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四日目(後ろ神編)

死を招く悪縁と臆病風

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眠りに就くと同時に目が覚めた気がした。
時計を見る。まだ目覚ましの鳴る一時間前だ。
まだ少し眠れる。
眠気はまだ残ってた。
だが、昨日の出来事が蘇る。
気にかかり眠れなくなった。

疲れは取れていないが、結局起きる事にした。
外の雨は止んでいたが、まだ曇り空だ。
澱んだ気分のまま階下に下りる。


とりあえず起床の準備をする。
朝食を作ろうとしたが、食欲はあまりわかなかった。
「ふわあ……修一郎、おはよう」
台所に楓姉がやって来て、栄養ドリンクを飲む。
憑いている阿狛も眠そうだ。
「朝食はどうするの? なんならわたしが作ろうか? もうすぐ制作も一段落するし」
「良いよ。まだ仕事だろ? それに、あんまり食欲がないんだ」
「落ち込む気持ちもわかるけど……ダメよ、キチンと栄養を取らなきゃ」
楓姉はお菓子のように食べていたバランス栄養食をもう一つ取り出し、無理矢理口の中に押し込んできた。
「……うぷっ!」
無理矢理押し込まれて、喉に詰まる。
「あんたが元気ないと、吽狛も元気ないじゃない。……となると、八橋ちゃんがピンチになっちゃうのよ?」
「あ……」
その時、楓姉に憑いている阿狛が降りて来て周囲をうろうろし始めた。
そして、頭に飛び乗った。
「そんな調子じゃ、妖にやられないか不安だわ。阿狛を貸してあげるから気合いを入れなさい」
「アー、アー!」
頭上でも阿狛が気合いを入れていた。
そう言って、楓姉は朝食の準備に取り掛かる。
暇がないだろうに、弁当まで作ってくれた。
俺が八橋を心配するように、楓姉も俺の事を心配しているのだ。
────昨日は逆恨みをしてしまった事を後悔した。


阿狛を憑けて登校するのは新鮮だった。
近所を徘徊する妖達は、阿狛の姿を見た瞬間、一目散に逃げていく。
「アーア」
一方、阿狛は大きな欠伸をしていた。
吽狛の欠伸は不快な感情の表れだが、阿狛の場合は眠いんだか、暇なんだか、ふてぶてしい態度なのかわからなかった。
だが、おかげで妖に対して臆病な感情を出す事はなかった。


民家が立ち並ぶ住宅街に差し掛かる。
────この先は先日、泥の手がうごめいていた地帯だ。
今朝は、その姿は見当たらなかった。
だが、代わりに線香の匂いと、嗚咽のような声が聞こえてくる。
そして、遠くの民家で小動物を埋葬しているような現場を目撃した。
「昨日、俺が聞いた訴えるような小さな声は……まさか」
立ち止まり、迂回する事にした。
『死』は大きな気枯れであり、極力避けたかった。


迂回した道は、神社を通過する事になる。
かなりの遠回りではあるが、この周辺のルートを通れば妖に遭遇するリスクは極力減らせる。
時間的余裕があったのが、幸いだった。
「修ちゃん!」
神社の表門を通りかかった際に、ふと声をかけられた。
見上げた鳥居の中央、朝日の逆光の中に────八橋がいた。
「……八橋!?」
「おはよう! うわあ、偶然! 修ちゃんもこのルート、使うようになったの?」
「お、おはよう。いや、今日は気分を変えて……って、この神社は八橋の家からも遠回りだろ?」
神社は学校から北に位置している。
表門と裏門はそれぞれ東西に位置しているが、お互いに遠回りになるはずだった。
「あはは、ごめんね。昨日、あんな話したからまた気になっちゃって」
「────あの裏門の石が割れた場所か? ……あそこにはもう近付くなって言っただろ」
「う、うん……でも」
何か言いたそうに八橋は口をつぐむ。
「どうした、何かあるのか?」
「昨日、花が……枯れてたから。新しいのに変えようかと思って」
「花? あそこに花なんてあったっけ?」
「ええ? あれだけ注意して見てたのに、気付かなかったの?」
「……あ」
しまった、と今度はこちらが口をつぐんだ。
あの“渦”の場所は俺にだけ、視界が塞がれているだった。
だが、あそこに近付かせるのはやはり危険な気がした。
ふと見ると、八橋の傍らには吽狛が居た。
吽狛は、報告するように俺に向かって吼える。
(……あの男は、あれからもう訪れなかったんだろうか)
阿狛が八橋の傍に居る吽狛を見て、にやつく。
吽狛は、阿狛に向かって吼える。
どうやら阿狛は吽狛をからかっている様子だ。
「アー!!」
「ウーン!!」
騒がしい吼え合いが始まったかと思われた矢先、阿狛と吽狛は上空に向かって叫んだ。
阿狛の叫んだ方向には、八橋が立っていた鳥居がある。
鳥居の中央には男が立っていた。
その男は季節外れの黒い外套を羽織っている。
あの黒尽くめの────死神だ。
死神は凍り付くような視線で、じっとこちらの様子を伺っていた。
「────!!」
全身が凍りつく。
後ろ神が出現したのかもしれない。
だが、今は後ろ神に構っている暇はなかった。
嫌な汗が、頬を伝った。
「や、八橋……ごめん。俺、忘れ物をしたみたいだ。先に学校に行っててくれ」
「ええ!? でも、今から家に戻ってたら間に合わないんじゃないの?」
「……うん、今日は遅刻だな」
「どうしたの? 修ちゃん、すごい汗だけど……気分が悪いんなら先生に言っておこうか?」
「ああ、そうしてくれると助かる……かな」


学校に向かった八橋と吽狛を見届けた後、死神の方を向く。
始めは身体の震えが止まらず、身動きが取れなかった。
だが、阿狛が憑いてくれているお陰で、比較的自由が効くようになった。
すると、ゆっくりと死神は石段を降りてきた。
「貴様は昨日の……。やはり、俺の事が見えていたのだな?
 そうか、その右目……それは人のものではないな。見鬼か」
見鬼……俺や楓姉の様に、この世のものでないものが見える人間は、しばしばそう呼ばれる。
「しかも妖を憑けた……憑人か。だが今日の妖は肥えているな」
「アーッ!!」
阿狛が怒り出した。
どうやら吽狛と勘違いされているらしい。
「お、お前は……何者なんだ!」
「俺は八咫烏。死者の魂を彼岸へと案内する────死神と言った方が通じるか?」
「し……死神が……どうして八橋に付きまとうんだ」
皮肉な事に、楓姉の見立ては全部当たっていた。
しかも、今日はこうして八橋だけを見つめていた。それが意味する所は────……。
「俺は死相が出ている者を監察する決まりがある。あの娘には────死相が出ている」
……最悪の予想までも当たってしまった。
眼の前が真っ暗になる。
「そ、そんな……ッ! 八橋はあんなに元気じゃないか!」
「八橋美生────あの娘の名と顔が鬼籍予定帳に刻まれたのは、確かに唐突だったかもしれんな。だが死は誰に対しても平等に訪れるものだ」
八咫烏は手帳を取り出し、確認する。
死神に名前を読み上げられると、一層絶望感が増した。
「……死者となれば名前など意味をなさなくなるがな」
「いつだ!? 一体いつ……八橋が死ぬっていうんだ!!」
「答える訳にはいかん……そう言う決まりだ。────残念だが、これ以上貴様に付き合っている暇はない。これにて失礼する」
八咫烏はそのまま外套をひるがえし、立ち去ろうとした。
まだ聞きたい事は山ほどある。
このままじゃ八橋の死の運命は避けられない。
……駄目だ。
……行かせては駄目だ!

「────……待てッ!!」
八咫烏の背中に向かって叫んだ。
「さっき……“唐突だった”って言ったよな? その手帳の……本来の予定とは違ったって事だろ? 運命が捻じ曲げられた可能性は……ないのか!」
八咫烏は足を止め、振り返った。。
「……ほう? これは異な事を言う。生者と口を聞くのは久しぶりでな……つい口が滑ったようだ」
認めるように八咫烏は手帳を取り出す。
「確かに、今回の鬼籍予定帳の刻まれ方には違和感があった。────本来の運命が捻じ曲げられた可能性はある。……何か大きな因縁が働いたかもしれん」
そう言い残し、八咫烏は去って行った。
「大きな……因縁」
もう呼び止める気力は残っていなかった。


重い足取りで、学校へと辿り着く。
HRの鐘がなり、確実に遅刻となってしまった。
だが、担任教師に顔を見られた瞬間、保健室に行くように命じられた。
……そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
午前中は、保健室で寝かしてもらう事になった。
昨日の夜は、ほとんど寝付けなかった。
これが白昼夢だと思いたかった。


「おい修一郎、大丈夫か? 美生もだいぶ心配してたぞ?」
昼休みになり、猫柳と八橋が見舞いに来てくれた。
「修ちゃん……大丈夫?」
その後ろには八橋もいた。
「……八橋」
その顔を見ると、何を話したら良いかわからなくなった。
死神の一件は、ただの白昼夢だったように感じられる。
しばらく無言で、見詰め合う。
すると八橋は次第に頬を赤らめ出した。
「お、おいおい、美生。何かいつもとリアクション違わないか? ……あーそうだ! お前ら昨日……相合傘で一緒に美生の家に帰ったらしいな? どうだ、無理矢理押し倒されてキスくらいされたか?」
いやらしい笑みを浮かべた猫柳の顔が、突如吹き飛ぶ。
「ぶべっ!」。
「な! 何であたしが奪う側なのよ! そんな事より、突然いなくならないでよ! どうせあの後、御堂さんに振られたんでしょ?」
「あー、あれか。思い出させないでくれ……紗都梨ちゃんに追いつこうと走ったものの、……不審者と勘違いされて自転車を加速されたんだ。結局、追い着いたものの、丁重にお断りされ、雨にも濡れて散々だったぜ……」
「……ひ、悲惨ね。猫ちゃんも御堂さんも。猫ちゃんも家に来れば良かったのに」
「へッ! 本当だな……こっそり付いて行って覗いてれば良かったぜ」
「……昨日のピンポンダッシュって猫ちゃんだったのかな」
────猫柳が居れば、運命は変わっていたのかもしれない。
過去を振り返るたびに、後悔が押し寄せた。



教室でいつものように昼食をとることになった。
「えっへっへ、元気出さないと弁当食べちゃうよー?」
八橋は俺の弁当を横取りして、蓋をあける。
「わあ!」
そこには彩り鮮やかな食材が詰め込まれている。
中央には桜でんぶにより大きなハートマークが描かれていた。
「おお! 何だそのラブラブっぽい弁当は! ついに八橋への愛妻弁当か!?」
「いや、……今日の弁当は姉ちゃんが作ったんだよ」
「愛姉弁当だとお!? それは何とも甘美な響きじゃねえか!」
「うう……さすがに修ちゃんの為に作られたこんな大きな愛は奪えないわ」
八橋はおずおずと弁当を返す。
だが、その姉の分身である阿狛は、頭上で大きないびきをかいていた。
きっと今頃、睡眠中なのだろう。


「でも修ちゃん……本当に大丈夫? やっぱり、顔色良くないよ?」
八橋が心配そうに覗き込む。
だが、八橋の顔をまともに見る事が出来なかった。
思わず席を立った。
「だ、大丈夫だよ。でもごめん……ちょっと、外の空気を吸ってくる」
「えー? 体調悪いんなら保健室の方が良いんじゃない?」
そんな八橋を猫柳は制した。
「いや、修一郎は美生を見ると、何だか辛そうだぜ? ふっふっふ、病気だな……恋の病だ。美生、お前がどうせ何かしでかしたんだろ? 今日の修一郎のハニカミ具合は尋常じゃないぜ?」
「だからまだ何にもしてないってば! 猫ちゃんこそイヤラシ具合が尋常じゃないよ!」
そんな二人のやり取りを背に、教室の外に出た。


いつもの通りの変わらない日常だった。
変わらなすぎて、耐えられなくなった。
階段で屋上まで登る。
屋上は昨日の雨の影響で、まだ若干湿っていた。
外の空気を思いきり吸って、気持ちを落ち着ける。
「…………?」
その時、首筋に悪寒が走った。
“後ろ神”が出現したのだろう。
もしかすると掴まえる事が出来るかもしれない。
「阿狛!」
呼びかけるが、阿狛は相変わらず気持ち良さそうに眠っていた。
諦めて、背後の違和感に対して────ゆっくりと振り向いた。
すると、屋上の目立たない場所に人影があった。
「……誰かいるのか?」
こちらの呼びかけに気付いたのか、人影が立ち上がった。
「……こんにちは、稲生くん。偶然ね、こんなところで」
その人影は女子生徒で、妖を憑けていた。
気品のある顔立ちに長い黒髪をなびかせる。
うっすらと微笑を浮かべていた。
────御堂……紗都梨だ。
「稲生くん、あなたに話があってついて来たの。昨日……駐輪場での事だけど、“私の顔に……何かついてる?”って聞いたよね。その質問に答えて欲しいの」
御堂の頭上に憑いている妖を確認する。
(だが、まさか“妖が憑いている”なんて言えない……)
「いや、何も。ただの勘違いだ。俺の視線が不快だったんなら謝るよ」
「……嘘をつかないで。お願い……真面目に聞いてるの。あなたは。私についている“何か”が見えているんじゃないの?」
「────!!」
訴えるような視線を投げかけられる。
(御堂は……一体何を言ってるんだ? たったあれだけの状況で、そこまで気付けたとは思えない)
御堂と妖の視線が突き刺さる。
視線を避けても首筋が反応し、振り返ってしまった。
(俺は……この御堂に対しても恐怖を感じてる?)
すると、御堂ははっとなって、深々とお辞儀をする。
「……ごめんなさい。怖がらせるつもりじゃないの。そうね、何もなしに色々教えてもらおうなんて、虫が良すぎるわ」
そう言って、御堂は視線を避けて俺の隣に立つ。
そのまま、ベンチに座るように促した。
「ふふ、今日の稲生くんは……何だか、大きな悩みを抱えている様子だね。私の質問に答えてくれたら、その悩みに対して協力できるかもしれないわ」
御堂はさっきより柔和な表情になって、安心させようとする。
(……見れば見るほど美人だ)
思わず、胸が高鳴った。
そう考えていると、御堂は何故か頬を赤らめていた。
咳払いをして、御堂は様々な質問を投げかけてきた。
「そんな事を知ってどうする?」
……質問には答えずに思考を巡らす。
“御堂には一つ目の大きな化物が憑いている”
(余計な悩みを与えてしまっても……自分には何も出来ない。……救えやしないんだ)
ここ数日の自問自答を繰り返した。
自分の無力さに、嫌気がさしてくる。
「……稲生くんって、優しいんだね」
「え?」
御堂から、思いがけない言葉が発せられた。
「赤の他人の私に対して……そこまで真剣に考えてくれるんだ。でもね、もう少し……他人の強さを認めても良いんじゃないかな。受け入れる覚悟があるから、立ち向かえる事だってあるんだよ」
遠くを見つめていた御堂は振り返り、正面に向き直った。

「────私には“見えない化物”が憑いているのね?」

「!? どうして……それを?」
「ふふ、その対応は私の結論を事実として認めたようなものだよ。稲生くんにはその“見えない化物”を見る事ができる……。本当に、そんなモノが存在するのかわからないし────幻想かもしれないけど」
「幻……想?」
その言葉に、大きく気持ちが揺らいだ。
俺の中の妄想が具現化したもので、全てが幻想だったら、どんなに嬉しいだろう。
死神の存在すら────無かった事になる。
「私の質問はこれでお終い。約束通り、悩みに協力してあげるわ」
ひとまずは、その幻想と言う事で話を進める事にした。
「そうなんだ。俺は……たまにそう言う幻想が見える。……今、大事な友達が、その幻想によって死ぬかもしれないと感じている」
御堂は、真剣な表情をしながら聞いていた。
そして聡明な顔をして答える。
「……それはきっと、あなたがその友達を失いたくないという強い気持ちから現れた幻想なのよ。稲生くん自身がその不安を取り除けば、幻想は消えるかもしれないわ」
────話を合わせる為とは言え、納得のいく結論だった。
心が少しだけ、軽くなる。
「ふふ、これは納得をさせる為の私の結論だよ。私も実は昨日……いっぱい悩んだの。あなたの瞳が……怖かったから」
「怖い?」
「うん。怖くて、ずっと……あなたの事が気になってたかな」
そう言って、御堂はじっとこちらを見つめる。
その瞳は憂いをおびていて、思わず胸が高鳴った。


「あー! 修ちゃん発見!」
その時、かん高い声が屋上に響いた。
見ると屋上の入り口に────八橋が立っていた。
「……って、あれ? 御堂さん? なんで……修ちゃんが御堂さんと一緒にいるの?」
きょとんとした表情で、俺と御堂を見つめる。
御堂はすっと立ち上がり、八橋の方向へ歩いて行く。
そして、八橋の耳元で何かささやく。
「え? え?」
御堂はその後、一人で階段の方へと去っていった。
八橋は、顔を赤らめてぼーっとしていた。
「お、おい八橋……御堂と何を話したんだ?」
ぶるぶると八橋は震えていた。
そして怒りをあらわにして、俺の方を睨みつける。
「何かすっごいムカついた! “稲生くんが何だか……の事ですっごく悩んでるから、気付いてあげて”だってさ。どういう事よ?」
小さな声の“……”がわからなかったが、八橋は隠さずに教えてくれた。
「悩みがあるんなら……言ってよ! 何であたし達に相談しないのよ? ……友達だって、思ってたんだけど」
眼の前で怒っている、こんな元気な八橋が死ぬなんて事はあり得ない。
「ああ、そうだよな……大切な友達だ」
────ひとつの結論が出る。
全ては悪い幻想と信じて、八橋と向き合う事にした。
「そう言えば、何で俺の事を探してたんだ?」
「あ、そうそう! ……猫ちゃんがね、今日の放課後……修ちゃんの家に行きたいって言い出したんだけど」
「────え?」
「とにかくもう授業が始まっちゃうから、また続きは放課後にしようよ。行こ!」


「修一郎……まあ俺は不公平だと思ったわけだよ。お前は美生の家に行って楽しくお茶をした、だが俺は紗都梨ちゃんにフられて雨の中、一人で寂しく帰宅した」
「……それがどうして俺の家に行きたいって話になったんだ?」
「うむ、だが俺が美生の家に行っても何の面白味もないし、ただのお邪魔虫なわけだ。だったら修一郎の家に行きたい、と提案すると……案の定、美生の食いつきが良くてな」
放課後になり部活中に至るまで、猫柳が妙な展開に話を持って行く。
恒例の放課後課外部活は────稲生家訪問にしようと言うものだ。
「止めておけよ。俺の家は古臭くて何の面白味もないぞ? それに……オバケ屋敷と噂されてるのを知ってるのか?」
「おう、その噂話か? 美生から聞いてるぞ。まあ、又聞きだけどな」
何で八橋がそんな事を知っているのかわからない。
俺に霊感がある、と話していた生徒の受け売りだろうか。
「だったらどうして……八橋は怖い話や場所が苦手なはずだろう?」
「おお、良く知ってるな? あいつは確かに去年頃は、輪にかけて臆病だったかもな。怖い話をした瞬間に殴られたりしたもんだぜ」
────昨日聞いた話と同じだった。
「でもよ、何だかその臆病癖……直ったみたいだぜ? 今日は、いくら俺が怖い話しても、全然平気そうだった」
「え……?」
────その件に関しては、思い当たる節があった。
その時、首筋が凍りつく。
(……“後ろ神”だ!)
俺に憑いた“後ろ神”は臆病風で恐怖を増幅させていた。
だが、その臆病風の吹く方向にあるものよりも────“後ろ神”そのものに恐怖を抱いた。
「アーッ!!」
阿狛が吼えて、背後の“後ろ神”に飛びかかる仕草をした。
────そしてそのまま、前方に回り込む。
その口元は“後ろ神”を捕らえていた。
「あ……!」
勝ち誇るように阿狛は“後ろ神”を羽交い絞めにしていた。
だが、瞬時に後ろ神は阿狛の背後に回る。
そしてそのまま、再び消えてしまった。


「あのー、すみません……傘、ありがとうございました!」
背後では、八橋が傘を陸上部の先輩に渡していた。
────“後ろ神”が反応していたのは八橋だった。
八橋は恐怖の対象のはずがない。
反応しているのは“恐怖”じゃないのか……?
思い返すと、御堂にも反応していた。
八橋に憑いていた時は、俺に対しても反応している。
……ますます“後ろ神”のその特性がわからなくなった。


「本当は猫柳じゃなくて、八橋が行ってみたいだけなんじゃないのか?」
「まあどっちでも良いじゃない。修ちゃんの家に行ってみても良いでしょう?」
「ああ、ちなみに俺も行きたいぜ。修一郎の美人の姉ちゃんにも興味あるしな!」
「……いつ美人だなんて言ったっけ?」
「友達の姉ちゃんは美人と相場が決まってるだろう! あんな弁当作られたら、そりゃあもう!」
……どうもあの愛姉弁当に妙な幻想を抱いているようだ。
「不規則な生活で、毎日お菓子ばかり食べて絵を描いてるぞ」
「……う。まさか睡眠不足でやつれて……太ってるのか?」
「うーん、その分身は太って……痛たたたたッ!」
阿狛に思いきり髪の毛を引っ張られた。
吽狛は、主人を見捨てて傍らで八橋を見守っている。
こんな妖達が大量に棲む稲生家には、出来る事なら来て欲しくない。
だが、八橋のことが心配で出来るだけ目を離したくない気持ちもあった。
「……わかったよ。行こうか」
諦めてその訪問企画を受け入れる事にした。


「この課外部活……当初の予定じゃ、八橋の陸上部勧誘じゃなかったか?」
「あはは、でも陸上部の人たちも感じ良いし。本当に入部しようかなあ……でも、こうして放課後に三人で遊ぶのも楽しいよね。また、神社であの夕焼けとかみたいかも」
今日は一日中曇り空だったが、雨が降る事はなかった。
吽狛に加えて阿狛がいるお陰か、スムーズに自宅まで到着する事が出来た。


「ただいま。楓姉……友達連れて来たんだけど、良いかな?」
すると、廊下からドタドタと楓姉がやって来た。
「えー!? 修一郎の友達!? まあまあ、良く来てくれたわねー。どうも初めまして。修一郎の姉の稲生楓です。ささ、あがってあがって! 今、お茶を用意するからね」
「は、はじめまして八橋美生です。うわあ……お姉さん、美人……」
「……あなたが八橋美生ちゃん? 可愛らしい娘さんねー」
「え? あたしの事を知ってるんですか?」
「うんうん、修一郎から良く聞いてるわ。もう、こんな妹が欲しかったわね」
「は、はい! あ、あたしもお姉ちゃんが欲しかったです!」
(……八橋はお姉さん、いなかったか?)
「猫柳行人です! よろしくお願いします! うおお……お姉さん、デカい!!」
「どこ見て言ってんのよ!! 猫ちゃん!!」
威勢の良い音で、猫柳は後頭部を叩かれた。
「あはは、そっちのメガネ君はちょっとウチの猫に似てるかしら?」
「ニャーン」
噂をすれば影がさした。
「わあ! 修ちゃん、猫飼ってるんだ? ブサイクで可愛い!」
「ニャーン♪」
又三郎は人語を発さずに、猫のフリをする。
八橋はしゃがみ込み、又三郎のアゴをゴロゴロと撫でる。
又三郎は気持ち良さそうにしている。
「俺に似てる……?」
猫柳もしゃがみ込み、又三郎の顔をまじまじと見つめた。
すると、次第に猫柳と又三郎の視線が重なり一方向をガン見していた。
互いにいやらしそうな笑みを浮かべている。
視線の先は────しゃがみ込んだ八橋のスカートの中だ。
「あれ? でも修ちゃんが預けたいのは犬じゃなかったっけ?」
八橋の背後に憑いていた吽狛が、身を乗り出した。
吽狛は又三郎に喰らい付き、放り投げた。
「ギニャッ!!」
「うぎゃッ!!」
又三郎の顔面は猫柳の顔面にヒットした。
そして同時に眼を回していた。
「うーん……やっぱり似てるわ」


思わぬ来客に、妖達は興味津々だった。
居間に案内したが、妖達の視線が来客につきささる。
「……? 何だか、妙に視線を感じるんだが。この家、他に誰も居ないんだよな?」
猫柳の視線の先には、おおかむろの巨大な顔があった。
「がははっ!」
あれだけの存在感にも関らず、やはり普通の人間には見えないと言う事を再認識する。
「へえー……何だか田舎のお婆ちゃんの家みたいで素敵じゃない」
八橋もまた興味津々で家の中を観察していた。
小人達が座布団を運んで来る。
余計なことをするなと追い払った。


「はーい、お待たせー。ゆっくりして行ってね!」
二人に麦茶とお茶菓子が運び込まれる。
楓姉の虎の子のカステラだ。
特製五三焼だとか自慢していた。
二人を歓迎してくれているのがわかった。
「いやー、良い家じゃねえか! お姉さんタイプだわ、あの竹箒とかで尻とか叩かれてえ」
「猫ちゃんって……マゾっ気あるの?」
「尻が吹き飛ぶかもしれないぞ……」
猫柳が指したのは箒神だった。
「それで、修一郎の部屋は二階か?」
「いや……俺の部屋は全く片付いていないんだ」
「だからこそ良いんじゃねえか! よーし、美生。二階に移動しようぜ」
「おー♪」
「おいこら、ちょっと待て!」
こんな時だけ、二人は息がピッタリだった。


静止もむなしく、二人は自室に侵入する。
「何だあ、綺麗に片付いてるじゃねえか。……って、このご時世に娯楽はテレビと本しかねえのか? よっしゃ! まずは卒業アルバム探しだ!」
「おー♪」
「おいやめろ!」
猫柳はあっと言う間に小学校のアルバムを探し当てる。
「どれどれ? ……うわ、何か無愛想な顔だな」
「あ、遠足の写真に写ってる。……一人で弁当食べてる」
「卒業文集には……お姉さんのことしか書いてない」
「寄せ書き欄……白紙か」
二人とも次第に無口になり、澱んだ空気になる。
「何ていうか……悪いな」
「修ちゃん……かわいそう」
何故か八橋はアルバムを見ながら涙ぐんでいた。
同じクラスの女生徒がアルバムの中に居たが、全く覚えていなかった。
猫柳がポン、と肩を叩いた。
「……修一郎、高校のアルバムには俺らが書いてやるからな……!」
「やっぱり……処分しておくべきだった」
「更に切ねえこと言ってんじゃねえよ!」
そう言って、猫柳は再び本棚を物色する。
「さーて……次は恒例のエロ本探しだ!」
「おー……って、恒例なの?」
「恒例じゃねえよ!」
(……勝手にしろ)
無いものをいくら探されても怖くはない。
だが、本棚を見ると────視界に妙な物が飛び込んで来た。
雑誌が1冊……見覚えがある。
(先日、又三郎と一緒に捨てられたエロ本だ……ッ!)
あろう事か八橋はその雑誌に目をつけて、手に取ろうとする。
「ちょ、ちょっと待った!」
八橋の前に手を伸ばし、慌てて制する。
「あはは、どうしたの修ちゃん? あやしいー」
「おお! そこか!」
(しかもマニア向け……こんな物が見られたらッ!)
絶対絶命のその瞬間────吽狛が八橋の背後から現れる。
「え? あ! きゃあ!!」
その勢いか、四つん這いになっていた八橋のスカートを捲り上げていた。
「おお!?」
猫柳の注意も八橋のパンツに向く。
吽狛はその隙にエロ本を咥えて、部屋の外へと駆けていった。
「ギニャアアアアア!!」
廊下で、又三郎の断末魔の声が聞こえた。
「ウギャアアアアア!!」
同時に、猫柳の断末魔の声も聞こえる。
真っ赤になった八橋に、ボコボコに殴られていた。
一仕事を終えた吽狛は、再び八橋の傍に戻っていった。


「まあ、お遊びはここまでだ。本題に入ろうか」
「本題?」
「美生も俺もさ、お前が何か悩んでるって心配してるんだよ。ここなら腹を割って相談出来るかなって出向いたわけだ」
「うん。修ちゃん、何だか今朝から様子がおかしかったから」
「…………」
普段一緒にいる二人のおかげか緊張がほぐれていた。
つい────死神の一件の事を忘れていた。
いや……忘れたかった。
全ては幻想なんだって……思いたかった。
────自身の分身の吽狛を見る。
八橋は、吽狛がずっと傍にいるのにまるで気が付かない。
こんなに俺にははっきり見えるのに
……本当に吽狛は存在するんだろうか。


二人を残して、階下に降りる。
死神の……八咫烏の件を楓姉に相談する為だ。
まだ楓姉には何も知らせてはいなかった。
仕事場に差し掛かった時、奥の部屋の方からすすり上げるような音が聞こえた。
気になり、部屋に入ってみると隅でひっそりとうずくまっている少女の姿があった。
────紅葉だ。
……思い返せば一度も見かけなかった。
人見知りでもして、隠れて居たんだろうか?
「紅葉……どうしたんだ?」
「……修一郎?」
紅葉はゆっくりと振り向く。
「────!」
その顔は涙で濡れていた。
「ど、どうしたんだよ、紅葉!」
着物の袂で、声を押さえながら泣いている。
「修一郎の縁の糸……色……変わった」
「色? 縁の糸に色なんてあったのか?」
「良縁の……色だった」
そう言って、紅葉は両手を広げた。
「でも……悪縁の色になった。今まで……見たことない怖い色」
紅葉は涙をぽろぽろと零しはじめた。
「ごめんなさい……修一郎」
茫然として立ち尽くす。
死神の存在を信じたくなかった。
死神ならば────幻想と思い込むことで否定できた。
だが……今、目の前にある紅葉の涙を疑う事は出来なかった。
“何か大きな因縁が働いたかもしれん”
────八咫烏の言葉を思い出す。
「悪縁……俺と八橋との縁が繋がった事が、八橋の死を……招いていると言う事か?」
“あたしはまだ修ちゃんの事が怖いんじゃないのかなあ”
八橋に憑いていた“後ろ神”は……俺に対して反応していた。
それは恐怖の────危険の対象として認識されていた事なのかもしれない。
「紅葉……お願いがある。俺と八橋の……」
紅葉の両手を握る。
その手は、人の縁を操るには……あまりにも小さく儚かった。
「縁を……切ってくれ」


自室に戻る。
猫柳と八橋は、部屋で大人しくしていた。
「お! 遅かったな、修一郎。あんまり遅いからエロ本探すところだったぜ?」
「もう、真面目な話しに来たんだよ?」
「悪い……今日のところは、帰ってくれないか?」
「……な?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何だか修ちゃん……怖いよ? まるで別人みたい……一体どうしちゃったの?」
「帰ってくれ。もう、この家には二度と来ないでくれ」
猫柳が眉をひそめる。
「おい修一郎、そんな言い方ってねえだろ? きちんと理由を言えよ。俺達は心配して来たんだからよ」
「理由……か。そうだな……二人とも、この家が呪われたオバケ屋敷だって噂話を聞いてただろ? あれは事実なんだよ。例えば、どんな噂話を聞いた?」
「うん? それは……そうだな。傘が独りでに家に入って行ったとか?」
それを聞き、階下に向かって叫ぶ。
「傘化け、ちょっと来てくれ」
『……? ふわあ、どうした修一郎。来客は帰ったのか?』
そう言って、傘化けは階段を登って来た。
背後からの傘化けの出現に、二人は驚く。
「お、おお!?」
「わあ!」
『! 何だ、まだ居るではないか? これはまずいな』
傘化けはそのまま倒れこむ。
「良いんだ、起き上がって一回りしてくれ」
『ううむ……? 見世物ではないのだが』
傘化けは開き、部屋の中をくるくると回り出した。
「おお……す、すげえ!」
「────わかっただろ? こんな怪奇現象が、この家では茶飯事なんだよ」
……何だか、もう全てがどうでも良くなっていた。
唖然とする二人を見ても、何も感じない。
「わかった! ……トリックだよ!」
「────え?」
八橋は傘化けを掴んで、まじまじと調べる。
『うひゃひゃ! くすぐったいぞ! 止めんか、若い娘がはしたない』
傘化けの声は二人には届かない。
「どんなトリックはわからないけど、何でこんな事をするの? 修ちゃん、やっぱり何か変だよ?」
八橋は、俺の眼前まで詰め寄った。
「……修ちゃん、何かやっぱり隠してるでしょう!」
「何言ってるんだ? 今……隠してた事を暴露してるんじゃないか」
「違うよ! だったらどうしてそんな顔してるのよ!」
────窓ガラスに映った自分の顔を見る。
何も感じなかったはずなのに……泣きそうな情けない顔をしていた。
「……もう良い。信じないだったら帰れよ」
「いや! 本当の理由を聞くまでは帰らない!」
「……吽狛」
吽狛に、八橋を追い出すように命令する。
八橋の眼の前に、吽狛は移動した後、振り返る。
だが、俺と八橋の間に入ったまま一歩も動かなかった。
“八橋を守れ”と言う命令を愚直に守っているんだろうか。
情けなくなって、ため息が出た。
「頼むよ……帰ってくれ」
懇願するように八橋の肩に手を置く。


「……わかったよ、猫ちゃん……帰ろ」
八橋は涙ぐみながら、廊下に向かって飛び出した。
「きゃあ!?」
「うわあ!?」
その瞬間、八橋の叫び声がした。
もうひとつの声は────楓姉だ。
楓姉が階下から登って来ていた。
それと同時に、陶器が割れる音が聞こえた。
「ちょ、ちょっと美生ちゃん! 大丈夫?」
廊下には、お盆と割れたコーヒーカップが散乱していた。
「……熱い……です」
八橋の腕にはコーヒーがかかっていた。
腕を熱そうに押さえている。
「……大変! 火傷してるじゃない!」
楓姉は急いで、八橋の腕を冷やして────応急処置をした。
「だ、大丈夫です。大したことないですから……いたた……」
「ダメよ、女の子なのに痕が残ったらどうするの! わたしのバイクで病院に運んであげる」
楓姉は八橋を病院まで送り届ける事になった。
そのまま家まで送っていく予定だ。


「修一郎……俺も帰るわ。まあ、勝手にはしゃぎ過ぎた俺達も悪いしな」
猫柳は八橋を心配そうにみていた。
「まあ……不器用だよな、お前。でも、すげえ手品だったぜ。じゃあな」
まだ何か言いたそうだったが、先に玄関の外に出て行った。
楓姉は玄関前でバイクの準備をしている。
玄関口で、八橋は腕を押さえながらゆっくりと振り向く。
「……じゃあ、帰るね。今日はありがとう、楽しかったよ、修ちゃん。えへへ、バイクの後部座席なんて憧れてたから楽しみ!」
言葉とは裏腹に、八橋は目を伏せたまま涙ぐんでいた。
「…………」
何て言葉をかければ良いかわからない。
────縁の糸は切れた。
だが、吽狛は八橋の傍を離れなかった。
吽狛を呼び戻そうとしたが、命令をきかなかった。


最後に見せた八橋の表情にはどことなく見覚えがあった。
一人になり洗面所で顔を洗う。
その時、首筋が反応した。
「────!」
振り返ると、鏡に自分の姿が映っていた。
後ろ神も一緒だ。
その時に気が付いた。
────過去の自分を振り返る。
子供の頃の自分の顔にそっくりだった。


奥の部屋に戻ると、紅葉はひどく落ち込んでいた。
「修一郎……ごめんなさい」
「良いんだよ。悪縁になったのは……俺のせいだ」
紅葉の頭をそっと撫でる。
この子は純粋に俺の幸せを願ってくれていた。
こんな悲しい顔をさせたくはなかった。
「きっと……以前の俺なら何も感じなかったんだろうな」
あの子供の頃の思い出も、記憶の奥底に封印していた。
未だに……あの友達の名前すら思い出せない。
「……失ってはじめて、大切だってわかったんだ」
多少は人間らしくなれたのかもしれない。
俺が見ているモノが幻想でも何でも構わない。
ただひたすら……八橋の無事を願った。


「ただいまー」
夜遅くに、楓姉が帰って来た。
夕食の食材を大量に買い込んできている。
「ちょっと修一郎、あんた一体何を話したの? 美生ちゃんから、あんたに霊感はあるのかって、何度も聞かれたんだけど?」
台所で調理を手伝いながら、楓姉に今回の経緯を説明する。
「え? 八咫烏!? 死の宣告!? あちゃー……もう、次から次へと」
楓姉は頭を抱える。
「本当に……悪縁かもしれないわね。はあ……せっかく病院に行くまでの間に美生ちゃんと仲良くなれたのに」
俺の行動について、楓姉は特には文句はつけなかった。
「最悪の結果だけど、そんな事情なら仕方ないかもしれないわね」
ただひたすら、悔しそうに野菜を切っていた。
「……美生ちゃん。あんたの事、すごく心配してたわよ? 友達がいなかった頃の修一郎の話をしたら泣いちゃって大変だったんだから。うーん、ひょっとしたら……わたし達の秘密に、薄々勘付いてるかもしれないわ。心霊現象やオカルトな話も結構したし」
「八橋が……自分から怖い話を?」
「そうそう、『魔の丁字路』の話とか『慰霊の森』の話とかね。あの子、オカルト好きなの?」


就寝後、八橋と楓姉の会話の内容が気になった。
苦手だったはずの恐怖の対象に興味を持つ。
……“後ろ神”がいなくなった反動だろうか?
縁の糸を切った事で、全てが収まった────はずだった。
だが、何故か胸騒ぎが止まらなかった。

【四日目 終了 全六日】

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