獣は孤独に鳴く

唐草太知

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最終章

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お爺さんと別れた。
ケープは、霧の勇者を追い求めて行った。
ネックは死んでしまい、俺達は前のように2人きりになる。
お爺さんの住む村を後にして、俺達は旅を再開した。
「2人っきりだな・・・」
「ええ・・・」
短い時間だったけれど、俺は何処かネックとは通じ合えた気がした。
そして、ライアーとも・・・。
裏切りさえなければ、友達になれたかもしれないのに。
でも、もう遅い。
悪魔と組んだ勇者が、英雄として扱われることがあってはならない。
人のためではなく、己が欲望を満たすためだけに。
その傲慢さで、1人の命が奪われたのだ。
その所為で、もう1人の人生すら歪めてしまった。
1つの命であっても、誰かにとって大切な命。
それが言葉になることもあるけれど、言葉に出来ず内に溜め込む人間も居るだろう。
そういう人間には狂気が宿り、1つのことに固執するだろう。
復讐。
俺は、何処かで自分を冷静な人間だと思ってた。
でも、そうじゃないんだと気づかされた。
獣の腕から聴こえる本能のような声に従っただけ。
そんな風にも言えるが、最終的に動いたのは俺の足であり、俺の腕だ。
その動作を持って、俺は命を奪った。
心の中に、どす黒い粘度の高い液体が無理矢理、体内に侵入する。
そしてそれは、嚥下することを拒否したくても強引に注がれていく。
そうして、身体の中が熱くなって来る。
身体の中から引っ掻き回すような、獰猛で、狡猾な毒のようなもの。
この熱を抑えるには、血で冷すしかないってしか思えなくなる。
それも、敵の血でだ。
己を傷つけても、その場しのぎにしかならず、自傷を繰り返しても無意味なのだと心の何処かで気づいてる。
だから、これしかない。
そう、自分の中で結論付けるんだ。
殺傷の正当性を自分の中で見つけ出す。
そして、俺は・・・。
ジャガーノートの命を奪った。
悪魔でも家族は居るだろう。
ああして話せるんだ。
彼を思うヤツが居ても可笑しくない。
自分にとっては憎悪の対象には違いないだろう。
でも、それはきっと、ジャガーノートを慕うヤツにとっては俺が、その憎悪の対象なのだ。
怨嗟の連鎖。
終わりが来るのは、きっと、命を奪った俺が誰かに殺されるその時だ。
すでに、俺の地獄行きは決まってる。
あとは、それがいつ来るかだ。
「私はレーテが心配」
「どうして、これから死ぬかもしれないからか。そんなの国を出る前から分かってたことだろ?」
「そうじゃない、そうじゃないの」
「じゃあ、なんで」
「命を奪うということに、戸惑いが消えてる気がして」
「え・・・?」
「分かってるよ、必要な事だって。あいつは大勢の人間の命を奪ったんだって。
でも、あいつは殺しを楽しんでた・・・。レーテもそうなるんじゃないかって不安になった」
「仕方なかったんだ。楽しんでたワケじゃない」
「でも、あいつの一部が今は君の一部だから」
「分かってるよ、言葉だけじゃ拭いきれない不安なんだろ」
俺は歩く速さを上げる。
話を無理矢理、切り上げるために。
これ以上、話をしても無駄な事だろうと分かってるから。
そして、それはマカも気づいてるから、暫くは無言だった。



街に入る前に俺達はルールを決める。
それは、旅行客のように振舞うことだ。
目立たず、あくまで観光目的でこの街に来たのだと。
魔王に自分たちの存在が気取られないように。
そのため、今まで居た俺達の仲間の分を穴埋めするべく募集をかけられない。
目立ってしまえば、魔王が居る街として有名なのだ。
もしも、部下が居るのならば派遣して戦闘は避けられない。
そうなれば、こちらは2人しか居ないのだから消耗戦となり不利になることが予測される。



ーーーーーーーーーコントロール(町の名前)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
街は石材で囲まれており、敵からの侵入を警戒してるかのような印象を受けた。
門が北と南の2つにのみ置かれており、門番が存在した。

魔物の門番が居るので通常であれば、入ることは出来ないだろう。
正式な手続きを踏んで通行証を発行してもらう必要がある。
だが、それは出来ない。
魔王を退治するのに勇者ご一行が入るので入れてくださいとは言えないからだ。
そんなことをしてしまえば当然の如く受け入れを拒否するだろう。
だから入るためには偽造か、侵入のどちらかだ。
俺は霧の勇者から奪った聖剣エアロゾルがある。
侵入がやりやすい。
そう判断した。
「それじゃあ、行くぞ」
「うん」
俺は息を吐き出す。
白い息が俺とマカを包み込むほど大きなものへ変貌する。
すると、全くといっていいほど姿が見えなくなった。
住人らしき男が通行証明のような紙を見せて外に出て行くタイミングで俺達は内部へ入る。

もし、急に効果が消えたときのために
俺達はフードを深く被り、顔を覆い街の中へと入って行った。
街の雰囲気は魔王に支配されてるから暗いものかと思ったが明るいもので驚いてしまう。
それなりに活気付いていた。
「どういうことだ。もっと暗いものかと思ったが・・・」
「分からない」
「ううん・・・」
俺は考え込む。
魔王の支配下にある街だ。
何かしら、世間から見て不都合な事実がある筈だ。
そのことを警戒しながら進んでいく。

街を歩くが、その感覚は最初と大きく変わらなかった。
「思ったよりも、普通だな」
街は俺達のものとあまり変わらず、それなりに発展していた。
パン屋があり、靴磨きの男や、洗濯をする主婦だって居る。
「ここが、本当に魔王の支配下の街なの?」
「どうかな、話を聞いてみないと」
俺達は、酒場へと向かっていった。
「この街の住み心地はどう?」
俺は当たり障りの無い質問を店主にする。
あまり、直接的に聞いてしまうと誰が聞いてるか分からないからだ。
「あんたら、旅行客か?」
「まぁ、そんな感じ。この街は食べ物が美味しいって聞いてる。
だから、気になってね」
「そりゃいい、是非。寛いでいってくれ」
「そりゃ、どーも・・・」
欲しい情報は得られなさそうだ。
ここで、食い下がっても変に思われるだろうし退散しておくのが無難だろう。
俺は店を後にする。

お土産にチキンをもらったので、これじゃあ食いに来ただけに思える。
マカと再開し、話を聞いてみる。
「お前の方はどう?」
「ダメ、普通な答えしか返ってこない」
「そうか、こっちもだ」
「違和感に気づいた?」
「あぁ、気づいた」
魔王が居るとされてるという前から聞いてた情報。
その所為ってのもあるが、妙にここの街の人間は愛想笑いが酷い。
「楽しいから笑うのではなく、何かを聞かれたくないから笑って誤魔化すって感じなのよね」
「何を隠してるんだ?」
「分からない」
「うぅん・・・」
俺は唸っていた。
そんなときだった、不思議な光景を目にしたのは。
「レーテ、あれ・・・・」
街の人たちの大半が、魔王城に向かってアリの大群のようになっていた。
「なんだ?」
マカが指差す方向には、そんな光景があった。
「私、少し聞いてくる」
「分かった」
マカが気になって、街の人に話しかける。
「あの、大変そうですね」
「えっと、君は?」
「旅行客です」
「大変なときに来たものだなぁ」
「どうして大変なんです。綺麗な街だと聞いてましたが?」
「街が綺麗なのは嘘じゃないさ、ただなぁ、税が少しだけ軽くなればいいのだが」
「どういうことです?」
マカが質問を突き詰めていこうとしたそのときだった。
「オッサン、随分とお喋りが好きそうだな。それなら私と話さないか?」
近寄ってきたのは、明らかに悪魔の風貌をした存在だった。
肌は藍色で、2本の角が生えてたからだ。
男性的な声をしており、威圧感がある。
「ああ、いや。なに、質問をされたので返しただけですよ」
「そんなことは聞いてない、私とオシャベリをしないかと聞いてるのだ」
「ですから・・・」
「口答えをするな!」
悪魔は手に持っていたムチで、40代ぐらいの男性を攻撃する。
「何をするんですか!」
マカは悪魔を睨みつける。
「ふん、生意気にも逆らうからだ」
「会話をするのもだめなんですか?」
「そうだ」
「どうして」
「うるさい女だな、お前もムチで打たれたいか?」
悪魔はムチを構える。
「・・・」
俺は強引にマカを連れ去る。
「ちょっと・・・」
「いいから来い」
俺は路地裏に移動する。
誰も追っ手が来ないのを確認した後、マカに語りかける。
「どうして連れ去るの。あの人が可哀想じゃない」
「忘れたのか、俺達は目立つために来たんじゃない。
魔王を退治するために来たんだ」
「放って置くっていうの?」
「ああ」
「前の村では、おじいさんを助けたのに?」
「あの時と、状況が違う」
「違わないわ、困ってる人が居るのは一緒でしょう?」
「リーダー格の悪魔が運が良い事に1体だけだったからだ。
ここは最前線なんだぞ。ジャガーノート級の悪魔が大勢居ても可笑しくないんだ」
「でも・・・」
「ワガママをいうな、俺達はそこまで強くない」
「レーテ・・・」
「魔王を退治さえすれば、全て救われるんだ。この街の人間も。
ネックも・・・」
「分かったよ・・・」
マカは納得がいかないって感じだったが、それでも意見を飲み込んでくれた。
今はそれでいいんだ。
「分かってくれたのならいいんだ」
「それで、どうするの。このままじっとしてるわけじゃないんでしょう?」
「そうだな、情報を集めて魔王城に侵入したいところだ」
「じゃあ、今夜の夜にここの酒場で会いましょう」
「あぁ」
俺はマカと別れて単独で行動する。


街の中に居る人に適当に選んで話しかけていく。
といっても、悪魔の風貌をしたやつは避けて話すが。
それに話題もなるべく本質をついたものではなく、抽象的な言い回しを選ぶ。
俺は屋台に目をつけた。
接客業をしてるのだから、普通の人よりも弾みやすいと考えたのだ。
人が並んでるわけではなかったが、観察してるとそれなりにお客さんが入ってるからだ。
「いらっしゃい」
店主の男がウチワで仰ぎながら挨拶をしてくれる。
「焼き鳥を1本」
「はいよ」
すでに焼いてあるやつを店主が炭火で温めなおす。
「あぁ、やっぱり3本にしておこう」
「そうですか」
店主は炭火の上にある網に2本追加する。
追加のオーダーに気をよくしたのか、向こうから話かけてくれた。
「旅行かい?」
「よく分かりましたね」
「それなりに客の顔ってのは見てますので。この街の住人とそうじゃない人の区別はつくんです」
「なるほど」
この土地で長年生活していると、ついてる香りのようなものが変わってくるのかもしれない。
「繁盛してるのか?」
「まぁ、それなりに」
「・・・」
食い込んだ質問をしようか迷っていた。
だけど、向こうの方から案を出してくれたので助かった。
「といっても、生活は大変だがね」
「どんな風に?」
「知らないのかい?」
「生憎、旅行客なもので」
「この街に魔王が居るのは知ってるだろ?」
「有名ですから」
「貢物をしないと気分が悪くなるんだ」
「というと?」
「家で一番高いものを持ってこい。ないのなら、それと同じくらい大事なモノを寄越せと」
「横暴だな、許されるのか?」
「いいや、でも従うしかないのさ」
「どうして」
「悪魔を率いてるからさ。反抗して、血だらけになって帰ってきた者も居る。
そういうのが脳裏に焼きついて反抗したくても出来ないってのが現状さ」
「それは大変だな」
「まぁな。でも、貢物さえ渡せば大人しいものだ。悪魔は美味い物を好む。
特に、小麦だな。黄金色であるほどいい」
「貢物をするってのを繰り返していれば生活の安定はあるわけか」
「そういうことだな。だから、反抗するよりも貢ぐ方が気が楽なんだろう」
「入口でアリの大群みたいに魔王城に並んでた人たちは小麦を渡しに行くわけだな」
「大変なのは小麦を渡しに行くのもだ」
「何が大変なんだ?」
「小麦の入った袋を持って長い行列を歩いていかないといけないんだ。そうなるとかなり体力を
持っていかれる。それにずるい人っては何処にでも居るもので悪魔が視線を逸らした瞬間、小麦の
袋を盗んで自分はいかにもずっと並んでましたと言わんばかりの顔をするヤツも居るんだ」
「酷いな」
「あぁ、けれど悪魔は見過ごすこともある。仲裁に入るのが面倒だからな」
「じゃあ、今まで並んでたのに小麦を奪われた者はどうなるんだ・・・?」
「最初からやり直し。一番最初だな」
「でも、そんなに何度も小麦ってのは家に置いてるものなのか?」
「いいや。だから死ぬヤツも出てくる」
「・・・」
「といっても、旅行客のアンタには関係ない話だがな。悪魔は街の住民には冷たいが、観光客には
あまり手を出さないようになってる」
「それはどうして」
「魔王様の考えなんだと」
「なんだって自分の国の人間を痛めつける真似を?」
「それは魔王様じゃないと知り得ない話だな」
「それもそうか・・・」
「ほら、出来たぜ」
焼き鳥を3本渡される。
「ありがとう」
俺は口に入れた。
タレが甘辛く絶妙だった。
「この話は内緒にしておいてくれよ」
「分かってるよ」
結構、踏み込んだ話をしてくれた。
ここを離れて他にも話を聞いたが、ここまで話してくれたのは彼だけだった。
そういうことを考えると貴重な話を出来たなと実感できる。


街の中を歩いていると、唐突に怪しい男に声をかけられる。
「おい」
「なんだ?」
俺が振り向くと、その先には同様にフードを被った怪しい格好をした人物だった。
「あんたと話がしたい」
「ここじゃ、ダメなのか?」
「陰の方へ行こう」
「分かった」
俺は男の話に素直に乗っかり、路地裏の方へ行く。
怪しいとは思ったが、襲うつもりなのであれば背後を俺は取られていたのだからその時にやった
方がよかったのに、そうしなかったので敵意は無いと踏んだのだ。
「あんた、勇者だろ」
「いや、違う」
「隠さなくたっていい、俺は味方だからな」
フードを取って男は顔を見せる。
20代ほどの若い青年だと分かった。
髪は銀髪で短め。
体型は細身ではあるが、筋肉がついており普段から鍛えてるのだろうと理解できた。
「いや、嘘はついてない」
「信用できないか?」
「そういうわけじゃ・・・」
「俺の名前はステルス。特技は犬並みの嗅覚。
奥さんは花屋で働いてて、子供が2人。長男と、次女だ。
まだ小さくて可愛い盛りだ。どうだ、信頼できないか?」
「別に疑ってるわけじゃない」
「じゃあ、何故隠す。お前からは聖剣の臭いがするぞ」
「ニオイ?」
俺は霧の勇者から奪った聖剣を体内に取り込んでいる。
それが漏れ出てるのだろうか。
獣の腕の事を素直に明かす気にはなれず、それと共に霧の聖剣のことを話すつもりはなかった。
「俺に隠そうたって、そうはいかねぇぜ?」
「いや、本当に隠してるわけじゃない。俺は勇者になれなかった成り果てって呼ばれる人だから」
「なるほど、聖剣は相方の方か・・・」
男は納得行ったとばかりにうんうん頷いて1人で納得していた。
「それで、あんたは?」
「あぁ、俺も成り果てなんだ」
「魔王退治に協力してくれるのか?」
「いや、俺の役目は案内係だ」
「案内係?」
「近いうち、大勢の勇者が魔王を退治する事になってる」
「なんだって?」
「大事を起こせば、敵の守りは硬くなる。そこでタイミングを合わせたいんだ。揉め事は現段階では避けたい」
「なるほど・・・」
「アンタの相方に伝えてくれ」
「時刻は?」
「3日後だ。具体的な時刻と作戦は再開したときに伝える」
「分かった」
「入口近くの酒場があったろう」
「あぁ、(店名)だろ?」
「そこで落ち合おう」
「もし、来なかったら?」
「俺抜きで勇者が突撃する。仲間はすでにこの街に数名入り込んでる」
「分かった」
「俺は準備をするから、数日後に会おう」
「了解」
「分かってると思うが、口外するなよ。大事なことなんだ・・・」
「分かってるよ」
男は去って言った。
俺はこの事をマカに伝えるべく、酒場に移動した。





夜。
酒場につくと賑わっておりいかにも酒場という感じだ。
「いらっしゃい、お一人様?」
「いや、連れが来てる筈だが」
「お連れさん?」
「探しても?」
「分かりました、でも迷惑にならないようジロジロ見ないで下さいね」
「はい」
俺はマカを探す。
すると、向こうも俺に気づいたのか俺に手を振ってくる。
「お先」
テーブルの上には空いたビールジョッキが3杯乗っていた。
「飲んでるのか」
「うん、のどか湧いちゃって」
「油断しまりだな」
「いいじゃない、気を張ってる方が怪しいじゃない。だって私たちは旅行客なんでしょう?」
「それもそうだな」
彼女の言い分に俺は間違ってないように思えた。
なので、俺もビールをと言いたい所だが俺自身は酒が苦手なのだ。
マカは見ての通り酒豪だが。
「ご注文何にします?」
若い女性の店員が俺に話しかけてくる。
「そうだな、アイスティーを1つ」
「はーい」
手元の紙に店員は書き記していく。
「何か腹減ったらまた、呼ぶよ」
「了解です、それでは、ごゆっくり」
伝票を置かれて女性の店員は立ち去っていった。
「うふふ・・・」
「なんだよ」
「へへ・・・・」
マカはニヤニヤと笑ってる。
「何だか不気味だな」
「そうかなぁ・・・?」
マカはビールグラスを一気に飲み干す。
これで4杯目だ。
豪快だ。
俺は少しづつ味わいながら嗜む程度にしか飲めないが、マカはああして一気にジョッキを空にできる。
酒に強い体質なのだろう。
肝臓が普通の人よりもフル稼働してる。
「何が楽しいんだ?」
俺は酒に酔って楽しいという感覚がよく分からないので、マカのこの感じが酷くうっとおしい。
そんな風に感じることもあるけれど、同時に羨ましさもある。
人生の楽しみ方の1つを俺は持てないで居るのだから。
「なんかさぁ、久しぶりだなぁって」
「何が」
「こうして、レーテと顔を見合わせてお酒飲むの」
「あぁ・・・」
今まで、そんな機会は無かった筈だ。
故郷では何度かマカに誘われていった覚えがあるだけで自分から誘ったことはなかったが。
それでも、俺を誘うときの彼女は何だかいつも楽しそうだった。
「チーズつまみながら、ビールを飲むの凄く美味しいなぁ」
「また飲めるだろ、ビールなんて」
「本当?また一緒に飲んでくれる?」
マカが涙目で俺に訴えかけてくる。
悪酔いしてる気がしてきた。
「飲むよ、ビールじゃないけど」
「私、不安なの」
「何が」
「レーテが何処か遠いところに行く気がして」
「・・・」
「ねぇ、本当にまた一緒に飲んでくれるんだよね?」
「俺にどうしろと」
「約束してよ、ここじゃなくてもいい。別の何処かでもいい。ビールを一緒に飲んでくれるって」
「指出せよ」
「うん」
「指きり、げんまん、嘘ついたら俺が死ぬ」
「そんな約束はしたくないっ」
マカに指をぱっと離された。
「約束は出来ないよ、ネックだって頼りになりそうな雰囲気があったけれど、ああなっちまった。
俺もいつ、ああなるか・・・」
「やめて・・・」
マカは小さな声だったが、その小さな言葉の中には怒りや悲しみが混ざって複雑な色をしていた。
「マカ・・・」
「お願い、口約束だけでもいいから、また会えるねって言ってよ」
「分かったよ、会うよ、一緒に飲もうな」
「うん」
マカはビールを飲み干す、これで5杯目。
想像が飛躍しすぎかもしれないが、死を乗り越えるという意味でわざと5杯にしてる気がした。
4は死を意味する数字で不吉とされる。
それを乗り越えたという意味で俺達の国では数字の5は縁起が良いと子供頃に聞かされた。
そんなことを今、思いだす。
まぁ、ただ単に好き勝手飲んでるだけかもしれないが。
「アイスティーです」
女性の店員さんは俺のところにグラスを運んできた。
「ありがとう」
「別れ話?」
女性の店員さんは俺にそんなことを言ってくる
「違うよ」
「でも、涙目ですよ」
「それは・・・」
「えーん・・・」
マカは軽く泣き始めた。
「泣き上戸なんです、彼女」
「あぁ、なるほど。でも彼女さんですよね?」
「・・・」
コメントしづらいことを言ってきて少し困ってしまう。
そんな俺の態度に納得がいったとばかりに、ニヤニヤしながら女性の店員は聞いてくる。
「照れなくたってぇ」
「仕事に戻ってくれ」
「ハーイ、愛想悪いんだからお兄さんは」
「普通だ、普通」
女性の店員はクスクスと笑いながら、店の奥へ消えていった。
店員が離れて行ったのを確認してから、俺はマカに話し始める。
「昼間の話だが、味方が来るらしい」
「えっ」
「他の国の勇者が魔王を退治するべく結成したチームがあるとか」
「そっか、そんなことが」
「下手に揉め事を起こしてガードが硬くなったり、魔王が逃げ出す可能性があるから
勢いで、早々に決着をつけたい。だからタイミングを計りたいと言っていた」
「分かった」
話も一通り済んで安心した俺は別な事を考えており、そのことを告げる。
「なぁ、魔王の城へ攻め込むまでの間。時間はあるよな?」
俺はマカに聞く。
「あるけれど、休むために使おうって思ってたけど。何か作戦があるの?」
「いや、作戦ってわけじゃないんだが・・・」
「もぅ、何したいの?」
俺は照れくさくて、はっきりと言えなかった。
でも、勇気を出して口にする。
「デート・・・」
「えっ」
「この街で、デートしないか?」
「どうして今なの?」
「なんとなく、予感って言うのかな。悪いほうの意味でさ、きっと俺は殺される。
それで、俺は最後に思い出が欲しいんだ。女を知らないまま、俺は死にたくないんだよ」
「そんなの分からないじゃない、案外、生き残るかもしれないわ。最初から諦めないで」
「頼むよ、マカ」
ぐっと強く手を握る。
俺の思いが嘘偽りの無いもので、必死で、もう、それしか考えが無いって。
そういうのが、マカに伝わった。
「レーテ・・・」
「いいだろ、最後かもしれないんだ」
「それって私じゃないとダメ?」
「お前じゃないとダメだ」
「そっか」
「何か特別な事をしようってわけじゃない。ただその、街を歩こう」
「分かったわ」
「そうと決まれば今すぐだ」
俺はマカを引っ張り出す。
「ちょっと、今なの?」
「あぁ、残る時間がどれくらいか分からないんだ。なら、今しかないだろ」
「分かったってば、そんなに強く引っ張らないで」
「すごく今、いい気分なんだ。止められないよ」
「レーテぇ」
マカは困惑気味だった。




ーーーーーーー翌朝ーーーーーーーーーーーーーーーーー
服屋に立ち寄る。
「ここに入ろうぜ」
「服屋で何か防具でも買うの?」
「お前はそういう色気が無いんだな」
「悪かったわね」
マカは不満げにむすっとする。
「とにかく中だ!」
「わっ」
俺はマカと一緒に店の中に入って行った。
「いらっしゃいませ」
若い女の店員さんが俺達に挨拶をしてくれる。
「コイツに似合いそうな可愛いやつ頼むわ」
「分かりました」
すすっと、店員は忍者みたいに背後に回ってマカを捕まえる。
「わっ、私はいいってば」
「いっつも無骨な鎧姿ってのもな」
試着室に押し込められ、店員さんに何やら脱がされていくのが分かる。
「ちょっと、何処触って・・・きゃっ、ダメ!」
「何してるんだ・・・?」
しばらくすると、マカが出てくる。
ワンピース姿のマカが出てきて俺は女の子っぽさを感じてドキドキしていた。
しかし、腰に差してある聖剣だけは別だが。
「いいじゃん、可愛いじゃん」
「そうかな・・・」
照れくさそうに笑いながら、その場を1回転する。
けっこう、ノリノリに思える。
「やっぱ、そういうの好きなんだな」
「レーテが褒めてくれるから嬉しいだけ」
「そっか」
「お似合いですねぇ、他にも試着します?」
「色々、試してみるか」
「それでは~」
「また~?」
女の店員は再びマカを試着室に追いやった。
きっとあの店員、子供の頃は人形遊びとか好きだったんだろうなって思う。
着せえて遊ぶような感じのだ。
「ちょっと・・・これ付けるの?」
「あるのと無いのでは大違いですから」
「付けないとダメ?」
「ダメですよ、この衣装にはコレって定番なんですから!」
「分かったわ・・・」
試着室の方から何やら声が聞こえる。
付けるって何だろう?
試着室のカーテンがバサッと開く。
すると、マカはメイドの格好をして出てきたではないか。
そして頭部にはネコ耳。
手にはネコの手袋を装着してる。
「いいですねぇ、ネコ耳メイド。とーってもグーな感じです!」
女の店員さんはハシャいでる。
「似合ってるよ、マカ」
「本当に?うぅ~、何だか恥ずかしい・・・」
「ニャーって言ってください、ニャーって」
「それもしないといけないの?」
「ネコ耳をつけたんですから、マナーですよ。マナー」
「マナーかぁ・・・」
マカは遠い目をしていた。
「頼むよ、言ってくれ」
俺はマカにおねだりした。
「貴方のために精一杯ご奉仕、頑張りますニャー・・・」
何か、アレンジしてきた。
頑張り屋な面が、こういうところに出てきたな。
「ノリノリですね、お姉さん」
「ま、間違ってる・・・?」
マカは不安そうな顔をする。
「いや、間違ってないって。あまりにも可愛いから驚いただけだよ」
「そうかな・・・」
マカは照れくさそうに笑う。


女性店員は強引にマカを試着室の中に押し込む。
「それじゃあ、次に行ってみましょう!」
「わっ」
マカは押し込まれる。
そして次に出てきたのはパレオ&ビキニだった。
麦わら帽子をつけていて、ハイビスカスの花も添えられてる。
夏の爽やかさを感じるデザインだった。
「どうです、ドキドキしませんか?」
女性店員は俺の方を見てニヤニヤしてる。
「あっと・・・いいんじゃないかな・・・」
俺は肌色が目立つ格好をされて、どうにもドキマギしてしまう。
直視できないというか、なんというか。
「こういうの着るのは初めてかも」
マカは居心地が悪そうだった。
「あれ、そうなんです?」
女性の店員は不思議そうな顔をしていた。
「私たちの国に泳ぐような場所は無かったから」
「そうだったんですか」
「でも、可愛いと思う・・・」
マカは女性店員に微笑んだ。
「そうですよね、そうですよね。私も好きなんですよぉ、彼氏とかに見せると卒倒しちゃんです」
「すごい威力ね」
「はい。それはもう」
女性店員は笑っていた。


結局、最初に選んだワンピースを購入する事にした。
金を支払い、店を後にしようとしたとき、店員さんが俺に声をかけてきた。
「あの、それって聖剣ですよね」
「えっ」
マカを含め、俺も驚く。
一目で分かるものとは思わなかったからだ。
唯単に旅行客が魔物が不安だから護身用に剣を持ってるだけだという言い訳を準備してたが
直接的な言い回しをされると案外、言い訳が出ないものだった。
「違うんだ、これは・・・」
俺は慌てて否定しようとする。
けれど、店員はそれを遮った。
「そうですよね、勇者様が勇者だなんて言い難いですよね。きっと極秘で活動されてるのでしょう。
けれど、これだけは伝えておきたいんです。勇者様、頑張ってください。
私たちは陰ながらではありますが応援してるということを。この店に来たのはただの旅行客。
そして、私が言ったことは何処か遠いところに居るであろう勇者様に向けてです」
「あり・・・」
「お礼はいいんです。貴方ではない、勇者にですから」
「そうね・・・。きっと勇者も喜んでるわ」
「ハイッ!」
女の店員は笑顔で俺達を見送った。
魔王による影響なのだろう、勇者という存在が受け入れられてると実感できた。
「勝とうな」
「うん」
俺とマカは顔を見合わせ誓い合った。


俺達は雑貨店に入る
「いらっしゃい」
パイプを咥えて、新聞を読んでる70代くらいの爺さんが店番だった。
「お邪魔します?」
マカは店に入るなり、そんなことを言う。
「なんだよそれ」
「挨拶しておこうかなって」
「友達の家じゃないんだからさ」
「変かな・・・?」
「いや、いいさ。友達の家のように寛いでいってくれ」
爺さんはそんなことを言ってくれる。
「お気遣い、ありがとうございます」
マカはお辞儀をする。
「何を探しにきたんだい?」
お爺さんはそう尋ねる。
「あの、本当に何となくって言うか。いい雰囲気の店が外から見えたものですから・・・」
「そりゃ、いい審美眼を持ってるよ嬢ちゃん」
お爺さんは微かに笑っていた。
「何か気になるものを見つけたら買うかと思います」
「そうか、気に入ってくれるといいが」
「きっと、ありますよ。店の雰囲気に引っ張られたんですから」
「ははっ、無理して買う必要は無いからね。必要な人に必要なモノを。買い物の基本だからね」
「はい、そうさせてもらいます」
俺とマカは店内を歩き回っていく。
「これなんかいいんじゃないのか?」
俺は木彫りのクマを見つけて指す。
「可愛いけれど、ポケットに収まらないわ。これから戦うっての邪魔になるかも」
「マカの意見は何だか実用的だな」
「そうかな、普通だと思うけど」
「レーテ、こんなのいいかも」
マカは手裏剣を見つけてハシャイでた。
「危ないな、こんなの雑貨店に置いてるのか・・・」
「悪魔にぶつければ怯むかも!」
木彫りのクマより、こういう方が喜ぶのだろうか?
店の中を捜し歩いてると、俺はあるものを見つける。
「あっ」
俺は知恵の輪を手にする。
「知恵の輪?」
「そう、でも、コイツは外れないやつなんだ」
「知恵の輪って外して遊ぶゲームでしょ。それなのに外れないなんて不良品なんじゃ」
マカは不思議がっていた。
「いいや、そうじゃない。コイツはカップル向けなんだ」
「どういうこと?」
「外れないってことと、人との仲を掛けてるのさ。だから縁起がいいんだよ」
「あっ、そういうことか」
「ちょっとした、駄洒落みたいなものだな。でも、案外こういうのがいいのさ」
「でも、あんまり捻りが無いように思えるけど」
「今でもカツ丼で勝利をお願いするだろ。あれも冗談にしては捻りが無いが、結構みんな
楽しんでるじゃないか。意外とみんなはベタなものが好きなのさ」
「そうかも」
「買っておこう」
「レーテがつけるの?」
「いや、お前もだ。こういうのは2人でつけるから意味がある」
俺は知恵の輪のネックレスを店主の元へ運び品を購入する。
そして、マカに近づき彼女の首にかけた。
「どうかな・・・」
「似合ってるよ」
「えへへ」
彼女は柔らかく笑っていた。
「ありがとう、また来てくれると嬉しいよ」
店主はそういって、俺達を見送った。
そして俺達は店を出て行った。



買い物も終わり、服も買い、空はすでに真っ暗になっていた。
デートも終わり、夜になる。
この日は宿屋に泊まって就寝した。


ーーーー決戦の日ーーーーーーーーーーーーーーーー
この日は穏やかな朝から始まった。
嵐の前の静けさのように。
今から始まるであろう大きな出来事の前は、こうして何気ない日常から朝が訪れるのだろう。


朝方、まだ太陽が昇りきってない時間だった。
宿屋にベットで寛いでいると、ドアをノックされる。
「誰だ?」
「俺だ」
この前会った、フードの男だろう。
俺は扉を空ける。
すると想像通り、ステルスがそこにはいた。
「2人とも居るか?」
「マカは寝てるが、居るぞ」
ステルスが俺に近づいてくる。
「計画はこの時間帯に始まる」
「ってことは、もうすぐなのか?」
「あぁ、すでに仲間は開始の合図を出す」
「開始ってなにをするんだ」
「とにかく出ろ」
「おい、マカ」
「・・・ん」
俺はベットで眠ってるマカを起こす。
「そろそろ始まるんだと」
「何をするつもりなの・・・?」
「教えてくれてもいいんじゃないか?」
俺はステルスを見る。
「・・・」
ステルスは答えない、黙ってついて来いという感じだった。
「いくぞ、マカ」
「うん」
マカは聖剣を持ち、移動する。

移動した先は、魔王城の前。
魔王城の回りは水路で囲まれており、橋が降りないと内部に入れない仕組みになってる。
なので、その付近に人が集まってる。
建物を利用し、魔王城からは見えないように隠れるように。
「あれが全部か、少ない気もするが」
「まさか、あれで全部じゃない」
「じゃあ、何処に?」
「オトリ」
「えっ」
「すでに戦いは始まってるということさ。国の外壁にはすでに悪魔と交戦してる」
「気づかなかったな」
「そうするようにしてるからな」
「何故?」
「町が静かなほうが都合がいいからさ」
「何をしようとしてる?」
「そろそろだな・・・」
男が腕時計を確認してる。
針が5時を差すまで5秒前という感じだった。
4、3、2、1・・・。
0。
どごぉーーん。
爆音が閑静な住宅街に響き渡る。
そしてそれは連続的に起こり始めた。
「敵襲!」
鐘が響き渡る。
すると、門に橋がかかり魔王城内部から悪魔が大勢現れる。
「突撃!」
勇者陣営の男も女も入り混じった集団が掛け声と共に橋を渡り城内部へ押し入る。
「おおおおおッ!」
「進め、魔王を打ち滅ぼせ!」
勇者陣営がやってきたのだ。
大勢の人間が魔王城に入ってきたのだ。
各国の勇者が聖剣を携え、悪魔たちをなぎ払っていく。
こうなれば、あとはもう、勝利は間違えないと思えた。
俺がやるべきことは、真っ直ぐ魔王の元へ向かうことだろう。
正面きって、魔王城に勇者陣営が行くものだから有力な悪魔たちも正面に集まっていく。
悪魔対人間の戦いである。
防衛を意識するのだから、正面に集まるってことは魔王城の内部は手薄になる。
俺は仕事が格段にしやすくなった。
「奇跡ってこういうこと言うのかな」
マカはそんな事を言う。
「魔王は潮時なんだろう。人間をあまりにも甘く見すぎた」
「そっか」
「曇り空が晴れる日は近いぞ」
俺とマカは内部へ侵入するべく、俺は聖剣を発動させる。
霧に包まれ、姿が見えなくなる。
聖剣エアロゾルは空気を操る。
俺は身体にモヤをかけて姿を隠す。
手を握ってる、マカにも同様の効果を発揮させる。
「みんなに出来ないの?」
霧で隠せば優勢になるのではと思ったのだろう。
でも、俺は出来ない理由を告げる。
「マカを覆うので精一杯なんだ。それに、悪い言い方だけど他の勇者が囮になる」
「囮って・・・」
マカは俺を非難する目で見てくる。
「俺達の目的は魔王を退治することだ。それなら他の勇者に意識を向けさせ城内部の警備を甘くする
方がより、目的達成に近づくだろ」
「でも、みんなで一斉にやった方が・・・」
「全てを覆うほどの魔力は無い。なら今出来る最善を選択するべきだ。多少、格好悪くてでもだ」
「分かったわ・・・」
「行くぞ」
勇者が攻め込んでる間、俺はこうして、内部へと侵入していった。


城内に入ると、がらんとしていた。
大理石の床に、無数の柱がある場所だった。
ここが広間なのだろう。
それもそのはずだ。
多くの悪魔は魔王城の前に居る勇者のことを止めなければならないからだ。
俺のこの力を知ってるのは現状、マカだけ。
「何だか不気味なくらい、簡単に入れたわね」
「・・・」
エアロゾルが効果を発揮するのは俺の息が続くまで。
霧を吐き出し続けることで姿を隠してるのだから。
姿が敵からは見えにくいというだけで実態はそこにあるのだから何か大きな攻撃をされてしまえば
巻き込まれて死んでしまう可能性がある。
能力そのものが敵に知られてないことで発揮できる能力。

肺活量にも限界がやってくる。
そろそろ、不味い・・・。
「もうすぐ、解除される」
「分かった」
マカは聖剣を構える。
息を吐くのを止めたからといって、すぐに霧が消えるわけではない。
そこには微妙なタイムラグが存在する。
それでも精々、3秒程度だが。
霧が晴れて、俺とマカの姿が現れる。
「このまま進むぞ」
「うん」
長い通路を渡っていく。
壁には絵画が飾られており、数は沢山あった。
黄金色の輝きに満ちた場所で、赤いカーペットが何処か遠くまで続いてる。
おそらく、この先に魔王の居る玉座があるのだろう。
魔王の元へ行こうとすると、敵が立ちふさがる。
「僕の名前はミゼット。魔王様の居る間に通させないためにここに居る」
真っ黒な色をした身体で、大きさは5歳ほど。
小さな羽根をパタパタと羽ばたかせ、宙に浮いていた。
手にはフォークを持っており、それを俺達に向けてきた。
それが、彼の武器なのだろう。
「通してくれないか?」
「断る、僕は遊びでここに居るわけじゃないんだ」
「そう言われてもな。魔王にどうしても会う必要がある」
「帰れ、下賎な人間め。魔王様に近づこうとする不届き者が」
「帰るわけにはいかない。何せ、目的が魔王を殺すことなんだからな」
「それなら、余計に返すわけにはいかない」
ミゼットと名乗る悪魔はすぅっと、俺達の方へ近づいてきた。
「やる気か?」
俺とマカは戦闘態勢に入る。
「その腕・・・お前、ジャガーノートさんを知ってるのか?」
「知ってるも何も、俺が殺したんだ」
「何だって?」
「村の人間を殺したんだ。その報いは受けさせるべきだろう」
「お前ッ!」
ミゼットのフォークは俺の脳天に突き刺さる筈だった。
けれど、マカの聖剣がそれを防ぐ。
「殺させない」
「虫けらのクセに、よくもッ!」
ミゼットのフォークが俺ではなく、攻撃を防いだマカを襲う。
俺は、ミゼットの言葉を聞いて確信する。
ジャガーノートの知り合いなのだと。
しかし、俺の獣の腕は何も答えないし、反応は無い。
「・・・」
俺はミゼットの身体を掴み取る。
人間であれば、捉えるのは難しかったかもしれない。
でも、少しづつではあるが、俺もバカではない。
悪魔に近づきつつある。
そんな風に思えた。
「くそ、離せよ」
獣の腕にフォークを何度も、何度も突き刺すミゼット。
しかし、ジャガーノートの腕を貫通させるほどの攻撃力は無く、その足掻きは子供もののようだった。
「人間を殺したことはあるのか?」
「あ、あるさ・・・。俺は悪魔なんだ、沢山の人を殺してやった・・・」
「本当か?」
「うっ・・・」
「本当は無いんだろう?」
「ある、あるんだ、沢山・・・。数え切れないくらい殺したんだ!」
「それにしちゃ、フォークが血で汚れてない気がするが?」
「それは・・・」
俺は空いたもうひとつの手で、ミゼットの頭を掴んだ。
「ジャガーノートを知ってるんだろう。それなら、俺がアイツの腕を身につけてるということは
何をするか分かるんじゃないのか?」
「や、やめろ、死にたくない、死にたくない!」
きっと、ミゼットの頭の中では自分の首がちぎれ、飛ぶ映像が浮かんできただろう。
「お願い、やめて・・・」
俺の目を見つめるマカ。殺傷は彼女の望む展開ではないのだろう。
「ミゼット」
「なんだよぉ・・・」
すでに泣き顔になってる。
殺されるのだと思ってるからだ。
「お前が今、感じてるのが死への恐怖。そして生への渇望だ。お前が慕ってるジャガーノート
という男は、そうした人たちを今のお前と同じ気持ちにさせてる。俺は、それが許せなかった。
悪魔として生きていくには、人間を襲わなくてはいけないのかもしれない。
でも、お前は、命を奪う真似だけはするな。いいな?」
「でも、お前はジャガーノートさんを殺したじゃないか。素直に受け入れられないよ」
「そうかもな・・・」
俺は苦笑するしかなかった。
そうして、ミゼットを離す。
「殺さないの?」
「今のお前に恨みはないからな」
「でも、いつか僕はお前を殺しに行くと思う。ジャガーノートさんは僕を育ててくれた人だから・・・」
「その時を楽しみに待ってるよ」
「変なヤツ・・・」
ミゼットは部屋を出て行った。
「追わないの?」
「追わないよ、それにお前も望んでないだろ」
「そうだね」
魔王の間へ続く扉を開ける。



ーーーーーーーー玉座の間ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔王がそこには居た。
黄金に染め上げられた部屋だった。
壁には細かなデザインが描かれており、手間暇が掛かってそうな印象だ。
そして、5mはありそうなほど巨大な椅子。
その玉座に座る、大柄な男性がそこにはいた。
後ろを向いて、余裕そうだった。
「お前が魔王か?」
「いかにも、よくぞ来たな勇者よ」
「後ろを向いて何て、随分余裕なんだな」
「部下を信頼してるだけさ」
「でも、あんたの部下は城の前の勇者に夢中で俺は疎かだったぜ?」
「ハエでも入り込んできたと思ったのだろう。虫程度で慌てたりはすまい?」
「コイツ・・・!」
初老を感じさせる白いヒゲとシワ。
目の奥にギラリと光る眼光が威厳を感じさせる。
漆黒の鎧を身にまとい真っ赤な血で染め上げたようなマントを風に靡かせる。
でも、何処か温かみを俺は感じてしまう。
本来感じるべきは冷たさなのに何故?
その答えはすぐに分かる
俺は頭痛がし始める。
「うっ、うぅ・・・」
首筋にあるミミズのような文字が緑色に発光する。
「レーテッ!?」
「思い出したか」
「何を」
マカが魔王に詰め寄ろうとする前に、俺は頭の中がスッキリし始める。
そして、その答えが段々と分かってくる。
「ダーティ・・・?」
俺を昔、可愛がってくれた親父の顔にそっくりで驚く。
マカのお父さんじゃない。
俺は、記憶が出会った瞬間に吹き出てきた。
今まで、長い間蔵で眠ってたワインの閉じられていたコルクの栓が外れたみたいに歴史ある風味が香ってくる。
俺は確かに、この人と共に生きていた。
一緒に母さんも住んでた筈だ。
それなのに、じゃあ、あの時、襲ってきたのは親父だったのか?
「なんだって、こんな真似をしてるんだ・・・親父!」
「必要な事だからだ」
「魔物の王として生きていくことに何の意味がッ!」
「魔物の動きを管理できるからだ」
「管理?」
「あぁ、奴らは凶暴で恐ろしい。自由にさせれば被害は大きくなる一方だ・・・。
でも、誰かが魔物に取り入ることが出来るのならば人間との共存を図れるのでは?
それが、かつての王・・・。レーテやマカ。お前の国の王の考えだ」
「なんだって?」
どうして、俺達の国の名前が。
「最初こそ難航した。今まで魔物と人間は争ってたのだ。仲良くなる妥協点のようなものが
見当たらなかった。どれも平行線で、何を言っても互いに譲らない。そんなときだった」
「何が起きたんだ?」
「勇者の存在だ」
「人間には通常、魔力を備わってはいない。けれど勇者の血を受け継ぐものは別だ。
魔物だけが持つ魔力を人間側が手にする事で状況が変わってくる。
魔物だけの個性が失われたからだ。
その所為で魔物は、今はまだ具体的な抑止力ではなかったが恐怖を人間サイドに感じた。
今まで人間と魔物は互角だったのだ。それは人間サイドによる兵器の技術力だった。
その兵器の技術力に対抗するべく魔物は魔力を駆使し魔法で応戦した。
ところが、それが覆る要因が生まれたのだ。恐怖を感じないわけが無い」
「話が進んだのか?」
「あぁ、魔物は弱みを見せるわけには行かなかった。だから、こんな交渉を言ってきたんだ」
「勇者を渡せ。あの虐殺者を、俺達の仲間を大勢殺した勇者を渡せと」
「それで、どうしたんだ?」
「魔王の首と交換だと」
「差し出したのか・・・」
「そうだ、向こうが麻袋の中から魔王の首を取り出した時はゾッとしたよ。向こうも本気なのだと」
「誰なんだその勇者ってのは、そんな英雄なら銅像の1つや2つ。立ちそうなのものだが俺もマカも知らない」
「それはそうだろう。英雄である事に違いは無いが、同時に汚点でもあるのだから」
「どういう意味だ?」
「分かってる筈だ・・・私の口から聞きたいか?」
「どういう・・・いや、まさか・・・」
俺は動揺する。
そうだ、あの時、俺の親父は何処にいた・・・?
「気づいただろう。そうだ、お前のお母さんだ」
俺の母さんは、フードを被った男に殺された。
それが、コイツだと言うのか?
「けれど、俺には魔力が微々たるものしかない」
「それはお前が魔族の血を継いでるからだ」
「なんだと・・・?」
「私が魔王として活動できたのは父が魔族で母が人間だからだ。血が2世代に渡ってるから血は
薄いが紛れも無くお前は魔族の血を引いてる。
獣の腕が馴染むのは魔族としての血が入ってる所為だろう」
「なら、どうして母さんは死なねばならなかった。勇者でもなんでもないんだろう?」
「本来の勇者はマカ、貴様の母だ」
「私・・・?」
「勇者を差し出すと約束はしたものの、人間サイドは素直に手放す気にはなれなかった。
勇者の存在が居るだけで悪魔を牽制できるのだ。失うにはあまりにも惜しい。そこで、人間は
誰か犠牲を求めた。それが私の妻であり、レーテ。貴様の母だ」
「可笑しいだろう、どうして母が犠牲に!」
「死んだ勇者に魔力の有無の証明は出来ない。そこで悪魔が取った方針は子に魔力が宿ってるか
どうかだ。生きてる子に魔力が備わっていたのなら、親が勇者である可能性があったということだ。
魔族の1人がレーテに触れると、小さな光を灯した。それは紫色のものだったが、紛れもない魔力だ。
悪魔は確信した、勇者の血筋だと」
「どうして疑われなかった、親父は魔族の血を受け継いでいたことを魔族側は知らなかったのか?」
「魔族側は知らなかったと思う。けれど、人間陣営の一部は知っていた。
その1人がマカ、お前の親父だ」
「私の父が何故?」
「俺の妻か、お前の妻のどっちを犠牲にするかだ。そして選んだのは自分の妻だったということだ」
「父が、そんな・・・」
「私は恨みは無い。妻を差し出すことは作戦の一部にあったからな」
「自分の妻だろう、どうしてそんなに冷たいんだ」
俺は魔王に向かって攻撃的な口調をする。
「自分の気持ちを優先して、人々の生活に悪影響を及ぼす決断を俺にしろと?」
「それは・・・」
「俺はこれに賭けた。そして俺は運が良かったのだろう。こうして、成功したのだから。
俺は上層部の悪魔ではなく、下級の何も知らないやつを条件に査定を許した。
人間陣営の内部に凶悪な悪魔を滞在させるのは街の住民に不安を与える。
だから、弱そうなやつを送れと」
「それを承諾したのか」
「あぁ、悪魔の方も疲弊してたんだろう。勇者の首を出来るだけ早く手にしたいと欲を出した。
だから話に乗って来た。そして、俺達は下級の悪魔を招きいれ計画は実行される。
敵はもしも仲間の悪魔に手を出したのなら、俺達全員で一気に襲うぞと脅しをかけてきたが内面を理解してた
俺は、チャンスだと踏んでいた。そして計画は実行に移され、俺は妻を殺し差し出した」
「俺の母はそれを受け入れたのか?」
「さぁな・・・。話し合いをしたわけではなかったが賢い女だ。
何処かで殺されるのがわたしであると気づいたのだ。そして受け入れたのか俺と戦いたくなかったのか
抵抗することなく殺された」
「・・・」
「俺は向こうが検査をする際に、妙なことに気づかないよう近くで監視してた。
差し出したのは勇者ではないという事実をバレてはいけないから。
近くでじぃっと監視してたのだ。
相手はさぞかし、プレッシャーを感じてただろう。
そんな状況で冷静な判断は出来なかったはず。
ましてや下級の悪魔。
人間にいつ殺されるのか分からないのに、人間に囲まれて、さぞ恐かったろうな。
そして上手くいったのだ」
「それで、俺の母の首を・・・」
「悪魔よりも悪魔らしいだろう。
妻や家族を犠牲に勇者の血筋を生かすなんて非道な真似を悪魔でもない人間がするわけないと悪魔は思ったんだ」
「そんな真似をしてでも欲しかったことなのか・・・?」
「魔物を支配下に置くことで、私は街の、ひいてはこの国の平穏を手にしてるのだ!」
「必要だと?」
「そうだ」
魔王は断言する。
「魔物が人間を殺してるとしても、それは平穏と呼べるのか?」
俺はジャガーノートのことを思い出す。
「必要な犠牲だ。エサを与えないで居られるほど悪魔は遠慮深くない」
「自らが剣を取って戦うという選択肢は無かったのか?」
「昔は聖剣なんてものは無かったんだ。その時代を知らないくせに偉そうなことを抜かすな」
「でも、今は時代が違う。なら、変わるべき時じゃないのか?」
「今までこうすることで街の人たちは食べるものを手に出来てる。
ならば、私のやってることは正しいことなのだ。これからも変えるつもりはない」
「そんなの間違ってる」
「マカ!?」
魔王に向かって、突撃していく。
いけない、魔力も込めてないのにあれでは・・・。
「ふん」
魔王の杖から湧き出る紫色のオーラは俺達の攻撃を寄せ付けない。
「どうして」
「聖剣は強い武器であることに変わりは無いが、欠点を宿してる。それは人間に影響が薄い点だ。
マカ、貴様の剣では私を殺せない、いや、お前の性格も含めてかな?」
「このっ」
マカが聖剣ソレイユで切りかかろうとするも、魔王はオーラを噴出させることなく首を差し出す。
「どうした、やればいい」
「殺してやるっ!」
「口先だけではなく、切りかかれば良い。ほれ」
魔王は逆に聖剣に首を近づける。
すると、わずかではあるが首筋だからは血が流れ落ちる。
「あっ・・・」
マカは剣を手元に引き寄せるようにしてしまう。
優しい彼女が命を奪うなんて真似が出来ないんだ。
「どけ」
魔王は紫色のオーラを身体から噴出させる。
その所為で近くにいたマカが吹き飛ばされてしまった。
「がはっ」
そのまま壁にぶつかり、マカが横たわる。
勝てると一瞬でも思った俺がバカだった。
相手は魔王なのだ。
聖剣との戦いなんて、きっと、何度も経験してるんだ。
彼女の一撃は魔王に届くことは無く。
途中で止まった。
ピンチを迎え、絶対絶命と思う。
「・・・」
畜生、畜生、畜生・・・。
マカ・・・。
彼女の倒れた姿が強烈に俺の心を刺激する。
「理屈などよりも、単純な暴力こそが正義なのだ。抵抗も無く、弱ければ無残に殺されても裁く人など
居ないのだから」
「・・・」
そんな理屈が通っていいのかよ。
マカが死ぬんだ、否定するんだ。
あいつはまだ、死ぬべき人間ではないと。
「さらばだ勇者よ。歴代の者と比べ、お前は強かったよ」
「・・・」
止めろ・・・。
止めろ!
獣の腕が俺の気持ちに反応する。
力なきものが悪なのだろう?
なら、暴力には暴力を持って応戦しようではないか。
それが正義なのだとしたら、相手の言う正しさなのだとしたら。
認めさせるには、抵抗の意思を見せるのだ。
お前には俺がついてる。
お前は決して弱い男じゃない。
どうしたらいいんだ。
素直になればいい。
素直になれって何をすればいいんだ。
力が欲しいか?
欲しい。
彼女を助けられるのならば、俺の命。
些細なモノだ。
ならば、受け入れろ。
人間としての生を捨て、俺の存在を受け止め、お前は悪魔として生まれ変わるのだ。
そうすれば、マカは助かるのか?
あぁ、必ずな。
なら、答えは決まってる。
ドクン。
心臓が拍を打ち出す。
「なに・・・?」
俺の異変に気づいた魔王はコッチを見る。
でも、遅いんだ。
すでに変化は始まってる。
俺の流した血が時間が逆行していくかのように、俺の身体に集まっていく。
それらはやがて、俺の身体と同化する。
流れた血は一滴残らず俺の元へと帰っていく。
あぁ、俺はもう、人間ではないのだな。
「はぁ・・・」
俺は息を吐く。
白く、モヤのようなものが俺の周りを包み込む。
「貴様、人の身を捨てたか」
4本の足で俺は立つ。
黒いオオカミ。
それが今の俺だ。
「ああぁあぁああああああああああああああ!」
出せる限りの声を出す。
搾り出すんだ。
肺から空気を。
胃から胃液を。
そうして失われていくものを取り戻すように俺は喰いかかる。
「フン」
魔王の杖からは紫色のオーラが出現する。
結界だ。
電流が走り、身を焦がす。
その所為で、部屋の中が焦げ臭くてたまらなかった。
臭いよなぁ・・・。
うっとおしいよなぁ・・・。
どうすればいい?
そうだ、換気をすればいいんだ。
俺は魔王の結界なんて意にも介さず、無理矢理、押し込んでいく。
「あああああああああああああああ!」
「なんだと」
魔王が押されていき、地面には擦った痕が出る。
そしてそのまま、壁際へと押されていく。
「落ちろ!」
結界も一緒に、魔王も押し込んで壁を強引に破壊する。
そして、魔王と俺は落ちていく。
「ぐぬぅ」
地面に落ちるまでの間、俺は口を大きく開ける。
空中という人の身では動きようが無いこの場で決着をつけるのが早いと俺は思ったのだ。
何も難しいことをしようって話じゃない。
結界ごと、魔王を喰らえばいい。
そうすれば、簡単だ。
「いただきます」
「はっ?」
そして、そのまま俺達は地面に落ちた。
森林に落ち、枝がいくつも崩れていく。
太陽の光が俺を照らす。
今、この地上に立ってるのは俺1人だ。
魔王は何処にも居ない。
見当たらない。
気配が感じられない。
きっと、逃げたんだ。
そうだ、逃げたに違いないんだ。
魔王は弱いんだ。
俺に恐れを成して逃げたんだ。
でも、何処に?
そうだ、追わなくちゃ。
街に逃げたんだ。
街に行こう。
俺は駆け出し、街へと戻る。



ーーーーーーーー城下町ーーーーーーーー
街の誰かが気づいた。
指す。
あれは、なんだ?
魔王の城から、真っ黒なオオカミがやってくるではないか。
目が血走り、今にも人間を食いそうな勢いで駆けて来る。
「ま、魔物が来たぞ!」
カンカンカンカン・・・。
街のシンボルである鐘が何度も鳴らされる。
街の住民たちはその警報に気づき起き出す。
「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!」
誰かが悲鳴をあげる。
それをキッカケに街中の人間が騒ぎ出す。
「助けてくれ!」
あぁ、魔王。
そこに居たのか。
逃がさない、何処までも、何処までも追いかけるぞ。
お前が地の果てに逃げようとも、俺の身体は悪魔なんだ。
無尽蔵の体力を持って、お前を食い殺そうぞ。
住宅地にある家を襲う。
家は壊れ、瓦解していく。
それは簡単で、時間は少ししかかからない。
家を建てるのに、職人が何時間、何週間、果ては、何年だって掛かろうとも諦めず建設する。
そんな苦労の結晶を壊すときは、あっという間なのだ。



知恵の輪が目に入る。
あぁ・・・。あぁ・・っ!
俺は何てことを。
魔王を殺すことだけに意識を研ぎ澄ませ、心身ともに鋭利な刃物であるかのように俺は錯覚していた。
でも、そうじゃない。
実際は黒いオオカミと成り果て、魔王はすでに死んだんだ。
今やってる俺のこの行為はただの破壊行為で人々の迷惑になってるだけなんだ。
止めなくては。
俺は暴れまわる、身体を地面に打ち付けたり、申し訳ないと思いつつも家屋に体当たりする。
身体を傷つけ、血を流せは死ぬだろうと思って。
でも、現実にはそうはならなかった。
血液はまるで意識を持ってるかのかのように、俺自身へと集まっていく。
やはり、普通のやり方では駄目なのだろう。
「レーテ・・・」
怯えるマカが恐い。
脅威だから恐怖なんじゃない。
傷つけてしまってることが嫌だから恐怖を感じるんだ。
俺が出来るのは、きっとこれぐらいしかないんだ。
「マ・・・カ・・・」
「えっ?」
抱きしめた。
そして、心臓に聖剣がずぷりと入り込んでいく。
背中につきぬける。
「忘・・れ・・・・ろ」
「あっ・・・」
マカは小さな声を発しただけだった。
そして、俺は泥のように身体が瓦解していく。
良かった、殺されるのが俺で。
良かった、相手がマカで。
今、この街に来てる勇者陣営の誰かに殺されるなんてゴメンだ。
知らない誰かに殺されるより、自分を思ってくれる人間に殺される。
それも、1つの生き方だろう。
自分の死が優しさで満ちる気がするから。
俺が死ぬのは避けられない。
自分でも、戻れないって理解できる。
他の誰でもなく、自分の身体なのだから。
そして、勇者たちは悪魔を見たら止めなくてはいけないって思うのが普通だ。
そうなれば勇者の誰かは街の人たちを守るために俺を殺すはずだ。
勇者と名乗るんだ。
弱い筈が無い。
俺が勝つなんてことはありえないんだ。
負ける未来しかない。
勝ったとしても、今の俺では勇者の命を奪いかねない。
俺は本気で戦ってはいけないんだ。
だったら、俺が最後に望むのは殺される相手だ。
それが、俺の願い。
ごめんな、お前にこんなことをさせて。
命を奪うのはこれが最初で最後であって欲しい。
そんな俺のワガママをどうか聞き入れてくれ。
もう、声は出ない。
だから心で。
一緒に居てくれてありがとう。
心の中で感謝を唱えると不思議なもので身体が温かった。
そうして俺はこの世から消えて無くなっていった。


ーーーーーーーマカの視点ーーーーーーーーーーーーーー
大勢の勇者が街に魔王が出現したと聞き、駆けつけた。
先程まで魔王城で将軍レベルの魔物と戦っていたが、それらを退治した後。
仲間から街の様子が変だと聞かされてやってきたのだった。
遅いよ。
もしかしたら、他に何か方法が。
レーテが元に戻れる方法があったかもしれないのに。
勇者って人は肝心な時に役に立たないんだから・・・。
そんな少女の愚痴の様なものが彼女の中で静かに漏れ出ていた。
「君がやったんだろう、見てたよ。心臓に一突き。見事なモノだった。
君こそが英雄だ。魔王を退治したのだから。それは他の誰かが得られるものじゃない。
おめでとう、えっと、君は・・・?」
「私が英雄・・・?」
「そうだとも、君こそが英雄なんだ。魔王の首は一つだけだからね。英雄になれるのも1人なのさ。
いいなぁ、私が欲しかったよ英雄の称号」
私の回りに続々と色んな国の勇者が集まる。
老若男女問わず、様々な人たちが居た。
悪意は無いんだろう。
本当に純粋な思いで、魔王を退治し、英雄としての称号を手にしたことが羨ましいのだろう。





街の人たちは覚えてなかった。
店を回って言っても、勇者様はお1人で来られましたと言うばかりでレーテの存在は希薄だった。
これも獣の腕の影響なのだろうか。
それとも霧の聖剣の影響?
分からない。
でも、勇者は私1人で魔王を退治したのも私だった。
本当の魔王はレーテが倒したのに、私が倒した魔王こそ私の大事な人だったのに。
世間は違う捉え方をしていた。
街を襲ったあの黒いオオカミこそが魔王であり、あれこそが魔物の王だと。
でも、そうじゃないんだ。




この街に来て利用した酒場へと私は入る。
「勇者さまではないですか」
あの時、接客してくれた女の子だった。
「あの、私のこと覚えてます・・・?」
「ええ、覚えてますよ。一人で泣いてましたよね?」
「え・・・?」
1人で泣いていた?
そんな筈はない。
あの時はレーテと一緒に食事をした筈なのに。
「他にも居たでしょ。テーブル席なんだ、カウンター席と違って1人で座るようなところじゃないはず・・・」
「ええ、それが不思議だと感じたので、だから余計に覚えてるんですよ。テーブル席で1人で泣いてる女性。
目を引くではないですか」
「私が1人で泣いていた?」
「わたし、心配で」
「そう・・・ですか・・・」
「他の勇者の皆さんは飲んでますよ、今日明日は勇者一行は無料なんで好きなだけ楽しんで」
「はい・・・」
私は1人でポツンと席に座る。
カウンター席だった。
「おめでとう、勇者マカ。君が英雄だ」
「ステルス・・・」
隣に彼が座ってきた。
「あっちで飲まないか。他の勇者が君の話を聞きたがってる。
あの戦火でよく、魔王の元へ辿り着けたと」
「そうじゃないの、そうじゃ・・・」
「じゃあ、どうして?」
「レーテが居たから、彼が魔王のもとへ運んでくれた。
そして代わりに倒してくれたの・・・」
「そういえば、彼は?」
「私が殺したの」
「なぜ?」
「みんなが魔王だと思ってる、あの黒い獣が彼だから」
「・・・」
「信じてくれる?」
「どうかな、急には信じられる話ではないと思う」
「私は英雄なんかじゃないの」
「少し君は疲れてるんだ、明日になれば別な言葉が出てくるはずだ」
「疲れてない、私は真実を述べてるだけなのに」
「じゃあ、なぜ獣は街を襲う。彼は勇者の関係者だろ。人を襲うのは何故なんだ」
「それは・・・」
「話がしたくないから、そんなウソを言うんだな。それだったら断ろうか?」
ステルスは提案してくれる。
「ごめんなさい、そう伝えてもらえる?」
私は話しても無駄だとしか思えずそんな言葉を吐いてしまった。
落胆。
そんな薄暗い気持ちが私の心を支配していた。
「分かった、魔王を退治したばかりで疲れてるのだと伝えておくよ」
「ありがとう」
ステルスは、そうそうに去っていく。
多くの魔物を撃退し、住んでる人間たちには大きな被害は出なかった。
どれだけ魔物が手ごわかったか、そして、どれだけ危険な目にあったのかと勇者たちは楽しそうに話していた。
でも、私はその会話には混ざれそうに無かった。
彼らの認識では被害は軽微。
事実、偉業だと思う。
悪魔の多くは撤退し、亡くなった勇者や街の住民も居るけれど少数だった。
彼らの親族や友達が死ぬ事は無く、悲しみが薄いのも事実。
けれど、私はレーテという長年の家族を失ったのだ。
その差は埋めることが出来ない。
私はアルコールの強いお酒を飲んで、気持ち悪くなりたかった。
それほどまでに酔っ払えば、何も考えずに済むのだから。
グビグビと酒を体内に取り込む。
景色が次第に歪んでくる。
頭が重い・・・。
私はそのまま倒れこんでしまった。





ーーーーーーーーーーーーー翌朝ーーーーーーーーー
私が目を覚ましたのはベットの上だった。
「ハッ・・・」
起き上がると、頭痛が酷かった。
ベットの近くには棚があり、その上にはメモが書かれていた。
頭痛薬だ。
紙の上に白い粉末と、透明な液体が入ったグラスが一緒に置かれていた。
メモを書いた人はステルスだった。
私は感謝をしつつ、その薬を飲み、再び眠りについた。


目を覚ますと、頭痛が落ち着いてる事に気づく。
あの薬は高価なものだったのかもしれない。
そんなことを思う。
私はお礼を言うべく、ステルスを探す。
下に降りると、昨日飲んでいた酒場だと気づき、ここは2階だったのだと初めて気づいた。
「おはようございます」
酒場の店主が挨拶をする。
「ごめんなさい、倒れてしまって迷惑を掛けてしまって・・・」
「いいんです、いいんです。国の英雄ですからね。昨日、今日は多少の失礼は見逃されるべきでしょう」
「すみません、あの代金は・・・」
マカはポケットを探り、金を出そうとすると店主は手を振ってNOの意思を示す。
「代金は無料です」
「でも」
「何度も伝えてるでしょう。貴方は英雄だと」
「本当にありがとう」
私はこの宿屋を後にした。


ステルスを捜し歩くと、私は見つけ出すことが出来た。
場所は魔王城。
「ステルス」
「やぁ、マカ。体調の方は?」
「少し、落ち着いた。良い薬ね」
「大した事無いさ」
「あの、私に手伝えることあるかな。薬のお礼ってわけじゃないんだけど・・・」
「それなら、今から魔王城を掃除することになってるから手伝ってくれると嬉しいよ」
「すでに魔王が亡くなったので、この城はこの街の住人のものになるからだ。
取り壊してしまうよりも、新たな王として人間が立ち上がることが、これから先、大事になる筈だから」
話を聞いて、私は納得し、それに参加する事になった。


城内部。
仕事の内容は瓦礫の撤去や、ホコリの掃除などだ。
中は他の勇者が戦った後や、悪魔との戦闘で出来た傷が残ってるように感じた。
私とレーテが侵入した、後、悪魔たちは逃げるように城内部に入ったのだとか。
中には、もう無理だと諦めて自害を選択した悪魔も居るらしい。
そういった痕が残ってる。
私は、魔王の寝室を掃除する事になった。
そこで、あるものを拾う。
それは日記だった。
ダーティ。
そう名が記されていた。
私はステルスに持ち帰って帰っていっても大丈夫か相談する。
「あの、ステルス」
「どうしたんだい?」
ステルスは他の勇者たちと一緒に瓦礫を運んでる最中だった。
「これ、知り合いの日記かも知れないの。持ち帰っても平気?」
「まぁ、宝石とか、そういうものじゃないからね。持ち帰っても大丈夫だよ」
「ありがとう」
「いえいえ」
ステルスは仕事に戻った。
私も先ほどの場所へ戻って、掃除の続きを始めた。
掃除が終わり、私は先ほどの酒場に戻った。
2階へ泊まってもいいかどうか尋ねるとOKをもらった。
ご好意に甘え、私はベットで休みながら日記を読み進める。


魔王の日記にはこうだった。
今回の戦いにおいて大事な事は敗北である事。
そしてそれは、自らの意思で動くのではなく必然的な流れで、そうなるべきなのだと。
どういうことかと不思議に思った私は日記のページを読み進めていく。
悪魔の王としての地位を手に入れた私は悪魔が暴走しないよう尽力した。
全ては人の世のためにと信じて。
悪魔に強いられた世界から、少しづつではあるが人間が主導の町も出るようになった。
そうしていくと、次第に人間が力をつけていくのが実感できる。
それこそが聖剣。
人間が悪魔と渡り合うために手にした方法だ。
その成果もあって、悪魔は押され始めてきてるのが分かった。
私の元へ話が来るからだ。
これは好機だと踏んだ。
人間が世界の覇権を取るべき日がきたのだと私は心の中で感動を覚えいた。
けれど、今すぐに行動を起こしても悪魔が強い事に変わりは無かった。
それに、自分から動くわけには行かなかった。
悪魔の王として生きることを決めたあの日、悪魔との約束は悪魔のことを考えた王であるべきだと
約束をしたからだ。
自分が率先して陰で行動してしまえば、悪魔たちは約束が違うと思うだろう。
そうなれば謀反は免れない。
力が不十分な人間側の生活が脅かされると私は考えていた。
私を殺して新たな悪魔の王が出てきてしまえば、今よりも被害が拡大するだろうと思ったからだ。



私は誕生した勇者に殺されることを望んでいた。
この国に居る悪魔を退けるほどの勢力まで拡大したのなら戦力は充分だろうから。
その時こそが私の命運であり、人生の最後なのだと理解してるつもりだ。
私は出来るだけ抵抗する事無く殺されるつもりだ。
けれど、率先して殺されてしまえば何か意思があると感づかれるだろう。
だから、僅かな抵抗は示す。
でも、殺されるように誘導する。
そんなつもりでいた。
近々、私の側近から情報をもらった。
勇者が何やら画策してると、この国に攻め入るつもりだと。
私は思った。
待っていた日が来るべき時だと。



私は自分の息子との相打ちを私は考えていた。
私の息子は悪魔の血を引いてる。
私の祖先は悪魔と人間との関係で出来たもので、そしてそれは望まれたものではなかった。
私は忌み子としてこの世に誕生したのだ。
魔王として悪魔の陣営に馴染めたのも、それが理由だ。
私の最終的な目標は悪魔の血筋を途絶えさせることだ。
そしてそれは、悪魔全員は勿論、私の家系のものもだ。
妻を犠牲にしたのは勇者の家系を助けるため、そして息子に復讐心を抱かせる目的もあった。
息子の記憶を曖昧にしたのは、子供の頃から復讐心を感じて欲しくはなかったからだ。
大人になるまで、そういったことを考えて欲しくなかったのだ。
若いうちから復讐に燃えてしまえば、何処かでミスをしてしまうかもしれない。
そうなれば、私のもとへ辿り着く前に誰かに殺されてしまう。
そうなれば息子の死を確認することが出来ない。
だから、来るべき日がくれば記憶が元に戻るように私は魔法をかけていた。
それは私の前に立ちふさがる時に。
息子には力を与えるべきと考えていた。
その相手はジャガーノート。
あいつは私が仕向けた敵だった。
私の元へ辿り着くためには、それなりの実力をもってもらわねば困るからだ。
ジャガーノートを倒せるほどの実力があるのならば、悪魔でも上位の敵に立ち向かうことが
出来るだろうと私は考えた。
ジャガーノートの死亡が私の元へ伝令されてきて驚いた。
息子の実力はそこまでなのだと。
新たに魔物を派遣するかどうか案が出された。
けれど、辺境の村で起きた事件だとして私はまともに取り合わず派遣を先伸ばした。
それが今、実ってるのだと実感する。



魔王の考え方を、少しだけ知れた気がした。
それでも、許してあげようという気になるわけではないが。
私はモヤモヤを感じつつも、再びベットの中へを入り込んだ。



ーーーーーーーーーー後日談ーーーーーーーーーーーー
レーテが死んだ。
そのことを伝えるべく、私は故郷へと帰っていく。
両親にそのことを伝えると泣いてくれた。
あの国ではレーテの存在は信じてもらえなかったが、こうして覚えてくれる人が居るのだ。
それだけでも救いだった。
私は魔王が死んでから、未だに魔物の被害が受けてる場所を捜し歩き魔王は死んだことを伝えて周った。
そうすることで悪魔たちが諦めて大人しくなるだろうと思って。
結果はそれほどいいものではなかったが、少しづつ平和が取り戻しつつあった。
私は復興の手伝いとして瓦礫の撤去や、建築材料を運ぶお手伝いをして何とか頑張っていた。
前にレーテを殺すと言っていたミゼットもレーテが死んだことを伝えたら二度と来ないものかと思ってた。
でも、隠してるに違いないと意地を張って何度も足を運んでいくミゼット。
そのうちに私はミゼットに愛情のようなものが芽生えていった。
そうして今、ミゼットは私の家に殺しに来たといいつつ遊びに来ることが増えていったのだった。
1人では不安な旅でも、こうして仲間が一緒だと寂しくなかった。
ミゼットは私の仕事の手伝いをしてくれるようになった。



それから数年後。
魔王が居なくなり魔物の統制が取れなくなっていた。
その影響もあって、魔物たちは勇者陣営に押されてしまい絶滅とまでは行かなかったが
かなりの勢力が勇者陣営に屈した。
そのお陰で今は魔物も影を潜め平和な世の中となる
小さな一軒家だった。
ゆらゆらと動くロッキングチェアに座ってる、おばあちゃんが居た。
外は雪で暖炉で温まりながら、小さな孫に向かって語りかける。
「この国にはね、もう1人英雄がいたのよ」
「英雄っておばあちゃんのことでしょ。学校でも習ったよ」
「ううん、違うの」
「じゃあ、どうして先生は教えてくれないの?」
「私が隠してたからよ」
「いいことしたのなら皆に褒めてもうらべきじゃないか。おばあちゃんだっていつもそう言ってる」
「人に認められてはいけない善意もあるのよ」
「わかんないよ」
「今はそれでいいの、でも、これだけは覚えていて頂戴」
「何を?」
「レーテという名を、人に知られることなく死んでしまった彼の名を。家族であった私たちは
覚えておく必要があるの」
「分かったよ」
少年は何処かへと去っていった。
私は妙に安心して、何だかうとうとしてきてしまった。
次第に眠くなり、目を閉ざした。


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