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第一章 ハジマリの地下迷宮

第72話 地下迷宮終章その3

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さてこれは少し未来の物語。
でも知りたい人もいるだろう。
だから少し時を跳ばそう。

ルメイ商会。
ヒゲを生やした店長は忙しかった。
迷宮に各国が目を向けている。
『地下迷宮』のボスが倒されたのだ。
倒したのは何者だと噂になっている。
驚いたことに西方神聖王国の王子でも帝国の皇子でも無いのだ。
だから普通の冒険者でもそんな事が出来るのかと話題になり、力の無い小国も俄かにダンジョンに注目しているのだ。
迷宮都市に訪れる冒険者も急増している。
商会には迷宮都市で品切れしている『毒消し』が明日にも大量に入荷する。
万々歳である。
問題は忙しすぎる事くらいだ。
部下の者にいくら仕事を押し付けても終わらない。

「店長、会長がお見えです」
「会長が? すぐ応接室にお通ししろ」

チっこの忙しい時にジャマなおっさんだ
店長は心の中で毒づく。

「店長。君には店長職を降りてもらう」
「な、なんの話ですか」

「私は冒険者に挨拶してきたのだ。
 地下迷宮のボスを倒した人間だよ。
 公表されてはいないが帝国の情報網で予測がついたのだ」

「分かるだろう。
 彼は英雄だ。
 今後の国際情勢、冒険者たちに多大な影響を与えるだろう存在だ。
 そんな彼に一足早く挨拶してきたのだ。
 だが、彼はルメイ商会だけは使わないそうだよ」

「それは残念ですが、
 それが私と何の関係が……」
「彼がこの店に足を運んだ時に失礼を働かれたそうでね。
 この店に特にヒゲを生やした店長に非常に腹を立てていた。
 キミの事だな」

「なにかのマチガイです。
 私はそんな……」
「諦めたまえ。
 キミが考えている『毒消し』を独占して大儲けする計画だがな
 組合に多量の『毒消し』の材料が持ち込まれたそうだ。
 さらに『地下迷宮』の一階が安全圏セーフティエリアとなった。
 『毒消し』の必要性は一気に下がった。
 即定価とまではいかないが現在の高騰価格からは引き下げられるそうだよ」

「そ……そんな聞いていない」
「情報が回ってこないのは組合を敵に回したからだろう。
 それだけではない。
 その大儲けする計画からキミが私服を肥やす気でいたことも、
 君が店の売り上げを着服していたことも、
 複数の女子社員と関係を持ち彼女たちの賞与の水増しをしていた事も調べがついている」

「グッ」
「退職金は出ないぞ。
 帝国警察に訴えないだけ感謝する事だ」

「それからキミが帝国の役人にワイロを送っていた件だが、
 既に帝国情報部にバレている。
 帝国の威信に傷を付けた人物として君の身柄を調査しているそうだよ」
「ググッ」

「私なら素直に自首するがね。
 帝国情報部から逃れられるとは思えん」
「グググッ
 さ……最後に店長室に入ってもよろしいですか、
 私物を置いていまして……」

「好きにしたまえ。
 ただし隠してあった貴金属は没収したぞ。
 君の着服した金の補填だ」
「ググググッ」

ヒゲ店長は逃げた。
自宅ではない。
この分では自宅の私財は取り上げられている。
別宅だ。
そこなら店にも知られていない。
あそこにはまだ金目の物が置いてある。
それを持ち出してすぐ逃げるのだ。
帝国から離れた土地、西方王国がいいだろう。
王国領なら帝国情報部も表だって活動出来ない。

さきほどの会長の言葉を思い出す。
素直に自首するだと。
なにをバカな。
情報部に目を付けられ生き延びた者の話など聞いた事がない。

店長は別宅に着く。
だが鍵が開いている。
部屋の中はガラガラだ。
家具は置いたままだが、すぐに持ち出せるものは全て持っていかれている。
現金を入れていた金庫も無い。
隠しておいた貴金属、宝石類も無い。

あの女だ。
ここを知ってるのはあの女だけだ。
元部下の亜人の恋人だった女。
部下の恋人を寝取り好きなように抱く。
その興奮に溺れこの部屋を逢引に利用したのだ。

クソっ!
苛立ち部屋の床を革靴で蹴り飛ばす店長。
しかし、幾ら蹴っても解決はしない。
なんとか気を落ち着ける。
落ち着け!
この家具も食器も高級品だ。
嵩張るがなんとか金に換えて、逃げよう。
食器をまとめだすヒゲの店長。
そこに声がかかる。
さっきまで誰もいなかった室内。
いつの間にか数人の男が立っている。

「忙しそうだな、店長。
 イヤ、元店長だったな」

黒ずくめの服装、胸に逆五芒星のマーク。
帝国情報部!

ああ!

「やめてくれ。見逃してくれ」

「何を怖がっている、元店長。
 単に重要参考人として来てもらうだけだよ」

屈強な男たちが店長を羽交い絞めにする。
明らかに男達は慣れていた。
店長とて大の男だ。
体力は有る方だと思っている。
しかしまともに腕さえ動かせない。
死に物狂いで暴れる。
そう考えてるのに、身動き一つ取れないのだ。

「キミは逃げたがってるようだから、
 逃げられない様にしないとねぇ」

ザクッ!!

恐ろしい音がした。
足元の方だ。

「ぐわっ! ぐううううがぁがあああああああ」

何が起きているのか。
足から全身に駆け抜ける。
これは何なのか。
灼熱、驚き、電流、恐怖。
そういった物が足元から全身に駆け巡る。

見たくない。
足元を見たくない。
でも見てしまう。
反射的に顔を向けてしまったのだ。

クツが落ちていた。
自分が履いていた、ブラウンの革靴。

上等な品だ。
職人に作らせたのだ。
自分の店に定期的に仕入れる。
その約束と交換に店長用に一点物を作らせた。
汚していい品では無い。
だが、汚れていた。
滴る赤い液体で。
クツの中には中身が入ってる。
クツの中に入ってるのは何か。
当然、足だ。
店長の足。

しかし、店長の足は今宙に浮いている。
男達に持ち上げられているのだ。
屈強な男たちが左右から店長を持ち上げている。
だから、足は宙に浮いている。
なのに何故クツは下に落ちているのだ。
向きもバラバラだ。

見たくない。
しかし見てしまう。
暴れようともがく足。
その膝から下。
足元。
足首の先が無い。

目の前の黒い男が何かを渡している。
別の男に刃物を渡している。
その刃物からは赤い血が滴っている。

「ぐううううがぁがあああああああ、あがっがががぁぐぁああ」

喚き声をあげる店長。
現実を受け止められない。
何が起きてるのか。
考えたくない。
足がどうなったのか。
考えないでいよう。
それがいい。

意識が薄くなるのを感じる。
そうだ。
このまま、気を失う。
それがいい。
それが正しい行動。

「このままだと出血で死んでしまうだろう。
 安心したまえ、元店長。
 君は重要参考人だ。
 殺す訳にはいかない」

男が別の男から何かを受け取る。
金属製の何か。
靴のようにも見える。
でも足首も付いている。
金属製の足だ。

「足に取り付ければこれ以上血は流れない。
 魔道具の一種だ」

黒い男は笑みを浮かべている。
楽しそうに説明する。
まるで子供の誕生日でも祝うような。
そんな幸せそうな笑顔だ。

「人間とは面白いものでね。
 痛みが過ぎるとその感覚を麻痺させようとするんだよ。
 自分で神経の伝達を遮断してしまうのさ。
 不思議な機能だろう。
 この義足はその機能を使わなくさせる働きもあるんだ」

店長は薄くなった意識が回復するのを感じる。

疲れ切って布団に倒れ込む感覚。
一瞬で意識を失う。
気付いたら朝だ。
何も無かった様に朝を迎える。
そんな夢に浸ろうとしていた。
今にも意識を失う。
そう思った。

なのに意識は鮮明になってくる。
足元から襲ってくる。
電流のような物が、熱さが、何かが。
足元を抑えたい。
抑えて悶えたい。
だが身動きは取れない。

「あがっがががぁぐぁああ、あああああああああああああああ」
 
「喜びたまえ、元店長。
 帝国に着くまでずっと新鮮な痛みを感じていられるぞ」

男は笑みを浮かべている。
まるで子供から宿題を終えたよと言う報告を聞いてるような。
そんな幸せそうな微笑みだ。


ルメイ商会会長は店長室で一服する。
ヒゲを生やした店長の事を思う。

バカな男だ。
金稼ぎは出来たのに。
欲を掻きすぎたのだ。
金稼ぎは出来たかもしれないが冒険者に嫌われたのでは元も子もない。
商人としては失格だ。
帝国情報部にマークされたのだ。
彼は死ぬより恐ろしい事が有ると知る事になるだろう。
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