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Scene.EX04 女社長七鮎川円花と俺のいない世界

第184話

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「……あの。
 貴方はどなたですか?」

草薙真悟は電話口でそう言った。

わたしはショックを受けると同時に分かっていた事だとも思った。
クリスマスの日、空から降りしきる雪を手で受け止めた時に分かっていた。
でも、どこかでもしかしたらと思っていた。
今日、病院に行ったのは最後の確認作業とも言える。

あの人の顔をした男の人。
入院患者『草薙真悟』を見て最後の踏ん切りがついたと思う。
あの日出会った勇者、わたしの運命の人はもういないのだ。

“水流のブレスレット”を拾ったわたし。
自分が魔法少女になってマモノと戦う。
言葉にしたらバカみたいなおとぎ話。
そんな事がわたしの身に起きるなんて。
わたしは子供みたいに興奮していた。

だけどそれはおとぎ話じゃなかったのだ。
残酷な現実、敵はバケモノ。
角を生やした狼に似た獣が笑う。
「クククカカ」
わたしの身体は傷ついている。
数匹の魔犬に切り裂かれた身体。
もう剣を持つのもやっと。
ここでわたしは死ぬのだろうか。

七鮎川の令嬢として産まれて。
優等生として生きていて。
魔法少女として死ぬ。

誰も愛さないまま。
誰にも愛されないまま。
七鮎川円花は死ぬ。

そう思った。

ところが、あの人が現れた。

普通の高校生だと思ったのに。
何故この人はこんなに落ち着いてるの。

傷ついたわたしを抱きしめて囁く。
「これからは俺が付いてるよ」

マンションに帰って。
「円花さま、遅いです」
ネコが小言を言うのを聞きながら。
わたしの頭の中は彼の事でいっぱいだった。
唇に触れる。
彼の唇の感触が残ってる。

そんな事は起きないと知りながら。
ずっと願っていた事。
わたしが七鮎川の人間だと知らないで。
わたしを好きだと言ってくれる人。
そんな人が現れる事。

日本の六大財閥の一つ、七鮎川。
わたしはその一員として産まれた。
幼い頃から、わたしにすり寄って来る人間は多かった。
学校の教師でさえも、わたしの機嫌を取った。

わざわざ、六家と関わりの無い高校に進学した。
メガネで変装をしたりもしてみたけれど。
滑稽なだけね。
誰もがわたしの事を知っていた。

だけど、あの人はわたしの事をまったく知らなかった。
次の日、わたしはまた彼の家に行ってしまった。
いきなり自宅に続けて訪問するなんて、露骨過ぎるかしら。
そんな事も思ったのだけど。
彼と近付きたい、もっと話したい。
そんな欲求には勝てなかった。

そして。
彼の手がわたしを抱き寄せる。
さすがに早すぎるのではないか。
抵抗すべきなのかも。
そんな思いもチラリと頭を掠めた。

でも。
彼の目がわたしを見つめる。
もう明らかだった。
この人は七鮎川の事を知らない。
知らないで、わたしを魅力的な女性と思っている。

金持ちのお嬢様と知って口説いてくる。
そんな男がいなかった訳では無い。
ワイルドな男っぽいフリ。
強引に私を誘う。
お嬢様はホントはこんなのが好きだろう。
でも男達の目は何処か卑屈だった。
その目はわたしを見ていない。
わたしの後ろにある七鮎川を、その金を、その権力を見ている。

わたしは出会ってしまったのだ。
ずっと願っていた人に。
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