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第五章 アルク野獣の森

第286話 とりあえずエピローグその1

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帝国軍大佐ムラードは苛立っていた。

「おい、まだ外出は出来んのか」
「はい、許可は出ておりません」

黒い制服の男が言う。
帝国兵では有るだろう。
ムラードが見た事の無い男。
交替で扉の前に二人が立っているのだ。

「これでは監禁だ。
 もう一ヶ月は経つぞ」

「我々は事情は聞いておりません」
「何かご要望の物が有ればお持ちします」

「言ってるだろう。
 私は外出したいんだ」
「それは許可出来かねます」

「お前達じゃ話にならん。
 上官を連れて来い。
 直接話す」

「大佐殿、それも出来かねます」
「この部屋で過ごすのに不自由が有ればご協力します」

「それ以外の事は我々は致しかねます」

黒服の二人は能面の様に表情を変えず答える。

くそっ。
コイツラ普通の軍人じゃあるまい。
情報部の人間か。


ムラードが居るのは塔のような建物の上階。
部屋自体は豪華なモノだ。

上等のベッド。
棚に置かれてる酒瓶も高価なものばかり。
見張りの兵は言いつければ美味をすぐ持ってくる。

最初は良かった。
ムラードは好き勝手に贅沢を楽しんだ。
だが、既に一ヶ月だ。
その間誰にも会っていない。
軍関係者、親族誰一人面会すら無しだ。

自分の親族はどうしたのだ。
自分が軟禁されてると知れば抗議の一つもするはず。
最近は力が落ちてるとはいえ、長くに渡りこの近辺の領主だったのだ。
帝国軍とていつまでも領主一族からの文句を無視できない。

ところが今日は来客が有った。
見張りの兵が言ったのだ。

「来客がお見えです」
「服装を整えてください」

誰だ?

「キルリグル少佐ともう一人の方です」

なにっ。
キルリグルだと。


「お元気ですかな、ムラード殿」

いつも通り薄笑いを浮かべて情報部の少佐は部屋に入って来た。

「元気な訳が無いだろう。
 キルリグル少佐。
 貴君にここに監禁されてから、既に一ヶ月だぞ。
 一体どうなっている」
「どうなっているか、お教えするために今日は来たのです」

見張りの兵が出ていく。
替わりに一人の人物が入ってくる。
 
「ムラードってのはお前か」

誰だ。
まだ若い。
20代後半と言ったところ。
マントに隠されているが大分上等な服装。
貴族か。
男はそのまま室内を見分している。

「おっ、なかなかいい酒呑んでるじゃないか。
 一口貰うぞ」

勝手にグラスを取り出し、呑み始める。

なんだ。
この道化は。


「キルリグル少佐。
 そろそろここから出して貰えるのだろうな」
「ムラード殿。
 部屋が気に入りませんでしたか。
 最後の生活です。
 なんでも要望を聞くように申し付けておいたのですが」

最後の生活だと?
何を言っている。

「なんの話だ」
「ムラード殿。
 アナタは本日自決する事になっております。
 理由は長く帝国を欺いて来た事に責任を感じて」

「ムラード殿、貴方はこの地方の領主でした。
 この地区を任せられた軍の大佐でも有りました」

「そんな貴方が相応しいのです」

「鉱山が迷宮で有ると、魔獣が出ると、貴重な品が排出されると。
 その人類すべてが共有しなければならない情報を知りながら秘匿されていた。
 その責任者が貴方です」

「何を言っている、キサマ。
 鉱山だと、知るモノか。
 あんなもの、とっくに権利を帝国に奪われているぞ。
 今鉱山がどうなっているか等、我らが知るはずも無い」

「何を言ってるんです、ムラード殿。
 あの鉱山の権利者は今でも貴方達ですよ。
 権利書にも間違いなく記されている」

これは……。

ムラードとて貴族のはしくれだ。
これは俺を犯人に仕立て上げる陰謀。

「これは陰謀だ。
 頼む、キルリグル少佐。
 これは誰かの罠だ。
 わたしは無実だ」

「あーっはっはっは。
 キルリグルに頼むのは無駄ってもんだぜ」

若い男が言う。
ソファーに勝手に腰掛け、グラスで酒を呷っている男。

「ムラード、もう分かっていいだろう。
 誰かの罠というか。
 その筋書きを書いたのが目の前の男だぜ」

なんだと。
キルリグル。
微笑みを浮かべた男。
この男が俺を陥れた。

「わたしでは有りませんよ。
 情報部の頭脳明晰なスタッフが考えたのです」

「ムラード殿、諦めてください。
 すでに貴方の執務室は調べました。
 魔法武具の横流し等、貴方の不正は既に掴んでおります。
 貴方の秘書官ですかね。
 実に優秀に工作されていた。
 怪しいとは踏んでいたのですが、まったく証拠を掴ませなかった。
 しかし几帳面過ぎました。
 全て帳簿を残していました。
 どのように魔法武具を調達して。
 なんという業者に幾らで販売し、大佐に幾ら渡したか。
 見事な帳簿です。
 隠してはありましたがね」

アイリス、あのバカ女め。
可愛げが無いだけじゃ無く思慮まで無かったのか。

「秘書官にしてみれば。
 露見した場合自分が主犯でなく貴方が主犯だと証明する書類です。
 大事にもしておくでしょう」

「……そんな訳だ、ムラード。
 お前の親族たちとは既に話が付いてる。
 領地変更だ。
 ちょっぴり手狭にはなるがな、辺境じゃなくて帝都近くの土地だ。
 主犯はムラード。
 お前が首を切れば、他の者に罪は及ばない。
 そういう話で決着が付いてる」

「ふざけるな、そんな話が有るか。
 大体キサマ何者だ。
 どこの貴族だ。
 さてはキサマの入れ知恵か」

ムラードは声を荒げる。

しかし男達は動じない。
キルリグル少佐は面白い物でも見るように微笑んでいる。
若い男はソファーで酒を呑んでいるのだ。

ムラードは頭を巡らせる。

このままでは我が身の破滅。
なんとか乗り切るには。

ソファーでくつろいでいる男。
若い男に近付く。
頭を垂れる。

「どこの方か存じませんが、名の有る貴族の方かと。
 わざわざいらしてくれたという事は何か、私に貴方の力になれる事が有るのでしょう。
 なんでもご協力します」

「ムラード、悪いがな。
 俺はオマエに用は無いんだ。
 ただのついでだ。
 こっちの方に用が有ってな、そのついでなんだよ」

……ついで。
俺の命が掛かった事態をついでだと。

下げたくない頭を下げてやったと言うのに。

こうなったら逃げる。
なんとしても生き延びる。
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