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第二章:人生は生まれた環境と育った環境で決まるが、今の環境で変える事もできる。

第七話:帝国暦55年と555年の暗躍者

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【帝国暦55年・保健室】

 バートは自分に何が起こっていたのかを、ゆっくりと思い出していた。
 指見式をやった。何も起きないのを逆手に取り、全属性が完全にカンストし調和しているみたいな事をゴンが言ってくれた。調子こいて屁をこいていたら何かが頭の上に落ちてきた。

 そう、あれは時計だ。教室に飾られていた円形の掛時計がバートの頭の上に落ち、気絶した。

 そして、保健室で目を覚ましたバートは鏡を見ていた。

「いや、こうはならんだろ」

 保健室の鏡には、正面に時計盤が描かれたフルフェイスメットをしたフルチンの男が映されていた。

「なっとるでしょうが」
「いや、こうはならんだろ。あの掛時計、こんなデザインじゃなかったし、俺の頭がスッポリ入る程でかくも無かった。ゴン、お前が何かしたのか?」
「いいえ、これはバート様の魔術が発動した結果です」

 ゴンは右手にトンカチ、左手にドライバーを持っていた。明らかにこいつが犯人だ。

「ゴン、お前だったのか」
「はい、私がそのヘルメット被せましたよ」
「何でぇ?」
「だって、バート様嘘付いてる時いつも汗ダラダラで変顔しているから、いつ雑魚だとバレるかヒヤヒヤものなんですよ。丁度良い機会ですし、これからはその仮面で顔を隠していて下さい」

 確かにこの仮面は一種のダークヒーローめいたカッコよさがあるかも知れない。たが、人前で四六時中被っているのは辛い所さんだ。バートは素顔を晒して練り歩くタイプの変態なので、こういった被り物は若干苦手なのだった。

「取り敢えず、頭の怪我とか確認したいから一旦この仮面外すぞ。ふんっ」

 グイグイ

「ふんっ」

 グイグイ

「ふんっ」

 グイグイ ブッ

「取れん」
「バート様、大賢者の血を引く設定が崩れますので、人前のオナラは控えて下さい」
「このヘルメット取れないんですけど?」
「勝手に外されたら困りますので、魔術でロックしました。ちなみに、そのヘルメットは補助魔術で強化したミスリルです。バート様がこの時代基準で一人前の魔術師になれば鍵を開くなり壊すなり出来る設計ですよ」

 つまり、今のバートではゴンの許可が無い限り頭を洗うことも出来ない状況という事だ。

「こんなんやだー!自由にシャンプーしてえー!」
「シャンプーって何ですか?」
「お前中世の人間かよ!中世の竜人族だったわ!」
「ハイハイ、元気になったみたいですし、授業に戻りますよ」

 二人で教室に戻り授業再開。謎の時計仮面を見て生徒達に動揺が走るが、ヒースだけは直ぐに気付いた。

「先生。こいつ、バート君ッス?」
「そうです。良く分かりましたね」
「チンチン右曲がりだし、魔力を感じなかったからッス」
「成歩堂」

 ヒースとゴンの会話の間、バートは終始無言だった。教室に入ったら、合図するまで黙っていろとゴンに言われていたからだ。
 
「さて、指見式も自己紹介も終わりましたので、次は実際にガーディアンを召喚して貰いますここに居る皆さんは、当然ガーディアン召喚が可能ですよね?では、今度は成績の良い生徒から順番に、時分が今出せるマックスパゥワーを披露して貰います」

 成績の良い順。つまり、今度はいきなりバートからだ。しかし、バートは当然ガーディアン召喚なんて使えない。もし、仮面が無かったら、バートはアホ顔ダブルピースで全てを白状していただろう。

 幸い、今はゴンに着けられた仮面と黙秘命令があるおかげで余裕のダブルピースをしている風に周囲には映っていたが、バートの脳内ではピンチが群れを形成して廊下を練り歩いて迫って来ていた。

「という訳でまずはバート様」
「…!」

 名前を呼ばれてビクッとなるバート。

「ですが、バート様は頭に時計が当たって保健室で検査した後に、既にガーディアンを召喚し終わっていました」
「!?」

 そーなの!?と言いたかったが声が出なかった。どうやら、暗示の魔術により声を出せなくされている様だ。これから実行するハッタリはゴン一世一代の大勝負。アホのバートが余計な事を言わない様に抜かりは無かった。

「もうガーディアンを召喚したッスか…、ま、まさか」
「流石ですねヒース君。そう、この仮面こそがバート様のガーディアンです」

 教室にざわめきが走る。バートの装着している仮面はどう考えてもガーディアンだとは思えなかったからだ。

 ガーディアンは精霊から借りた力の具現化。故に、その見た目は透明に近く、一流の魔術師でも召喚から数十秒もすればガーディアンは霧散してしまう。だが、目の前の仮面は確実に物質としてバートの頭に覆いかぶさっており、既に五分が経過しているのに完全な姿を維持していた。

「皆さんお静かに。言いたい事は分かります。バート様の仮面がとてもガーディアンのそれには見えないと」

 うんうんと頷くクラスの全生徒(バート含む)。

「これには二つの理由があります。一つはバート様が全ての大精霊と最高の関係を結んでいる事。これは指見式で確認しましたね?」

 それに異論を挟む者は居なかった。バートの指見式の結果は完全な無。特定の属性への偏りは見られなかった。

「そしてもう一つの理由、バート様が使役している力は火でも水でも他の五大属性のどれでもありません。六番目の属性、幻と言われていた時の大精霊との契約により得た力なのです」

 学生達も噂程度には聞いてはいた。大賢者リーンが人々の前から姿を消す前、時を操る術の研究に没頭していたらしい。そして、その噂は本当だった。リーンは時の大精霊との契約方法を見出し、息子であるバートがそれを完成させたのだ。そう考えると色々と辻褄が合う。合ってしまう。

「ですよね、バート様ぁ!」
「?」
「で、す、よ、ね、バート様ぁ!」
「あ」

 声が出た。どうやらもう喋っていいみたいだとバートは気付いた。

「で!す!よ!ね!バート様!!ソウダトイエ」
「そ、そ、そ」
「バート様?ハヨイエ」
「そうだぁ!お、俺はお前らが使えない時属性の力で半永久的に実体のあるガーディアンで身体を守れるのさ!」

 バートが両手を広げて腰を振りながらハッタリをかますと、生徒達は無表情でバートをじーっと見つめてきた。これはアカン。流石に無理があったかとバートもゴンも諦めかけた次の瞬間。

 パチパチパチパチ

 スタンディングオベーション発動!バートは拍手の海に包まれた!

「光の大精霊の対になる存在がいるとは以前から言われていたが、その存在を実証するだけでなく契約までしていたとは!」
「やはり貴様はモノが違う!その血筋、力ずくで我が物にしたいのう!グヘヘへ」
「この様な天才と同じクラスで授業を受けられるとは光栄の極み!」
「よーし、皆でバート君を胴上げッスよー!」

 クラスメイト達にワッショイワッショイされながらも、バートに喜びは一切無い。バートの脳内では、廊下を練り歩いていたピンチ達が高笑いを上げながらムクムクと巨大化して迫ってきていた。

「力が欲しい…こいつら全員引っぱたいて、現代に自力で帰って大賢者リーンも殴れる力が欲しい…」

 仮面の下でバートは泣いていた。


【帝国暦555年・????】

 ここは現魔王軍の秘密のアジト。山をくり抜いて作られたそれは、リーンの隠れ家と非常に似通っていた。

「諸君、この500年よく耐え忍んでくれた!間もなく我ら魔族の時代が訪れる!」

 アジトの中では額に角を生やした男が熱弁を振るっていた。彼の名前はゲン。魔王不在の500年間、組織の代表代理として務め続けた竜人族だ。

「過去の大戦で我らは人類の数と力に敗北した。しかし、時代を経て人類は錆びついて鈍っていった。我らを苦しめた数々の魔術はもう存在しない!」
「「「存在しない!!!」」」

 演説に心動かされた魔族達が、ゲンの言葉を復唱する。


「あの忌まわしき無詠唱!」
「「「無詠唱!!!」」」
「戦場を蹂躙したガーディアン!」
「「「ガーディアン!!!」」」
「死ななきゃ安い再生魔術!」
「「「再生魔術!」」」
「楽しかった修学旅行!」
「「「修学旅行!!!」」」
「女湯覗いて確認したら、ゴンのオッパイまな板でした!」
「「「まな板でした!!!」」」
「僕達、私達は、本日より人類への侵略を再開します!」

 演説を終えたゲンは一礼をすると端っこの方に移動し、もう一人の代表代理に声を掛ける。

「時の魔導師どの、出番です」
「…」

 ゲンは仮面を着けた男に出番を伝えるが、返事は無い。

「魔導師どのー?もしもーし」
「…」

 椅子に座ったまま微動だにしない仮面の男。

「あーっ、ボン・キュッ・ボンなサキュバスがブラを外して振り回してる!」
「ええー!どこどこー?」

 仮面の男はズボンの上からチンポジを直しながら立ち上がり確認するが、この会場にはそもそもサキュバスなんて居なかった。

「ゲン、騙したな」
「大事な出陣式の最中に居眠りしてるあんたが悪い」
「ね、寝てねーし、ゲンの演説ちゃんと聞いてたし!」
 
 男は自分の仮面をコンコンと叩き、起きてましたとアピールするが、時計盤が描かれた仮面の奥でどんな顔をしていたかは誰にも分からない。

「ハイハイ、言い訳はもう良いですから演説行っちゃって下さい」
「分かった分かった。えー、皆さんコニチハ。知ってる人は知っている、知らない人は覚えてね。俺が噂の時の魔導師、さっき演説していたゲン将軍の親友で、一応魔王軍の参謀してまーす」

 魔族達が時の魔導師に対し不安気な視線を向ける。本名も素顔も隠したまま自分達の上司になった男だ。しかも、多分人間である。こいつが何を考えているか、何故人間なのに数百年間魔王軍に在籍しているのか、それは誰にも分からない。

 だが、この男は数々の成果を見せつけてきた。人類の衰退も、表向きの停戦も、このアジトを快適な空間にビフォーアフターしたのも全てこの男が裏で糸を引いていた。魔王軍の実質トップで最年長のゲンがそう言うのだから、部下達は信じるしか無かった。
 
 そして、この時の魔導師クッソ強い。今から約500年前、まだ再建中だった魔王軍アジトに単身乗り込んできて、当時の幹部を壊滅させた後に「参謀にしてちょ」と売り込んできたのだ。当時を知る最後の生き残りであるゲンがそう言ってるのだから信じるしか無い。

「まー言いたい事は大体ゲンが言ってしまったしー、俺からは一つだけ新ニュースを」

 時の魔導師は咳払いをするジェスチャーをした後、チンポジを直しながらこう告げた。

「魔王を倒した大賢者リーンは、転生してこの時代に来ている。俺が魔王軍に入ったのは、この時代で奴を倒す為だ」

 それは、彼が魔王軍に入ってから初めて発する真剣な声色だった。魔族達はこの言葉を信じるより他無かった。
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