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イナンナの暗黒神殿

馬車にいた男Ⅰ

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突然の出来事だった。

俺の隣に居た男が横に倒れた。
同業者だった。
商隊の護衛に雇われたのである。
倒れた原因はすぐに判った。
後頭部から鉄で出来た矢が突き出ているのが見えた。

戦場では兜をかぶらないとイケナイ。
乱戦場で飛んでくる矢を察知して避けるのは不可能だ。
そんなトーゼンの事実を改めて学んだ俺だが、教訓を活かすことは出来なかった。
兜を持っていないからだ。

仕方ないので弓矢の飛んでくる場所から馬車の内部へと潜り込む。
馬車に入ってきた俺を娘の視線が出迎える。

「状況はマズイな。
 計画的な襲撃だ、隠れてろよ」

若い娘の瞳が潤む。
今にも泣き出しそうだ。
笑顔のカワイイ娘だったんだが。


それにしても鮮やかな襲撃だった。

山道を進む商隊の馬車の中で、俺は商人の娘と世間話をしていた。
娘はイナンナの街で働く事になっていると言う。

「女性客が予想より多いんだって」
「店を広げて店員も増やすの」
「うまくすれば売り場の一角を任せて貰えるかも」

娘は商売精神が旺盛だった。
特別整った容姿ではないが、良く笑う若い娘。
明るい笑顔はなかなか魅力的だった。

「今度は男性客が増えると思うぜ」
「あら どうして?」
「キミの笑顔目当てに男が集まってくるからな」

俺は適当におべんちゃらを使った。
別に下心が有る訳じゃ無い。
馬車旅の退屈な時間を紛らせてくれるのだ。
その位サービスしたって良いだろう。

楽しい時間には必ず邪魔が入る様になっている。
前方から大声が聞こえて来た。

「落石だ!」
「馬を止めろ!」

山の中を数台の馬車が進んでいるのだ。
石を迂回して通れるような道じゃない。
こいつは全員で石をどける作業になるか。

ドデカイ石を力ずくでどかす。
その想像だけで俺はゲッソリしたが、結局のところ力仕事はせずに済んだ。

横合いの山の上から弓矢の雨が降って来たからだ。
続けて商隊の後方から武装した一団が攻め込んで来る。
俺のようなマヌケは混乱していたし、商人連中はパニックを起こしていた。
そして俺の隣にいた護衛は射殺された。

見事なものだ。
マニュアル本でも書いて売ればいい。
「完全・山賊マニュアル」
「今日からアナタも出来る荷馬車襲撃」


どうやら矢の雨は止んだらしい。

後方から襲撃をかける山賊が商隊の中心まで辿り着いている。
これ以上は矢が賊にまで被害を与える。
同士討ちを避けたのだろう。

俺は鉄の剣を握り直し、馬車の外を覗う。
こう見えてもプロの冒険者なのである。
アチコチを旅する商隊の護衛仕事は飯の種。
襲撃された事だって初めてでは無い。

恫喝の雄叫びと戦いの音が俺の馬車にも近付いてくる。
商人達の物であろう悲鳴も聞こえる。

馬車の中に隠れた娘が俺を見つめる。
アナタ護衛なんでしょ、戦わないの?
そんな台詞を言われてはいないが、視線はそう告げている。

俺は木で出来た馬車の荷台から外へと飛び降りた。
別に娘の視線に屈した訳じゃない。
すぐ近くで剣戟の音が聞こえているのだ。


少し進んだだけで視界に入った。
後ろの馬車に乗っていたはずの護衛が戦っていた。

2対1の戦である。
残念ながら山賊が2で護衛が1だった。
廻れ右しちまいたい想いをなんとか振り捨てる。
護衛が2で賊が1だったら何の躊躇いもなく参加するんだが。

「加勢する」
「っ頼む!」

ここで逃げたところで状況が良くなるもんでは無い。
俺は同業者の男に声をかけて参戦した。

山賊は鉄面を付けた男と髪の毛を奇麗に剃り上げた大男。
護衛側は俺と似たような革鎧と鉄の剣を持った男。
しかし俺よりは賢い護衛らしかった。
何故ならそいつは兜をかぶっていた。
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