10 / 10
エピローグ
しおりを挟む「いったい、あれは何をやったんです? 洞窟内にいた連中全てが事切れてました。」
開口一番で、衛兵隊長が切り出したのは、盗賊団のアジトを焼き付くした青い炎の事だった。
部屋には、他に事務机に座った筆記官と槍を持った衛兵が二人、そして私服姿の男が一人立っていた。
「それは……秘密なんです。特殊な魔法を使ったので……。」
「確かに魔法技術は保護されてますけどね……。あれは、そういうものでは無い気が……。洞窟の壁に大量のすすが着いているのが見つかってますし。」
貴族に話掛けるように丁寧な言葉使いの衛兵隊長に、リチャードは自分の正体をある程度推測されているのに気がついた。
「では、調書に残さないと言うのでしたら、お話をさせていただきます。」
「わかった。人払いを。」
筆記官と二人の衛兵が、衛兵隊長の指示で部屋の外へと出ていき、私服姿の男と衛兵隊長だけが部屋に残った。
「この方は……? 」
リチャードは、私服の男を手のひらで指して、衛兵隊長に尋ねる。
しかし、衛兵隊長は答えあぐねて、男とリチャードを交互に見ていた。
「いや、私から話そう。私は第三騎士団の、ロルフ・スワンソンと言う。今回の不可思議な討伐について、是非とも話を聞かせてもらいたい。もちろん、相応の礼はさせてもらう。」
私服の男、ロルフが話を継いだ。
「わかりました。私が元は錬金術師だと言うのはご存知ですよね。」
「ああ。錬金術師ギルドきっての天才と言われ、将来を期待されていた奴が、突然辞めたと言うくらいの事は知っている。」
これは公開されている資料は見られているなとリチャードは気がついた。
「それは買いかぶりですよ。で、今回用いたのは、ただのアルコールです。」
「洞窟内で破れた樽が見つかってたな。底に書いてあった魔法陣は、解析班が理解不能だと言ってたぞ。」
ロルフの言葉に、リチャードはもうそんなところまで調べたのかと感心した。
「あれは……僕の研究の成果なので……。簡単に言えば、樽の中身を沸騰させて、かつ酸素も同時に発生させる術式なんです。」
「…………。」
錬金術の素養があるのか無いのか解らないが、ロルフは頷いて続きを促した。
「多分、洞窟内の中程に樽は置かれていたんでしょうね。まず沸騰したアルコールの蒸気が洞窟内に充満し、蝋燭の火にでも引火したんでしょう。そして酸素とアルコールが連鎖的に反応し、樽の上に居たものは熱か窒息で死亡、そして下の層にいた者は、急激な圧力変化で死亡していたはずです。」
衛兵隊長が驚く表情を見て、状況は、ほぼ想定どおりだったなとリチャードは思う。
「…………君は、こうなる事を予想して、樽を奪わせたのか? 」
ロルフが厳しい目付きでリチャードを睨む。
その目は、『わかった上で、あんな事をしたのか? 』と言っているようだった。
「偶然ではありましたね。タダで渡すのは嫌だったので、燃やしてしまえ。とは思いましたが。」
「……わかった。我々も洞窟に籠る盗賊には手を焼いていてね。このリーゼマン峠でも、洞窟内に突入した騎士団員がずいぶんやられた。」
「それは、罠や待ち伏せで……ですよね。」
「ああ。ただ……あの状況は……。」
「惨すぎますよね。だから、陛下も軍事的な利用を諦められたんだと思います。」
「…………なんだって……? 」
「ゴブリンの巣に関する討伐事例の第四百十三番……これであとはお調べください。極秘扱いになっていると思いますが、団長さんでしたらご覧いただけるかと……。」
「…………わかった。君が錬金術師を辞めたのも、それが理由か? 」
「その辺りは、ご想像にお任せします。」
「ありがとう。あとは、追って連絡する。それまで今までどおり部屋は用意するから、そこでゆっくりしてくれ。ハネムーン気分で寛いでくれたらいい。」
「ありがとうございます。」
パタリと扉が閉じられて、リチャードが出て行った。
それから十分待って、衛兵隊長がゆっくり口を開いた。
「…………あいつは本気で怒らせたらダメな奴ですな……。」
「ええ。下手に刺激さえしなければ、ただの善良な市民ですよ? 彼は。ただ……。」
「ただ……? 」
「彼が神の怒りに触れた男って奴なんですよね……。」
ロルフは、書類を衛兵隊長の机の上に置いた。
その書類には『極秘』印が押してあり、表題は神の怒りとなっている。
「隊長も気をつけて下さいね。モルガン公のように、屋敷ごと燃やされたくなければ。」
「…………。」
そう耳打ちをする男の言葉に、衛兵隊長は恐怖を覚えていた。
彼の証言によって、ユーゲンストの衛兵の一人が、盗賊団の協力者として捕らえられていた。
盗賊だった色男に入れ込み、街を出る人間の情報を流していた。
彼女は今頃死んだ方がマシだと言うような思いを受けているだろうが、それは仕方のない事だと衛兵隊長は思う。
ただ、それが彼を怒らせる事になっているのではないかと思ったからだ。
「大丈夫ですよ。あくまでも衛兵隊が彼を刺激しなければ。それでは私はこれで……。」
扉がパタリと締まり、ロルフの姿も部屋から消えた。
衛兵隊長は、ふうと息を吐いて、椅子に深く腰かける。
彼は、今日は強い酒でも飲んで、全てを忘れてしまおうと決意していた。
0
お気に入りに追加
16
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる