主演は私と君で、演目は魔族百人斬りだ!」
「騙したなあぁぁぁ!!!」

 結局魔族狩りに来る羽目になったバート。だが、彼の不幸はここからだった。この後、彼は自らの選択の結果と未来を知り後悔する事になる。
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