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第一章:チンポジと共に歴史は歪む

第四話:帝国暦55年と555年の酒盛り

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【帝国暦555年・ナード男爵領】

「首席合格おめでとうバート!流石この国で一番頭の良い私の息子だ!」
「おめでとうバート!貴方を産んで本当に良かったわ!」
「おめでとうバート!前々から出来る奴だと信じてたぞ!」

 断トツの成績で試験を合格し、学費免除になった事を伝えた途端、これまで自分を無視していた両親と兄は掌を返してリーン(バート)を褒め称えた。

「本当に愚かな奴らじゃの。ワシが何者かも知らずに」
「「「え?」」」
「あ、いや、ワシと争った受験生達が馬鹿揃いで話にもならんかったと言いたかったのじゃよ」
「「「なんだ、そっかー」」」

 ナード家の人々は、あのバートの家族なだけあってかなりの馬鹿揃いだった。昔から家族間で会話が少なかったのを考慮しても、リーンが成り代わっている事に未だ気づかないのがその証拠だ。しかし、彼らですらこの時代基準では中の下ぐらいのアホになってしまうのがこの時代の恐ろしい所さんだとリーンは思った。

「父上、ワシ、ちょっと出かけてくる」
「ご近所に合格を伝えてマウント取りに行くのか?」
「そんな感じじゃ。夜には戻る」

 家を出たリーンは研究所に戻った。ゴンにこの時代の人々の衰退ぶりを問う為に。

「あ、リーン様入学試験はいかがでしたか?」
「ワシが学生に遅れを取る訳なかろう。それよりゴンよ、何かこの時代の魔術や知識むっちゃ衰退しとるんじゃが」
「その様ですね。私も知った時はビックリしました」

 穴あきパンツに手を突っ込み、右に曲がった尻尾の位置を修正しながらゴンは答えた。やはりゴンは現状を理解した上で黙っていたのだ。

「知っとったら何で最初に教えてくれんかった?」
「ここまで衰退してたら、実際に見てみないとリーン様も納得しないでしょ?」

 確かにそれはそうだ。無詠唱もガーディアン召喚も失われ、それにも関わらず魔王降臨への危機感も無さそうなこの時代は五百年前からは想像もつかない。もし、転生直後にゴンから説明を受けていたとしても、とても信じられず、自分の目で確かめようとしていただろう。

「それに、私はリーン様が転生するまでの間、殆どの時間この部屋で冬眠してましたからね。あの時は、役に立てそうな情報は持ってなかったんですよ」
「それもそうじゃな。ゴン、お前はそういう奴じゃった」

 竜人族は軽く千年以上を生きる長命の種族だが、働く必要の無い時はめっちゃ寝る。それが若さを保つ秘訣である。

「ん?『あの時は役に立つ情報が無かった』じゃと?」
「はい、ですからリーン様が受験を終えてここに帰ってくるまでの間に調べておきました。何時、どこで、誰がここまで魔術を衰退させたのか。大体の事は調べ終わりました」

 ゴンは数枚の資料を取り出し、年代順に何があったかを語りだした。

「まず、一枚目の資料を見て下さい」

 右手でチンポシ直しながら、左手を振り上げ演説する男が書かれた資料だ。

「帝国暦105年、政治家のドナート・ババは戦争を繰り返さない為に軍縮を訴えかけました。これに各国が応え、攻撃魔術の研究に割かれる費用は削られました」
「人間同士の争いを防ぐ為か。じゃが、魔王との戦いに向けての戦力は残すはずじゃろ?」
「それについては、二枚目と三枚目の資料をご覧下さい」

 二枚目の資料。そこには、右手でチンポシ直しながら左手で人型の魔族と握手する老人が書かれてあった。

 そして、三枚目の資料には、右手でチンポシを直しながら左手に持った本を掲げる男性が。

「帝国暦155年、外交官T・バーナードが魔族との和平交渉に成功。魔族を人類の脅威とする考えを改め、差別の無い社会へ踏み出しました。さらに、帝国暦205年、ナッツと名乗る歴史小説家が、魔王の存在を完全否定。魔王とは人類と魔族の対立構造を作る為の虚構の存在だったと明かしました」
「いや、ワシ実際魔王と戦っとるし!奴がこの時代に再臨するとも聞いてるし!」

 更にゴンは何枚もの資料を取り出す。チンポシいじりながら大真面目な顔で何かを主張する老若男女の絵と文章が次々とリーンの目に入る。

「帝国暦255年、ガーディアンの暴走により発生した事故が原因でガーディアン召喚が禁術に指定。305年、詠唱の義務化。355年、魔術部省が廃止され生活安全魔術省が発足」
「もうええ!十分分かったわい!」

 ゴンの言葉を遮り、ウイスキーを一気飲みしたリーンは、空になった瓶を床に叩きつけ叫ぶ。

「よーするに、だんだんと駄目になっていったんじゃな?これが人類の総意とばかりに、武力と知力を手放し自滅の道を進んでいたと!」
「概ねそんな感じですね。どうします?今度は過去に転生してここに掲載されている偉人を一人一人分からせますか?」
「んな事しても、今回のケースだと別のアホがお立ち台に上がるだけじゃろ。あー、期待ハズレ期待ハズレ!ワシだって未来の魔術が殆ど強くなって無かったり、部分的に弱体化しとる可能性は頭にあったわい!」
    
 そこまて言うと、リーンは干物を骨ごとボリバリ齧り、包装を丁寧に畳んでゴミ箱に捨ててから座り直し、また吠えだした。

「しかしなんじゃい!この弱さは!ガーディアンのワンパンで沈むどころか、ガーディアンの放つ冷気で全員氷漬け!しかも、教師含めガーディアンの事を知らんときたもんじゃ!駄目じゃ!この時代の魔術全然駄目じゃ!でも干物と酒凄く美味い!」
「生活水準の向上に全振りしてましたからね」
「良い時代になったもんよ。じゃが、間もなく来る魔王には無力。この時代の魔術師と協力して今度こそ魔王確実に倒す予定じゃったが、どうすればええかのー?」

 酒の力で多少落ち着きを取り戻したリーンは、今後について考える。当初は、自分に並ぶか超えるレベルに達したこの時代の魔術師に魔王についての知識を与え共に挑み、もし自分が不必要ならば彼らに託すという予定だったが、現状がこれではそれも不可能だ。

「よし、決めたぞゴン。ワシは引き続き学生としてあの学園に通う。ただしフルパワーでじゃ」
「成歩堂。魔王退治はやめにして、弱体化した未来人相手に無双してチヤホヤされたいのですね?」
「ちゃうわ。でもまあ、チヤホヤはされたいのう。この時代の馬鹿どもがワシに擦り寄り教えを乞うぐらい偉くなったる。そんで、無理やりにでも魔王と戦うサポートが出来る様にしたるわい」

 何とも雑なプランだが、とにかく時間が無いし、魔族と戦う気すらなさそうな連中に「500年前から来た賢者でーす。魔王狩りにいこ」といきなり言う訳にもいかない。まずは、信頼を得る事からだ。

「とりま、利用しやすくて強い権力持った貴族のガキを手懐けるか。となると、やっぱあの女からになるかのう」

 リーンの頭には、試験でちょっかいをかけてきたあの少女の顔が浮かんできた。


【帝国暦55年・魔法学園の学生寮】

 気が付くと知らない部屋のベッドにいた。

「確か俺は、なんちゃらの炎に焼かれて…」

 大火傷を負った事を思い出したバートは、目を凝らして全身を確認する。だが、バートは二次試験前と変わらぬ姿をしていた。皮膚にも衣服にも焦げ目は全くついておらず、下半身も生まれたままの状態だ。

 自分の身体を確認し終えたバートは、次にここがどこかを確認する為に辺りを見渡した。自分が寝ているベッド以外には、学習机と洋服棚、少し離れた場所に出入り口とシャワー室が見えた。

「ここは…学生寮?」
「正解です」

 シャワー室の扉が開き、バスタオルを巻いたゴンが出てきた。

「バート様おはようごさいます。入学試験の話は学園長から聞きました。お見事でしたよ」
「ゴン?何でお前がここに?つーか、ここって魔法学園の学生寮でいいんだよな?」
「はい。二次試験終了後、バート様のトップ合格がその場で発表され、この一番良い個室の学生寮が与えられました。あ、学園長はリーン様の部下だった事があり、私とも顔なじみなんです」
「そっか。そんで、俺はどうやってこの部屋に来たの?」
「胴上げです」

 ゴンが言うには、バートが気絶した後、対戦相手のフライングによる反則負けが告げられ、その直後に的当での採点も終わり、魔力を一切消費せず二つの試験を突破したバートは最高評価での合格だとその場で発表された。これを聞いた受験生達は拍手喝采。白目を剥いたまま直立不動のバートを、ヒースを筆頭とした数人の受験生が神輿の様に持ち上げ、トップ合格者が入る事になる学生寮の個室に窓から放り込んだらしい。

「この時代の奴ら、強さ以外も色々おかしい…もうやだオロロローン」
「あの、バート様?間違っていたら謝りますけど、一つ質問宜しいでしょうか?」

 フルチンでガチ泣きするバートを見て、ゴンがおずおずと申し訳無さそうに尋ねてきた。

「何ぃ?」
「えっと、その、初めて会った時からずっとバート様からは魔力を感じ無いのですが、これは未来の技術で実力を隠蔽しているのてはなく、本当に魔力が虫けら並、そういう事で良いのでしょうか」
「ううっ、グスっ。俺の魔力虫けら並なんだ」

 ゴンの酷い言いようにバートは更に落ち込むが、ゴンはそれ以上に顔を青くしていた。

「え、えーと、バート様は500年後では落ちこぼれなんですよね?あちらの時代の平均はもうちょいマシですよね?」
「俺の知り合いに学年トップの女が居たけど、そいつがこの時代来たら試験不合格間違い無し。つーか、あのトカゲ出すやつ何?学校では習わなかったぞあんなの」
「オーマイガー!」

 未来の事情の一端を知らされ、ゴンは頭を抱えた。

「え?え?それじゃあ魔王とかどうするつもりだったんです?言っちゃ悪いですが、全人類がバート様に毛が生えた程度ですと魔王に確実に滅ぼされますよ?」
「ハハハ、魔王なんてでっちあげだろ?」
「いえ、最初に言いましたよね?魔王との決着の為にリーン様が未来に転生する必要があったと」
「マジで?」

 確かに手紙のメッセージにはそう書いてあった。だが、バートはアホである。その上、あの時は手紙に付与された暗示に掛かっていた。

「「あーこれからどーしよー」」

 未来の絶望的状況に放り込まれたリーンの事を想像し、ゴンは苦しむ。

 今の絶望的状況と近い未来を想像しバートは苦しむ。

「ええーい!取り敢えず酒!」

 突如、ゴンは懐から酒瓶と干物を取り出し酒盛りを始めた。

「プッハー!イヤなことがあった時はこれに限ります!バート様もおひとつどうぞ!」
「お、おう」

 酒は流石にアカンと思ったバートは干物を一口齧る。砂のジャリジャリ感と腐敗した内蔵の臭いが口内に広がった。

「クソまっずぅぅぅ!!!」

 あまりのマズさにより、即座に吐き出してしまう。

「バート様、大丈夫ですか!?一応、その干物リーン様推薦の最高級干物なのですが」
「これが最高のツマミ?お前ら、もうちょい戦闘以外の文化に力入れろよ!」

 結局、酒盛りに逃げても問題は残ったまま。しかし、食事を挟む事で多少冷静になったゴンはこれからについて語り始める。

「バート様、貴方は学園無双がしたくてこの時代に来たのですよね?」
「ああ。だけど、そんなの無理って入試の時点で悟ったよ。もう、帰りたい。555年に帰って、幼馴染のヒモになって生きる」

 完全に心が折れて、ガチのホームシックに陥ったバートだったが、ゴンはそれを許さなかった。

「駄目です」
「何でさ!未来転生は既に一回成功してるんだろ?それ使って俺を帰してくれよ!」
「貴方は既に大賢者の隠し子として華々しい学園デビューをしてしまいました。もし、今すぐ姿を消したり、実は弱かったとバレたら間違いなくリーン様や私にも悪印象が残り、それは500年後のリーン様を不利にするかも知れません。ですから、当初の予定通り無双し続けて、真の実力は墓場まで持っていって下さい」
「だから、無理だって!俺弱いもん!」
「私が全力でフォローしますから。頑張って下さい」
「やだー!でも、やるしかねーんだよなチクショー!」

 右に曲がったチンチンを真っ直ぐにしながら、バートは拳を振り上げた。

「学園無双チートハーレムやってやんよこの野郎ー!そして、俺をこの時代に送ったリーン!もし、直接会う機会があったら絶対ボコボコにしてやんよ!」
「それは駄目、というか無理です。しかし、その意気です」
「ああ、やってやる、やってやるぞ!ゴン、酒くれ!さっき片付けていたやつ!」

 退路が無い事を知り、やけになったバートは景気づけに酒を一気に飲み干した。

「まっずぅぅぅ!!!」

 そして吐いた。

(第一章・完)
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