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第二章:人生は生まれた環境と育った環境で決まるが、今の環境で変える事もできる。

第五話:帝国暦55年と555 年の学園デビュー

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【帝国暦555年・魔法学園体育館】

「えー、新入生の皆様合格おめでとうございます。私、ゴンも今年から学園で働く事になった、ある意味一年生です。怪我や病気だけでなく、心に不安があった場合でも遠慮なく保健室に来て下さい。それでは、皆様これからよろしくお願いします」

 壇上で挨拶を終えたゴンがペコリと礼をすると、拍手と共に男子生徒からの黄色い声援が飛んだ。

「俺、この学園に入って良かった…!」
「ゴン先生美人なのは間違い無いけどさ、太くない?」
「太くない!全然太くないよ!仮に太いとしても、太いのがいいんだよ!」

 ピチピチの白衣を来た保険医、しかも竜人族が来たとなれば男子生徒が興奮するのも仕方がない。

 だが、ゴンが保険医として学園に来たのは、これから全力で暴れまわる予定のリーンによる犠牲者を少しでも減らす為である。彼らがゴンとお近づきになる時、それは生死の境にいる時に他ならない。

「新任の保険の先生、ゴン先生の挨拶でした。続きまして、入学試験成績優秀者の表彰を行います。呼ばれた生徒は壇上に来て下さい」

 ガタッ

「名前呼ばれるまで座っとれや」
「フンガー!」

 フライングで席を立ったリーンは、レーゼにズボンを掴まれ座り直した。この日、リーンは目立ちたいという欲求が若手時代の出川哲朗レベルに達していた。未来に再臨する魔王を追いかけて己の手で決着をつける為だけに未来転生を開発したバイタリティが、現在目立ちまくるという一点に集中していた。

 出川哲朗の目立ちたい指数を100とするなら、今のリーンは96だ。チビデブ滑舌が悪いの三重苦な上に、どの要素も武器にする程には尖っていなかった出川哲朗。そんな彼が今の地位に辿り着いたのは、チャンスをモノにする為の執念がずば抜けていたからである。

「今回の入試では満点以上を出した素晴らしい新入生が二人もいました。一人目はレーゼ・バルサミコスさんです」

 ガタッ

 再び立ち上がろうとする出川、いや、リーンをレーゼが押さえつける。

「フンガー!」
「馬鹿金髪!お前はまだやって言っとるやろ!あ、どーも。筆記・的当で・模擬戦合計305点のレーゼ・バルサミコスです」

 レーゼは決闘でカチンコチンに凍った後、特例で再試験が行われ無事満点を取った。そして、筆記試験で問題の不備を指摘し五点の加点が与えられて満点オーバー合格となったのだ。

「決闘の再試験をしてくれた学園には感謝ですわー。そして、この後壇上に立つ奴はアタシとオナ中なんですけど、中学の成績はあんま良く無かったんですわー。けど、そいつがアタシを抜いて首席合格者や。努力が実を結ぶとはこの事やね。アタシも頑張らなあかんと思いました。お前らも気張れやー!」

 拍手を受け席に戻るレーゼ。

「次席合格のレーゼさんでした。続きまして、バート・ナード君お上がり下さい」
「…」
「あの、バート・ナード君?」
「…」
「名前呼ばれたなら行けや!」

 レーゼに椅子を蹴られて、リーンは立ち上がる。

「あ、あー、そうそう。ワシの名前バートじゃったわ。緊張しすぎて忘れとった」
「強くなっても相変わらず馬鹿金髪やな。ホレ、はよ行け」

 今の自分がバートである事を思い出したリーン、ガニ股でドスドスと足音を立てて実に出川哲朗らしく壇上に上がった。

「はいどーも、ワシがリ、じゃなくてバートじゃい」
「バート・ナード君は筆記試験こそ合格最低点でしたが、的当ででは的を一瞬で破壊、決闘ではとてつも無い幻術を披露し勝利しました。合計点は、もう計測不能です!」
「…は?」

 リーンの顔が笑顔が消えた。目立って顔を売りたい出川哲朗のモードから最強大賢者のそれへと戻っていく。

「いやあ、スゴイ幻術でしたね~」

 進行役の教師は、リーンの変化に気付かず地雷を踏んでいく。

「試験会場全員の度肝を抜く見事な幻術!あんな幻術大人でも出来る人はいないですよ。一体誰に教わって…」
「黙れ」
「えっ?」
「黙れ小僧ー!」

 どくちゃー!

 突然リーンは教師の頭を掴み床に叩きつけた。そのまま片手で印を結び簡易的なガーディアン召喚を完了すると、教師を掴んでいる方の手から冷気を放ち体温を奪っていく。

「これのどこが幻術じゃ!お前はワシの魔術の何を知った気でおったんじゃ!」
「あばっ、アバババ」
「入試から今日までに調べる時間は十分にあったじゃろがい!貴様の小さな頭で勝手に間違った結論を出しおって!」

 リーンが最も許せないのは、人々を苦しめる魔族ではない。この五百年で魔術を衰退させた連中でもない、

「小僧、お前はワシが最も嫌うタイプの存在じゃ!学問を教える立場にありながら、思考を放棄しおって!この魔術は何か?言うてみよ!」

 教師からの返答は無い。既に意識を失っていた。教師から望むアンサーを得られないと知るや、リーンは他の教師陣に顔を向け、彼らに問う事にした。

「貴様らは分かるじゃろ?ワシが入学試験と今日使った魔術は何か?学問の師であるなら、ワシの力を理解した上で入学させたのじゃろう?」
「その術は氷の精霊…」
「ゴン、お前はちょっと黙っとれ。ワシはこいつらに聞いとるんじゃ。お前はこいつ温めとけ」

 リーンは完全に凍りついた司会役の教師をゴンに投げつけ、他の教師達に歩み寄る。

「そこのお前、役職は?」
「が、学年主任です」
「お前らは?」
「ヒラです」「非常勤です」「わ、私は教頭だ!バート君、退学になりたく無ければもう辞めたまえ!」
「成歩堂、一番偉いのはお前か」

 全員の役職を確認したリーンは、教頭に接近し、握手する様に右手を掴んだ。リーンの右手はまだガーディアンの力を宿していたので、教頭の身体がたちまち凍り始める。

「づめだぁぁぁい!!!」
「さあ、教頭先生、生徒からの質問じゃ。これは何の魔術じゃ?」
「や、やめんかぁ!これ以上やったら退学では済まんぞぉ!傷害罪だ!傷害罪で訴えてやる!」

 望む答えを言ってくれない教頭に失望したリーンは、ため息と共に左手で新たな印を結ぶ。
すると今度は教頭の頭が燃え出した。

「今度は熱いぃぃぃ!!」
「これなら分かるじゃろ?教頭先生、これが何か教えてくれるか?」
「ひぃっ!火!火ぃ!燃える、燃えてしまう!大枚はたいて買った頭頂部のズラもサイドの植毛も燃え尽きていく!」
「誰が貴様の頭髪事情を答えろと言ったかぁ!もうよい、誰でも良い、ワシの使っとる魔術の説明をしてみろ!」

 会場の人々は様々な反応を返す。逃げようとして腰が抜けて立てない学生。警察呼んだ方が良いかなと周りに確認しながら自分では通報しに行かない学生。勇気を奮い立たせリーンに立ち向かう学生。漏らした糞を投げつけながら罵詈雑言を放つ学年主任。非常勤を盾にして逃げ出すヒラ教師。

 これらは全員氷漬けになるか丸焼けになり、その後一人一人ゴンの手で癒やされていた。

「はい、もう大丈夫。はい、次はそちらね」

 白衣を脱ぎ半裸になったゴンが不正解者の患部に胸を押し付けていく。竜人族の皮膚には非常に高い自然治癒能力があり、こうして肌を重ねる事で相手の傷を癒やす事が出来る。

 リーンが壊した先からゴンが治しているから実質犠牲者はゼロ。というか、後半の方になるとゴンのパイタッチ目的で適当な答えを言う生徒や教師まで現れた。

「正解は越後製菓!」
「婚約破棄だ!」
「ンーカッコブー」

 ふざけた答えでふっ飛ばされ、そのままゴンの胸にダイブするエロガキが一通り退場し、恐怖で動けない連中ばかりになった頃、ようやく正解者が現れた。

「お前、それ失われた禁呪やろ?何百年も前に使われん様になって、管理していた部門も政権交代で無くなって、誰も使えん様になってもうた魔術や」

 レーゼの解答を耳にしたリーンは無差別質問爆撃を辞め、彼女に更に質問をした。

「貴様、どこでその禁術を知った?」
「入試でアンタに負けたのが悔しくて、それと単純にあの術に興味あって調べたんや。アタシの家とアンタの家の書庫に忍び込んだり、図書館や古本屋巡ったり、ここの学園長に話聞きに行ったりしてな」
「では、何故もっと早く答えなかったのじゃ?貴様がさっさと答えれば、被害は教頭のハゲ頭暴露までで済んだじゃろ」
「ここにおるの他人で競争相手やし、アンタが暴れて退学になればアタシの家に招けそうやし、それにアンタが入試までの間に何があったかを知る為の情報が欲しかったから」

 やはりこの女はこの時代の中では一味違う存在だとリーンは思った。レーゼには、帝国暦55年時代の魔術師に近い感性と野心が認められる。レーゼに利用価値を見出したリーンは彼女に最後の質問をする。

「魔術の正体についての回答は、まあ合格じゃ。では、更に問おう。小娘、貴様はワシの知人であり、その変化に気付き何があったか知りたいと言ったな?」
「せや」
「ならば答えよ。この時代に無い魔術を使い、貴様の知るバート・ナードとはかけ離れた存在となった今のワシは誰じゃ?貴様の思う通りに正直に考えを述べてみよ」
「それは…中二病や」
 
 レーゼは一瞬考え込み、今まで見てきた事象から一つの仮定を導き出し答えた。

「…お前は、そこで生徒に母乳塗りたくっとる保険の先生と師弟関係なんやろ?」
「ほう?」
「今の時代には使い手がいない魔術、せやけどごっつい長生きで人間の文化に染まってない竜人族なら、まだその魔術の知識を保有しとってもおかしくない。お前は、人里に来たゴン先生と偶然出会い、彼女に気に入られて過去の知識と技を叩き込まれた。そんで、古代人になった気分でジジ臭い口調しとんのや」

 リーンとゴンの師弟関係が逆だし、未来転生についても一切触れていない。真相へ至れているかで言えば赤点だが、リーンが求めていた水準には達していた。

「半分も当たっとらんが、まあええじゃろ。では、今日はここまで!学生諸君、これからよろしくな!」
 「いや、お前普通に退学、いや、逮捕案件やからなコレは!」

 だが、リーンは退学にはならなかった。警察沙汰にもならなかった。破壊された人体や物は全てリーンとゴンが元の状態直し、証拠は一切存在しなくなったからだ。そして、ゴンの治療を受けてメロメロになった生徒や教師は今回の件を黙り込み、残りは暗示の魔術と現金で無事解決した。

 そんな中、教頭だけは怒りが収まらず警察に駆け込んだが、過去の魔術に対する知識を持っていなかった彼は、自分がズラだった事以外の説明が出来ず門前払いされた。


【帝国暦55年・魔法学園体育館】

「新入生の皆様、合格おめでとうございます。この度、私ゴンも保険医としてこの学園で働く事になりました。私の体液はエリクサー並に効くので、怪我をしたら遠慮なく保健室に来て下さい」

 ブカブカの白衣を着たゴンがペコリと頭を下げると、学生達から拍手と共に殺気が飛び交う。

「あれが魔王撃退パーティの一員、竜人族の少女ゴンか。是非ともお手合わせしたいものだ」
「ククク、まだ早い。我らは学生に過ぎん」
「左様。学園長や大賢者リーンと肩を並べ戦ったゴン先生に今の我らが挑んでも相手にすらされんわ。まずはこの学園のトップを目指そうぞ」

 バートとヒースを除く新入生達は皆、入学試験の決闘で大魔術のぶつけ合いの末に相手を半殺しにして勝ち上がってきた者達である。彼らの目はゴンの幼児体型に釘付けだが、それは決してエロスな目では無かった。どうやればコイツ殺せるだろうと隙を伺う観察眼だった。エロスな目で見られた方がマシな状況だが、ゴンはそれを気にせず活きの良い可愛い坊や達だと微笑ましく感じてすらいた。

 そんな風に全員が視線を死線に置いているのが自然な状態で、バートだけはゴンの白衣をエロスな目で見ていた。

「うおー!見ろよあの格好!シャツだけだ!下は履いてないぞ!覗き込めばパンツが見えそうだ!」
「こ、この状況で何という胆力ッスか…。流石賢者の隠し子ッス。てか、下にパンツすら履いてないバート君の方がエロス度高いと思うッス」

 ズボンを履いてないゴンを下から覗き込もうとしている、パンツすら履いてないバート。こうして己のスキル・ドスケへに身を任せていないと周囲のオーラで即死してしまいそうだった。

「試験の時も言ったッスけど、股間ぐらい隠すッス。せめてソレ小さくした方がいいッス」
「ハァハァハァ、多分このチンチンが萎んだら俺は死ぬ」
「どんだけスケベなんスか。やっぱ賢者の隠し子は半端ねえッス」

 否!実際今のバートは何かの弾みでポックリいってもおかしくない状況だった。

 人間を含むあらゆる生命は、死の危機に子孫を残そうとして強さとエロさが跳ね上がる。蝋燭の最後の灯火とか火事場の八門界王拳マダンテとか、なんかそんな感じの状態が朝からずっと続いていたのだ。

「以上で、保健室勤務のゴンちゃんさんの挨拶を終了する!続いて最優秀生徒と最下位の生徒の表彰をする!バート・ルイスとヒース・バルサミコス上がれい!」
「ハイッス」
「うぇ?」
 
 教頭の大声が体育館に響き渡り、バートとヒースが壇上に向かう。

「ますはヒース!貴様は入学試験前から期待を受けていたが、模擬戦をフライングで反則負けとなった!しかし、学園長の温情で追試を受け、最下位での入学となった!」
「オッス!我ながら不甲斐ない結果ッス!」
「うむっ!今の屈辱を忘れる事無くマイナスから這い上がれ!これは俺からの餞別だ!」

 バシィ!バシィ!

「うぐっ!」

 教頭の往復ビンタを受けてヒースの顔が腫れ上がる。これはただのビンタでは無い。右手の先にガーディアンを纏ったエンチャントビンタだ。しかも、上りと下りで属性を変えている為、防ぐのが非常に難しい。ヒースは咄嗟に対応する属性のバリアを二重に張って無属性ビンタにする事に成功したが、間に合わなかったり属性を間違えたら顔面が吹き飛ぶ所さんだった。

「マジかよ、ヒースの奴あの教頭のビンタ耐えやがったぜ」
「元々大人顔負けの実力だったのが、更にキレてますねえ」
「あのビンタは見てからバリアを張っても間に合わん。ヒース殿は決闘でのフライング以降、見切りの技術に更に磨きをかけてきたのだろう」

 他の学生達から称賛と拍手が飛び交う中ヒースは元の席に戻り、次はバートの番となった。

「バート・ルイス、魔術を一切行使せずトップ合格という離れ技、実に見事だったぞ」
「へへ、どうも」
「だがそれは、入学試験ではお前の底を知れなかったという事だ。バート君、今一度お前を試していいか?」
「な、何をするんですか?」
「こういう事だ!」

 ヒースに対して放ったものと同じ、上りと下りで属性を変化させたエンチャントビンタが顔面に放たれる。

「どういう事だ?」

 予想外の結果に教頭は唖然とする。バートはビンタに対し無反応だった。回避行動を取らずバリアも張らず、かと言って肉体で耐え抜き踏み留まろうともしなかった。その結果、バートはビンタの一撃目で壁まで吹っ飛び、そのまま壁を突き抜けて視界から消えていった。

「俺のビンタを無反応でそのまま受け、消し飛んだ?まるでビンタが来る事すら理解出来なかった様な…」
「やれやれ、そんなだから貴方は魔王との決戦メンバーに選ばれなかったのですよ」

 バートがクソザコという真実に辿り着く前に、ゴンが教頭の思考を遮った。

「ゴ、ゴンちゃんさん!どういう事ですか!」
「どういう事も何も、あれは、えーと、そう!脱力!究極の脱力でダメージを受け流したのです!」

 もの凄く早口で、ゴンは今考えた言い訳を語りだす。

「あれは、ビンタの動きに合わせて身体を柳の様に動かしノーダメージにしたのです」
「壁を貫通してるのにノーダメージなのですか?」
「あ、あれはバート様が自力で破壊したのです!この入学式が退屈過ぎるから、抜け出す切っ掛けにしたのでしょう!全くバート様ってば仕方ありませんねー!ではっ、私ちょっと彼を叱って来ますので、それではっ!」

 バートは強いのだと早口で捲し立て、教頭の返事を待たずにゴンは逃げる様に走り去る。

「フッ、俺もまだまだだな。だが、バート君の強さは必ず明らかにして見せる。彼の今の実力を把握し適切な教育をしてやらねばならんからな」

 教頭はゴンの咄嗟に付いた嘘に納得しこの場は引き下がる事にしたが、今後も何かと絡むフラグがビンビン丸だった。

 そして立ったフラグは一本では無かった。

「バート君、マジパねえッス。俺もバート君の立っているステージに絶対辿り着いてやるッス」
「俺も!」
「僕も!」
「あたいも!」

 学生達からも、改めてバートが現在最強の学生と認識され、目標として設定されてしまっていた。

「バート様ー!どこまで飛んでいったんですかー!居た!あのお尻は多分バート様だ!」

 バートは校門の壁に突き刺さり肛門をこちらに向けていた。ゴンはバートの上半身を壁から引きずり出し、まだ生きているのを確認すると治療を始めた。

「バート様、今すぐ治します!キシャァァァ!」

 ゴンの口が耳元まで裂けて、長い舌がバートの全身を舐め回す。

「治療方法、思てたんと違う…」

 意識を取り戻し現状を把握したバートは、ゴンの舌にぐるぐる巻きにされながら呟いた。
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