自害しなかった魔族

唐草太知

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第3話:店主の居ないパン屋

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翌朝、今日はいつもより早起きの日だった。
「ん~」
「起きて、レイ」
「もうちょっとぉ」
「早く起きて、じゃないと朝食が手に入らないわ」
「はっ」
僕は目覚める。
「まだ、ぼーっとする?」
「ん~、そうかも」
「洗面所に行きましょう」
「ん~」
僕は眠い目をこすって、洗面所に向かう。
そして、顔を洗うための水をアリアに出してもらう。
「お湯出したから」
「ありがと~う」
2人してじゃぶじゃぶと顔を洗う。
そして歯磨きを行う。
「・・・」
「・・・」
2人して、しゃこしゃこと磨いていく。
無言の時間が続く。
「それじゃ、行きましょう」
「何処へ?」
「パン屋に行くんじゃないの?」
「あぁ!」
昨日はダメだったから今日は早く行こうということか。
「早く行かないとだね」
僕はマントを羽織る。
そして、アリアはCAの格好に。
「開いてるといいけど」
「今日は大丈夫じゃない?」
「行ってみないと分からないわ」
「そうだね」
僕らはパン屋に向かっていった。
すると、勘が当たっていたらしく、店は開いていた。
小麦の焼けた、いい匂いがする。
「いい匂いだわ」
「入ろう」
「えぇ」
店に入るなり、僕は誰かとぶつかる。
「うあぁああああああ!」
「え?」
思いっきり、頭から行った。
「おぉおおお・・・」
知らないおじさんは頭を押さえていた。
「痛ったぁ・・・」
僕も頭を押さえる。
「大丈夫、2人とも?」
「無事じゃないよ!」
スカーフを巻いたおじさんはそんなことを言う。
「うわぁ!」
僕は驚く、アリアは冷静で無反応だったが。
「急がないと、間に合わない」
おじさんは今すぐにでも出ようとする。
「ちょっと待ってよ、店員さんでしょ?」
僕は尋ねる。
「客かい?いやぁ、困ったなぁ。
今すぐにでも行かないといけないというのに」
早口でばーーーっと喋る。
せっかちなのだろうか?
「何をそんなに急いでるのさ?」
「自分の名前はブレット。
ここの店主さ、よろしく。
王様にパンを届けに行かないとなんだ。
そこで相談なんだけど、君らが接客やってくれない?
本当かい?それは助かるよ、それじゃあ!」
ぴゅーっと、返事をする前にブレットと名乗る男は店を出て行った。
「返事してないのに・・・」
「どうするの、レイ?」
「僕は無関係だ、お金を置いて店を出よう」
「それでいいの?」
「なんてね、困ってるなら助けになろう」
「レイ・・・」
「任せたぐらいだし、パンは作り置きしてる筈さ。
なんとかなるよ」
「レイ、そのことなんだけど」
「なに?」
「店にパンが無いわ」
メニューが書かれてるポップの後ろには何も無かった。
どのパンもだった。
「なにぃ!?」
パン屋なのに、パンが無いだって?
「どうすればいいのかしら」
「厨房に行こう!」
僕らはとりあえず厨房に入る。
すると、パンは焼いてあった。
「これを出せばいいのかしら?」
「いや・・・これ調理前だ」
全部、プレーンだった。
「それじゃ、どうするの?」
「メニュー張ってない?」
「探してみる」
少し探してみると、見つかる。
「あった?」
「これじゃない?」
アリアは紙を一枚持ってくる。
※※※※※※※※※※※※
食パン=100円

------塩っぱい系-----------------
BLTサンド=400円
ベーコン→レタス→トマト→パンに挟む

タマゴサンド=200円
タマゴペースト→パンに挟む

ハムエッグサンド=300円
タマゴペースト→ハム→パンに挟む

ハムサンド=300円
ハム→レタス→パンに挟む

ハムチーズ=300円
ハム→チーズ→パンに挟む

スペシャルサンド=600円
トマト→ベーコン→ハム→チーズ→レタス→パンに挟む

チキンカツサンド=400円
キャベツ→チキンカツ→ソース→パンに挟む

チキンチーズカツサンド=500円
キャベツ→チキンカツ→チーズ→ソース→パンに挟む

マーボーパン=600円
マーボー豆腐→パンに挟む

サワークリームパン=600円
オニオンリング→ベーコン→レタス
→チーズ→サワークリーム→パンに挟む

---------甘い系---------------
チョコクリーム=100円
チョコクリーム→パンに挟む

チョコマシュマロ=200円
チョコクリーム→マシュマロ→パンに挟む

フルーツサンド(イチゴ)=200円
生クリーム→イチゴ→パンに挟む

フルーツサンド(マンゴー)=200円
生クリーム→マンゴー→パンに挟む

メロンパン=300円
メロンクリーム→メロン→ビスケット→パンに挟む
※※※※※※※※※※※※
「なんとかなるか・・・?」
調理工程は思ったよりも難しくなさそうだ。
なんだか、やる気が出てくる。
「でも、私やったことないわ」
「僕もだよ」
「今ならお客さんも来てないし、止めるのも手だわ。
玄関にcloseの張り紙をしておけば」
「パンは焼いてあるんだ、後は調理の問題だけ。
その調理の問題は、このメニューが解決してくれる。
ブレットが困ってるんだ、やってあげたいんだ。
やろうよ、アリア」
「それは命令?」
「命令だ」
「貴方の命令なら従うわ、レイ」
「その意気だ!」
「役割はどうする?」
「僕が接客で、アリアが調理だ。
魔族だから、客が驚きそうだしね。
厨房なら姿が見えないし、問題ないだろう」
「でも、私・・・」
ハンバーグの失敗が彼女の心に不安を感じさせるのだろう。
「メニューはあるんだ。
君は賢い、やればできる筈だ」
「自信ないわ」
「大丈夫だって、ね?」
「貴方がそこまで言うのなら」
からんからんとベルが鳴る。
どうやらお客さんが来たようだ。
「僕は接客に向かうから、頑張って」
「ええ」
僕はレジに戻る。
「あら、ブレットさんは?」
おばあさんが話しかけてくる。
「実は今、いなくて。
僕が代わりを頼まれたんです」
「そうだったの、でもパンが置いてないわ」
「大丈夫です、ブレットが焼いてくれたのを置いて行きましたから」
「それなら安心だわ」
おばあさんは笑みを浮かべる。
新人がいくら大丈夫と言っても不安はぬぐえないだろう。
でも、ブレットが焼いたとなれば話は別だ。
そこにはきっと信頼関係が出来てるからだ。
僕が想像もつかないほどの年月と共に。
「さて、何にします?」
「そうね・・・BLTサンドを頼めるかしら?」
「BLTサンド、入りました!」
僕は厨房に聞こえる声で言う。
「それじゃあ、待たせてもらうわ」
「椅子がありますので、どうぞ」
僕は椅子を持っていく。
「あら、気が利くわ。
腰が痛くてね、立ってるのが大変だったのよ」
よっこらせとおばあさんが椅子に座る。
「ここの店にはどれほど通われてます?」
「そうねぇ・・・確か」
僕はトークで時間を稼ぐ。
その間、アリアは調理をするというわけだ。
「出来たわ」
「BLTサンドが出来たようです持ってきますね」
「あら、もうできたの?」
「そうみたいです」
僕は厨房に入る。
「アリア、上手くやれそう?」
「メニュー見ながらだけど、何とか」
「分かった、それじゃ持っていくね」
僕はアリアの作ったBLTサンドを持っていく。
「400クロカね」
「はい、その通りです」
僕はコインを4枚貰う。
「また、来るわ」
「ありがとうございました」
僕はお辞儀する。
「緊張したわ」
「表情が変わってないから分かりにくいけど」
「あら、嘘ついてるつもりは無いわ」
「この調子で行けそう?」
「問題ないわ」
アリアは落ち着いてて、冷静だ。
彼女がこの調子なら、僕も行けそうな気がする。
「さぁ、客が来る前に厨房に入って」
「分かったわ」
アリアが厨房に入った直後だった。
からんからんとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
僕は元気よく挨拶する。
「あれ・・・しらねぇやつ」
若いお兄さんが入って来る。
「本当ね」
若いお姉さんも入ってきた。
客は2人組らしい。
「新人でして」
「へぇ・・・まぁ、いっか。
とりあえず、ハムサンドな」
「チョコクリームもね!」
「ハムサンドに、チョコクリームですね。
分かりました!」
「っしょ・・・はぁ」
客の2人は椅子に勝手に座る。
そして、2人で何か話始める。
あの様子だったら僕が話しかけることも無いか。
厨房に入り、様子をうかがう。
「どう?」
「今、ハムサンド作ってるわ」
「じゃあ、僕はチョコクリームを作ろうかな」
細長いパンを横に切り、中にクリームを流し込む。
「こっち出来たわ」
「こっちも出来た」
「パンを持って」
「はいよ」
僕は紙に包んだパンを2つ持つ。
「転ばないようにね」
「分かってるって・・・おわっ」
僕は言った傍から転びそうになる。
「レイ、平気?」
「助かったぁ」
両手がパンで塞がってるのでアリアに支えてもらう。
無事、転ばずに済んだ。
「しっかりして」
「ごめんよ」
「お客さん待ってるわ」
「分かった」
僕はレジに向かう。
「出来たか?」
「お待たせしました」
僕はパンを手渡す。
「さんきゅー、で、いくらよ?」
「ハムサンドが300、チョコクリームで100。
合計で400クロカになります」
「ほらよ」
コインを4枚渡される。
「ありがとうございます」
「美味かったら、また来るわ」
「はい、ぜひ」
2人組の客は去って行った。
「今のところは問題なさそうね」
「この調子で行こう」
「えぇ」
からんからんとベルが鳴る。
引っ切り無しに来る辺り、ここのパン屋さんは有名なのかもしれない。
おじさん1人と、若いお姉さんと、少年がやってくる。
「スペシャルサンドを頼めるかの」
「チキンカツサンドをお願い」
「フルーツサンド!」
「分かりました、おつくりしますね」
「先に会計の方をしてくれ」
「え・・・あっ、分かりました。
スペシャルサンドのお客様は600クロカ」
「はいよ」
「チキンカツサンドのお客様は400クロカ」
「えぇ、どうぞ」
「フルーツサンドのお客様は200クロカですね」
「はーい!」
一気に注文が入って来る。
少し、慌ただしくなってきた。
「パン、出来たわ!」
「今行く!」
僕はアリアの元へ向かい、パンを預かる。
そして、お客様に渡していく。
「どうも」
「ありがとうね」
「ばいばい、お兄さん!」
「またのお越しを」
僕は去って行くお客様に礼をする。
からんからんと休む暇なく人が入って来る。
「タマゴサンドね」
お婆さんが言う。
「ハムエッグサンドをくれ」
若いお兄さんが言う。
「フルーツサンド!マンゴーが良い!」
幼女が言う。
「メロンパンよ」
若いお姉さんが言う。
「注文、入りました!」
僕は叫ぶ。
「会計をお願いできる?」
「タマゴサンドのお客様は200クロカ」
「はいよ」
「ハムエッグサンドのお客様は300クロカ」
「ほら」
「フルーツサンド(マンゴー)のお客様は200クロカ」
「これぇ」
「メロンパンのお客様は300クロカ」
「えぇ」
「パン出来たわ」
アリアが呼ぶので僕は向かう。
そして、パンを回収してお客様に渡していく。
「お待たせしました」
僕はパンを渡していく。
「ありがとう」
「どうもね」
「また来るね!」
「お邪魔しました」
お客様が帰られる。
そろそろ疲れて来た。
休憩に入りたい。
「なぁ、アリア」
僕は厨房に居る彼女に話しかける。
「何?」
「そろそろ休憩にしないか?」
「そうね、私も疲れて来たわ」
「看板に休憩中って張り出そう」
「えぇ」
僕はそう思って、玄関に休憩中の張り紙をする。
その時だった、おばあさんに話しかけられる。
「すみません、休憩の時間でして」
「これ、どういうこと?」
「え?」
「中にハムが入ってるじゃない。
タマゴだけでいいのに、これじゃあカロリーオーバーだわ!」
「申し訳ありません、今すぐ取り替えますので」
「そうしてくれる?」
僕は店に戻る。
「どうしたの?」
アリアが僕の顔が落ち込んでいたから気になったのだろう。
「タマゴサンドにハムが入っていたから変えて欲しいって」
「調理場に居たのは私だわ、ごめんなさい。ミスして」
「いいんだ、それよりもお客様が待ってる。
タマゴサンドだけとりあえず作ろう」
「分かったわ」
僕らはタマゴサンドを作り、お婆さんの元へ届ける。
「申し訳ありません、このようなことが無いように気をつけますので。
今回は許していただけるでしょうか?」
「今回だけよ!」
お婆さんはタマゴサンドを受け取ると去って行った。
「ふぅ・・・」
僕は落ち込む。
「本当にごめんなさい」
アリアも落ち込んでるようだ。
失敗した本人だからか、余計に罪悪感があるのだろう。
「次は気をつけようね」
「そうするわ」
そうして、僕らは1時間ほど休憩する。
看板に張ってある休憩中の張り紙を剥がした途端だった。
すぐに客がなだれ込む。
「チキンカツサンドとチキンチーズカツサンドね!」
「900クロカです!」
「食パンとBLTと・・・そうだなハムチーズも」
「800クロカです!」
「チョコマシュマロ、フルーツサンド(イチゴ)
フルーツサンド(マンゴー)、メロンパン」
「600クロカです!」
「チキンチーズカツサンド、マーボーパン。
それと、サワークリームパンに・・・BLTサンド。
ついでにメロンパンもね」
「2400クロカです!」
怒涛の客ラッシュに僕はもう頭が回らなくなる。
でも、良かったのはこれが最後の客だってことだ。
見事にさばき切ったと僕は思った。
「もう、客は来ない?」
アリアが厨房から顔を出す。
「大丈夫そうだ」
もう夜になったし、僕はそろそろいいだろうと思った。
なので、閉店の看板を掲げる。
「ふぅ、少し疲れたわ」
アリアの顔にも疲れが見える。
「僕もだよ」
「でも、頑張ってたわ」
「アリアもね」
僕は微笑む。
アリアは・・・やはり笑わないが仕事を終えたことに喜んでることだろう。
「仕上げにしよう」
「そうね」
アリアが店内をホウキで掃除する。
その間、僕は売り上げの計算を行う。
「んっ!?」
僕は紙を見直す。
「どうしたの?」
「いや・・・計算が合わなくて」
「どれ?」
「ここなんだけど」
売ったパンは全て記載している。
けれど、パンの数と売上金が合わないのだ。
「あら、本当ね」
「やっちまったぁ・・・」
僕は落ち込む。
つまりは計算ミスだ。
パンを渡してるうちに金額を間違えてしまったのだ。
「気にしないで、こういうこともあるわ」
アリアに慰められる。
「失敗すると落ち込むなぁ」
「元気出して、ね?」
「うん・・・」
そんな時、誰かが店に入って来る。
「お邪魔しまーっす」
「すみません、閉店でして・・・ってブレット?」
「おう、店はどうだった?」
「もう、てんてこまいで。
パンの調理はミスするわで、金額の計算は間違えるわで大変でした」
「そうか、大変だったな!」
「でも、店は何とかなったと思いますよ」
「ありがとうな!せっかくだし、うちのパンを食っていけよ。
働いたのに、ご褒美無しってのも可哀そうだからな」
「アリア、せっかくだし頂こう?」
「そうね、そうさせてもらうわ」
「部屋に来いよ」
僕らはブレットに案内される。
「座っても?」
「遠慮なく休んでくれ、自分家のようにな!」
「では、お言葉に甘えて」
僕は椅子に座る。
「私も座らせてもらうわ」
アリアが僕の隣に座る。
「それにしても、よく受け入れてくれましたね」
「何がだ?」
ブレットは不思議そうな顔をする。
「いや、魔族を店で手伝わせるって・・・普通はあり得ないなと」
「んー?」
ブレットはアリアの顔を凝視する。
「・・・」
アリアはただ黙ってそれをされる。
「本当だ、お前魔族だったのか!」
「ずこっ」
僕は椅子から転ぶ。
「私もそれした方がいい?」
アリアは冷静だった。
「しなくていい!」
僕は椅子を元に戻して座り直す。
「いやぁ、急いでたからな。
人間とか魔族とか確認せず仕事を頼んでしまった」
「そんないい加減な」
僕は呆れる。
「だが、仕事はちゃんとしてくれたじゃないか」
「それは、まぁ・・・」
「仕事ってのは魔族だろうと人間だろうと関係ない。
頑張ったやつが、ちゃんと結果を出すものだ。
そうだろう?」
「そうですね」
「素敵な考えね」
「さて、茶でも淹れよう。
ほうじ茶、緑茶、麦茶、紅茶何がいい?」
「それじゃあ、僕は緑茶で」
「私はほうじ茶を」
「そういえば他の茶葉切らしてたんだ。
全員、麦茶だな!」
「ちゃんと確認してから言ってくれ!」
「がはは、すまない」
僕らは茶が出るのを待つ。
しばらくすると、出てきた。
「もう出来たの?」
「さぁ、飲むといい。
淹れたばかりだからな、熱いから気をつけろよ!」
「薄いわ!」
出された茶の色は微妙についてるだけで、ほぼ水だった。
「客が待ってると思うと、つい急いでしまってな。
まぁ、飲めない訳じゃないから、ぐっと行ってくれ」
「そうだけどさ」
僕は出された茶を飲む。
だけど、案の定薄かった。
あまり美味しいとは言えない。
「そっちの魔族の嬢ちゃんは黙って飲んでるぞ?」
「・・・」
アリアはずずーっと飲んでいた。
僕みたいに文句も言わずにこうして飲むのが正解かもしれない。
そんなことを思った。
「パンを食べるといい」
僕らはパンを出される。
「いただきます」
「いただくわ」
2人してかぶりつく。
「美味い」
「美味しいわ」
マーボー豆腐の複雑な味がパンと見事にマッチしている。
一見すると変わり種だが、味は王道だ。
「そうだろう、そうだろう」
ブレットは嬉しそうだった。
何かとせっかちでミスも多いが、パンの味は本物だ。
「どうして、ブレットはパン屋をやってるんだ?」
「それは自分のパンに自信を持ってるからだな。
コイツは売れるぞってな」
「味は問題ない・・・でもアンタは王様に毎日パンを届けてるんだろ?」
「そうだな」
「こうして外部の人間にも手を借りないといけないほど忙しいんだ。
王様のコックになるか、それとも王様にパンを届けずにこの国の住民だけを相手に商売してればいいじゃないのか?」
「どっちもがいいんだ」
「どうして、そこまで?」
「恩を・・・感じてるからな」
「恩?」
「一宿一飯という言葉を聞いたことないか?」
「いや・・・初めてだな。
どういう意味なんだ?」
「自分は昔、貧しかったんだ。
それこそ路上で生活するほどに・・・そんな時だった。
王が現れたのは」
「・・・」
「王は小汚い自分に近寄り、持ってるパンを渡してくれた。
それは正直、特別美味いわけでもなかった。
自分が作った方が何倍も美味い・・・そんな微妙なパンだったんだ。
けどな?その味は一生忘れない、涙の味がしたんだよ」
「そうだったのか」
「自分はそれ以来、こんなパンを王様に食べさせるべきじゃないと思った。
だから、最高に美味いパンを作って届けると決めたんだ。
これは恩返しなんだよ、誇りの問題なんだ。
止める訳にはいかない」
ブレットは熱く語る。
「そっか」
「さぁ、遠慮しないでどんどん食べてくれ。
今日はパンが食べ放題だぞ。腹が破裂するかもな!」
「そうなるかもね」
僕はパンを頂いた。
「また、機会があれば手伝ってくれ。
魔族の手も借りたいほど忙しいんだ」
「機会があれば是非」
「じゃあな、ブレット」
僕らは彼と別れる。
「彼、ああいう人だったのね」
「いい加減なだけじゃなかったな」
王様に子供の時からパンを届けると誓った彼。
それは一体、何十年と続いたのだろうか?
それほどまでに強い意志を僕は逆の立場だったら持ち続けることが出来るだろうか?
感謝はするかもしれない、でも数日で忘れるのが人間だろう。
でも、ブレットはそうじゃなかったのだ。
そのことは尊敬に値する点だろう。
そんなことを思いながら、自宅へと戻った。
「ただいま」
「おかえり」
「なにそれ」
「言ってみたかっただけ」
他人からすればクソつまらないだろうが、つい言ってしまう。
一緒に帰ってきたのにおかえりを言うというギャグ。
誰かが笑うかもしれないというより、自分が楽しくて言うのだ。
「ふぅん」
アリアは興味なさそうだった。
「それじゃ、風呂頼める?」
「分かったわ」
アリアが指を鳴らすだけで一発だ。
「お~」
あっというまに浴槽に水が溜まる。
「今日も一緒に入るの?」
「当然だろ、1人で入るのは嫌だからな」
「それじゃ、頼みがあるんだけど」
「なに?」
「服脱いで」
「え・・・」
「いいから」
「う、うん」
僕は服を脱ぎ始める。
アリアはそういうのに疎い感じがするから違うのだろう。
けど、つい、もしかしたら、そういう意味なのでは?
と僕は1人で勝手に勘違いし始める。
「ちょっと我慢してね」
アリアにバスタオルを巻かれる。
だが、顔に。
「えぇ?」
僕は視界が真っ白になる。
「これで大丈夫ね」
「あの~、これは・・・一体どういう?」
「私の裸を見て興奮するんでしょ」
「いや、そういうわけでは」
はっきり言われるとプライドからか否定したくなる。
「これなら見なくていいじゃない」
「鼻血対策か」
僕はようやく合点が行いく。
「それ以外に何があるの?」
「ですよね」
勝手に僕がエロいサービスを期待していただけだ。
彼女はそのつもりは一切ないのだろう。
「手を」
「こう?」
僕は手を伸ばす。
「転ばないように、ゆっくりね」
視界が塞がれてるから、気遣いでしてくれるのだろう。
「お・・・おぅ・・・」
僕は浴槽に案内される。
「身体洗うからじっとしてて」
「分かった」
僕は視界が覆われながら、アリアに身体を洗ってもらう。
「ん・・・しょ」
手で泡を立てて、僕の身体に触れる。
「ひゃん」
「ちょっと、変な声出さないで」
「ごめん」
「もう・・・続けるからね」
「分かった」
僕は素直に洗われる。
「ん・・・ここ硬いわ」
「はぁ・・・はぁ・・・」
僕の息遣いが荒くなる。
無理もないだろう。
魔族とはいえ、可愛らしさがある存在に触れられてるのだ。
反応するなという方がどうかしてる。
「ちょっと、勝手に動かないで」
「そこは、僕の意思とは関係なく動くんだ」
「なにそれ?」
「男だけのモノといいますか・・・」
「よく分からないわ」
視界が塞がれてる分、その他の五感が研ぎ澄まされてる気がする。
水滴が地面に落ちる音、湯気の暑さ。
そして、アリアの手が僕に触れてる感覚。
あぁ、ダメだ。
僕は我慢できなくなってくる。
「ぶはっ」
僕は鼻血が出る。
けれど、バスタオルのお陰で飛び散りはしなかった。
だが、顔面部分は大変なことになってるが。
「バスタオルが真っ赤だわ。
そう・・・視界を塞げばいいってものでもないのね」
アリアは冷静だった。
「アリア~助けてくれ~視界が真っ赤だぁ~」
「新しいタオル持ってくるわ」
「お願い」
アリアが新しいタオルを持ってきてくれて問題は一応、解決した。
一回出してスッキリしたからか、それからしばらく鼻血は出なかった。
僕はパジャマに、アリアはアロス・ネグロ・ベスティード(イカスミのドレス)に着替える。
「着替え終わったわ」
「アリアは着替えるのが早いなぁ」
「魔法で出来た布だからだわ」
アリアがその場で一回転するだけでドレスに着替えれる。
魔法で出すのでいくら汚れても清潔な状態で何回でも出せる便利なものだ。
「便利だなぁ」
「服を召喚する魔法は覚えてた方が便利だわ。
レイも覚えたらどう?」
「でも、僕は防御魔法しか覚えれなくて・・・」
僕は毎回、風呂の残り湯で服を洗ってる。
アリアのような魔法があれば洗わなくていいので楽なのだが。
「試してみたら?」
「前に試してみたけど・・・ダメだった」
「性格・・・いや才能かしら?」
「防御魔法なら出来るんだけどなぁ」
「別に服を召喚する魔法があれば必ずしもいいってわけではないわ。
出来ることをする、それが大事だわ」
アリアがフォローする。
「ありがとう」
僕はアリアに抱きつく。
「よしよし」
アリアに頭を撫でてもらう。
「寝室に行こう」
「そうね」
僕も着替えが終わり、寝室に向かう。
そして2人してベットに入る。
「さて、今日も笑顔の練習をしよう」
「もう、いいんじゃないかしら」
「そんな、諦めないでくれよ」
「別に笑顔になれなくても死にはしないわ」
「それは、そうかもしれないけど」
「そもそも笑顔になれたから幸せってことでもないじゃない」
「どういうこと?」
「人を観察してると、思うことがあるの。
どうして人はつまらないのに笑顔を浮かべるのだろうって」
「愛想笑いか」
「どうして、そうするの?」
「人間関係を円滑にするためだよ。
冗談を言われて、つまらなくても笑った方が相手のプライドが傷つかないだろ?」
「つまらないなら、無理して笑わなくてもいいと思うわ」
「怖いんだよ」
「怖い?」
「正直につまらなかったって言ってしまえば怒られるから」
「良く分からないわ。
冗談って相手を笑わせたいって思う、いわばサービス精神でしょ?
それなのに上手く行かないからって怒るのは違う気がするわ」
「そう・・・かもしれないけど。
やっぱり人にはプライドがあるからね。
つまらない人間だって思われたくないから、
理解してないお前が悪い。
そんな風に、ムキになっちゃうものなんだと思う」
「そう・・・なのね」
「でも、他にも理由があるかもしれない」
「それはどんな理由?」
「寂しそうな人の前で笑ってあげたら、同じように笑ってくれるかもしれないってね」
「そっちの理由なら納得できるわ」
「にこーっ」
僕は笑顔を向ける。
とびきりの愛想笑いである。
「それでは笑わないわ」
「ダメか」
僕は苦笑する。
「そろそろ寝ましょう、仕事もしてきたし疲れて来たわ」
「そうだね、僕も・・・ふあぁぁ・・・・眠いや」
「灯りを消すわ」
「お願い」
「それじゃ、おやすみレイ」
「おやすみ、アリア」
アリアはふっとランプの火を消した。
そして、寝室は暗闇へと包まれた。

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