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第2話 とある一家後編

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「それでハンプティさん。
 何かウチに御用なんですの?」

 アリス・マーティンが話を促し、ハンプティは本来の用事に戻る事が出来た。

「ああ、そうでした。
 アリス様、実は……
 御存じの通りここは開拓村です。
 まだ開拓されていない辺境を開拓し、徐々に王国の領土を広げるべく造られた。
 辺境であるが故、多少の危険は伴う。
 モンスターの存在も最初から予想はされていたのですが……
 どうやら、予想以上に危険なモンスターが多数観測されているようなのです」

「モンスター?!
 まぁ、怖いですわね。
 でもアーサーが居れば大丈夫」
「アリスさんの旦那さんは村の自警団の筆頭なんだよ。
 ハンプティくん、彼は相当の強者で以前は冒険者として高名だったと聞くよ。
 彼が居れば……」

 アホが!
 ハンプティは胸の中でつぶやく。
 辺境で少しばかり腕の立つ冒険者だったところで、レベルが違うのだ。
 
 例えば、邪悪犬《エビルドッグ》とか狂暴猪《マッドボア》。そんな普通の村人には手に負えないモンスターと戦う冒険者。勿論、強者ではあるだろうが、その程度とケタの違うモンスターが世の中にはいるのだ。
 一角兎《ホーンラビット》のような村人でも、力を合わせれば退治できるモンスターが警戒レベル1。邪悪犬《エビルドッグ》が警戒レベル2と王都の役人は分類している。一般には弱モンスター、強モンスターと呼ばれる。そんな多数のモンスターの相手をさせるには冒険者もいいだろう。
 しかし今回はその上、災害級モンスターと呼ばれる、警戒レベル3のモノまでいるかもしれないのだ。
 そうなってしまうと、辺境の開拓どころでは無い。
 警戒レベル3の存在が確認されれば、正規の兵団を差し向ける。騎士団の4分の1も出動させねばならないだろう。さすがにいい加減な情報だけで出来る事では無い。故にハンプティがこんな田舎までわざわざ出向いて来たのだ。

 ハンプティは顔に愛想笑いを浮かべ、田舎モノの相手をする。

「それは頼もしいですね。
 しかし、今回は……!」

 大きな音でハンプティの言葉は遮られていた。
 家の外で凄まじい音がしたのである。大木でも倒れたか、崖崩れでも起きたような轟音。
 
「なんじゃ? なにが起きたんじゃ」
「あらっ、アーサーが帰って来たのかしら」

「アンタの旦那は山男か何かかよっ」

 なんでだ!
 どう聞いても一人の人間が立てる音じゃねーだろ。
 つい紳士的態度を忘れてしまうハンプティである。


「帰ったぞー、アリス」

 扉を開けて入って来たのは男だった。革鎧を着た中年男。
 
「ホントに旦那なのかよっ!」

 ノリでツッコンでしまうハンプティである。男とアリスはそんなハンプティを無視して抱き合っているのだ。

「おかえりなさい、ア・ナ・タ」
「アリス、今日もキレイだ」

 二人はお互いを見つめ合って、その瞳がキラキラと輝いて、顔と顔が近付いて行くのである。

「父さん、母さん、今日は客がいる。
 イチャイチャするのは控えめにした方がいい」

 ナイト少年が言って、一瞬後にはキスしそうだった二人がパッと離れる。年甲斐も無く頬を赤くしたアリスと悔しそうな顔の中年男。
 
「客だって?
 なんだ、ガロレィ村長か。
 ちょうど良かった、手伝ってくれ。
 牛を倒したんだ」

 この中年男がマーティン家の長、アーサーか。
 ハンプティは観察する。剣を背中に携えているがそこまで腕の立ちそうな雰囲気では無い。顔つきに戦士の厳しさが感じられないせいだろうか。
 この程度の男がこんな美女を嫁さんにしてるとは。

 家の表には確かに牛が倒れていた。
 先ほどの音はこの牛が放り出された音か。牛は普通の牛のサイズでは無かった。体長が10メートル位はあるのだ。

「こっ……これは?!」

「なっ、デカイ野牛だろ。
 村長、ウチだけじゃ食いきれない。
 村の人達に分けてやってくれ」
「アーサーさん、これは野牛では無いですぞ。
 黒牛《ブラックブル》と言うモンスターです。
 力の強いモンスターと聞くのですが、一人で倒すとはさすがですなー」

「そうなのか、変に大きい牛だと思ったぜ」
「はっはっは」

 違う!
 黒牛《ブラックブル》と確かに似てはいる。が、ヤツらは体長4メートル前後。角は頭から上に向かって伸びる。こんな目の前にいるモンスターのようにネジくれた凶悪な角が3本も生えていたりはしない。
 
 これは、このモンスターは!
 天嵐牛《ストームバッファロー》!
 警戒レベル3の筆頭、災害級モンスター!!
 一頭ならば頭の角から風を呼ぶだけだが、数頭揃うと嵐を巻き起こす。その威力は小さな村くらいは呑み込み、建物全てをただの廃墟と変えてしまう。
 
 ハンプティは頭を抱えている。
 バカな!
 こんな事が在り得る筈は無い。
 こんな冴えない男が天嵐牛《ストームバッファロー》を倒すとは!
 相手は災害級モンスターだぞ。
 
 しかし……そうだ。
 天嵐牛《ストームバッファロー》が一頭だけだったならば!
 ヤツらは数頭集まってこそ嵐を起こす能力があると言う。本来集団で行動すると言われるモンスターだが、たまたま一頭だけで行動していた。もしかしたらケガでもして弱っていた個体なのかもしれない。
 この男、アーサー・マーティン。たかが辺境の冒険者ではあるが……だからこそ弱モンスターや強モンスターとの戦いの経験は積んでいるハズ。
 見た目はトボケた中年男でも外見よりは手練れなのだろう。
 
 一頭のみで弱っていた天嵐牛《ストームバッファロー》。
 見た目よりは手練れの冒険者。
 この条件が揃えば!
 在り得ないような事態でも起こり得るのかもしれない。

 ならば、こうしている場合では無い。
 天嵐牛《ストームバッファロー》が一頭いたと言う事は、すなわちその集団も近くに居る。
 このためにハンプティ・ダンディは来たくも無いド田舎に来たのだ。
 この天嵐牛《ストームバッファロー》の死骸を証拠として提出し、王都の騎士団の出動を要請するのである。

 
「村長、まだ何頭も居るんだよ。
 一人じゃ運べないだろ。
 死体は荒野に置いてあるんだ」

「何頭もいたのかよっ!!!」
 
「なんと!
 それでは食べきれませんな。
 燻製にしなくては肉が傷んでしまう」

「肉の心配してる場合かよっ!!!!」

 ツッコミ疲れしているハンプティをアーサーと村長は遠巻きに見てるのである。

「騒がしい男だなぁ」
「なんせ優秀な役人らしいですから」


「そうよ、二人とも。
 ハンプティさんの言う通り
 お肉のコトばかり言ってちゃダメ」

 頭が割れるように痛い。しゃがみ込んでいたハンプティ・ダンディ。
 ハンプティの味方をしてくれたのはアリスであった。

「……アリス様、分かっていただけるんですね。
 この非常事態が……」

「いーい。
 お肉を食べたらその3倍は野菜も食べなきゃいけないのよ。
 牛肉だけたくさんあってもダメ。
 野菜もその分無いといけないの」

「健康の心配じゃねーよっ!!!!!」


「……わたし何か間違ってたかしら」

 おろおろするアリスである。
 ちょっと怯えた自信無さげな顔が可愛らしい。そんな女性を抱きしめる男、アーサーなのだ。

「キミは何一つ間違っちゃいないさ」

「ねぇ、アーサー。
 わたし、あの人怒鳴ってばかりでコワイ」
「ああ、都の役人なんてあんなモンさ。
 でもキミを怯えさせるなんて……
 大丈夫アリス、どんなコトがあっても俺がキミを
守るよ」

「本当……アーサー……」
「モチロンさ、アリス」

 ハンプティの前でイチャイチャし始める夫婦なのである。
 
 アーサー・マーティンはごく普通の村人である。
 辺境の村の狩人、兼自警団のリーダー格。

 であると同時にモチロン彼は転生者であった。
 とある企業で地獄のように働かされていた中年。徹夜続きで朦朧としていた彼はトラック事故で亡くなった。そして異世界に生まれ変わり、チートで無敵だったのである。国一番の剣聖と競い合い、伝説的魔導士と知り合い、途方も無い剣技と驚異の魔法を身に着けた。王国を脅かす大魔王アシュタロッテを倒し、神話的勇者となった彼だが……引退した。出会った女性と恋に落ち「俺こっからはスローライフ過ごすわ」と辺境に一軒家を買って移り住んだのである。
 神話的勇者の顔とその真の名は王国で誰にも明かされていない。「私の事は忘れてくれ」と風のように去って行った。そーゆーコトになっているのである。
 だから、彼は現在牧歌的生活を営む一般人なのである。
 過去のコトは「はっはっは、昔はちょっとヤンチャしてたかな」と引退したヤンキーのように語るアーサーなのである。

 そんな訳で村に住むマーティン一家はごく普通の一般的村人一家なのであった。

 ハンプティ・ダンディは既に頭痛がするのを通り越して何が何だか分からない。
 何だか周囲の出来事がスローモーに動いてる気がする。薄い膜がかかったその先で誰もが話したり、行動している。
 これはイカン。
 そのくらい自覚する事はまだ可能だった。

「今日は帰ります。
 帰って休みます。
 そうだ……疲れているんだ。
 はははっ……辺境まで馬車に揺られてきたんだものな。
 疲れもするさ」

 ヒトリゴトを大声で言いながら去っていくハンプティ・ダンディを見送る村長とマーティン一家なのである。

「変なヤツが来たな。
 ガロレィ村長、アイツ大丈夫なのか」
「うーむ、優秀な役人と聞いているんですが……
 まぁやはり優秀な人間には変わり者が多いんでしょう。
 おお、こうしちゃいられない。
 村の人間に声をかけて牛の肉を運び込まなければ」

「頼んだぜ、村長。
 悪いんだけどさ、俺ウシと戦って疲れたから手伝わなくていーかな?」
「モチロンです。
 貴重な肉を大量に分けて戴いたんです。
 感謝いたしますぞ」

「すまねぇな。
 頼んだぜ」

 村長が去っていき、やっとお客さんの居なくなったマーティン一家。
 アーサーはアリスを抱き寄せるのである。

「あっ、ダメよ。
 アーサー、アナタ凄く汗かいてるわ。
 わたしまで汗臭くなっちゃう」
「なら、アリスも一緒にシャワーを浴びよう」

 そんな二人を横目で見て、ナイト・マーティンは声を出す。

「僕、ソフィアを寝かしつけに二階に行ってくるよ。
 一時間くらいしたら降りて来るから」

 8歳とは思えない気の利かせ方をするナイト少年なのである。

 こうしてマーティン一家の夜は更けていく。
 ごく普通の村人一家。辺境の村の猟師と奥さん、二人の子供の一家なのである。何の変哲もない一般的辺境の家族の物語がこれから始まる。

「何の変哲もないワケないだろっ!!!!!!」

 どこかからツッコミが入っても、マーティン一家の物語は始まるのだ。
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