7 / 17
7
しおりを挟む
「おはようございます。センター試験まで約一ヶ月となりましたね。夜遅くまで勉強している人も多いと思いますが、風邪やインフルエンザも流行っていますので体調管理には気をつけて過ごしてください。それでは出席を取ります――」
矢野との件があってから、葉崎はそれまで以上に心を殺しながら日々を過ごしていた。
毎日顔を合わせる高瀬や小川の前でもモヤモヤと湧き上がる黒い感情を隠して良き同僚を演じた。
――葉崎先生、ご存知かと思いますが、この度結婚を機に退職させていただくことになりました。今まで本当にお世話になりました
――おめでとうございます。突然だったので驚きましたよ
――ふふふ、光輝、あ……高瀬先生、葉崎先生には早く言わなくちゃってずっと言ってたんですよ
――そうですか。はは……
葉崎から見ても二人はとても似合いのカップルだった。
いつだって近くにいたはずの高瀬はもうずっと遠い人のようだ。幸せいっぱいで浮かれている二人は必死に平然を装う葉崎の様子に気がつくことはなかった。
授業もいつも通りにこなした。あれからずっと矢野は授業中起きている。こちらが意識しているだけかも知れないがよく目が合うので気まずい。前髪の隙間から見上げてくる掴みどころのない瞳は何かを訴えかけているようで矢野のクラスの授業は苦痛になった。
こんなにも毎日仕事に行くことが辛いのは初めてで、葉崎は参っていた。夜はなかなか眠れず、食事も喉を通らない。
誰かに相談したくとも、ただでさえ友達は少ない上に今さら自分はゲイだとカミングアウトできるような相手もいない。
それでも失恋の痛手が日常生活にも支障をきたしているようでは身がもたないし、また矢野のときのような二次災害に見舞われかねない。なんとかしなくては――葉崎は焦燥感に駆られながら打開策を探していた。
日曜日の昼下がり。カーテンから漏れる日差しは強いが気温はすっかり低くなってきた。家から一歩外へ出ると、街はクリスマスに向けて浮かれた装いを見せている。
葉崎はそれから逃げるようにここ最近は家に引きこもって休日を過ごしている。ソファにもたれながらスマホを食い入るように見つめる先に映るのは、検索して辿り着いたゲイ同士の出会い掲示板だ。
【継続して会えるセフレ募集中。車あり。ネコ】
【彼氏と別れたばかりで寂しい~癒やしてくれる人探してます】
【二十二歳、タチ。都内で一緒に飲みに行ける友達募集!】
スクロールする度に多様な投稿が目に入ってくる。葉崎が初めて目にしたそこは欲望と誘惑の渦巻く世界だった。
中には性的に大っぴらな書き込みもあり戸惑いながらも、なるほどこうしてゲイの人達は出会うのだなと感心する。経験もなければ自分がゲイだということの自覚も薄かった葉崎にとっては目からウロコだった。
恋に落ちる、という感覚は高瀬に対するそれが初めてなのだ。彼を忘れて他の誰かを好きになれる自信はまだないけれど。
うっかり感傷に浸りそうになりながらダラダラと画面をスクロールするも、これといって気にかかる投稿はない。若い人や体だけの関係を求める書き込みが多く気が引ける。
それならば――と、葉崎は緊張する指先で文字を打ち始めた。
【名前:マコ 年齢:三十代 都内住み
恋人募集。今まで彼氏はいたことがありません。真面目な付き合いを希望しています。堅い仕事をしているので秘密厳守していただける方でお願いします】
何度も推敲しながらそう打ち込んだ文章にメッセージアプリのIDを添え、思い切って投稿ボタンを押す。
ついにやってしまった……! 葉崎は心臓を高鳴らせながら微かに震える手でテーブルにスマホを伏せて置いた。
その後、週明けの授業の準備をしたり、コーヒーを淹れて読書をしたりと普段通りの休日を過ごすも気が気でない。いつも以上に何度もスマホを確認しながら何もない休日が終わろうとしていた。
普段はほとんど鳴らないスマホが通知音を鳴らしたのは、葉崎が布団に入り眠りにつこうとしたときだった。驚いてアプリを開くと、見知らぬ相手からメッセージが届いていた。葉崎は緊張しながらそれを開く。
『マコさんはじめまして! 四十六歳のバリタチです。マコさんはネコかな? よかったら仲良くしてください。ヨウジ』
どうしよう、本当に返事が来てしまった。なんと返すのが無難だろうか? そもそもこんな時間に送ったら迷惑だろうか? 眠気はすっかり覚めて、不安と興奮で思考が定まらない。葉崎は何度も文字を書いては消して次のように送った。
『お恥ずかしながら経験がないのでわかりませんが、恐らくそうだと思われます。こちらこそよろしくお願いします』
自分と相手のメッセージを繰り返し眺めた後、気を鎮めようとスマホを枕元に放って、真っ暗な天井を見つめる。
本当にこれでよかったのだろうか。様々な思惑や妄想が渦を巻いてブラックホールに吸い込まれていく。いつの間にか葉崎は意識を手放していた。
矢野との件があってから、葉崎はそれまで以上に心を殺しながら日々を過ごしていた。
毎日顔を合わせる高瀬や小川の前でもモヤモヤと湧き上がる黒い感情を隠して良き同僚を演じた。
――葉崎先生、ご存知かと思いますが、この度結婚を機に退職させていただくことになりました。今まで本当にお世話になりました
――おめでとうございます。突然だったので驚きましたよ
――ふふふ、光輝、あ……高瀬先生、葉崎先生には早く言わなくちゃってずっと言ってたんですよ
――そうですか。はは……
葉崎から見ても二人はとても似合いのカップルだった。
いつだって近くにいたはずの高瀬はもうずっと遠い人のようだ。幸せいっぱいで浮かれている二人は必死に平然を装う葉崎の様子に気がつくことはなかった。
授業もいつも通りにこなした。あれからずっと矢野は授業中起きている。こちらが意識しているだけかも知れないがよく目が合うので気まずい。前髪の隙間から見上げてくる掴みどころのない瞳は何かを訴えかけているようで矢野のクラスの授業は苦痛になった。
こんなにも毎日仕事に行くことが辛いのは初めてで、葉崎は参っていた。夜はなかなか眠れず、食事も喉を通らない。
誰かに相談したくとも、ただでさえ友達は少ない上に今さら自分はゲイだとカミングアウトできるような相手もいない。
それでも失恋の痛手が日常生活にも支障をきたしているようでは身がもたないし、また矢野のときのような二次災害に見舞われかねない。なんとかしなくては――葉崎は焦燥感に駆られながら打開策を探していた。
日曜日の昼下がり。カーテンから漏れる日差しは強いが気温はすっかり低くなってきた。家から一歩外へ出ると、街はクリスマスに向けて浮かれた装いを見せている。
葉崎はそれから逃げるようにここ最近は家に引きこもって休日を過ごしている。ソファにもたれながらスマホを食い入るように見つめる先に映るのは、検索して辿り着いたゲイ同士の出会い掲示板だ。
【継続して会えるセフレ募集中。車あり。ネコ】
【彼氏と別れたばかりで寂しい~癒やしてくれる人探してます】
【二十二歳、タチ。都内で一緒に飲みに行ける友達募集!】
スクロールする度に多様な投稿が目に入ってくる。葉崎が初めて目にしたそこは欲望と誘惑の渦巻く世界だった。
中には性的に大っぴらな書き込みもあり戸惑いながらも、なるほどこうしてゲイの人達は出会うのだなと感心する。経験もなければ自分がゲイだということの自覚も薄かった葉崎にとっては目からウロコだった。
恋に落ちる、という感覚は高瀬に対するそれが初めてなのだ。彼を忘れて他の誰かを好きになれる自信はまだないけれど。
うっかり感傷に浸りそうになりながらダラダラと画面をスクロールするも、これといって気にかかる投稿はない。若い人や体だけの関係を求める書き込みが多く気が引ける。
それならば――と、葉崎は緊張する指先で文字を打ち始めた。
【名前:マコ 年齢:三十代 都内住み
恋人募集。今まで彼氏はいたことがありません。真面目な付き合いを希望しています。堅い仕事をしているので秘密厳守していただける方でお願いします】
何度も推敲しながらそう打ち込んだ文章にメッセージアプリのIDを添え、思い切って投稿ボタンを押す。
ついにやってしまった……! 葉崎は心臓を高鳴らせながら微かに震える手でテーブルにスマホを伏せて置いた。
その後、週明けの授業の準備をしたり、コーヒーを淹れて読書をしたりと普段通りの休日を過ごすも気が気でない。いつも以上に何度もスマホを確認しながら何もない休日が終わろうとしていた。
普段はほとんど鳴らないスマホが通知音を鳴らしたのは、葉崎が布団に入り眠りにつこうとしたときだった。驚いてアプリを開くと、見知らぬ相手からメッセージが届いていた。葉崎は緊張しながらそれを開く。
『マコさんはじめまして! 四十六歳のバリタチです。マコさんはネコかな? よかったら仲良くしてください。ヨウジ』
どうしよう、本当に返事が来てしまった。なんと返すのが無難だろうか? そもそもこんな時間に送ったら迷惑だろうか? 眠気はすっかり覚めて、不安と興奮で思考が定まらない。葉崎は何度も文字を書いては消して次のように送った。
『お恥ずかしながら経験がないのでわかりませんが、恐らくそうだと思われます。こちらこそよろしくお願いします』
自分と相手のメッセージを繰り返し眺めた後、気を鎮めようとスマホを枕元に放って、真っ暗な天井を見つめる。
本当にこれでよかったのだろうか。様々な思惑や妄想が渦を巻いてブラックホールに吸い込まれていく。いつの間にか葉崎は意識を手放していた。
1
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
真夜中の片隅で、ずっと君の声を探していた
風久 晶
BL
孤独な仁木葉司は、同級生の快活な少年・小山田優に片思いをした。
過去の傷痕に孤独に苦しみ続ける、17歳の葉司にとっては、優の明るい笑顔は、密かな憧れ、心の支えだった。
だけど、ある日突然、優から声をかけられて――
明るい優等生の優 × 過去を持つクール眼鏡の葉司の、青春の一途で一生懸命なピュアラブ。
葉司と、いとこの瑠奈の、暗い秘密。
明るく優等生だと思っていた優の隠された想い。
交錯して、孤独な心が触れ合い、そして変化が訪れる。
愛しくて、切なくて、時に臆病になりながら、ただ大切に愛することを追いかけていくストーリー。
純愛の、耽美で美しい世界へどうぞ。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
強引で絶倫系の恋人と転移した!
モト
BL
恋人の阿久津は強引で絶倫だ。
ある日、セックスのし過ぎで足腰立たずにふらついた。阿久津にキャッチされて床に直撃は免れたのだが、天地がひっくり返るような感覚に襲われた。
その感覚は何だったのだと不思議に思いながら、家の外に牛丼を食べに出た。
そして、ここが元いた世界ではなくDom/Subユニバースの世界だと知り……!?!?!
Dom/Smbユニバースの世界をお借りしました。設定知らない方も大丈夫です。登場人物たちも分かっていないですので。ゆるくて平和な世界となっております。
独自解釈あり。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
緋の翅
鯨井イルカ
BL
ごく普通の会社員平川静一には『緊縛』という倒錯的な趣味があった。
元恋人にコレクションを全て捨てられた静一は、ある日黒い肌襦袢を身に纏った男性が緋色の縄に縛られていく配信のアーカイブを見つける。一目で心を奪われて他の動画を探したが、残っていたのはその一件だけだった。
それでも諦めきれず検索が日課になった日々のなか、勤め先で黒縁眼鏡をかけた美貌の男性社員、高山円と出会った。
※更新はおそらく隔週くらいの頻度になる予定です。
【完結】闇オークションの女神の白く甘い蜜に群がる男達と女神が一途に愛した男
葉月
BL
闇のオークションの女神の話。
嶺塚《みねづか》雅成、21歳。
彼は闇のオークション『mysterious goddess
』(神秘の女神)での特殊な力を持った女神。
美貌や妖艶さだけでも人を虜にするのに、能力に関わった者は雅成の信者となり、最終的には僕《しもべ》となっていった。
その能力は雅成の蜜にある。
射精した時、真珠のように輝き、蜜は桜のはちみつでできたような濃厚な甘さと、嚥下した時、体の隅々まで力をみなぎらせる。
精というより、女神の蜜。
雅成の蜜に群がる男達の欲望と、雅成が一途に愛した男、拓海との純愛。
雅成が要求されるプレイとは?
二人は様々な試練を乗り越えられるのか?
拘束、複数攻め、尿道プラグ、媚薬……こんなにアブノーマルエロいのに、純愛です。
私の性癖、全てぶち込みました!
よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる