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第三章:特異点となった男は歴史を動かし始める

第十話:帝国暦55年と555年のビーム

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【帝国暦55年・魔法学園の学生寮】

「ハァ!」

 ブッ

「も、もう駄目だぁ~」

 今日も二秒でしのぶは消える。これでは、命令を下す事も出来ない。

 自分に時の大精霊がついていると知ってから数日、バートは変わった。積極的に訓練をする様になった。だが、その成果は全く現れない。マッチョなオッサンをどこからともなく召喚して、敵を数秒呆然とさせた後力尽きる。これが今のバートに出来る全てだった。

「ドラえご~ん、何とかして~」
「変な渾名で呼ばないで下さい。しかし、バート様は本当に頭が悪いですよね。大精霊をそのままの姿で出したら燃費が悪いのは当然でしょう」

 ガーディアン召喚術の魔力消費は、精霊の力をどの姿とサイズで出し、自分とどれだけ離れているたかで変化する。今バートがやっている等身大の大精霊をそのまんま外部に出すのは一番消耗が大きい。

「ガーディアン召喚と言うものは、最初はスライム状の不定形のものを身体に纏い用途に応じて攻防に使い、上級者はその力を巨大な獣の姿で出現させます」
「ヒースのサラマンダーちゃんとかだな」
「はい、そして十メートル以上の獣として召喚出来るのはリーン様や一部の天才だけです。そして、更にその上の技術として大精霊をそのままの姿で召喚するものがありますが、実戦でこれを有効活用した人物は存在しません」
「なんだ、リーンでも大精霊の力百パー使えないんだ」

 スカーン!

「ゲロイム!」

 ゴンのハイキックが顔面クリーンヒット。仮面を着用していなったら、鼻や頬骨が砕かれていた。

「たとえバート様でもリーン様を侮辱する事は許しませんよ?」
「ごめんちゃい」
「リーン様はやれないのではなくやらないのです。あの人なら時の大精霊以外の大精霊を全員同時に完全状態で召喚可能です。しかし、それはしないのです」
「何でぇ?あ、さっき言った燃費の話か」
「燃費や味方への損害も理由の一つですが、最大の理由はその技を放つに値する相手が居なかったからです。魔王ですら、リーン様が全力を出す必要が無かった」
    
 この話を聞いて、バートはリーンが転生に拘った理由を少し理解出来た。

「つまり、俺と同じだったんだな」
「どういう事ですか?」
「同レベルが居ない事の孤独。それが嫌で自分の世界から逃げ出したんだ」
「いえ、一緒にしないで下さい。リーン様が汚れます。話を戻しますが、バート様は無駄に燃費の悪いやり方を基礎が出来ていない状態でしているのです」

 今のバートはドラクエのベビーサタンやプチヒーローと同じ状態。何の努力も無しに究極奥義を覚えてしまったが故に、見掛け倒しの雑魚さに磨きがかかってしまっていた。

「分かったよ、そんじゃあ魔力あまり使わない方の召喚やるから、やり方教えて」
「では、使いたい属性に合った印を結び、心の中てま大精霊に呼びかけて下さい。そうする事でまだ見ぬ大精霊との距離を縮めつつ、その大精霊の力の一部を借りる事が出来るはずです」

 ゴンに言われた通りに、精霊達に呼びかけてみる。

(火の大精霊よその存在を私に教えて下さ)
(させませんぞおおおお!!!)

 頭の中でしのぶが邪魔してきた。

(せっかく他の精霊の力が働いていない快適スペースだったのに、それを崩すなんてとんでもないですぞ!他の精霊の力は届き次第しのぶがペイっしますぞ!)
(ええー!それじゃあ、燃費いい精霊魔術は俺一生使えないじゃん!)
(ご安心くだされ御主人様!これまで吾輩常にフルパワーでしたが、御主人様が願うならば不定形や獣の姿もなってみせますぞー!)

 バートは初級時魔術を覚えた!しのぶとの対話を終えたバートはウッキウキでゴンに話し掛ける。

「ゴン、いいニュースと悪いニュースがあるんだけど」
「キモいからさっさと結論を言って下さい」
「あっハイ。俺の中に居るしのぶが他属性の使用禁止してきた。その代わり、時魔術のコスパいいやーつは使える様にしてくれたよ。善は急げ。早速使ってみるぞ!」

 バートは時の印を結び、気持ち抑えめに叫ぶ。

「ハッ」

 プッ

 小さな屁と同時に、真っ黒な光線が手から放たれた。黒い光線は赤ん坊がハイハイするぐらいの速度で真っ直ぐ進んでいる。

「どうだーっ、見たことないビームが出たぞゴン!これに当たるとどうなるか、俺にもわからん!うわーん、どうしよう?」
「お任せ下さい」

 ビームの処理に困ったバートはゴンに助けを求める。ゴンは鏡を出してビームを反射させてバートに当てる事で処理した。

「くわー!身体が~、ゆ・っ・く・り・に・なっ・てゆ、戻ったぁー!」

 ビームを喰らったバートはスローモーションでぶっ飛びながら、数秒空中を漂い、その後等速に戻り床に頭から落ちた。

「どうやら当たった相手に多少のダメージと動きを遅くする効果を与える様ですね。この魔術はスロウビームと名付けましょう」
「俺の魔術なのに、勝手に名付けられた!」
「バート様、貴方は今日からこの技を磨き続けて下さい。人前で余裕で出せるぐらいに。そうしたら私がめっちゃ褒めてスゴイ技と信じ込ませます」

 こうして、歴史上初めての時の魔術スロウビームが誕生した。これが後の世にどの様な影響を与えるか、バートがそれを知るのは遙か未来の事となる。

【帝国暦555年・魔法学園】

「出会え、出会え、もひとつ出会えーい!」
「やめんかムライ、そんな戦い方ではすぐに魔力が尽きる」

 小型犬サイズの雷獣を何匹も出すムライを見て、リーンは呆れる。ガーディアン召喚は、その様に使うものではない。ムライは召喚した物体を偵察や足止めに使おうとしている様だが、そんなものは普通の魔術でやればよい。リーンはそう考えていた。

「ヒッヒッヒ、お代官様にはお代官様の、あたしにはあたしのやり方があるんですよ」
「そこまで言うのなら、その小型ガーディアンを維持したまま、他の者と戦ってみよ。直ぐに息切れして間違いに気付くじゃろ」
「では、ネラー殿と一戦致しましょう。ネラー殿~!拙者がお相手致す~!」
「呼んだかお~?」

 ガションがションがション

 ネラーは土の鎧を全身に纏いながら歩いてきた。あまりの魔力の浪費ぶりに、リーンは即座にブチ切れて土兜の上から頭を掴む。

「このたわけがー!」
「だおー!?兜でガードしてるのに痛いんだおー!」
「貴様といいムライといい、魔力の無駄遣いしすぎじゃ!ガーディアン召喚術というのは必要に応じて出す!長くても数秒で消す!そうせんと、すぐに魔力が無くなり何も出来なくなるんじゃ!」

 入学式以来、久しぶりに切れ散らかしたリーンだったが、ネラーもムライも怖じけ付かず、自分のやり方を曲げなかった。

「お代官様、取り敢えずワタシらの戦いを実際に見て判断して下さい」
「そうだお。ネラーは予め召喚したらいいんじゃね?と思ってこのやり方に落ち着いたのだお」
「そうか、ならそのまま戦って、間違いに気づけ」

 と、言う訳でムライとネラーの模擬戦が行われる事になった。

「かかれーい!」

 小さな雷獣をけしかけるムライ。

「この程度、さっきのバートのアイアンクローに比べたら何ともないお!」
    
 全身の土鎧で雷獣の突進や牙を耐えながら接近するネラー。勝負は膠着状態になった。お互い相手を倒す攻撃手段が無いからだ。

 そして、ガーディアン出しっぱなしのまま十五分が経過した!

「うわぁぁぁん、疲れたもおおおん」
「人生楽ありゃ苦も…とはこの事ですな」

 二人とも、肩で息をして疲労困憊と言った様子。それを見てリーンは首を傾げた。

「いや、おかしい」
「ぬうっ?」
「だおっ?」
「お前等なんでまだ立ってられるんじゃ?」

 ムライとネラーの状態は、リーンの知る常識の外にあった。二人共疲れてはいるが、まだガーディアン召喚を維持している。普通なら気絶しているか、ガーディアンを消していないおかしい状況だ。

「ネラー、ちょっと頭を貸せ」

 彼らのガーディアンが燃費重視の中身スカスカ状態なのではないか、そう考えたリーンは再度ネラーの土兜にアイアンクローする。

「アダダダダ」
「ふむ、未熟な魔術故に防御は甘いが、中身はしっかり詰まっておる。つまり、消耗量は変わらぬはず。のうネラーよ、お前ワシに内緒でドーピングとかしとらんか?」

 術の消費量に異常は無い。となると、考えられるのは魔力量が半端なく多いか、疲労を無視して魔術を維持しているか、つまりはドーピングの可能性だ。

「強くなりたくばドーピングの類は使っても良いとワシは考えておる。じゃが、お主らはまだまだ基本が出来ておらん。そんな状態で邪法に染まれば成長も頭打ちとなり、余命も削られる」
「いや、ネラーは毎日美味しいごはん食べて勉強して寝ているだけだお?」
「拙者も右に同じ」

 リーンの予想またもや外れる。こうなると残る可能性は一つだけ。即ち、彼らはリーンの常識の範囲以上に魔力量がある。そういう事になる。

「ばんなそかな、いや、この時代の奴らは魔術に無知ではあるが、魔力量についてはきちんと調べてはいなかったのう」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだお?バートもガーディアン出しっぱなしにしてみるんだお!」
「う、うむ」

 リーンも二人に習い、大型フェンリルを出してそのままにしてみる。すると、何分経っても魔力切れにはならなかった。

「ホアー!やっぱバートは凄いんだお!強いお!基礎出力がヤバイお!」
「入学試験の時から差は縮んだと思いましたが…やはり御代官様とレーゼ殿はモノが違いますな」
「ワシの身体、というか、この落ちこぼれの身体というか、こいつらどうなっとるんじゃ…、あ、そう言えば今日はレーゼとフリンの姿が見えんのう。あいつらは?」

 リーンの問いかけに対し、ムライは屋上を、ネラーは真上を指した。

 屋上の方を見ると、レーゼがもの凄い速度で印を組み換えながら、空に向かって六色の光線を放っていた。

「いくでいくでいくでいくでぇー!」

 恐らくムライとネラーが戦っている間、あるいはそれより前から続けていたのだろう。レーゼが汗だくなのが遠く離れた場所からでも分かる。

「レーゼの奴、既に五属性の大精霊の力をものにしつつあるのか」
「いえ、六属性ですね」

 いつの間にかリーンの横に立っていたゴンが腕に胸を押し付けながら訂正する。

「彼女が他の属性に混ぜて放っている黒いビーム。あれは、当たった相手の動きを一定時間遅くする時の魔術です」
「えっ、ナニソレ」
「リーン様のその肉体の持ち主が500年前に転生した後開発したものです」

 初耳だった。必要無いと思い、ゴンとバートがどんな風に生きてきたかは聞いて来なかったが、有用な魔術に関するネタがあるのなら詳しく聞かなければならない。

「レーゼさんには全ての属性の才能があったから、もしかしたら使えるかなと思い教えたら案の定です」
「ゴン、あの魔術について、というか、バート・ナードについて教えてくれんか?ワシのホムンクルスに入った男は500年前の時代で何を成した?」
「ふふ、リーン様がお聞きになりたいのなら、今夜お酒を飲みながらどうです?」

 ゴンが胸をいつそう強く押し付けてくる。これは、一回抱いてやらねば話してくれそうに無い。

「分かった分かった。今夜は飲みながら昔の話をしよう」

 この時代の人間の事、バート・ナードの事、ゴンの事、再整理しなければならない情報は多い。魔王軍が動く前に準備はいくらやっても足りないぐらいだ。今日はゴンとの情報共有に専念したい。そう思ったリーンは、本日の特訓の終了を告げ、人目を避けながらゴンと共に隠れ家へと向かった。


「だ・れ・か・ー!」

 レーゼの六属性無限コンボで空へと打ち上げられたフリンは、皆から忘れ去られたまま空中を漂っていた。

 
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