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イナンナの暗黒神殿
馬車にいた男Ⅲ
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俺は周囲の惨状を見てまわっていた。
普通の人間には何も見えない暗闇だが俺は夜目が利く。
無残な死骸だらけだった。
金目の物は持ち去られ、打ち捨てられた箱や壊れた馬車が転がっている。
死体は全て男だった。
「女にはケガさせるな」
「そういう仕事だ」
鉄面の男はそう言っていた。
女性は全員連れ去られたらしい。
商隊には若い娘だけでは無い。
年配の女性もいた筈だが、差別はしなかったらしい。
俺は死体に手を合わせてから、懐の銭を持っていく。
普通死体は金を使わない。
商人達の荷物には衣服も有ったはずだが、全て持ち去られていた。
血にまみれた服の中で比較的マシなものを借用する。
男が腹やヘソをチラ見せしていても誰も喜ばないだろう。
その上から少し破れたマントをかぶる。
これで街に行っても入場拒否はされずに済みそうだ。
街道の上で半日寝ていた計算になる。
布団が恋しい。
馬車が来た道を戻ったならば、出発して来た山間の村。
逆に山を越えれば商隊の目的地・大都市イナンナだ。
距離は似たようなものだろう。
どちらも人間の足では丸一日は歩く必要がある。
「馬の一頭くらい残しておいてくれよ」
ブツブツ言いながら俺は歩き出した。
歩かなければ温かいベッドにはありつけない。
行く先は登り道。
後ろに戻るよりは前に進む事を俺は選んでいた。
俺は死なない男だ。
いや、正確に言うと死んでも夜になると蘇る男だ。
理由は分からない。
別の世界でサラリーマンだった俺は多分死んだのだろう。
死んだ時の記憶は無い。
苦しかったような気はするので建物の火事か地震だろうか。
俺の住んでいた都市は必ず大地震が来ると言われていた。
それとも一気に世界中に広まったウィルス性肺炎かもしれない。
目を覚ますと夜でこの世界に居たのだ。
それからこの世界に順応するまで大分かかった。
すでに10年近い時間が過ぎている。
俺は不死ではあるけれど、不老では無いようだった。
20台のピカピカした肌だった俺は30台ヒゲ面のオッサンに変わっている。
24時間後俺はイナンナの冒険者ギルドに出向いていた。
イナンナは大都市だ。
住んでいる人間は多いし、一旗揚げようとやってくる輩がたくさん。
俺が冒険者以外の食い扶持を探す事も可能だ。
このまま知らんぷりしてやり過ごすか。
そんな事を本気で考えもしたのだが、そうもいかない。
護衛を引き受けた記録が山間の街に残っている。
これをやり過ごすとするとわざわざ別の名前とプロフィールをでっちあげなきゃいけない。
今のジェイスンという名前を気に入ってるし、俺の顔を覚えている人間も冒険者にはいる。
ギルドの窓口にいた若い女性に正直に話す。
護衛していた商隊が山賊にやられた。
俺は頭を打って気絶していた。
他のヤツの血を浴びた俺を死体だと勘違いしたんだろう山賊は俺を見逃した
今行けばまだ街道に商隊の跡が残っているはずだ
俺が受付だったら『なんてマヌケなヤツだ!とっとと帰って寝ちまえ』と言ってるだろう。
ところが窓口の少女は全く俺を解放してくれなかった。
「街道の確認をします。確認が済むまでギルドから出ないでください」
俺は小部屋に押し込められた。
「こっちは一昼夜歩きとおしだったんだ。
宿屋で寝かせてくれ。
メシもろくに食べていないんだ。
明日また顔を出すよ」
俺の要望は無視された。
さすがにパンと水は差し入れられたがそれだけだ。
俺はギルドの固い長イスで寝るハメになった。
翌朝、俺は来客で目を覚ます。
窓口の女と一緒に現れたのは中年の男だった。
「よう、ジェイスン。
寝心地はどうだ?」
「カニンガムか?
イナンナのギルドは客を座らせるクッションに予算をかけるべきだな」
窓口の少女は俺を睨みながら言った。
「あなたの言った通りの場所に山賊に襲撃された商隊を発見しました」
遺体や積み荷は近く回収されると説明を続ける女をさえぎる。
「好きにしてくれ。
前の街で護衛に雇われただけであの商隊に付き合いのあるヤツはいないよ。
遺体も積み荷もマヌケな護衛には関係ない。
もう行っていいだろ。
宿屋の布団で寝直したいんだ」
女は不満そうにこちらを見る。
「いいえ。
もう少し襲撃の状況、山賊に関してもお伺いしたい事が有ります」
俺を疑っている態度だが……あからさま過ぎるだろう。
情報提供者にはもう少し丁寧に接するもんだぜ。
「待て待て、アリス。
ジェイスンは死にかけたんだ」
「しかし副隊長……彼は……
山賊に襲撃されて無傷なんて信じられません!」
「ジェイスン、行っていいぞ。
今日夕飯をおごるから、その時話を聞かせてくれ」
ジェイスンと名乗った男が去った後、アリスはカニンガムに不満をぶちまける。
「副隊長!
彼はあの賊に襲撃された被害者で初めての生き残りです」
イナンナ周辺では同様の手口で襲われた被害は相次いでいる。
全ての現場で女性は連れ去られ、男性は皆殺し。
ジェイスンは唯一の生き証人だった。
アリスは確信していた。
あの男はもっと何か知っている。
「……彼の仕事の経歴を確認しました。
同様のケースが有ります。
護衛を依頼した村は全滅、彼だけが生き残ってる」
「アリス、彼は賊の仲間じゃない」
「あれはな……
生き残る男なんだ」
「……?」
ギルドの履歴からは抹消されているかもしれない。
東方で火の大精霊が暴走したって話を聞いた事があるか?
1時間で3つの都市が蒸発した。
そこに彼は居た。
彼が居なかったらまだ都市に住んでいた人々がどうなったか誰も知らなかっただろう。
あるいは南方で人虎族の大襲撃は?
すべての生物がヤツらの腹に収まった。
それをギルドに知らせたのは誰だと思う。
「ギルドの記録からは消されている。
関係者はほとんど死んでいる。
だから知っている人間は少ない」
「そんな事って……」
何かの特殊スキル保持者ですか?」
「オレ程度の人間には分からん。
……だがな、ケチな盗賊じゃ無い事だけは確かだ」
その頃俺は酒場で値切って安酒を買っていた。
宿屋に向かう。
「せまい部屋で良いから、布団だけは上等なヤツにしてくれ」
本当に狭い部屋で酒を呷る。
つまみはいらない。
前日の出来事を思い出すだけで酒が進む。
鉄面の男、いや口ヒゲの男に思い知らせてやるんだ。
チッキショウ!
あの娘の分はもちろん、24時間歩かされた礼、窓口女に睨まれた分も全部返してやるからな!
普通の人間には何も見えない暗闇だが俺は夜目が利く。
無残な死骸だらけだった。
金目の物は持ち去られ、打ち捨てられた箱や壊れた馬車が転がっている。
死体は全て男だった。
「女にはケガさせるな」
「そういう仕事だ」
鉄面の男はそう言っていた。
女性は全員連れ去られたらしい。
商隊には若い娘だけでは無い。
年配の女性もいた筈だが、差別はしなかったらしい。
俺は死体に手を合わせてから、懐の銭を持っていく。
普通死体は金を使わない。
商人達の荷物には衣服も有ったはずだが、全て持ち去られていた。
血にまみれた服の中で比較的マシなものを借用する。
男が腹やヘソをチラ見せしていても誰も喜ばないだろう。
その上から少し破れたマントをかぶる。
これで街に行っても入場拒否はされずに済みそうだ。
街道の上で半日寝ていた計算になる。
布団が恋しい。
馬車が来た道を戻ったならば、出発して来た山間の村。
逆に山を越えれば商隊の目的地・大都市イナンナだ。
距離は似たようなものだろう。
どちらも人間の足では丸一日は歩く必要がある。
「馬の一頭くらい残しておいてくれよ」
ブツブツ言いながら俺は歩き出した。
歩かなければ温かいベッドにはありつけない。
行く先は登り道。
後ろに戻るよりは前に進む事を俺は選んでいた。
俺は死なない男だ。
いや、正確に言うと死んでも夜になると蘇る男だ。
理由は分からない。
別の世界でサラリーマンだった俺は多分死んだのだろう。
死んだ時の記憶は無い。
苦しかったような気はするので建物の火事か地震だろうか。
俺の住んでいた都市は必ず大地震が来ると言われていた。
それとも一気に世界中に広まったウィルス性肺炎かもしれない。
目を覚ますと夜でこの世界に居たのだ。
それからこの世界に順応するまで大分かかった。
すでに10年近い時間が過ぎている。
俺は不死ではあるけれど、不老では無いようだった。
20台のピカピカした肌だった俺は30台ヒゲ面のオッサンに変わっている。
24時間後俺はイナンナの冒険者ギルドに出向いていた。
イナンナは大都市だ。
住んでいる人間は多いし、一旗揚げようとやってくる輩がたくさん。
俺が冒険者以外の食い扶持を探す事も可能だ。
このまま知らんぷりしてやり過ごすか。
そんな事を本気で考えもしたのだが、そうもいかない。
護衛を引き受けた記録が山間の街に残っている。
これをやり過ごすとするとわざわざ別の名前とプロフィールをでっちあげなきゃいけない。
今のジェイスンという名前を気に入ってるし、俺の顔を覚えている人間も冒険者にはいる。
ギルドの窓口にいた若い女性に正直に話す。
護衛していた商隊が山賊にやられた。
俺は頭を打って気絶していた。
他のヤツの血を浴びた俺を死体だと勘違いしたんだろう山賊は俺を見逃した
今行けばまだ街道に商隊の跡が残っているはずだ
俺が受付だったら『なんてマヌケなヤツだ!とっとと帰って寝ちまえ』と言ってるだろう。
ところが窓口の少女は全く俺を解放してくれなかった。
「街道の確認をします。確認が済むまでギルドから出ないでください」
俺は小部屋に押し込められた。
「こっちは一昼夜歩きとおしだったんだ。
宿屋で寝かせてくれ。
メシもろくに食べていないんだ。
明日また顔を出すよ」
俺の要望は無視された。
さすがにパンと水は差し入れられたがそれだけだ。
俺はギルドの固い長イスで寝るハメになった。
翌朝、俺は来客で目を覚ます。
窓口の女と一緒に現れたのは中年の男だった。
「よう、ジェイスン。
寝心地はどうだ?」
「カニンガムか?
イナンナのギルドは客を座らせるクッションに予算をかけるべきだな」
窓口の少女は俺を睨みながら言った。
「あなたの言った通りの場所に山賊に襲撃された商隊を発見しました」
遺体や積み荷は近く回収されると説明を続ける女をさえぎる。
「好きにしてくれ。
前の街で護衛に雇われただけであの商隊に付き合いのあるヤツはいないよ。
遺体も積み荷もマヌケな護衛には関係ない。
もう行っていいだろ。
宿屋の布団で寝直したいんだ」
女は不満そうにこちらを見る。
「いいえ。
もう少し襲撃の状況、山賊に関してもお伺いしたい事が有ります」
俺を疑っている態度だが……あからさま過ぎるだろう。
情報提供者にはもう少し丁寧に接するもんだぜ。
「待て待て、アリス。
ジェイスンは死にかけたんだ」
「しかし副隊長……彼は……
山賊に襲撃されて無傷なんて信じられません!」
「ジェイスン、行っていいぞ。
今日夕飯をおごるから、その時話を聞かせてくれ」
ジェイスンと名乗った男が去った後、アリスはカニンガムに不満をぶちまける。
「副隊長!
彼はあの賊に襲撃された被害者で初めての生き残りです」
イナンナ周辺では同様の手口で襲われた被害は相次いでいる。
全ての現場で女性は連れ去られ、男性は皆殺し。
ジェイスンは唯一の生き証人だった。
アリスは確信していた。
あの男はもっと何か知っている。
「……彼の仕事の経歴を確認しました。
同様のケースが有ります。
護衛を依頼した村は全滅、彼だけが生き残ってる」
「アリス、彼は賊の仲間じゃない」
「あれはな……
生き残る男なんだ」
「……?」
ギルドの履歴からは抹消されているかもしれない。
東方で火の大精霊が暴走したって話を聞いた事があるか?
1時間で3つの都市が蒸発した。
そこに彼は居た。
彼が居なかったらまだ都市に住んでいた人々がどうなったか誰も知らなかっただろう。
あるいは南方で人虎族の大襲撃は?
すべての生物がヤツらの腹に収まった。
それをギルドに知らせたのは誰だと思う。
「ギルドの記録からは消されている。
関係者はほとんど死んでいる。
だから知っている人間は少ない」
「そんな事って……」
何かの特殊スキル保持者ですか?」
「オレ程度の人間には分からん。
……だがな、ケチな盗賊じゃ無い事だけは確かだ」
その頃俺は酒場で値切って安酒を買っていた。
宿屋に向かう。
「せまい部屋で良いから、布団だけは上等なヤツにしてくれ」
本当に狭い部屋で酒を呷る。
つまみはいらない。
前日の出来事を思い出すだけで酒が進む。
鉄面の男、いや口ヒゲの男に思い知らせてやるんだ。
チッキショウ!
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