TOKYOヴィラン

くろねこ教授

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第8話 知らない女子大生とアクマ

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「あ、ホントに決まった訳じゃないから」
「良かったじゃん、やるじゃん」

「小さい会社なんだけど紹介してくれて……」

やべー。
俺ショックを受けてる。
ショックを受けてもいいけど、受けてるのを露骨に出しちゃダメだろ。

「んじゃ、ケーキ買ってきて良かった。
 お祝い、丁度いい。
 なんかさー、ピンと来たんだよな。
 今日ケーキ買っていこうって。
 俺ってカンが良いよな、スゴクね」

テンション高くにこやかに言う俺。
すげー。
俺ホントにすげー。


「ありがと、紅茶淹れてくるよ。
 温かいのでいい」
「冷たい方がいいな」

「用意してないよー」

俺は冷たい飲み物ならなんでもいーよ。
ジュースとかでと言う。
彼女がキッチンの方に行き、俺はクッションに寝転がる。

やった。
気まずいシーンになるトコロを上手く流した。
俺、やるじゃん。

胸の中が重苦しくなってるかもしれない俺
でも気づかない振りをしよう。
上手く自分を誤魔化そう。

うん?。
机の下に缶コーヒーが有るな。
なんでだ。
彼女は缶コーヒーなんて普段飲まない。
飲んでるの見たことない。
スタバのラテなら飲むけど。
コーヒーのペットボトルだって飲まないハズ。

俺は缶を軽く手に取ってみる。
タバコの臭い。
タバコの吸い殻が押し込まれた缶。
勿論、彼女はタバコなんて吸わない。
いつの間にかストレスで喫煙者に転向もありえない。
レストランだって禁煙にこだわる女。
喫煙所が壁で区切られていても嫌がるのだ。
そうだ。
部屋に入ってくる時感じた違和感。
この臭いだ。

結論。
このタバコは彼女のじゃない。
結論。
この缶コーヒーも彼女のじゃない。

じゃあ誰のだ?
誰か知らない人間が彼女の家に来てタバコを吸って、缶コーヒーに押し込んで帰った。

そして缶コーヒーに入っていた吸い殻。
そこには小さいロゴが有った。

『LUCKY STRIKE』


俺は胸の奥が、身体の全身が冷えるのを感じる。
本気でアイスクリームでも詰め込まれたのかもしれない。
体温が十度くらい下がった気がする。

変に勘ぐるな。
父親でも来たのかも知れない。

こんな時期にか?

教授は言っていた。
「今年はもう無理だ。
 もう別の奴を無理言って頼んじまったんだ」

彼女は言っていた
「わたしは教授に相談」

何をどう相談。
誰がこの家に来た。
誰が煙草を吸った。

友人なら彼女は部屋でタバコを吸わせない。
タバコを吸われても文句を言えない目上の人。

何で来た。
相談を頼みごとをしてるから。

「わたしは教授に相談」
「もう別の奴を無理言って頼んじまったんだ」


彼女はまだキッチン。
狭い部屋。
ベッドはすぐ脇。
枕元に顔を近づける。

何でだよ。
何でタバコの臭いがするんだ。

ベッドには又荷物が置いてある。
メイク道具やら、小物。
簡単には俺がどかしたり出来ない物。

俺をこのベッドに招き入れない為の防波堤。

だけど。
タバコを吸う誰かは招き入れたんだ。

知ってる臭い。
教授の部屋で嗅いだ。
俺が土産に買って行った。

『LUCKY STRIKE』


眩暈がする。
ツカイツリーから空中を駆けだすような。
そんな浮遊感。
足が地面に付いてない。
空中を蹴って飛び上がる事が出来そう。
本当に出来るさ。
だって俺は・・・・・・・・なのだから。

彼女がコップを持って戻ってくる。

「うん?
 どうかした?」

ベッドの方に身を寄せてる俺に訊く。

「いや、なんかタバコの臭いがした気がして」

俺は言ってみる。
言ってしまった。
言って良かったのか。

「ああ、向いのマンションだね。
 いつもベランダで吸ってるの。
 ムカツクよ。
 換気しようと窓開けると煙が入ってくるんだもん」

彼女は平気な顔で言う。
顔は軽くしかめ面。
向いの部屋の住人目掛けて、イーをして見せる。
そして俺に向かって笑いかける。

ははははっ。
アヒャヒャヒャヒャ。

「なに、変な声で笑わないで」
「ゴメン、ゴメン」

ああ。
可愛い笑顔だな。
この笑顔を引き裂きたいな。

「テレビ点けようか?」

12インチ程度の液晶。
ノートPCだけど、主にテレビを見るのに使ってる。

「…………」

俺は応えない。
気にせず彼女がテレビを点ける。

報道バラエティ。
画面の中で白いタキシードを来た男が踊る。

「という事でですね。
 被害者の中で亡くなった方が既に500名に上っておりまして、
 重傷者も多数……」

「いわゆる劇場型、愉快犯です」
「待ってください。
 それだけじゃ説明つかない。
 この作り物のような映像。
 さらに大量殺傷兵器を使ってるんですよ」

「相手は殺人犯です。
 変にSNS等で持ち上げたりする向きも有るようですが、
 殺人犯だという事をキチンと認識して欲しいですね」


彼女は軽く顔をしかめる。

「亡くなった人増えてる。
 怖いわね」
「そうかい。
 カッコいい。
 そんな意見も有るみたいだよ」

「あたしも最初はそう思ったけどさー。
 でも死人が出ちゃったらダメよ」
 
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

「なーに、『狂った奇術師』のマネ?
 変な笑い方しないで」

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

俺は気にせず笑う。
笑い続ける。

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

笑い続けるやべー男に彼女の顔が青ざめる。
てゆーか俺だけど。

「止めて、ホントにやめてよ」

彼女は怒るというより泣き出しそうになってる。
泣きそうな顔の彼女。
少し前までの俺なら、罪悪感で胸が張り裂けそうになったかも知れない。
でも今は……

何故か室内が暗くなる。
天井近くのLED照明が消える。

「キャッ、停電!?」

座り込んでしまう彼女。

テーブルに乗っていたケーキ。
生クリームとスポンジ。
彩りよく盛られたフルーツ。

暗くなった室内に白いケーキが浮かび上がる。
空中へ高く。
天上の方で何故か見えなくなる。
どこかから声が聞こえる。

「おいっしー。
 気が効くじゃん。
 さすがアタシの執事」

「なに何なの、誰の声?!」

座り込んでしまう女性。
その表紙にスマホが転げる。

薄ぼんやりとした部屋。
ノートPCの液晶の明かりだけが照らし出す。
ぼんやりした暗がりから手が伸びて、スマホを拾い上げる。

「あっ!」

スマホの行方を目で追う彼女。
スマホを拾い上げたのは白い衣装に包まれた手。
驚き怯える女性。

「だ、誰?!」

スマホの画面が開く。
パスワードをいれなきゃ開かないはずの画面。
何故かトップ画面が開いている。
そのままLINEの画面まで開く。

すいません。
予定外の友人が来てしまって。
一時間来るのを遅らせてください。

何故かメッセージ画面が開く。
画面の左上、トークの相手には・・教授と書かれてる。
何かの拍子に見えてしまわぬよう閉じた。
間違いなく閉じたはずなのに。

そんな女性の感情の動きが見える。

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

笑い声を上げたのは勿論俺だった。
白いタキシードに身を包んだ男。
仮面で顔の半分は隠し、大きい曲刀を引っ提げ。
大声で笑うアクマ。

呆然としたように俺を見る女。
派手な美人じゃない。
むしろおとなしい雰囲気が良かった。
男からはあまり化粧をしてないように見えるナチュラルメイク。
少し垂れた目が癒しの雰囲気。

好きだった女。
好きだったのかもしれない女子大生。
だけど。
今腰を抜かしたように座り込む若い女性。
これは俺が好きだったかもしれない女だろうか。
いや。
全然知らない女。

呆然とした顔が徐々に怯えの表情に変わる。

「……ウソ……ウソ」

ああ。
この怯えの顔は愛らしいな。
手の曲刀を顔に突きつけたなら、もっと愛らしくなるだろうか。

「ああぁぁぁ。
 そうか、からかってるのね。
 あははは。
 驚いちゃった。
 なぁに、仮装グッズなの。
 そんな白いタキシード良く持ってたね」

あは。
あはははは。
と笑う。

無理して笑ってるのは見え見え。
膝がガクガクと震えているのは隠しようも無い。

俺は曲刀を軽くふるう。
彼女の腕に。
俺の攻撃は狙いを外さない。
肩の部分で彼女の服が斬れる。
すっぱりと。
袖から二の腕の布が落ちていく。
布がはだけ、覗いた彼女の腕には薄い傷。
血がつうっと滴り落ちる。

「あは。
 あははは」

笑っていた女性が黙り込む。
信じられないものを眺める表情で自分の腕を睨む。
いくら睨んでも事実は変わらない。
服の腕部分は切り裂かれ、腕から血が滴る。

「キャ、キャァアアアアアアアアアアアアャァアアアアアアアアアアアア」

女性の小柄な体から出たとは信じられないような大音量。
目を見開いた女性。
魅力的では有るが、期待したのと少し違うな。
驚愕で目を見開いた女性の顔は少し品が無い。
もう少し品よく怯えて欲しかった。

倒れたノートPCには俺が映っている。
白いタキシードを着て曲刀を振るう男。

『狂った奇術師』

「何を驚いているのかな。
 もうお馴染みだろう」

俺が近づくと彼女は怯える。
血の滲む腕を抑えながら、ビクビクと後ずさる。

トントン、トントン。
部屋の扉を叩く音がする。

「ちょっとー。
 大声が聞こえたわよ。
 大丈夫なの?」

中年女性だろうか。
少し枯れた声。

「近所の人かな?」

俺が尋ねると慌てたように顔を上下に振る彼女。

「となりっ……となりの人……」

隣のおばさん、図々しいカンジでいや。
そういえばそんな話を聞いたことが有る気がする。

俺は扉に向かって腕を振る。
彼女に向かって。
どうぞ。
そんな優雅なボディランゲージ。

「いっ、いいんですか」

振るえながら彼女は言う。
膝を震わせながら扉の方へ向かう。
俺に背を向ける。
俺と少し距離が出来たと思うと走り出す。

隣の主婦には良い迷惑だっただろう。
大声に驚かされ、女性の悲鳴に放ってもおけず様子を見に来た女性。
扉を恐る恐る叩き、大丈夫なのと尋ねる。
そして扉が開けられる。
そこに居たのは隣の女子大学生。
何よ驚かさないでよ、事件でも起きたかと思ったわよ。
ホッとしてそんな文句を言おうとしたのも束の間。
目の前の人影が二つに分かれる。
縦に頭から股間まで。
左右に斬り分けられる。
左半分の人影。
右半分の人影。
真ん中からは赤い液体が溢れる。
赤黒い臓物が下半身からズルズルと零れ落ちる。
上半身からは湯気を立てる温かい血液。
頭部からは脳漿。
汚らしいモノが人の形から溢れだしている。

中年女性の喉からはすさまじい悲鳴。
周囲に響き渡る。

「ンギャアアアアアアア、ぎゃがぎゃぎゃああああああああああああああああああ」

そうか。
女子大生の声に俺は品が無いと思ってしまったけど、あれはまだ品の良い叫びだったんだな。
中年女性の遥かにけたたましい声を聞きながら、俺はそう思った。
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