チート能力「看守」を使って異世界で最強と言われる

唐草太知

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1-1 夢を夢見る少年

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空に夕日が出ている。
時間的に17時くらいだろう。
もう、放課後だ。
そんな時、この俺、塩見青菜は呼び出されていた。
一応学生で、見た目は銀の短髪。
上にブレザーを羽織り、下は長ズボン。
そして特徴的なのは、
真っ黒な仮面をつけてることだ。
目の部分が開いてて、獣に引っ掛かれたような爪痕がある。
学校にも関らずつけている。
俺が今いる場所は、
皆が居るような教室ではなく、
2人きりになる空き教室にだった。
「君が呼び出された理由は分かる?」
「この仮面ですか?」
「他の学校じゃダメなんだろう。
でも、先生は君の個性だと思ってるからね。
堂々とつけてて欲しい、多様性の時代だからね」
「ありがとうございます、でも、
それじゃ他に理由が思いつきません」
俺は自分の仮面に触れる。
「そうか、それじゃ見てもらった方が早いかな」
赤毛北漸(あかげ・ほくぜん)
それが目の前に居る人物の名前だ。
顔がツギハギで不気味な印象。
身長は171cm。
体重は54kg。
おっぱいはCカップ
タバコが好きで良く吸う人。
タバコの所為か体力が無くて、いつも気だるそう。
右の人差し指と中指がタバコを普段吸ってる所為か汚れて見える。
ロングヘアーで、赤毛。
上はフリルブラウスで、下はタイトスカート。
コルセットピアス風ストッキングを履いてる。
靴はパンプス。
好きなタバコの銘柄はフォルティッシッシモ。
好きな食べ物はエビフライ。
嫌いな食べ物はレモンのかかった揚げ物。
そんな人だった。
こんな見た目だが、一応は俺の先生だ。
「真っ白ですね」
「真っ白だ・・・こいつは問題だな」
「そうですか?」
「そうに決まってるだろう・・・はぁ」
先生はため息をつく。
「俺は問題じゃ無いと思いますけど」
「あのなぁ、進路希望の調査で白紙ってのは無いだろう」
「夢が無いのに、何を書けばいいんですか?」
「サッカー選手とか、アナウンサーとか色々とあるだろう。
最近の若者と言えば・・・ユーチューバーになりたいとか。
あぁ、ブイチューバ―なんてのもあるな」
「俺は興味ないんで」
「冷めてるなぁ」
先生はため息をつく。
「何か・・・こう、趣味とか無いのか?」
「無いですね、流行とか嫌いで」
「なんでまた」
「俺は最初・・・自分のこと陰キャって思ってたんです」
「今は違うのか?」
「はい、理由があるんです」
「聞いても?」
「最初こそ陰キャってのは本当に孤独な人間を指す言葉だったんだ。
けれど、最近はコミュニケーションツールの1つになってる気がする。
陰キャといいつつ、友達が多かったり恋人が居たりする。
陰キャって言って、相手の警戒心を解くんです。
ゲームとか、アニメが好きですって言う感じで」
「いいじゃないか」
「良くないですよ」
「なんでまた」
「そいつらは結構、青春を謳歌してる。
俺は上手く出来ないのに。
だから、何だか別の生き物に思えるんだ」
「なるほどね」
「そっちの方が賢い生き方だってのは分かる。
でも、そういう奴らの所為で、
孤独な人間から言葉を奪われてる気がするんです。
それが悔しくて」
「悔しい?」
「流行によって言葉が持つ、
本来の意味から離れて別の意味に書き換えられる。
まるで多数決の多い方が正しいって言われてるみたいなんです。
それがとても・・・気分が悪い」
「はぁ」
「俺は賢くないから。
だから流行が嫌いなんだ。
”流行は孤独を殺す”
世界から存在しないみたいに扱われる」
「そういえば一時期、うつ病という言葉が流行った。
その時に、誰かがプチうつなんて事を言っていた。
本当にうつ病の人間からすれば病気を軽々しく扱われて、
嫌な思いをしていたのを見たことがある。
君が言いたいのは、そういうことかい?」
「大体は」
「なるほどね」
先生はふぅとため息をつく。
「あの・・・タバコを吸っても良いですよ?」
「いやぁ、生徒の前じゃ悪いだろう」
「黙ってるんで、さっきからため息が気になって。
それって吸いたいの我慢してるからじゃないですか?」
「人のことを良く見てるね」
「普通ですよ」
「本当に黙ってくれるんだろうな?」
「えぇ」
「へへっ、悪いね」
先生は嬉しそうな顔をして、タバコの箱を出す。
本来ならば教室で吸うのは怒られるようなことだ。
でも、ずっと吸いたかったのだろう。
窓に向かって煙を吐き捨てる。
ずっと水中に居たみたいにタバコの煙を吸う。
とても笑顔だった。
「うれしそうですね」
「本当は学校じゃダメなんだけどね」
先生は苦笑する。
「それじゃ話を続けても良いですか?」
「あぁ、構わないよ」
先生は立ったまま話を聞く。
煙は全て外に流れていく。
「俺は無キャって思ってます」
「先生は初めて聞いたな、どういう意味か教えてくれ」
「そうですね、皆の共通語ってわけじゃないので主観が強いですが。
あくまで俺個人的には趣味も無くて、友達も居ない。
勉強も出来なければ、才能もない。
そういう無い無い無いが連続してある人間のことを無キャって思ってます」
「青菜は自分のことを無キャって思ってる訳か」
「はい」
「なるほどね」
先生はタバコの煙を吐き捨てる。
「それが・・・進路希望を書かなかった理由か」
「そうですね」
「先生としては何かを書いて欲しいんだが」
「面倒くさい」
「出来れば・・・これがいいって夢があるといいんだけど」
「悪いけど、先生無いんだ」
「ふむ」
先生は考え込む仕草をする。
「やっぱり夢が無いってのは悪いですかね」
「普通なら良くないんだろう、
けれど先生的には都合がいい」
「都合がいい?」
なんのことを言ってるんだろう。
「異世界に興味はないか?」
「異世界?」
俺は聞きなれない単語に驚く。
「こことは違う、遠い世界。
そこに君に行って欲しいんだ」
「それって外国とかですか?
俺は言語は得意分野じゃないんですが」
「外国・・・といえば外国かな」
「?」
俺は先生の言いたいことがいまいち分からなかった。
「魔法の世界って信じるかい?」
「ちょっと待ってくださいよ。
そういうスピリチュアルな話は」
「青菜、放課後暇か?」
「帰宅部だし、友達も居ないので、
暇って言えば暇ですね」
「それならちょうどいい、先生とデートしよう」
「デートぉ?」
「君はまだデートを経験したことないだろう。
先生が初めての相手という訳だ。
嬉しいだろう?」
「わーい」
俺は適当に手を挙げる。
「随分と冷めてるなぁ・・・まぁいいか。
それじゃあついて来てくれ」
俺は先生の後をついていく。
そして、先生の車の前まで来る。
そこには軽自動車があった。
小柄でコンパクトな可愛らしいデザインだ。
「俺は前と後ろ、どっちに乗れば」
「デートっぽく助手席がいいんじゃないか?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
俺は車に乗り込んだ。
「ほら、忘れてる」
「うっ、すみません」
俺はシートベルトを締めてもらう。
「これで事故が起きても安心だ」
先生はニコっと笑う。
「そうですね」
俺も微笑み返す。
「それじゃあ適当に街を流そう。
そして、異世界について話そうじゃないか」
先生はアクセルを踏んで、街へと繰り出した。
時速は40kmで、穏やかな走行だった。
街並みが緩やかに変化するのが窓から見える。
「先生、免許持ってたんですね」
「車なんて無くても先生は困りはしないんだけどね」
「バスとか、タクシーがありますからね」
「それとは違うんだが」
「?」
どういう意味だろうか。
「タバコを吸って、車を走らせてると大人っぽいだろ?」
「そうですね、子供じゃ車は乗れませんから」
「それってさ、先生は格好つけてるだけなんだよ」
「先生?」
「中身はろくでもないのに、見た目ばかり大人になってしまう
先生は・・・本当はそういう人間なんだよ」
「・・・」
「あぁ、すまない、そういう話をしたかったわけじゃないんだ。
忘れてくれ」
先生は昔、何かあったのだろうか?
何か暗い過去を覗き見たような感覚だった。
「それで先生、異世界ってどういうことですか?」
俺は改めて尋ねる。
「ここではない遠い世界・・・そこには君が想像しない世界が待っている。
そこに行って欲しいんだよ」
「なんだって俺がそんな場所に」
「どうせ目的も、夢も無いんだろう?」
「それは、まぁ」
「夢がある人間には頼めないんだよ」
「どうして?」
「例えばそうだな、将来医者になりたい。
だけど大学に入るには金が必要だ。
そのための資金を稼ぐ間なら手伝ってもいい。
夢がある人間はこう言だろう」
「そうかもしれませんね」
「そうしたら途中で止めることになる。
また新しく人材を探すのは面倒だ。
ただでさえ、今の時代は少子高齢化の影響で、
人手不足が嘆かれてるのに・・・」
先生はやれやれって顔をする。
「俺は夢が無いから、途中で投げ出す心配も無いと?」
「そういうこと」
先生はふふんと笑って見せる。
「でも、俺は成績も運動も悪いのに。
努力してない人間だって先生は思ってるんじゃないですか?」
「いつ、先生がそんなことを?」
「いや・・・」
俺の被害妄想で、確かに先生は俺のことを馬鹿にしてなどいない。
「先生は青菜は努力できる人間だと思ってる。
それが勉強とか、運動では成果を発揮できないだけだと。
でも、他のことならば可能性はあると先生は信じてるんだ」
「それが異世界だと?」
「正解だ、100点の答えだよ青菜」
先生は微笑む。
「どんな場所なんですか?」
「少しは興味出てきたかな」
先生は悪戯っぽく笑う。
「疑ってるだけです」
「その疑いは何処まで持つかな」
「なんですそれ」
先生は車を止める。
「どうしたんですか?」
急に何だろうか?
「のど乾かないかい?」
「まぁ、少し」
どうやらコンビニに止まったようだ。
「オレンジジュース、それともコーラかい?」
「白湯で」
「遠慮しないで」
「いや、遠慮とかではなく」
「そうなのかい?」
「あんまり味付いた飲み物好きじゃないんですよ」
「そうか、白湯があれば白湯にするよ」
「無かったら水で」
「車の中で待っててくれ」
「分かりました」
先生はコンビニへと入って行く。
俺はその間、車の中で待機する。
車の中から先生の様子が良く見える。
喫煙所へ入って行ってる。
どうやらタバコが吸いたかったらしい。
さっきも吸ってたような気がするが。
10分くらいして、戻って来る。
「お待たせ」
先生はニコニコだった。
「乾留液が入った顔をしてますね」
「あはは、分かる?」
先生は照れくさそうに笑う。
「本当にタバコが好きですね」
「まぁね、それじゃあ出ようか」
「はい」
先生は車を出して、再び街へ繰り出す。
「青菜を送ろうとする、異世界。
名前はイデア・テラリウム」
「イデア・・・テラリウム?」
「そのまま訳すのであれば、
理念と陸生動物飼育場」
「はぁ」
俺はピンとは来なかった。
「だけど、このままだと味が無い気がしてね」
「なんとなく分かります」
「そうだな、本来の訳でないだろうけど。
先生が訳すのであれば、こうだろうな」
「どうなるんです?」
「神の箱庭」
「神の・・・箱庭」
さっきの説明よりかはイメージが湧いてきたような気がする。
「青菜にはそこに行ってもらって仕事をしてきて欲しいんだよ」
「俺にできるようなことなんですかね」
「全責任を君に任せる、とかではないから安心して。
補助する存在が居るから、1人で気負わなくていい」
「・・・」
そりゃ、そうだよな。
新人に仕事の全てを任せる会社って問題だし。
普通は先輩が居て、教えてもらいながらやるものだ。
「異世界のことを信じて来たかい?」
「少しは」
先生の言う異世界ってのはきっと、会社なのだろう。
そこで俺に何か仕事の手伝いをしてもらおうと考えてるのだ。
他の人はコンビニとか、ファストフード店で働くだろう。
俺だけ少し変わってて、異世界で働く。
ただ、それだけなのだと思ってた。
「それなら良かった」
「勤務先は学校から遠いですかね」
「んー・・・遠いっちゃ遠いね」
「そうなるとバス代とかかかるだろうか。
交通費とか出るんですかね?」
「あははっ」
先生は笑う。
「俺、何か変なことを言いましたかね?」
「言ったとも、くくっ・・・そうか会社だと思ってるのか」
「・・・」
俺は少しむっとする。
別に笑うことないのにって。
「いやぁ、ごめん、ごめん。
説明不足だった」
「ちゃんと説明してくださいよ」
「家には帰れないよ」
「え?」
「この世界ではない、別の世界に行くんだ。
地球上には存在しない、本当の別世界」
「そんなの・・・ありえないでしょう」
そんなものは誰かのフィクション。
空想の物語でしかありえない。
先生はそれを現実だと信じてるのか?
俺の心の中でざわめきを感じる。
「嫌でも信じるさ」
「どうやって」
「・・・」
先生は急にアクセルを踏む。
すると、どんどん車の速度が上がる。
「先生、早いですよ」
「・・・」
俺の話を聞いてるのか、先生は黙って走り出す。
「時速は100km超えてますよ!」
どう考えても、道路交通法違反だ。
高速道路でもないのに。
「・・・」
「先生!」
俺の言葉を聞く気は無いようだ。
「くっ」
この車はオートマチック車。
マニュアル車と比べてクラッチペダルは無い。
ペダルはアクセルとブレーキの2つだけ。
そして、ブレーキペダルは左側。
助手席からでも届きそうだ。
俺はブレーキを押そうと手を伸ばす。
「危ないじゃないか」
先生は優しく諭す。
「ぐっ、動け!」
シートベルトが固まって動けない。
「死にたくなければ、
大人しくしてるのが一番だよ。青菜」
「じっとしてたらアンタに殺される!」
どうしてだ、スイッチを押してもシートベルトが外れない。
まるで、虚空に向かってスイッチを押してるようだった。
車のスピードは150kmを越えた気がする。
異世界とか、訳が分からないことを口にしていた。
もしかして、何かヤバい薬でもやってるんじゃないかって気になって来る。
「あははははははっ」
先生は高笑いしてる。
ど、どうしようこのままじゃ!
「先生、人だ!」
ここは高速道路じゃない。
街の中だ。
当然と言えば、当然のことだが人が歩いてる。
「・・・」
先生は人に向かってアクセルを全開にする。
「うわぁあああああ」
俺は悲鳴を上げることしか出来なかった。
そして、そのまま人を轢いた。
ここで先生はようやく車を止めてくれた。
でも、すでに何もかも遅い気がする。
「さて」
先生は車から降りる。
すると、
先ほどまでシートベルトが開かなかったのに、
急に開けられるようになる。
「お、降りられる!」
俺は慌てて降りる。
「よし・・・間違え無さそうだ」
「救急車を呼んで下さい!」
俺は先生に向かって叫ぶ。
「うるさいなぁ」
先生は面倒そうな顔をする。
そして、あろうことかタバコを吸い始める。
「人を轢いたんですよ、何をのんきな」
「そんなに慌てることじゃないよ」
先生は俺とは違って落ち着いてる。
そんな場合か?
「もういいです」
俺はスマホを取り出して通報しようとする。
「待った」
スマホは先生に取り上げられる。
「捕まりたくないからって、ずるいですよ!」
「落ち着いて良く見るんだ」
「え?」
「先生が、誰を、轢いたって?」
俺は確認する。
そこには誰も居なかった。
「あ・・・あれ・・・」
「ほぅら、問題ない」
先生は笑う。
「でも、確かに衝撃が・・・」
「車に血は?」
「ついてない」
車を確認すると、そこには何も血がついてない。
では、気のせいだったのか?
「いや、実のところを言うと先生は人を轢いてるんだ」
「はい?」
「実は彼女も異世界へ行きたがっててね。
だから先生は協力したんだ」
「きょ、協力?」
「異世界へ行くには車で轢かれるのが憧れだった
らしくてね、先生にはその感覚はいまいち分からない。
まぁ、本人が望んでるならと思って、轢いてあげたんだよ。
それに、君に異世界の存在を知ってもらうのに
一石二鳥だと思って、彼女を轢いたってわけさ」
「本当に異世界があるんですか?」
「目の前で人が消えただろう」
「それは・・・そうですけど」
「人を轢いておいて気のせいで済ませるつもりかい?」
「それを先生が言うんですか?」
「あはは、確かに」
先生はこんな時でも笑う。
まるで他人事だ。
”責任転嫁”
先生の性格の本質が見えた気がした。
「通報しますからね」
「何をだい?」
「何をって・・・」
「車は血も出ておらず、死体は何処に?」
「それは」
「車は少しも傷がついてないんだ。
警察が信じるとでも?」
「・・・」
警察は証拠が無いと信用しないだろう。
学生の言葉だけじゃ動いてくれそうにない。
「彼女は異世界へ行ったんだ・・・
そろそろ先生の言葉を信用してくれたかな?」
「本当に異世界が・・・?」
「あぁ」
「・・・」
俺は信じ始めていた。
目の前の不思議な出来事に、科学的な説明がつけられないからだ。
「塩味青菜(しおみ・あおな)、君を異世界へ招待しよう。
イデア・テラリウムへ」
先生は手を差しだす。
「別に行くと決めたわけじゃないですが」
俺は先生の手を取る。
「おっ」
「ひとまず、信用はしました」
「ふふ、少し手間だったが信頼してくれて嬉しいよ」
「先生のことを信用した訳ではありません。
異世界の存在を、です」
「まずはそれでいいさ」
「それで、異世界に行くのって車に轢かれないと駄目なんですか?
俺、痛いのは嫌なんですが」
「別にそう決まってるわけじゃない」
「がくっ」
俺は転びそうになる。
では、先ほどの女性は何のために轢かれたのだろうか。
「異世界転生っぽいことをしてみたいって願望を先生は叶えたに過ぎない。
普通に異世界に行きたいならそうするにし、何か不思議な扉から異世界へ行きたいならそうする。
ようは好みを尊重するってこと」
「はぁ」
「それで君は異世界へ行くんだろう?」
「まだ、迷ってます」
「そうか」
「親にも相談しないとだし、妹が心配するんで」
「急ぎの案件じゃないから落ち着いて決めるといい」
「分かりました」
「それじゃ、送って行くよ」
先生は車に乗り込む。
「・・・」
「どうしたんだい?」
「あの、もう急発進はしないですよね?」
「ふふ・・・あの時だけさ」
先生の微笑みが怖い。
またあのF1レーサー並みの車に乗り込むか、
それとも安全を取って歩いていくか。
でも、夜だから歩きが完全に安心とは言えないが。
どっちを取るべきか。
「うーん」
俺は迷う。
「乗らないなら置いていくけど?」
「乗ります」
「決め手は?」
「歩くのが面倒で」
「面倒くさがりだな君は」
「まぁ」
俺は誤魔化すように苦笑した。
「今度こそ安全運転を目指すよ」
「お願いします」
結果から言うならば、
先生はやっぱりトップスピードで行った。
いつか捕まりそうだなと俺は思った。
一応、死なずに家に帰ってこれたのは奇跡だろう。
「さぁ、ついたぞ」
「死ななくてよかった・・・」
俺は疲れた気分だった。
「それじゃ、異世界に行く気になったら言ってくれ」
そう言って、先生は去って行く。
俺の家は一軒家。
部屋は、LDK16畳、洋室8畳。
両親の寝室。
妹の部屋、俺の部屋。
テラス囲い。
トイレは1階と2階の2つ。
家は四角い形になってる。
見た目は格子状になってて、
この辺で監獄の家ってタクシーで言えば、
俺の家に連れていかれるぐらいには変わってる。
そんな家だ。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま、優菜」
小柄で愛らしい雰囲気のある子だ。
ツインテールで、パンク系のファッションをしてる。
「痴漢とかに襲われなかった?」
「大丈夫だって・・・男だしさ、一応」
「でも、最近は男だからいいって人も居るし」
「平気だってば」
「そうかなぁ」
優菜は心配症だ。
俺のことを心配してくれるのは嬉しい。
けれど、時々行き過ぎてるところがある。
前にスマホにメッセージが来てるので珍しいなと思ったことがる。
俺は友達が居ないからだ。
それはさておき、メッセージを見ようと思ったら、
メッセージを見る前に、その量に驚いた。
1000件のメッセージが来ていますと書いてあったのだ。
何事かと思ったら、俺の帰りが遅いから心配してのことだった。
内容は今どこ?早く帰って来て。
そんな普通のメッセージだったが、その件数に驚いてしまった過去がある。
妹はそんな性格なのだ。
「ご飯できてるから食べてよ」
「ありがとう」
俺はリビングに向かう。
そして、テーブルに座り食事する。
「これ、好きでしょ?」
「あぁ」
優菜は俺のためにおからの炒り煮を作ってくれた。
ひじき・鶏肉・にんじんなどが入ってる。
醤油ベースの味付け。
俺はこれが妙に好きだった。
なんでって言われたら理屈は無い。
でも、とにかく好きだった。
「早く食べて、温かいうちに、ね?」
「分かったよ」
俺は箸を持って、食べ始める。
仮面をしてるので少し食べにくいが。
「家族の前でくらい、外せばいいのに」
「いいだろ、別に」
「ふぅん」
妹は適当に相槌を打つ。
「それよりも味だろ?」
「そうだね、それじゃあ美味しい?」
「うまいよ」
「本当に、本当?」
「心配性だな、うまいってば」
「えへへ」
優菜は嬉しそうな顔をする。
「世界一の味だって保証はないけど、
俺の舌には合ってるよ」
「お兄ちゃんに合ってればいいや」
「彼氏の和也さんが聞いたら妬きそうだ」
「いいもん、分かってくれるから」
妹には彼氏が居る。
斎藤和也、スーツを着ていて大人びてる雰囲気だ。
証券会社に勤めてるらしくエリートだ。
年収もかなりの額だって聞いてる。
性格は優しくて、俺も嫌いじゃない。
今でこそ、俺は学校に通ってる。
しかし、昔は不登校だったのだ。
普通なら、ちゃんと学校に行け。
暇そうで羨ましいとか、馬鹿にするのが多い。
でも、和也さんは妹の手前かもしれないが、
ただ、一言。
”そうか”ってだけで終わらせた。
それが俺には嬉しかった。
俺のことを非難するわけでも肯定するわけでもなく、
今は休んでる時期なんだよねとか、
いじめてる生徒が悪いのであって君は悪くないとか、
そういうことを言って欲しいのではないのだ。
俺は別に誰かを恨んでる訳でも、激励の言葉が欲しいわけでもないのだ。
ただ、それは路傍の石のように、
さりげないもののように扱ってほしかったのだ。
和也さんはそれをくれた。
だから、嫌いじゃないって思えた。
性格は悪くないと思う。
けれど、問題があると言えば妹はまだ学生だ。
つまりはロリコンだってこと。
でも、キスもしてないから、そういうのは弁えてる。
妹が大人になったら、そういうことをするのだろう。
少しショックだが、
妹が大人になると思ってその時を楽しみに待っていることにした。
「あのさ、急にこんなことを言うのもなんだけど」
「なに、お兄ちゃんのことなら聞きたいな」
「家出するって言ったら、どうする?」
「やめて」
短く、そして冷たい一言。
「優菜?」
「妹が嫌いになった?」
「いや、別にそういうわけでは」
「それだったらいいじゃん、家に居てよ」
「あくまで例えばの話で」
「例えばでも、嫌な物は嫌!」
「そうか・・・」
妹はハッキリしていた。
「どうしてそんなこと言うの?」
「軽い冗談のつもりで」
「そういう冗談は嫌い」
「風呂に入ってくる」
俺はなんとなく、申し訳ない気分になる。
そして、風呂場へと逃げるように向かった。
「・・・」
着替えを持つ俺を、妹は横目でじぃっと見てくる。
「ふぅ」
俺は浴槽に浸かる。
そして、過去を振り返り始めた。
俺を一言で表すのならば、こうだろう。
”無気力”
幼少期、俺は未熟児で生まれた。
出生体重2500g未満だと、そう言われるらしい。
けれど、見た目には何の異常も見られず、両親も安心しだだろう。
最初に言葉を発したのはママだったと母さんは言う。
父さんは寡黙だから、もしかしたらパパだって言うかもしれないが。
でも、それはあくまで表面上に過ぎなかった。
異常が見つかったのは1歳ぐらいだろうか。
母が絵本を読んでくれた時だ。
母さんが言った通りのことを繰り返すから、最初の頃は可愛いな。
って感じだったらしい。
でも、母さんは次第に違和感を覚え始めた。
母さんの言った通りのことしか言わないからだ。
普通は絵本の言葉を話す筈なんだ。
キリンさんとか、ゾウさんとかを。
父は気にし過ぎではないかと思ったらしいが、
あまりにも母が切羽詰まった顔をするので病院に連れて行った。
色々と検査をしてもらった結果、答えが出た。
俺は、文字が読めないと。
病名はディスレクシアって言うらしい。
脳の障害らしいが、問題なのは治療法が無いってことだ。
人によって症状は様々だが、文字が認識できないという共通点を持つ。
俺は言葉が水彩画の絵筆を垂らしたみたいに文字がにじんで見えるのだ。
それは平仮名か、カタカナ、あるいは漢字。
英語なのか、それが分からないのだ。
母さんの言葉を繰り返していたのは、会話で言語を理解してるからだ。
聴覚には異常が無いらしい。
だから俺は音で言葉を理解するようになっていった。
母がよく本を読み聞かせてくれたのを覚えてる。
目では理解できないが、耳では理解できると知ったからだろう。
俺は母のお陰で言葉を学習していた。
小さい頃はそれで問題なかったし、それで幸せだった。
俺が3歳くらいになったぐらいだろうか。
妹が生まれた。
妹は何の問題もなく、健康な状態で生まれた。
病院で妹の顔を初めてみた時は、可愛いなって思えた。
この頃は純粋にお兄ちゃんらしく妹を守ってやりたいって考えていた。
それが男らしいって思ってたし、自分が先に生まれて来たのだから当然だって考えていた。
やる気に満ち溢れていたんだ。
希望しか想像できなかったし、これから先は楽しいことが待ってるって。
そう、信じて疑わなかった。
6歳ごろ、俺は小学校に入った。
特別学級とかもあるけど、そっちに入るのは格好悪い気がしていた。
だから、俺は普通の学級に入ったんだ。
自分は出来るんだぞと、子供っぽい根拠のない自信を胸に行ったんだ。
でも、それは間違えだったかもしれないと後悔し始める。
小学校に入ってすぐだと思う。
俺は顔がカッコイイって評判だった。
銀色の髪は、黒髪ばかりの日本では珍しいし何より目立ってた。
幼稚園に居た頃もそうだったんだ。
あの頃は別に勉強とかもしなくて良かったから、かっこいいのが長所だったんだ。
でも、そうじゃないってことに気づき始めた。
顔が良いと、周りに完璧を求められた気がした。
運動も出来て当然、勉強だって出来て当たり前だって。
見た目が良いのだから、能力も高いだろうと。
だけど、現実は違った。
俺は文字が読めないのだから、勉強が出来る訳が無いのだ。
だから、学校のテストをするとなった時、バレてしまう。
青菜君って勉強できないんだね。
この時、悔しかったのを覚えてる。
他の奴らは文字が見えるじゃないか。
俺には見えないんだぞ、そういうのを理解してくれよ。
そう、言えば良かったかもしれない。
いや、言った所で相手は子供なんだ。
相手のことを考えるってことが出来るとは思えない。
この時から俺は、頭が悪いってレッテルが張られるようになった。
運動は普通だった。
走ったら30人ぐらい居るクラスで10番以内には入ると思う。
でもそれは、普通だろう。
悪いってわけじゃない、でも特別上手ってわけでもなかった。
青菜君って見た目の割に出来ないよね。
そんなことが周囲の人間から噂されるようになった。
言ってることは間違ってるわけじゃない。
正論だ。
だけど、いや、だからこそだろう。
俺の胸に言葉が突き刺さる。
この頃だろう、俺が仮面をし始めるようになったのは。
顔の良さだけが理由では無いだろう。
でも、この顔の所為で馬鹿にされると俺は思っていた。
だから仮面をつけて隠せば馬鹿にされなくなるって思い込んでいた。
仮面をつけて教室に入った俺はそのまま席に着く。
一瞬の静寂。
次に笑い声だった。
男も女も関係なく、全員って感じだった。
仮面をつけると不思議だったが素顔の時よりも言葉が傷つかなかった。
仮面をつけて良かったって教室の奴らに言っても信じないだろう。
でも、俺の心の中では安心がそこにはあった。
世の中、メイクをする人たちの気持ちが理解できた気がした。
俺は仮面を選択したが、世の中の人たちはメイクなんだと思った。
素顔を馬鹿にする人たちが世界に居なければ仮面をつけることはしなくていい。
でも、馬鹿にする人たちが居るのだから仮面をつけるしかないのだ。
だけど仮面は目立つかもしれないから世の中の人たちはメイクをしてるのだろう。
俺はそう、結論付けた。
最初はクラスの人たちはキャラ作りなんだと馬鹿にしていた。
でも、俺は仮面をつけたままで授業をしていた。
そのうち、皆が飽きて来たのか触れるのを止め始めた。
落ち着いてきたかなって思った時だった。
今度は先生が俺に関心を持ち始めた。
それ外せ。
いきなりだった、俺は抵抗した。
嫌です。
今でこそ体罰とか問題になっていたが俺の時はあった。
思いっきり殴られた。
殴られたとき、最初に思ったのが痛いではなく仮面が外れなくて良かった。
だった。
俺のことが受け入れられない学校に嫌気が差した。
小学校6年生ぐらいだろうか。
俺は不登校になった。
家でも仮面をつけた俺は家族からしても不気味だっただろう。
凄く心配された、でも答えは全て何でもないだ。
特に妹が嫌がっていた。
お兄ちゃんの顔が見えないって。
守ってやるって思ってたのに、不条理に抗えない俺は何と無力だろうか。
俺は妹の顔を見ると罪悪感が込み上げてくる。
そういうのを隠すにも仮面が活躍していた。
俺は家族の前でも仮面をつけたままで過ごすようになっていた。
このまま俺は引きこもりのまま、孤独死なんだろうな。
そんな風に漠然と思った。
だけど俺が外に出るキッカケが出来た。
それは父の死だ。
父は寡黙だったし、出かけるのが好きではなかった。
でもそれは神様が導いてくれたのかもしれない。
父は珍しく出かけようと行ってきた。
俺は何処に行くのだろうと思ったら少し遠出した。
桜の木が生えた公園で、俺は父と2人で散歩した。
会話があるわけでもなく、ただ黙って静かな時間だった。
どうして父は公園に来たかったのだろうか?
意味が分からなかった。
でも、もしかしたら何かを悟っていたのかもしれない。
だから最後に俺に何かを伝えたかったのかもしれない。
死んだ今ではそのことを聞けなかったが。
父の仕事は看守だった。
犯罪者が塀から出ないように監視する仕事だ。
そんな父は犯罪者でも更生の機会がある。
同じ人の命だと常に言っていた。
だけど、そんなことは犯罪者にとってはどうでもいいのだろう。
父は別に仲が良いわけでもない泥棒を庇った。
相手は殺人鬼だったらしい。
新聞でもに話題になっていた悪い方の有名人だ。
殺人鬼にとって今更、殺人の罪を重ねることなんて大したことが無いのだろう。
どちらにせよ、死刑が決まってるのだから。
泥棒が馬鹿だったんだろう。
構わなければいいのに、余計な一言を呟いたのだ。
靴下が揃ってないじゃん、それってダサいよ。
軽口のつもりだっただろう。
だけど殺人鬼を怒らせるには充分だった。
殺人鬼は看守にバレないように鉛筆を鋭利に研いでいた。
首に突き刺せば、殺傷能力は十分だったのだろう。
泥棒は逃げた、看守が取り押さえるのを待つように。
そして、運悪く取り押さえたのが父だった。
父の首に鉛筆が突き刺さり、死んだ。
殺人鬼は興奮していた。
他の看守たちも駆けつけて、殺人鬼を取り押さえた。
複数人で行ったから今回は大丈夫だった。
父は単独だった。
それが悪かったのだ。
でも、人を守ろうと思った時は誰かを待つ暇を考えるだろうか?
きっと行動に出るのが人情のある人の行動だろう。
父は人を思う人間だったのだ。
だから死んだ。
父の葬式をする時に俺は久しぶりに外に出れたんだ。
別にそれを狙ってたわけではないだろう。
でも、結果的に俺は父のお陰で外に出ることが出来たんだ。
妹は泣いていた、母も泣いていた。
親せきも、父の友人も。
葬式を開いて良かったと思った。
なにせ、父はこんなにも愛されていたのだから。
優しい父の元には多くの人間が集まっていた。
父が人に優しくしていたお陰だろう。
でも、所詮はその程度なのだ。
人を助けるメリットなんてのは。
メリットが死んだ後では意味が無いじゃないか。
そんな風に思う。
俺は人を助けることに抵抗感がある。
誰かを助けるってのは危険を伴うからだ。
憎まれっ子世にはばかる。
という、ことわざがある。
確かにって思える。
人に優しくするってのは必ずしもメリットがあるわけじゃないんだ。
自分が生きて居たいのならば、人に優しくしない方が生きていける。
俺はそんな風に思ってしまった。
どんどんと俺の中で無気力さが出てくる。
活動的になっても・・・幸せになれない。
あまり行動的ではない方が人は幸せになれるのかもしれない。
そう、思い始めていた。
久しぶりに学校に行くようになった。
妹と母は喜んでいたが、俺は内心、うっとおしかった。
高校に行き始めて、勉強という問題に直面する。
ノートを取るのは難しかった。
だから他人に借りるしか方法が無かった。
同じ人だと最初はいいが、繰り返すと嫌がると分かっていた。
だから人を変えて借りていた。
でも、噂が出てしまう。
あいつは人に借りてばかりで自分でやろうとしない。
嫌な噂をされるが、それでもディスレクシアがバレるのは嫌だった。
授業の内容は理解できていた。
先生の話を録音機で記録するからだ。
家に帰って復習が出来るから。
耳が特別いいわけではないが、普通の人くらいにはある。
聞き取りには問題なかった。
ただ、書くのは難しい。
運が良かったのは時代の流れだろう。
テストがマークシートになっていたことだ。
1~4の数字のどれかを埋めればいい。
問題が分かってなくても適当に埋められたから点数は取れた。
それで何とか乗り切った。
部活は運動部を選択した。
陸上を少しやっていたが、長続きせず止めた。
理由は単に面倒だったからだ。
俺は帰宅部になった。
学校に行ってると嫌でも知り合いが出来てくる。
俺は運悪く誘われてしまう。
本当は行く気が無かったが出かけることになった。
高校の奴らは小学生の時と比べて少し大人になっていた。
仮面を面白がる奴は居なかったのだ。
それが個性だと受け止めてくれる人の方が多かった。
これは高校に行って良かった点だろう。
でも、俺は仲良くする気は無かった。
だけど断るのも面倒くさくて付き合うことにした。
行った場所は中華飯店だ。
ディスレクシアがバレれば面倒になると俺は思った。
仮面がバレるよりも、こっちの方が嫌だった。
同級生がメニューを見て盛り上がってる。
俺はその輪には入れない。
お前は何にする?
適当にチャーハンで。
本当はあんかけラーメンが食べたかった。
でも、店によっては無いのだ。
メニューが読めないのだから、あるか無いかの判断が出来ない。
だから、店にこれなら絶対にあるだろう。
そういうメニューを俺は言うと決めてるのだ。
イタリアンであればミートソース。
洋食レストランならハンバーグ。
と言う風にだ。
同級生はそれが好きなのだと思ったみたいだった。
分かった。
そういう風に言って、他の奴らとメニューを何にするか盛り上がっていた。
俺はこうやって同級生たちにバレないように動いていた。
でも、次第に面倒くさくなってくる。
好きでもないのに付き合う努力をするのも馬鹿らしくなったのだ。
俺は同級生たちと距離を置き始める。
元々、そんなに仲が良くなかったのだ顔を合わせても挨拶はする。
でも、それ以上は踏み込まれなくなった。
口癖はめんどくさい。
運動神経も普通、勉強は普通。
全てが平均点。
俺は次第に自分のことを無キャラと思い始めて来た。
趣味は無く、生きることは時間の浪費としか考えられない。
サブカルチャーなどに興味がなく、
他人と話そうとしない、無気力な人。
恋人も友達も居らず孤独に生きてる。
趣味と言えば、寝るのが趣味。
これは趣味とは言わないか。
みんなはゲームとか好きだろう。
でも、あれは文字が出るから物語が分からない。
俺には楽しめないのだ。
全部、音声だったら出来るだろうけど。
探せばあるのだろうが、
ゲームで感動体験をしたことがない俺はやる気が起きなかった。
誘われればやるが、
どうせ対戦すると負けるから嫌になる。
映画を見ても、アニメを見ても、動画サイトを見ても、
俺は退屈にしか思えなかった。
どれもキラキラした前向きなものばかりが流行る。
俺の心が苦しくなるだけだ。
そう思って、見るのを止めた。
どうせ目的も無く向かうだけなのだ。
夢を持つ気もなく、ただ生きて居たい。
趣味もなく、友達も要らない。
それが俺の人生観だ。
そろそろ風呂から上がろう。
のぼせてしまう。
俺はようやく風呂から出て行った。 
「お兄ちゃん・・・」
「うわっ!」
「風呂場でも仮面付けてるんだ」
「びっくりさせるなよ」
何故か脱衣所に妹が居た。
「家出するんじゃないかって思って」
「出るなら堂々と玄関から出るよ」
「そう」
「心配性だなぁ」
「それより、母さん帰って来てる」
「本当?」
「一緒に居よう?」
「あぁ」
俺はリビングに向かう。
「だっはっはっはっは!」
明朗快活。
そんな笑い声が聞こえてくる。
ズボンタイプのナース服を着てる女性がそこに居た。
テーブルの上にはビールが何缶か開けられてる。
塩味鯖江。
それが母さんの名前だ。
仕事は刑務所看護師。
そのつながりで看守の父と知り合ったのだ。
怪我してる男性の受刑者を、
母が居る医務室にお姫様抱っこで連れて来た。
その光景を見て、結婚式のイメージが何故か浮かんだらしい。
付き合った理由がそうなのだ。
「母さん、今日も飲んでるね」
「あはは、趣味だからね」
テレビの前でけらけらと笑う。
大自然の海の特集らしく、何が面白いのか俺には分からない。
でも、酒飲みにとっては何でも面白いのだろう。
箸が転がるだけで笑うってやつだ。
まぁ、母は10代では無いが。
「飲みすぎるなよ、母さんは加減ってのを知らないから
「え~、そんなことないけどなぁ」
「そんなことあるって」
「ちょーっと飲んだだけぞぉ」
母さんは俺に抱き着いて来る。
絡み酒だ。
「おわっ」
「んふふふ」
母さんは笑う。
「酒臭い」
「フローラルな香りと言え」
「酒飲むと誰かに抱き着くんだよなぁ」
「人恋しいのさ」
「・・・」
俺は黙ってしまう。
父の居ない寂しさが、そうさせるのだろう。
「うわぁああああん、お父さーーーん」
母さんは急に泣き出す。
「お兄ちゃん、そろそろ」
妹がエチケット袋を用意する。
「絡んで、泣いて・・・次はゲロだな」
「母さん、吐かないぞ」
「吐くって」
「絶対、ぜーーったい、吐かない」
「吐く、吐く」
「おええええええええ」
母さんは案の定、ゲロを思いっきりぶちまけた。
妹が用意してくれたエチケット袋に全部入れてくれただけマシか。
「処理しておくよ」
そう言って、妹は袋を持って何処かへ消えた。
「助かる」
俺が面倒くさがりだからか、妹はしっかり者に成長した。
いや、ヤングケアラーに近いかもしれない。
ウチは、父が居ない。
代わりに母が居る。
その所為だろう、母が父の代わりをしてくれてる。
仕事をして、一家の家計を支える。
その穴埋めとして妹が母親の役割を演じてるのだろう。
心配性なのも、そのせいだ。
母が心配する以上に妹が心配する。
母親みたいだ。
母は逆に過度な心配はしない。
放任主義的な所がある。
けれどそれは愛してないからではない。
縛ることが愛ではないと知ってるだけだ。
適度な距離感を俺相手に計算してるだけなのだ。
これぐらいは近づいても大丈夫?
いやいや、今は距離を置いた方が・・・という具合に。
そして俺はロストワンだ。
要らない子、別に家族の誰かが言った訳ではない。
自分で、そう思ってるだけだ。
バイトをして家計を支えるでもなく、家事を手伝う訳でもない。
面倒がって、やらないだけ。
俺なりの理屈だから共感を生むのは難しいだろう。
俺は考えて生きてる。
別に、他の人が考えてないってバカにするつもりじゃない。
ただ、考えることに疲れるのだ。
脳疲労だって俺は思ってる。
ディスレクシアで文字が読めない分、理解しようと必死になる。
そのせいで、本来であれば使わない脳の回路に電源を入れてる気がするのだ。
だから余分にエネルギーを使い、疲れると俺は考えてる。
ただ、それは目に見えるものじゃない。
怠けてるだけだって思われるのが分かってる。
だから人に説明する気になれないのだ。
それなら初めから怠けてると思われたままで良いと思う。
そうして俺は今日も仮面を被るのだ。
愛されてるとは思うが俺は人を信用できないのだ。
家族でもそれは変わらない。
同級生の視線を思い出すのだ。
あれを家族がするのではないかと怯えてる。
「吐いてスッキリしたわぁ」
「母さん・・・」
俺はため息をつく。
「何考えてるの?」
「え?」
急に言われて驚く。
「違ったかなぁ」
「いや・・・当たってる」
「あはは、ビンゴだ」
母は笑う。
「どうして、そう思ったの?」
「いつもと違うなぁって、女の勘よりも強い母の勘ってやつ?」
「実際に当たってるからね、凄いよ」
「それで、何悩んでるのさ。同級生の女の子のリコーダーでも舐めたか?」
「やらないよ!」
「男の子は皆やるものだと思っていたけど」
「一部だけだって」
「残念」
「ざんねんって」
息子が変態でもいいのだろうか?
母なら許しそうな気もするが。
でも別に変態を目指してるわけでもないしな。
「それじゃあ何よ?」
「家出ってどう思う?」
異世界行くんだ、なんて言っても信じて貰えないだろう。
俺だって半信半疑だ。
でも、事故を起こした筈なのに血のついてない車。
消えた同級生。
科学的な説明が出来ないだろう。
俺はそう思ったのだ。
だから家出と言い換えた。
こっちの方が納得してもらいやすいかなと考えてのことだ。
「ふぅん」
いつの間に開けたのか、ビールの缶をくぃっと飲む。
「俺がもし・・・家でしたらどうする?」
「いいんじゃないの」
「え?」
「青菜が決めたことなんでしょ、母さんは止めないわ」
「いや、だけど学校とか」
「あんな所、無理していくことなんてないわ」
「いいのかよ、親がそんなこと言って」
「学校だけが人生じゃないからね。
まぁ、でも、学校を行かないとそれなりに背負わなければいけないこともあるけど」
「背負わなければいけないこと?」
「学校行ってないってのは世間体が悪いのは言うまでもないわよね?」
「まぁ、そうだね」
「就職する際に面接官に何て説明するのよ。
自分探しに行ってて、学校は行かなかったんですって?」
「それは、そうだけど」
「この国で就職するのは不利でしょうね。
だけど・・・」
「だけど?」
「取り返しがつかないことじゃないわ。
70代になっても高校に行く人だっているんだから。
今、学校に行かないことが青菜にとって必要なことなら、
必要なことなのよ」
「母さん・・・」
「いい、青菜、覚えておいて」
「なに?」
「誰かにとっての必要は青菜にとって必要じゃないの。
普通の人はそれに気づくことが出来ずに誰かに振り回されてしまう。
だから必要でないものを必要なんだって信じてしまう。
それはとても勿体ないことだわ。
でもね、青菜は自分で必要なことを見つけたんでしょ?
それはとてもいいことなの。
自分の道を見つけたんだからね」
「いや・・・見つけたわけじゃないんだけど」
「あれ、そうなの?」
「でも、俺の将来の夢をを見つけられるかもしれないって思ってる」
「自分探し?」
「そんな感じ」
「何だ、見つけてるじゃない必要なこと」
「そうかな」
「そうそう」
「・・・」
俺は仮面をしてるから母さんには分からないだろう。
でも、仮面の中では笑みが零れていた。
自分の道を否定しないでくれてありがとう、母さん。
言葉にした方がいいんだろうけど、恥ずかしくて黙ってしまった。
「妹は反対です」
ゲロ袋の処理が終わったのか、戻って来る。
「いいじゃない、お兄ちゃんの自由でしょ?
母さんはそう思うわ」
「でも、好きにさせては事故に遭うかも。
妹は心配です」
「俺は犬か・・・?」
2人の性格の差が出る。
送り出したい母と、家に引き留めたい妹。
「それに、もしもの話じゃない。
家出するかどうか決めてるわけじゃないんでしょ、青菜?」
「それはそうだけど」
「妹的には計画を建ててるだけも不安なんです。
銀行強盗の計画書が出てきたらお母さんは心配じゃないんですか?」
「それは心配だけど」
「妹の心配はそれと一緒なんです!」
「一緒かなぁ」
母さんは苦笑してる。
「母さんは心配じゃないんです、兄のことが」
「家に引き留めるだけが愛情じゃないでしょ?」
「ネットの記事ですが、
一年間の犬や猫の交通事故の件数を知ってますか?」
「さぁ」
「5万件ですよ、兄がその対象に含まれたらどうするんですか!?
やっぱり家に居てもらった方が安心です」
「俺は犬なのか?」
「そんなこと言ったら学校にも行かせられないじゃない。
優菜、お兄ちゃんがヒモになってもいいの?」
「優菜が養います!」
「愛されてるねぇ」
母はビールをくぃと飲む。
「お母さんが、放任主義なだけです!」
優菜は台パンを披露する。
「・・・」
このまま家に居ても、それはそれで幸せになりそうだ。
でも、出て新しい世界を覗き見るのも面白そうだと思う俺が居る。
どっちにしようか悩む。
「お兄さんはどっちですか!」
優菜が詰め寄る。
「考え中」
「答えは焦るものではないよ、
酒だって発酵して美味しくなる、人間だって同じ。
時間をかけて行く方が魅力ある人間になると母さんは思うな」
「お兄さんは今でも魅力的なので十分です!」
「こりゃまいった」
母さんは笑う。
「そろそろ寝ようかな」
俺はあくびが出る。
「母さんはもうちょっと飲んでるわ」
「おやすみ、母さん、優菜」
「んにゃ」
母さんは手を振る。
俺はその場を後にする。
そして自室へと入る。
「ふぅ」
「やっぱり妹は心配です」
「おわっ」
俺は驚く。
「驚かないでください」
「だって挨拶したから、妹も寝るかと」
「妹は一言も」
「確かに」
「お兄さん」
「なんだよ」
「妹は兄のことが邪魔だなんて一度も思ったことがありません」
「それは嬉しいけど・・・」
「たとえ妹が兄に信頼されてなくてもです」
「・・・」
俺は自分の仮面に触れる。
この仮面をしたままでは確かにそう思われるよな。
「触っても・・・いいですか?」
妹が俺の仮面に触れようとする。
「ダメだ」
俺はすっと引く。
「あっ」
妹はとても寂しそうな顔をする。
「ごめん、優菜のことが嫌いなんじゃない。
ただ、兄が弱いだけなんだ、人を信じることが出来ない」
「信じることが怖いのですか?」
「あぁ」
「理由を聞いても?」
「人を信頼するってさ、家だと思ってるんだ」
「家?」
「心のアパートって感じかな」
「・・・」
「最初は1人で暮らしてるんだ。
ある日、信じた人間をそこに住まわせる」
「・・・」
「1人を受け入れると、2人・・・3人って増えてくるんだ。
だって信じた人間が1人居れば、その人の信じる人も信じるだろ?」
「そうですね」
「そうして信じた人間が多くなって心のアパートが狭く感じる。
だから大きな一軒家に引っ越すんだ」
「一軒家ですか?」
「そうだ、そして俺は安心を覚える。
信頼する人間に囲まれて暖かさを感じるからな。
でも、ある日を境に状況は一変する」
「何があったんですか?」
「裏切られたのさ、そのせいで人を信じれなくなる。
そうなったら一軒家から人を追い出すようになる。
1人・・・また1人と減って行く。
信じれない人が居ると、そいつの友達もグルなんじゃないかって思えるからな」
「それで、どうなるんですか?」
「一軒家にぽつんと一人きりさ、
アパートで暮らしていた時よりも冷たく感じる。
俺はそんな冷たさを感じたくないんだ。
だから、心のアパートのままで人間関係をとどめておきたい。
アパートだと小さからな、孤独な感覚が薄れる気がして」
「それがお兄さんの考え方なんですね」
「あぁ」
「共感・・・しかねます。
それは、とても寂しい考えですから」
「別に無理して理解してくれなくてもいい」
「1人のままでは寂しくありませんか?」
「まぁ・・・」
別に俺は孤独を愛する一匹オオカミってわけじゃない。
ただ、世界を信用するのが出来ないだけなのだ。
「それなら妹を兄の心のアパートに住まわせてくれませんか?
寂しくないですよ、それなら」
妹は俺に手を差しだす。
「ごめん」
でも、俺はそれを受け取りはしなかった。
「そう・・・ですか」
妹の手がすっと降りる。
可哀そうだと思ったが、
ここで手を受け止めてしまえば仮面を外さなくてはならない。
それはとても怖いことだから。
怖さは俺の身勝手な感情だ。
でも、捨てることの出来ない大切な物でもある。
俺はヒーローじゃない。
自分を犠牲にして他人を思う。
そんな存在にはなれそうにない。
ヒーローなら・・・手を取るんだろうなって思う。
「もう夜も遅いし、そろそろ寝よう」
「そうですね」
優菜は部屋を出ようとする。
「・・・」
俺は手を振ろうとするが、その前に妹から話しかけて来た。
「お兄さん・・・出て行かないですよね?」
「家出の話だろ・・・もしもだからさ。
悪かったな、変な話して、別に出てかないから」
「そうですか、それなら良かったです」
「おやすみ、優菜」
「おやすみ、青菜兄さん」
きぃと扉が閉められる。
「もしも・・・か」
我ながら、いい加減な返答だなと思う。
眠くなってきた、そろそろ本当に寝よう。
俺はベットに入る目を閉じた。




翌朝、目を覚ます。
身体がだるいが、いつものことだ。
階段を降りる前でばったりと出くわす。
「おはよう、優菜」
「おはよう、兄さん」
2人して下に降りる。
「食事するの面倒くさいな」
「兄さん、それは良くないです」
「そうか?」
「はい、朝に食べないってのは
車にガソリンを入れないで動かそうとするものです。
ご飯は食べないと」
「でもなぁ」
俺は面倒くさがる。
「口開けてください、妹がスプーンで入れますから」
「い、いいよ照れくさい」
「そうですか?」
妹の顔はマジだ。
本当にやりそうで怖い。
「・・・」
俺は食パンを手に取り、口に入れる。
「ジャムはつけないんですか?」
「面倒で」
「それぐらいはつけた方が美味しいですよ。
今の時代、イチゴジャム、マンゴージャムとか種類も豊富ですし」
「美味しさとかより、手間を俺は優先したい」
「面倒くさがり屋で困ります、兄さんは」
妹はため息をつく。
「おわーーーっ、寝坊した!」
けたましい声と共に元気よく母が現れる。
朝から元気だなと思う。
「朝飯は?」
「要らない!」
母さんは看護服を着た状態で外に出る。
ていうか、昨日のままじゃないか?
看護師として衛生的に大丈夫なのだろうか?
そのまま車に乗ってぶーーんと走り出していった。
「行っちゃったよ」
俺はポカーンとする。
「母さんは元気です」
「あの人と俺が同じDNAだと思えないな」
「そうですか、妹的には似てると思いますが」
「何処が」
「んー、真っすぐな所ですかね」
妹は少し考え込む仕草をして、答えを出す。
「なんじゃそりゃ」
「さぁ、兄さん。学校に行く準備をしましょう」
「まだ食事が」
「時間は待ってくれませんよ」
「やれやれ」
面倒だが妹に叱られるので俺は制服に着替える。
「似合ってますよ、兄さん」
「優菜も似合ってる」
「そうですかね・・・えへへ」
優菜は嬉しそうな顔をしてターンを決める。
ふわりとスカートが浮かび上がり、下着が見えそうだ。
「いつもそうなのか?」
「え?」
「隙が多いというか」
「失礼な、お兄さんよりかはしっかりしてますよ」
「いや、そういう問題ではなく」
「どういう意味か分からないです」
「まぁ、いいや」
説明するのが面倒くさくなり止めた。
俺たちは玄関に向かい、家を出ようとする。
だけど、その前に妹に止められた。
「待ってください兄さん」
「なに?」
「ネクタイ、緩いです」
「息がしづらいんだよ」
「それではしっかりした大人の男性になれないですよ」
「別になりたいとは思わないが」
「いいからじっとしててください」
「・・・」
妹は俺のネクタイを一生懸命結ぶ。
何処で覚えたのか。
多分、彼氏の和也さんだろう。
「ばっちりです」
「それじゃあ行こうか」
「はい」
俺と妹は別の学校だ。
妹はバスで行く。
「学校、楽しんで来いよ」
俺は学校を好きではないのに、無責任にもそんな言葉を吐く。
学校がつまらないから行くな。
っていうのも相手が嫌がるだろうしなと思ってのことだ。
学校が好きな人が世の中には居るのだ。
妹のような例がそうだ。
だから別に学校が好きなことは否定しない。
俺が嫌なだけなのだから。
「はい、兄さんも学校楽しんでください」
妹は笑顔だった。
友達も居て、本当に楽しいのだろう。
だから、妹の言葉は俺よりも深みがあった。
「それじゃ行ってくる」
「ハンカチは持ちました?ティッシュなんかは」
「おかんか」
「えへへ」
母親と言うと嬉しそうだ。
「それじゃあな」
「はい」
バスの扉がぷしゅっと閉まる。
俺は歩いてすぐの所にある学校だ。
選んだ理由は勿論、面倒だから。
通学路に1人、俺は取り残される。
家族以外とは喋る相手が居ない。
まさに陰キャ、
いや、無キャらしいと俺はくだらない誇りを持つ。
「おはよう!」
「っ・・・!」
お、俺に挨拶をする人が。
思わず振り返って挨拶をし返しそうになる。
「おはよう、
いやぁ、昨日スマホ見まくって親にギガ使い過ぎって怒らてさぁ」
「ちょっとは自制しなよー?」
「でも、面白い動画あってさぁ」
「えー、後で何か教えてよ」
「いいよぉ」
「やったぁ」
女子高生2人が楽しそうに喋ってる。
俺は手を挙げようとしたが、恥ずかしくてさっと隠す。
「あうぇいおううぇvmv」
「ト背rtb@おtyrty」
周囲の学生たちは何を言ってるのか分からない言語で話す。
俺に向けられた言葉など無いからだろう。
「はぁ」
俺はため息をつく。
学校に居ても、つまらないな。
異世界・・・か。
先生に誘われたことが俺は興味を持ち始めていた。
最初は疑っていたが、今はどんなものなんだろうと気になって来たのだ。
「愛絵wvpとウェイvtあえwt@うぇ」
「じぇあいrvtぴうぇ」
教室で喋り声がするが、相変わらず何て言ってるか良く分からない。
「・・・」
俺は扉を開けて中へ入る。
「えwtvpうぇtw」
「ptlyprtdlpybdrt」
目線が向けられる訳でもなく、生徒たちは勝手に友達同士で会話し合う。
俺は・・・この世界に存在するのだろうか。
透明の存在。
ロストワン。
無キャラ。
俺の頭の中にキーワードが反芻する。
胃液が込み上げてくるようで気分が悪かった。
俺が異世界へ行っても、こいつらはまるで興味ないんだろうなって思う。
せいぜい、サボりの奴のお陰で席が1つ開いたくらいにしか思わないのだろう。
異世界へ行った方がいいかな。
でも、妹は・・・心配するだろうな。
「チャイムが鳴ったぞ、席につけーっ」
北漸先生が入って来る。
生徒たちは大人しく席に座る。
「・・・」
先生の言葉は認識できるな。
俺に向けての言葉が少しは入ってるからだろう。
「大事な話がある、生徒の1人が亡くなった。
急な話ではあるが、昨日、交通事故にあったそうだ」
「なに?」
俺は耳を疑う。
「亡くなった生徒の名前は宮本鋏(みやもと・はさみ)」
「・・・」
その生徒には聞き覚えがある。
俺のことを馬鹿にした中心人物の1人なのだから。
宮本鋏。
身長は166cm
体重は51kg
ハサミのような髪型をしてる。
格好は学生服。
年齢は18歳。
座右の銘は運は天に在り。
親ガチャで人生は決まるんだ、恵まれた家庭環境の奴には、
それが理解できないと怒りを前に見せた。
感情が籠っていたため覚えていた。
俺のことを嫌っていたように思える。
恐らくは俺は家族には愛されてるから家族からの愛を受けてる俺が気に食わなかったのだろう。
今となっては、聞きようが無いが。
「突然のことで悲しいだろう、だから今日の授業は午前は休止だ。
スクールカウンセラーに相談したり、親しい友人と慰め合ってくれ」
生徒たちは一様に、悲しみを表現していた。
泣くものや、開いた口が閉じない者、八つ当たりをする奴も居た。
そんな中で俺と先生だけは冷静だった。
俺のことを馬鹿にしていた彼女を悲しむ気にはなれなかったからだ。
俺は性格が悪いのだろう。
「あの、先生相談しても良いですか?」
「昨日の空き教室で良いか?」
「あそこなら他の人も来なさそうだし、大丈夫です」
「分かった」
俺と先生は空き教室に向かう。
「あの、先生、もしかしてですが」
「多分、その予想は当たってるよ」
「車で轢いたの、先生ですよね」
「正解だ」
にやりと先生は笑う。
「本当に殺したんじゃ」
「まぁ、そう思うのも無理ないね。
でも、殺しては無いさ」
「どう証明するんです?」
「君が異世界に行けばいい」
「・・・」
確かに、行って確かめれば分かる話だが。
「まさか、こんなに大事になるとは」
「先生、他人事みたいです」
「あはは、そうだね」
「笑い事じゃ」
「あれは彼女の方から望んできたんだ。
先生はそれを叶えたに過ぎない。
先生の所為じゃない」
「相手が良いからって、それは無責任じゃ」
「あはは、かもね」
先生はへらへら笑ってる。
この人、なんで先生になれたんだろうか。
「もういいです」
話ても無駄な気がしてきた。
「さて、そろそろ戻ろうか。
午前は潰れたが、午後はまだ残ってるしね」
「・・・」
俺は教室に戻る。
「ほら、授業始めるぞ」
先生は授業を始める。
内容は微分積分だった。
先ほどまで泣いていた生徒たちも、
今では落ち着いて普通に授業を受けてる。
人が死んでも、人は普通の生活に戻ろうとする。
それは自然なことなのだろう。
でも、俺にはそれが寂しく思えた。
俺が死んでも、世界は回り続けるのだから。
人が死ぬというのは今まで大きなことだって思ってた。
何か世界が変わるのではないかと。
でも、そうじゃないのかもしれないと俺は思うようになっていた。
毎日のように報道される死亡事故。
人はそれを流し目で見てる。
現実で目の前で起きてる人の死も、数日経てば風化するのだろう。
悲しんでもらえるのは生前から印象深かった人だけだ。
影の薄い、誰にも相手されないような人間は死んでも気づかれないかもしれない。
誰かが言っていた、
人に忘れされた時、それは死んだことと同じだと。
その言葉の意味をようやく理解した気がした。
誰かに泣いて欲しいのならば、その誰かに名前を覚えてもらわないといけないのだ。
無名のままでは泣いてもらえない。
生きてる間も孤独なのに、死んでからも孤独か。
そう考えると悲しい気分になって来る。
誰かに覚えてもらう努力をしなくてはいけないのだろう。
面倒だが、それが真実なのだと俺は考えた。
「ふぅ」
授業が終わり、放課後になる。
俺は先生に言われた通り掃除をする。
5人ほどのグループになって行う。
机を片づけ、ホコリを払う。
そして最後に雑巾で床を拭いていた。
「ごあじょpげrjげr」
掃除を終えた生徒たちが何か話してる。
俺には関係の無いことだ。
役割をこなしたので俺は自分の席に座る。
そこでふと気づく。
宮本鋏の机が片づけられていることに。
あぁ、彼女はこの世界にはもう居ない。
そのことに俺は今になって心に入ってきた。
掃除も終わり、教室の人々が戻ってき始める。
他の場所で掃除をしていたのだ。
「それじゃホームルーム始めるぞ」
先生は帰りの挨拶を始めた。
そして、部活がある人達は部室へ。
他の用事がある人達は家へと帰宅していく。
「先生、決めました」
「ほう、それじゃ空き教室に行こうか」
「はい」
空き教室に俺たちは入る。
「それで行くのか、行かないのか。
どっちに決めたんだ?」
「俺は・・・異世界へ行きます」
「理由を聞いても?」
「この世界で消えても・・・俺は然程問題じゃ無いと思って」
「あはは・・・確かに」
先生は笑う。
「笑う所では無いのですが」
「いやぁ、失礼。
友達も居なければ、先生からの評価も微妙だしね。
確かに消えても問題ないなって思って。
野球選手とか、漫画家とかなら消えたら問題だけど、
君はまだ何の才能も開花してない凡人だからね」
「そこまで言わなくても」
「だが、だからこそとも言える。
必要としてる人材なんだよ君は」
「俺が・・・ですか?」
「あぁ、待っていたんだ・・・ずっとね」
「どうして」
「それを説明するのはこの先だ」
「先生?」
「ほどけ、ライフネーム(命の名前)」
先生が黒板に手を触れる。
すると、縫い目が現れる。
そして、その縫い目が解けていく。
奥に何か道が見える。
「あぁ・・・」
ようやく俺は異世界の存在を確信した。
人ならざる力を見せつけられたのだ。
「さぁ、君の足で向かうんだ」
「お・・・俺が?」
「そうだとも、後から無理やり連れて来られた。
本当は行きたくなかった、でも先生が行けというから。
そんな風に言い訳されても困るからね。
自分の意思で向かうんだ」
「危険は無いの?」
「今更どうしたんだ、マリッジブルーじゃなくて
アザワールドゥリィ・ブルーにでもなったのかい?」
「だ、大事なことだろ・・・俺は死にたがりじゃないんだ」
「そうだね・・・」
先生は考え込む仕草を取る。
「もったいぶらずに早く教えてくれ!」
「異世界はこっちの世界と比べて死に対して軽い。
殺人を犯しても平気な顔で繁華街を歩く人も居る」
「・・・」
俺はごくりと唾を飲み込む。
「そうか・・・ついて来てくれるかと思ったが」
先生は1人で黒板への道を歩き出す。
次第に、道が閉じ始める。
「待ってくれ!」
俺は急いで走り出す。
そして、縫い目の奥へと入った。
縫い目の世界は暗闇に満ちていた。
床だけがはっきりと見えて、石畳になってる。
奥には光が見えた、恐らくあそこがゴールなのだろう。
「おっ」
先生が思わず笑みをこぼす。
「どうせ生きてても今の俺は意味が無い。
なら、やってやろうじゃんか異世界ってやつに」
「んふっ」
先生は俺の顔を持ってエロティックに笑う。
「先生?」
「今まで生徒たちを見てきたが、
君のように瞳の奥に眠る、キラリと輝きを見せたものは居なかった。
そのことに気づいて興奮してきたのさ」
「な、なに言ってるんですか」
「んちゅーっ」
先生はキスをしてくる。
「んんっ!?」
俺は突然のことで驚く。
人生で初めてのキスはタバコの香りがした。
「ぷはっ」
先生は口を離す。
すでに遅いが俺は突き放す。
そして距離を取った。
「何するんですか!」
「何って、チューだよ、チュー」
「言葉の意味じゃなくてタイミングの話です!」
「あはは、チューなんて挨拶程度じゃないか。
海外だと普通だろう?」
「ここは日本です!」
「純情だなぁ」
「純情にもなりますよ、だって、俺・・・その、初めてだったんですから」
友達が居なかったのだから、恋人がいる筈なんてない。
そんなリープフロッグ現象は怒る筈が無いのだ。
「あはは、悪いね。こんな軽いキスで」
「本当ですよ、全く」
「でも、誤解しないで欲しいんだけど」
「何をです?」
「嫌いな人にするほど心広くは無いよ」
先生はこちらの方を真っすぐ見てくる。
いつになく真面目な顔で驚く。
「い、行きましょう!」
俺はすたすたと歩きだす。
「顔を真っ赤にして・・・初心だねぇ」
先生は可笑しそうに笑う。
そして光の見える方へ2人して歩き出した。
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