新月夜にノスフェラトゥ嗤う

くろねこ教授

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イナンナの暗黒神殿

女神の神殿に行く男Ⅰ

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俺はマヌケな護衛だ。
護衛を受けた商隊は全滅した。
イナンナの街のギルドに正直に報告したら、受付嬢に睨まれた。
もう酒を飲んで寝てしまおう。



酔いから覚めるとすでに夕方だった。
窓から表を眺めると大都市は薄暗く、通りを松明やカンテラが照らす。

やはり疲れていたのだろう。
昨日ギルドで寝たにもかかわらず、グッスリ寝てしまった。
長イスじゃ良く眠れなかったのも事実だ。

カニンガムから宿屋に伝言が届いていた。
教えられた飯屋に向かう。
上品過ぎないレストラン。
金持ち中心の店だが、俺みたいな身なりでも入れるギリギリのレベルだ。

「好きに食ってくれ。
 詫びと山賊の情報料だ」
「ありがたい。
 マヌケな男は護衛の後金を貰えそうにないんだ」

カニンガムの言葉に甘えて、高めのメニューと葡萄酒も注文する。

カニンガムの目的は分かってる。
情報交換したいのだ。

イナンナの周辺ではここ数年、同様の事件が何度も起きてる。
女性は子供から年寄りまで連れ去られて、男は皆殺し。
騎士団は警戒を強めているが、哨戒部隊には一度も引っかからない。
見回りが居ない時に限って商隊が襲われる

「男は全員死んでるんだぜ。
 後学の為にどうやって生き延びたのか、教えてくれよ」
「昨日は新月の晩だったからな。
 見逃したんだろうぜ」

「アンタが襲われたのは昼間だろ。
 ついでに昨夜は月が出ていたと思うぜ」

俺と同じ被害者が大量にいた事を知る。
俺だって殺されたのだ。
蘇っただけなのだ。

俺も情報を返しておく。

襲撃して来た賊は鮮やかな手口だった。
弓矢部隊まで用意している手練れの集団。
整った口ヒゲに頬傷の男。

口ヒゲに頬傷の部分でカニンガムが反応する。

「それだけじゃなんとも言えない。
 だが……クレイブン侯爵の配下に一致する特徴の男がいる」

イナンナの街は大都市だ。
周辺は数人の領主がおり、街は貴族、大商人達による評議会で運営されている。
絶対者と言える立場の人物はいない。
中心人物なのが文人のクレイブン侯爵と武人のシェイ伯爵。
クレイブン侯爵の方が貴族としての立場や血筋は上。
だが、辺境では武力がモノを言う。
武人が集まり、騎士団を指揮しているシェイ伯爵の方が民衆の人気は高い。

「そんな訳でな。
 クレイブンの方は宗教の力を借りる事にしたらしい。
 最近はイナンナ神殿に大規模な寄付をしたり、何か儀式があれば必ず顔を出してる」
「ふーん。
 逆に騎士団は山賊を捕まえ損ねてる。
 シェイの旦那の人気は落ちてる……って訳だな」


俺は昼間酔っぱらったのも忘れて、葡萄酒をガブ飲みした。

「ツイてない、ツイてないぜ。
 山賊に襲われるわ、ちょっとカワイイと思った娘は連れ去られる、後金はもらえない。
 ついでにギルドの窓口の小娘には睨まれる」
「あの窓口の娘はアリスと言うんだ。
 山賊に知人が殺されたもんでな。
 ……ピリピリしてるんだ、許してやってくれ」

「睨むのを止めればカワイク見えるのにな。もったいない」
「若く見えるし、背丈も低いせいで冒険者たちにナメられるが、本人は一歩も引かん」

「どこかで厄払いをしないとやってられないぜ」
「ジェイスン、女神の神殿にでも行ったらどうだ。
 ここはイナンナ神の神殿が有るのを知ってるだろ」

「ああ、有名な神殿だな。
 この街の名前も神殿があるからだろ」
「今イナンナ神殿には有名な聖女が居る。
 明日ならちょうど聖女が人前で祈りを捧げる日だぜ」

「イナンナ神に拝んだら後金をくれるかな」
「そいつは難しいがな。
 イナンナ神は豊穣と美の女神なんだ。
 キレイになりたい若い女が神殿には押し寄せてる」

「そんな女達はオッサンの冒険者なんか目に入らないだろう」
「プレゼントは花束じゃなくて化粧品にしたらいいかもな」

カニンガムは冗談を止めて真顔になる。

「さっきも言ったな。
 神殿にはクレイブンも良く出入りしている。
 おそらく明日も顔を出すだろうぜ」
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