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エピローグ

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「いったい、あれは何をやったんです? 洞窟内にいた連中全てが事切れてました。」

 開口一番で、衛兵隊長が切り出したのは、盗賊団のアジトを焼き付くした青い炎の事だった。
 部屋には、他に事務机に座った筆記官と槍を持った衛兵が二人、そして私服姿の男が一人立っていた。

「それは……秘密なんです。特殊な魔法を使ったので……。」

「確かに魔法技術は保護されてますけどね……。あれは、そういうものでは無い気が……。洞窟の壁に大量のすすが着いているのが見つかってますし。」

 貴族に話掛けるように丁寧な言葉使いの衛兵隊長に、リチャードは自分の正体をある程度推測されているのに気がついた。

「では、調書に残さないと言うのでしたら、お話をさせていただきます。」

「わかった。人払いを。」

 筆記官と二人の衛兵が、衛兵隊長の指示で部屋の外へと出ていき、私服姿の男と衛兵隊長だけが部屋に残った。

「この方は……? 」

 リチャードは、私服の男を手のひらで指して、衛兵隊長に尋ねる。
 しかし、衛兵隊長は答えあぐねて、男とリチャードを交互に見ていた。

「いや、私から話そう。私は第三騎士団の、ロルフ・スワンソンと言う。今回の不可思議な討伐について、是非とも話を聞かせてもらいたい。もちろん、相応の礼はさせてもらう。」

 私服の男、ロルフが話を継いだ。

「わかりました。私が元は錬金術師だと言うのはご存知ですよね。」

「ああ。錬金術師ギルドきっての天才と言われ、将来を期待されていた奴が、突然辞めたと言うくらいの事は知っている。」
 
 これは公開されている資料は見られているなとリチャードは気がついた。

「それは買いかぶりですよ。で、今回用いたのは、ただのアルコールです。」

「洞窟内で破れた樽が見つかってたな。底に書いてあった魔法陣は、解析班が理解不能だと言ってたぞ。」

 ロルフの言葉に、リチャードはもうそんなところまで調べたのかと感心した。

「あれは……僕の研究の成果なので……。簡単に言えば、樽の中身を沸騰させて、かつ酸素も同時に発生させる術式なんです。」

「…………。」

 錬金術の素養があるのか無いのか解らないが、ロルフは頷いて続きを促した。

「多分、洞窟内の中程に樽は置かれていたんでしょうね。まず沸騰したアルコールの蒸気が洞窟内に充満し、蝋燭の火にでも引火したんでしょう。そして酸素とアルコールが連鎖的に反応し、樽の上に居たものは熱か窒息で死亡、そして下の層にいた者は、急激な圧力変化で死亡していたはずです。」

 衛兵隊長が驚く表情を見て、状況は、ほぼ想定どおりだったなとリチャードは思う。

「…………君は、こうなる事を予想して、樽を奪わせたのか? 」

 ロルフが厳しい目付きでリチャードを睨む。
 その目は、『わかった上で、あんな事をしたのか? 』と言っているようだった。

「偶然ではありましたね。タダで渡すのは嫌だったので、燃やしてしまえ。とは思いましたが。」

「……わかった。我々も洞窟に籠る盗賊には手を焼いていてね。このリーゼマン峠でも、洞窟内に突入した騎士団員がずいぶんやられた。」

「それは、罠や待ち伏せで……ですよね。」

「ああ。ただ……あの状況は……。」

「惨すぎますよね。だから、陛下も軍事的な利用を諦められたんだと思います。」

「…………なんだって……? 」

「ゴブリンの巣に関する討伐事例の第四百十三番……これであとはお調べください。極秘扱いになっていると思いますが、団長さんでしたらご覧いただけるかと……。」

「…………わかった。君が錬金術師を辞めたのも、それが理由か? 」

「その辺りは、ご想像にお任せします。」

「ありがとう。あとは、追って連絡する。それまで今までどおり部屋は用意するから、そこでゆっくりしてくれ。ハネムーン気分で寛いでくれたらいい。」

「ありがとうございます。」

 パタリと扉が閉じられて、リチャードが出て行った。
 それから十分待って、衛兵隊長がゆっくり口を開いた。

「…………あいつは本気で怒らせたらダメな奴ですな……。」 

「ええ。下手に刺激さえしなければ、ただの善良な市民ですよ? 彼は。ただ……。」

「ただ……? 」

「彼が神の怒りに触れた男って奴なんですよね……。」

 ロルフは、書類を衛兵隊長の机の上に置いた。
 その書類には『極秘』印が押してあり、表題は神の怒りとなっている。

「隊長も気をつけて下さいね。モルガン公のように、屋敷ごと燃やされたくなければ。」

「…………。」

 そう耳打ちをする男の言葉に、衛兵隊長は恐怖を覚えていた。
 彼の証言によって、ユーゲンストの衛兵の一人が、盗賊団の協力者として捕らえられていた。
 盗賊だった色男に入れ込み、街を出る人間の情報を流していた。
 彼女は今頃死んだ方がマシだと言うような思いを受けているだろうが、それは仕方のない事だと衛兵隊長は思う。
 ただ、それが彼を怒らせる事になっているのではないかと思ったからだ。

「大丈夫ですよ。あくまでも衛兵隊が彼を刺激しなければ。それでは私はこれで……。」

 扉がパタリと締まり、ロルフの姿も部屋から消えた。
 衛兵隊長は、ふうと息を吐いて、椅子に深く腰かける。

 彼は、今日は強い酒でも飲んで、全てを忘れてしまおうと決意していた。

 
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