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Scene.EX04 女社長七鮎川円花と俺のいない世界

第180話

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「貴方が七鮎川円花さんですか。
 あのすいません。
 本当に僕、覚えてなくて……
 何がなんだか」

それ以上何か言おうとする男性。

「分かりました。
 お時間取らせてすいません」

わたしはキッパリ言って病室を後にした。
病室のネームプレートには『草薙』。

高校の校舎そばで倒れていたと言う男性。
わたしが通う高校の三年生。
草薙真悟。
ゾンビ事件の犠牲者として病院に運び込まれた。
しかし彼は何故か無傷だった。
肉体的外傷は全く見受けられない。
ただし。
記憶が無い。
高校に入学して以来の三年間の記憶が全く無い。
それ以前の記憶は有る。
だから、本人は草薙真悟と名乗った。


「よう、どうだった?」

病室の近くで待っていた逆が声を掛ける。
五古河逆【ごふるかわさからう】。
現在はわたし、七鮎川円花【ななあゆかわまどか】の護衛兼付き人の様なポジションにいる彼女。

わたしは逆に頭を振って見せる。

「あの人は……違うわ。
 草薙先輩じゃない」

外見は。
高い背丈、均整の取れたスタイル。
彫りの深い顔立ち。
似ている。
いや、似ているというか本人なのだ。
その筈なのだけど。

表情が、その雰囲気が違うと告げている。
わたしの知っている真悟さんじゃない。
一見何処にでもいる好青年の様でありながら。
何にも臆する事の無い男性。
天性の威圧、誰もを従わせる王者の様な迫力。
そんな迫力が一欠けらも無い。
あの病室にいたのはただの気の弱そうなお坊ちゃん青年。


ゾンビ事件。
関東周辺をパニックに陥れたあの未曽有の怪事件は終息した。
時は12月24日。
クリスマスイブ。
関東に雪が降り注いだ。
ホワイトクリスマスを喜べる余裕の有る人間はいなかったでしょう。
しかし。
聖夜に相応しく、奇跡は起こったわ。

雪を受けたゾンビ達はみな動かなくなった。
ゾンビになったばかりの者には普通の人間に戻った者すら居ると言う。
そんな幸運な人間ばかりでは無い。
重傷者は多い。
ゾンビとなり暴れて、ケガを負った者達。
人間に戻ってもケガが全て治る訳では無い。
重傷で倒れた。
だが不思議と回復した者も多い。
重傷者が多数存在し、治療も手が行き届かない。
にも拘わらず、亡くなる筈の重傷者には助かった者が多い。

完全に死んでからゾンビとなったモノは唯の死体と化した。
ゾンビとなって回復しようの無い傷を負ったモノもそうだ。
身体が捥がれていたり、心臓に穴の開いたモノ。
人間に戻っても助かりようが無い。
動かない死体と化した。

犠牲者は多かったのだけれど。
それでも助かった者も大勢いたのです。

正に神の加護。
『聖夜の奇跡』そう呼ばれた出来事でしたわ。

けれども、わたしは知っています。
サンタクロースの仕業では無い。
あの人の仕業だと言う事を。
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